『単身赴任』   神埼組 安養寺住職 定良芳信

 

 近頃はお寺の法要、法座でご法話を聞いて下さる方が年々減ってきております。

ご法話を聞くことをお聴聞といいます。むかし「お聴聞はわたしのためと喜んでお参りして下さる方がたくさんおられました。

 ご法話、お説教ときくと一般的にむずかしい、かたい、人ごとというイメージをお持ちの方が多いようです。確かにご法話は仏さまのおはなしでありますから一回聞いただけではなかなか理解するのはむずかしいことかもしれません。

 みなさん温泉に行かれることがあるかと思います。温泉に入りますと大抵その温泉の泉質、効能が書かれた看板などがあると思いますそいうものがあれば一応目を通されるのではないでしょうか?しかし温泉からあがるとそんなことイチイチ覚えているでしょうか?

それは別にいいのですが温泉の効能というものは一回入っただけではなかなか表れません。むかし病気の人が温泉に一ヶ月、二ヶ月滞在され何度も何度も温泉に入ることで病気を治されていた湯治(とうじ)というのがありました。

 「お聴聞するということは温泉に入るかんじでリラックスして何度も何度も繰り返してもらえれば仏さまの効能とはいませんが仏さまの願いというものがだんだんと分かって頂けるかと思います。

 私のところのご門徒さんのはなしですが、よくお寺にお参りして下さる年配のご夫婦がおられました。

そのご主人が亡くなられ、お葬儀をさせて頂きそのあとの初七日から四十九日まで七日七日ごとのご縁も頂き四十九日がおわった翌月から月命日にお参りさせていただくことになりました。最初の月命日のお参りのときお勤めがおわりそこのおばあちゃんとお話しさせていただいてるときに私が「おばあちゃん寂しくなりましたねと声をかけましたらおばあちゃんは寂しくなったかも知れませんが何とも有難いですといわれました。私はちょっとびっくりしておばあちゃんに「なんでそんな風に思われますか?」とお尋ねしたらおばあちゃんはご院さん、うちの主人は阿弥陀さまに救われお浄土に連れて帰っていただき仏さまにならせていただいているんでしょう」といわれその通りですねというとおばあちゃんは仏さまというのは私たちのことを常々心配して下さり、私たちのために働きつづけて下さるのが仏さまなのでしょうといわれ「まさにその通りですねというとうちの主人はお浄土に単身赴任に行っていると思うと何とも有難いですといわれました。

 なんでそんな言い方ができたのでしょうか.・・・それは長年ご夫婦でお聰聞」を重ねて下さったからこそ、仏さまのお育てに遇われ、また?える世界があると信じていらっしゃるからではないでしょうか。

どうぞ皆さまも何度も何度もご法話を聞かれ、仏さまの願いに気づいて下されば有難いことです。

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