神埼組 瑞亀山 西慶寺

 

 毎年お正月に「おもち」を食べますが、何のために食べているのかその意味をご存知ですか? これには大きな理由があります。

 私たちは自分のことを「人間」と表現します。これは人と人と人が繋がりがあるということを意味しています。

 人は一人では決して生きてはいけません。だからこそ、人と人とが助け合いながら・支え合いながら、お互いが生かされて今を生きています。

 「おもち」も同様に、もち米がたくさん練り合わせれて出来ています。もち米の一粒一粒繋がりをもって「おもち」になります。

この繋がりのことを仏教では「縁起(えんぎ)」と云います。この世は全てが繋がりのある「縁起」によって成り立っている世界なのです。

 そう考えますと私という存在は、数多くの人や色々な恩恵によって生かされている世界の中に、生きていると言えます。ですから私自身は、この世界を精一杯生きる責任があります。私が精一杯生きるか無駄に生きるかによって、この世界は変わってくるのです。

 お正月には「おもち」を食べて、私達はこの世の全ては繋がりがあり、人々のの恩恵・自然の恩恵、そして仏様の恩恵によって生かされていることを自覚し、この恩恵を無駄にすることなく生きていこうと決意することを先人達より教えて頂きました。

 新年には仏様に「おもち」を「三段」に重ね、果実のミカンではなく、「橙(だいだい)」を載せてお供えします。その意味は、この恩恵により生かされて生きている感謝の気持ちを、親・子供・等へ代々(だいだい)に伝えていく事を表現しています。

 たくさんの恩恵によって生かされ生きていることを感謝し、新年をお迎えしたいものです
                                     称名念仏

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