「ひかりのほとけ」     白石組 正徳寺  浦霧 長生

 

 親鸞聖人が大切にされたお経の一つの『無量寿経』には、2500年ほど前にお釈迦様が、阿難という御弟子さんに向かって「無量寿仏の威神光明(いじんこうみょう)は最尊第一なり。諸仏の光明、及ぶことあたはざるところなり」と阿弥陀様の光はあらゆるものの中で最も尊く、色々な仏様の光は到底及ばないと説かれます。

また、「すなはち東方恒沙(とうぼうごうじゃ)の仏刹(ぶつせつ)を照らす。南西北方・四維(しゆい)・上下もまたまたかくのごとし」と説かれ、東の無数の国々を照らし南、西、北、東南、東北、西南、西北、上、下の国々を照らすと説かれます。

阿弥陀如来という仏様は光の仏様であり、その光はあらゆる世界に届くと説かれました。

その光のお徳は、お正信偈にも親鸞聖人がお示し下さったように、十二光として説かれます。

十二の光にあったものは、身も心も和らぎ、喜びの心が胸にみち、やすらかになる。いのち終わったら必ず浄土に生まれ仏様にならせてもらうと阿弥陀如来の光のおはたらきについて説かれます。

私達は、すでに阿弥陀如来という光の仏様の救いの中であります。阿弥陀如来の光によってお育てを受けたものは、その光と同じはたらきをするものになります。十二光によってお育て受けたものは、十二光を満足する仏様にならせて頂く。無限に、何にも遮られることない光として働き続ける仏となる。これを往生成仏というのです。

ここは、阿弥陀如来の救いのすばらしさであり、我々がうけるお徳の尊さです。

今すでに阿弥陀様の光の中であり、いのち終わった時には、光の仏とならせて頂く我がいのちでありました。いのち終わって終らぬいのちのはじまり。我いのちの無限のひろがりを、今、ここに感じます。

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