巨瀬組 覺正寺住職 松崎 未紀子

 

 この度のご縁をいただきましてありがとうございます。

 先日のことでございます。同じ組内のお寺さんで宗祖親鸞聖人巡番報恩講がお勤まりになられ、五日間毎日参拝させて頂きました。

その道中、多布施川添いを走る道を通わせて頂きました。初日の前日、佐賀県内の桜が開花したと発表なされました。一日目には、一本の木に対し四〜五輪の花が咲きほころんでいました。帰宅時には十輪程になっており、翌日には二分咲程に、三日目には半分の五分咲となり、四日目には満開となっていました。

毎日、この桜の花を見て、植物の生きる力はすごいなぁと感心し、生きる活力をいただいていました。しかし、満開になった翌日、佐賀県は雨が降りました。乾燥注意報が出ていましたので、恵みの雨ではありましたが、「ああ、せっかく咲いた花たちも、この雨で散ってしまうのかなぁ」と思いました。そのような思いの中、ある句を思い出しました。

 

「散る桜、残る桜も散る桜」春を待ちわびて、今か今かと咲きほころんでくれた花たちも、雨や風に吹かれて散ってゆく、風雨に耐えしのんだ残った花たちも必ず散ってゆく、世の無常を詠まれた歌。

草花たちが身をもって私にいのちの姿を教えてくれました。

 親鸞聖人が御年九歳でお得度出家なされた際にお読みになられました和歌

「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」。

明日がある、明日(あした)があると自分に言い聞かせ、しなければならないことも先伸ばしにしている私に対し、明日をむかえる保証は何一つない。一晩の内に何か起こったのなら、たちまち我が身がどうなるのかさえ分からない。いのちのはかなさを教えてくださっています。

 

 草花たちは、一生懸命にいのちをまっとうしているのに、自分の事だけに日夜あわただしく過ごしているこの私。

そのような私の姿に対し阿弥陀如来様は「必ず救う われにまかせよ」とお呼び声をくださっています。

そのお呼び声に対し「ありがとうございますおまかせいたします」という南無阿弥陀佛のお念仏申す日暮しを共に送らせていただきたいと思います。

最後までご拝聴くださいましてありがとうございました。南無阿弥陀佛

 

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