中学(3年生)編
平成23年5月23日14歳4月
ついに中学校の最終学年を迎えてしまいました。
1年後の進路をどうするのか、しっかりと考えないといけません。
これまでと同じという訳にも行かないようです。
義務教育では、それぞれが同じ道だから、同じような環境にいることが大事だと思っていました。
彼女自身の成長も、周囲と合わせることが大切ではないかと考えました。

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高校はどうするか、しばしの思案が必要な気がします。
普通の高校を目指すという選択はないな、と思います。
それは、その道が難しいからとか、閉ざされているからという理由ではありません。
娘の今を考え、違う経験の場があってもいいし、それも必要と思ってます。

親から離れて生活すること、自分自身の意思で何かをすること、そういうことなんだけど。
もちろん、養護学校がそれに十分応えてくれるわけではないけど・・・。
やはり、娘の力量というものも考えてしまいますよね。

とりあえず、相談日は6月29日だそうです。

平成23年5月24日14歳4月


何回かに分けて、Maiiの進学のことを考えたいと思います。
高校進学の時の苦労は、障害のある子どもに限ったことではありません。
成績が中途半端な子どもに比べたら、障害のある子の方がよほど楽なのかもしれません。
でも、障害のある子は、選択の幅が限りなく狭い !!

特別支援学校と名を変えた養護学校の他には、県内にはありません。
肢体不自由児は受け入れても、知的障害を受け入れるような寛大な高校はないようです。
太良高校でさえも、不登校経験や発達障害のある生徒に限られてます。
なぜ、こんなところにも差が生じるのかな?
もっとも、あんまり遠いところにあるので、ちょっと嫌かも。

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さて、あんまり学校の学習面の支援を受けられないまま、Maiiの中学校生活は続いてます。
ただ学習面の支援があったとしても、どの程度身に付いたか疑問です。
家で、ほぼ毎日、公文や1ページ・ノートをしてきても、その成果は霞のようなもの。
学校の特別教室で学んでいたとしても、一般知識が身に付くことはなかったと思います。
それよりも、健常者の中で生活するという感覚を持つだけで“よし”としましょう。
気後れしないという、それだけが大きな成果です。

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中学3年生になった娘は、周囲の受験環境とは無関係に日々過ごしてます。
周りの生徒から見れば、うらやましい存在かも。
でも、ほんとは合格に向けて懸命に努力してるほうが、いい時間なんだと思う。
もうすぐ、我が家のへたれ娘も進学に向けた教育相談に行くことになります。
とりあえず、一番近い養護学校にお話に行くことにしています。
さて、どうなることやら !!

平成23年5月25日14歳4月


Maiiは、これまでの8年間、普通学級で過ごしてきました。
だから、養護学校というと、急に方向転換したような印象を持たれるかもしれません。
それはそれで仕方がないと思います。

一番の問題は、私達自身にあったようです。
私も、娘のMaiiにめちゃ甘いところがあります。
母親も、子ども達に対してやさしさが先に来て、手助けしてしまうところがあります。
そのために自立心がなかなか育ってこなかった。

それと、Maii自身の資質の問題。
ダウン症の子にも、健常者と同じように能力には格段の差があります。
普通にレジ打ちをしながら働く子もいれば、先日のNHK『福祉の時間』に出ていた子のように、ごく普通に家族と会話をしている子もいます。
一方では、全く会話(言葉)にならない子もいるし、落ち着きもないなど千差万別なのです。
なかには自閉的な傾向があるなど、重複している場合もあります。

Maiiの場合、能力は高いとは言えないし、自立心も育っていないという、ないない尽くし。

中学までは社会的な環境を身に持って感じさせたいという気持ちもあったけど、そろそろ日常生活を送るための訓練も必要だと思うようになりました。
例えば、KEISEIのように普通の高校に放り込んだら、寄宿舎の中で立ち往生してしまうでしょう。
例えば、近くの高校に入れて家から通ったら、これまでの生活となんら変わらないままです。
やはり、生活の中に変化が必要だし、それはこれからの3年間しかないと思います。

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ただ、養護学校の授業や学習内容に、あまり多くは期待はしていません。
県立高校からの転任が多い高等部の先生は、障害児教育には不向きだと思います。

期待感があるとすれば、 Maiiが障害のある子どもたちの中で、これまでとは違った面を見せてくれないか。
両親から離れた寄宿舎生活で、自分なりの生活ができるようにならないか。
その程度のことです。

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こういう考え方が正しいのか、間違っているのか、それは分かりません。
それによって、Maiiがどんな成長をするのか、難しい判断です。
どうなんでしょうかね。

平成23年5月26日14歳4月


障害のある子を普通学級に通わせている方のブログを、幾つか拝見しました。
何人かの方が、“特別支援学級も進んできているので、そちらの方に移ってもいいかな”という意見がありました。
今、学校では通常のクラスを親学級にして、国語などの時間だけ特学に行くというパターンが増えています。
ただし、籍は特学におかれたままです。
娘が入学した頃もそういう制度はあったので、それほど制度が進んだとは思えないのですが、当時は制度がない地域があったのかもしれません。

“親学級という普通クラスがあるから、無理に普通学級の籍に固執する必要はないんじゃない”ということのようです。
私は、娘の入学時に、全く逆のことをしてくれませんかという話をした記憶があります。
学籍をクラスにおいてもらえれば、国語や算数のなどの時間などは、特学などの部屋で個別指導をしてもらってもいいと言いました。
校長先生からは、“それはできません”という答えでした。

特学の児童生徒に対しては、普通学級で過ごす時間を設けるようにと指導があっているけど、普通学級の籍の児童に対しては、上から指導がないので“できません”とのことです。
まったく変てこな話です。

学校側にとっては、児童がどこに在籍しているのか、重要なことのようです。
実際の場面でも、児童の担任はどちらで、誰が責任を持っているのか、そういう違いが出てくるんだと思います。
例えば、親学級が多難なときに、親学級の先生が“特学の子は籍がないから責任は持てません”と拒否されたら、1日を特学の教室で過ごさざるを得なくなるのです。
そして、普通学級に戻ろうとしたら、大変な労力を必要とすることでしょう。

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私たちの子の世代は、“普通学級に通う権利を取得してきた”という自負があります。
それが、この10年で壁が低くなり、“なぜ普通学級でなければならないのか”、そういう思想を持たずに通わせている保護者の方が増えているのかもしれません。
だから、比較的簡単に考えてしまうのでしょうか。
子ども達も楽な方を選びたがります。
体が大きく、スピードの速い健常者の中で生活するよりも、別室で先生にお世話してもらったり、そこにある本を読みながら過ごした方が随分と楽しいと思います。

“子どもさんは、特学の部屋で過す方が楽しそうですよ”と、学校側から誘惑の言葉が出ます。
“子どもにとっても、逃げる場所があったほうがいいのかな”と、親の方は考えてしまいます。
でも、この8年間を過ごしてきて、そういうのは全く必要ないと思いました。
ずっと一緒にいれば、子ども達は、お互いがうまくやっていく方法を見つけ出していくものです。
担任も、ずっと一緒にいれば、覚悟を決めて見守るようになるものです。
時間が解決してくれます。

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折角、普通学級にいるんだから、様々な迷いをうまく乗り切ってほしいなと思います。

平成23年5月27日14歳4月


Maiiのことを思案するとき、頭のマッサージのつもりでNaosanの過去コメを読む。

例えば、分けないことにこだわるという言葉がある。
亡くなる前、Naosanは息子の高校進学に悪戦苦闘していた。
その息子も、今では立派な高校生。
それでも、分けない事にこだわったNaosanにとっては中間点なんだろう。
目標は、普通に結婚し、健常者と同じように暮らすということ。

Keiseiならやり遂げるかもしれないなと思う。

分けないということを実際にやり遂げるのは難しい。
普通学級で過ごすとか、クラブ活動をするとか、そういう表面的なものだけではない。
可能な限り、日常生活の全てにわたって普通に扱わなければならない。
ほとんどの人が、学習面の能力を上げようと、そのことばかり目が行ってしまう。
あるいは、書道の金沢さんや翻訳の岩元さんのように、特別な能力を身につけさせようとする。
そのことも大事だけど、普通に扱うこととは、ちょっと違う。

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なにが違うのかな。
Keiseiは、両親がいなくなっても、与えられた環境で変わらずに生きていける気がする。
金沢さんや岩元さんには、そういう個々の生活力みたいなものを感じない。
いつも家族がいて、常に寄り添っている印象なのだ。
2人とも凄い努力をされてきたんだろうとは思うし、それはそれで凄い。
でも、Keiseiは普通に1人でいる。
そういうところが、親がいなくなったときに、大事なことなんだと思う。

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もっとも、我が家の娘さんは、どちらも備えていないんだからとやかくは言えないんだけどね。
結局は育て方なんだろうけど、もう1回やり直しても同じ様にしか育てられない気がする。
分けないようにしてきたんだけど、家の中で手を掛けすぎたかな。
なんにしても中途半端だったかな。
なおさん語録 (NAOSANの過去コメ)

平成23年5月30日14歳4月


お昼休みの散歩中、携帯電話に電話。
Maiiの担任の先生とのこと。
昨日、少し熱があって、母親が迎えに行っていたので嫌な予感。

『Maiiさんが、調子が良くないみたいで・・・。
体育の始まる前に体温を測ったら、36.5度だったんです。
それで体育が終わった後に測ったら、36.9度になってたんです。
食欲もないし、調子が良くないみたいなんですよ。
今は保健室にいますが、迎えにきていただけないでしょうか。』とのこと。

そうは言われても、職場から遠いし、死にそうな状態でもなさそうなので、
『母親が迎えに行くまで、保健室で寝かせて置いてください。』というと、
『それでは、迎え、よろしくお願いします。』と話された。
今日は、母親の方も仕事が遅くなったみたいで、迎えが午後5時頃になったらしい。
そしたら、携帯に、4回も電話の着信履歴があったらしい。
わけがわからん。

36.9度の生徒がいたら、学校から帰らせるのかな?
その程度の熱で、気軽に親に迎えに来いなどと言うのはやめて欲しいな。
あなたたちと同じように、みんな仕事してるんだよ。
おまけに4回も電話をして催促するようなことなのかな。
そんなのは5時過ぎてからすればいいと思う。

『今度の担任の先生は、2年の時の先生と比べて、ちょっと面倒くさい』とは母親の弁。
気をつかってるつもりなんだろうけど、結局、それも分けてるってことなんだよな。

平成24年2月8日15歳0月


昨年の5月に書きこんで以来、半年以上もとんでしまいました。
娘の学校生活に関して、大きな事件や事故、問題も起きなかったからでしょうか。
みんな慣れちゃった部分もあるし、周囲のみんなが受験体制の中で、まわりに注意を向ける余裕もなくなってきているようです。

これまでの間に、養護学校の説明会や寄宿舎への体験入舎なんかもあって、実質的に支援学校への入学に向かってます。
これまで普通学級にこだわってきた経緯もあったけど、今回の我が家は、普通の高校を目指そうという空気にはなりませんでした。
やはり、ダウン症にもいろいろ格差があるなあと感じてます。

そういう中で、これからの数年間で、娘が何を身に付けるべきか考えたとき、リズムの合った支援学校の方が適当かなと考えた次第です。
もう少し意思の疎通ができればなあと思いますが、贅沢は言えません。
これから3月の初めには中学校の卒業式があり、すぐに1か月間の休暇が始まります。
それをどう過ごすかも、結構な難題になってます。

平成24年3月9日15歳1月


両親揃って、卒業式に行ってきました。
式典では、本人の背丈が低いので、なかなか姿が見えないという不満はありましたが、まずまず式典に馴染んでいたようです。
高校受験の最中で、合格発表を数日後に控えているので、周りにお祝いムードはありません。

最近は、周囲が受験モードになっていたこともあって、本人は保健室に逃亡することも多かったようで、よく連絡があってました。
そういうオチもありましたが、どうにか娘の義務教育の9年間が終了しました。
普通学級で過ごした9年間に、後悔の念は全くありません。

それよりも、これから進む支援学校の中の方が少し不安が大きいかもしれません。
普通学級では、先生や周囲の生徒たちなどのいろんな目があって、娘を見守っていてくれたと思います。
それが、支援学校では教職員の目だけになってしまいますから・・・。

そういう心配事もありますが、まずは、新しい巣立ちをお祝いしています。