就 学 相 談 前 編
平成13年11月 4歳10月(入学まで1年5か月)
 Maiiの就学について、「特殊学級か普通学級か」、我が家の方針は定まっていません。
「満足に用便も出来ない、休み時間に外へ出てしまう、Man To Manで教育を受けた方がよいのでは」という考えもあれば、 「人と人の中でこそ人は育つ。障害児も例外ではない」という思いもあります。
 ただ、明らかなのは、「普通学級から特殊 学級へ」の転学は容易でも、「特殊学級から普通学級へ」の転学は非常に難しいということ。
 長崎県障害児の進路保障を進める会(0957-52-1269)発行の「どの子も地域の学校へ」を読んで、頭の中が少し整理できた ようで助かりました。
小さな子を持つ皆さんにも、一つの考え方を知るためにお薦めします。
 第2回 SAGA障害児進路保障の会に出席。CLUBの会員の他、学校の先生や学校で介助をされていた方なども参加されていま した。私自身は、これからが勉強だと感じています。(11/23)

これから記載する体験記は、S県S市の場合であって、他の県や市町村では多少(かなり?)事情が異なると思います。 ですから、結末がどうなっても、一つの事例に過ぎないことなので、これを読んだ方があまり気にすることはありません。 ただ、これからの一つ一つの場面が、皆さんにとって少しでも役に立つことを期待しています。

平成13年12月 4歳11月(入学まで1年4か月)


 考えれば考えるほど、障害があるというだけで、他の子供たちから切り離される理由が分らなくなります。本人が望んで もいないのに、なぜ、他の子供たちと異なる扱いをされるのでしょうか。(12/11)
 我が家では、障害の子がいることが当たり前ですが、世の中は、障害の子がいるのは不自然なのでしょうか。
 子供たちの身の回りに障害の子がいないのに、理解しろとか差別するなというのも無理な話で、自分たちとは違った存在 として、子供たちは障害児(者)を見るようになっていると思います。
 とは言え、全く字が読めない、読もうとしない娘に不安を感じるこの頃です。<12/18>

平成14年1月7日 4歳11月(入学まで1年3か月)


 S市就学指導委員会の概要をHomePageで見ました。名簿の委員には、障害児を医学的に診断する人はいても、障害児の気持 ちや日頃の生活、将来の姿までを理解し考えようする人はいないような気がします。
  学校関係者が20人中10人もいて、こんなに当事者が多い委員会は他にありません。
  子供たちは障害を隠せないのに、会議はプライバシー保護とやらのために非公開です。
  会議内容も、子供たちを振り分ける作業で、障害の子への思い入れなどは感じません。
いずれにしても、「人が人を選別する」という行為があっていいのか、疑問が残ります。

 友人が、「障害があるなら、障害児学級の方が十分に教育できるのでは?」と聞いたので、
 私は、「健常な子供2〜3人を、他の子とは別の教室で教育して、その子はまともに育つと思う?」と答えました。
 友人は、なんとなく納得したようです。

平成14年1月19日 5歳(入学まで1年2か月)


 Maiiの5歳の誕生日。1年早く就学する子供たちに就学指導委員会の通知があり、
  S君(Y町)、M君、Y君(KI町)は、障害児学級適応との通知があり
  T嬢(KA町)、K嬢(T町)は、普通学級に就学できそうだとのこと
 障害児学級がある町では障害児学級適応の判定になり、ない町では普通学級への通学が認められました。
 Maiiの就学予定の学校は障害児学級があるので、なんとなく先が思いやられます。
 M君、Y君の場合は、校長や教育委員会の説得工作も強烈だったようで、いくつかの暴言もあったそうです。

平成14年2月22日 5歳1月(入学まで1年1か月)


 今日は、普通学級への就学について、学校や教員の立場から少し考えてみたいと思います。
 ・ 校長は、障害の子を担任する先生を決めるのが面倒だし、学校で事故など会ったら困る
 ・ 先生は、障害の子を担任するのは経験がないので不安だし、負担が増えるのは嫌だ
 ・ 子供を学校に押しつけ、教員の負担は重くなるのに、保護者は学校に協力しない
というように考えておられるのかもしれない。
 負担が増えるのは本当のことだし、学校行事に協力しない保護者もいるかもしれません。
 そう考えると、保護者と学校の相互理解というものも欠かせないことだと思います。
 学校や先生が、障害の内容を理解し、周囲の子供たちとの人間関係をどうしていくのかを把握できるまでの期間は、保護者が 付き添うのも仕方のないことなのかもしれません。

 とは言え負担の大きい母親は、今でも「普通学級への就学」には慎重(反対?)です。
 でも、「おまえは障害児なんだから、障害児学級に行きなさい」と言うことには抵抗があります。

平成14年2月25日 5歳1月(入学まで1年1か月)


 北方町教育委員会から、今春入学する子供の親御さんたちに、就学の条件を文書で送ってきたとのこと。
 (普通学級へ希望していた子供たちを、障害児学級への就学に変更させた町です。)
 ・ 通学や障害児学級への移動、食事の世話まで、保護者が付き添っていることとか
 ・ 他の児童に手伝ってもらったりしてはいけないとか
 そんなことが書かれていたそうですが、障害児学級でもこんな条件を付けるのなら、普通学級でもよかったような気が します。

 子供を障害児学級に通学させている父兄さんの一言
 「同じ学年にダウン症の子が転校してきたが、その子はそれまで武雄市の普通学級にいたせいか、健常な子との関係の つくり方が上手で、一緒にうまく遊んでいる気がする。」とのことでした。

平成14年3月 7日 5歳1月(入学まで1年)


 国では、分離教育を押し進め、養護学校の整備を進めた結果として、柔軟な対応が出来ない状態にあると思います。 でも、学校の先生達は、そのことに何の疑問も感じていないのでしょうか。
 例えば、健常児として2年間在籍しながら、学習の遅れなどから、障害児学級に転籍させられた子供がいます。
 おそらく、その子は2度と健常児のいる学級に戻ることはないでしょう。
 学校にいるたくさんの友達から切り離されたまま、これからの人生を過ごすことになります。
 子供も勉強がつらかったのかも知れません。でも、一緒にいることも大切なことだと思います。

平成14年3月15日 5歳1月(入学まで1年)


 もっと、しっかり考えていないといけないな、と思います。
「普通学級での障害児教育(藤田修編著)」という本を読んで、先進的な大阪府の取り組みに驚きました。
 就学免除という名のもとに障害児が切り捨てられていた時代に、普通学級で障害児教育に取り組んできた経緯や、 現在の原学級保障の考え方など、とても参考になるところがあります。

 先日、将来のことも考えて大和養護学校を視察した母親が、学校の先生に
「通常の学校では、1人80万円くらいなのが、養護学校の生徒には1,000万円も掛かっている」と言われたそうです。
「そんなにかかるなら、普通の学校に通わせれば安く済むのに」と思ったそうです。

平成14年3月19日 5歳2月(入学まで1年)


”佐賀市の日新の特学(1年生)では、国語と算数を特学で学び、他の科目は普通学級で学んでいる”と母親の弁。
”我が家の娘もそれでいいよ”と父親。
”でも、籍は普通学級に置かないといけないと思う”
と、今は父親としてはそれが最もよい方法かなと思っています。

 障害を持つ子供たちが学ぶということに関しては、普通学級も、特殊学級も、それぞれ優れている点はあると思います。 前向きに、それぞれの利点を生かしていくという考え方は必要です。
 でも、学籍の問題は、障害を持つ子の教育の在り方という面も一部ありますが、大きくは”人権問題”や”子供と教師の 立場を明確にする”ということであり、とてもとても重要なことだと思います。

 それから、”普通学級においてもらえるだけでよい””入れておけばよい”という考え方もいけないと思います。
 障害を持っているというのは、特別な支援を要するということであって、”他の健常児と同じ様に扱う”のでは教育になり ません。また、”だったら、特殊学級に行けばよい”と言っているようでは何も分かっていないことになります。教育に対す る理想や使命感、そうしたものは、教育って何?と考えるところから始まる気がします。

平成14年3月28日 5歳2月(入学まで1年)


 N小の校長先生が異動。少しは理解のある人という印象だったので残念です。
 でも、障害児教育に理解があるかどうかは、あまり関係がなくて、教職員に対して指導力があるかどうかが、結局のところ 重要な要素になるのかもしれません。
 新しい校長は、女性の方です。吉と出るか、凶と出るか、就学相談の後で学校に行ってみようと思います。

平成14年4月8日 5歳2月(入学まで1年)


 修学相談の申し込みが市広報に載っていました。母親が申し込みしなくていいのか聞いてきたので、この時期のもの は、県が所管している養護学校への修学に関することなので、不必要だと答えました。
 母親も、最近はいろんな本を読んで勉強中です。
 ちなみに、S地区の就学相談は平成14年6月13日です。

平成14年4月26日 5歳3月(入学まで11月)


 母親も、障害児の就学に関するいろんな本をS市立図書館から借りてきて読んでいます。少しの不安はありますが、やはり、 3人の子ども達を、どの子も同じ様な気持ちで、同じ様に育てたいという気持ちでいきたいと思います。

平成14年5月19日 5歳4月(入学まで10月)


 平成14年5月11日のS新聞の論説で、H養護学校の紹介があり、その中で、障害のある子は養護学校が良いというよう な趣旨の記事が掲載されたことから、障害の子を持つ保護者の間に波紋を呼んでいます。
 世論をリードしているであろうマスコミの人間でさえも、障害児(者)の人権というものを全く理解していないのが残念であり、 これが分離教育のもとで育った大人達の人権意識の限界なんだろうか思います。

 障害を持つ子ども達の人権って何だろう。なぜ、そのことに気配りをしてくれないのだろう。娘が生ま れる以前の自分がそうだったように、障害の子は、障害の子としてしか見ないというのが一般的な気がします。
 そして、そんな意識が出来上がっているのだろうかと考えたとき、最初の段階では、学校(=分離教育)という場所で生まれて くるような気がします。
 もちろん、学校だけに責任があるとは思いません。戦後の教育は、子ども達を座敷牢の中から学校へ移していくという役割を果 たしてきました。でも、そこで時間が止まってしまい、通常の教室の中で教育を行うことの重要性は忘れ去られました。子ども達 にとっては、家の中の座敷牢から、養護学校の教室という少し広い場所になっただけでした。
 私たちの国の人達には、もともと人権意識が育っていなかったと思います。人権そのものを意識的に考えられるようになったの は、つい最近の様な気がします。20数年前に、国際障害者年があっても、多くの人達の意識は変わりませんでした。
 でも、時代は変わってきています。特に保護者の意識は、様変わりしています。
 子ども達を、厄介者としてではなく、他のこと同じ一人の子供としてみる様になってきました。
 周囲の人達も、そうした変化に気付き始めています。変わっていないのは、社会の構造、体制としての学校という硬直した組織 だけのような気がしています。

 学校が変わらなければ、社会も変わらない、そんな気がします。