多良組 正恩寺 合浦唯信

 

 残暑が続く中ではありますが、日が暮れると虫の声とともに涼しい風が心地よく感じるよ
うになりました。ぼちぼちと秋の声も聰こえはじめたようです。

私の住んでいる地域では、ミカン農家の方たちがこれからの収穫に向けて朝早くからさま
ざまな作業に取り組んでおられ、また、米を作っておられる農家の方は、いよいよ稲刈り
が始まったようです。

「実りの秋」にちなんだ故事成語(こじせいご)に

「実るほどこうベの垂れる稲箱かな」という非常に味わい深い言菜があります。

 

 私たちの食卓に届くお米は、実るまでの過程を聞きますと、数えきれないほどの手間暇がかかるそうです。

苗を育て、田んぼを耕し、次にやっと田植えが始まります。

 その後も、天気を見ながら水の量を調整し、草刈りをし、時折畑を荒らすイノシシなどに注意したりと、収穫まで目を離せないそうです。

太陽や大地の恵み、様々な手間暇がかかった苗はぐんぐん育ち、そのうちに稲穂をつけてその重みでこうベを垂れていきます。

稲穂と実るまでにある数限りない手間暇やめぐみ、願いに対し、まるでお礼をするごとくこうべを垂れているような姿は、この秋に感じさせていただく大事な姿ではないでしようか。

 私たちは様々な計らいや願いに生かされているといえます。一人ひとりの命に対し、働き続けて下さるご縁が届けられているからこその今があると言えましよう。
数えきれない、途切れることのない、どれ一つ取っ
も捨てるものの無いお蔭さまの中に生かされています。

南無阿弥陀仏の仏さまは私をいっときたりとも見過ごすような事はなさいません。
夜昼常にこの私の為に願い,働き続けて下さいます。いつでもどこでもどのような私であっても照らし続けて下さっています。

 

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