口演:初代リーフ亭志保

                   「ミイラ取り」


出囃子:てんてんてけてんてんてんてけてんてんてんてけて〜



 はい、今日もお暑い中多数お集まりいただきまして真にありがとうございます。
  さて、皆さん「ミイラ取りがミイラになる」という言葉をご存じですか?ミイラという
物は漢方薬にもなったそうで、高く売れたそうですね。日本でも粉末状になったミイラを
オランダ商人が持ち込み、高価な薬として広く売ったそうです。特に労咳(結核)に効果
があったとされていますが、さて、真相はどうかはわかりません。
  まあ、そのミイラですが当然ミイラという物は墓の中にあるわけでして、ミイラを手に
入れようと思ったら墓に入らなければなりません。しかし、おわかりの通りどんな墓でも
いい、というわけではなくエジプトの高貴な身分の方にだけミイラとしての処置が執られ
たようですね。そこで、いざっとミイラを手に入れるべく、ついでに墓の装飾品をも頂こ
う、とピラミッドの中に入っていくのですが、ピラミッドという物はそう言う泥棒達から
守るために非常に複雑な仕掛けがされているようです。一度入ったが最後、二度と出てこ
れないのですね。そのため、入っていった泥棒も、結局最後は餓死してしまい本人がミイ
ラになってしまう、というわけです。このことから「ミイラ取りがミイラになる」という
言葉が出来ましたわけです。まあ、これも一つの伝説ですが・・・。

 え〜、世の中には伝説や昔話というのは多いものですね。特に日本には狭い国ながら実
に沢山の物語があります。皆さんもよくご存じなのは、今昔物語、今は昔で始まる物語で
すね、それに遠野の妖怪話、吉四六の笑い話もその中に含まれるでしょう。日本各地の怪
談を含めればその数は非常に多くなります。さて、そのように多くの物語には、敵役がそ
の数と同様におります。その敵役はほとんど人ならざる者、化生、物の怪と呼ばれるいわ
ゆる妖怪です。皆さんにも馴染みが深いものでは鎌鼬(かまいたち)、猫また、一反木綿
といった妖怪たちです。ですが、やはり皆さんが簡単に姿形を思い浮かべやすい妖怪は
「鬼」でしょう。ある地方では、妖怪の総称を鬼と呼ぶらしいのですが、普通鬼といえば
角と牙を持った地獄の門番を想像すると思います。「鬼に金棒」ということわざもありま
すね。最近はとんと聞かなくなりましたが、少し前まで若者達の間では「鬼のように」と
いう言葉もよく使われました。「鬼のように混んでる。」とか「鬼のように旨い。」とか
ですね。鬼は何時でも寿司詰めのようにぎゅうぎゅう詰めなんでしょうか。それに旨いっ
て、こんなことが言えるのは耕一さんだけだと思うのですが・・・・。あ、下品ですね。
失敬失敬。それはともかく赤い肌に怖い顔、二本の角に鋭い牙と爪、トレードマークとも
言える虎柄のパンツに金棒。これが皆さんが思い浮かべる鬼ではないでしょうか。
  この鬼のイメージは南北に長い日本全国でほぼ同じです。鬼の姿は仏教僧が作り上げた
という説もありますが、仏教が本格的に広がる以前に「鬼瓦」が存在していますからこれ
も決定的ではありません。この鬼の姿の謎は奇妙な偶然として捕らえられております。
そのため、ある学者は鬼とは日本に漂着したロシアの人々だった、といったりしています。
いわれて見れば似ているかもしれませんね。しかし、学者さんの中には極少数ですが、鬼
とは宇宙から来た地球外生物だった、と真面目な顔でいっている方も居ます。これはなか
なか面白いと思います。
  実は鬼は宇宙から来た生物で、自分たちのことを「エルクゥ」と称したり「狩猟者」と
称したりして、意味もなく地球人を殺害して女性に暴行をくわえたのかもしれませんね。
まあ、今となっては確かめることは出来ませんが。

 さて、長々と鬼について述べてきましたが、この噺も鬼が主人公です。雨月山、と呼ば
れる山があるのですが、そこの伝説をご存じでしょうか。まあ、ここまで聞いて下さるお
客様の中で知らない方はいらっしゃらないと思います。もし、雨月山の伝説を知らない方
がいらっしゃいましたら、さっさとここを出てパソコンゲーム売場に走って下さい。

 え〜、それはさておき、今から三〇〇年ほど前、雨月山の麓で「鶴来屋」という宿屋を
営んでいる女性がいました。名は千鶴ともうしました。彼女には三人の妹がいました。そ
れぞれ上から梓、楓、初音という名前です。そして、この四姉妹には一人の従弟がいまし
た。名は耕一之進といい、四姉妹とは離れた土地に住んでいます。実は、この四姉妹と耕
一之進は、雨月山伝説の鬼の血を継いでいたのです。
 さて、耕一之進は何年も前からちょっと暇を見つけると、この四姉妹に会いに行ってい
たのでほとんど兄弟のような仲でした。特に正月は毎年来て四姉妹と共に過ごすことを、
耕一之進はもちろん四姉妹も楽しみにしていたのです。ところがある年、十二月も半ばに
なったというのに耕一は姿をあらわしませんでした。

「・・・これ、誰か、誰かおりませぬか?」パンパン(手を打つ音)

「なんでしょうか。」

「あ、番頭さん。ちょうどいいところに来ました。」

「・・・千鶴姉さん」

「こら、楓!仕事場では奥様とおよびなさい。」

「・・・でも、千鶴姉さん結婚してない・・・。」

「何事も気分が大事なのよ。」

「・・・・行かず後家(ボソッ)」

「・・・な・ん・で・す・っ・て?」

「何も。」

「・・・コホン・・・ま、それはさておき番頭さんに頼みがあります。知ってのとおり、
耕一之進様がまだおいでになりません。いつもの年でしたらもう来ているころです。きっ
と、きっと何かあったに違いありません。ひょっとしたら悪い虫が付いているのかもしれ
ません。耕一之進様が拐(かどわ)かされているかもしれないのです。苦労をかけます
が、番頭さん。ちょっと耕一之進様の元へいって、連れてきてはいただけないでしょう
か?」

「はい!喜んで向かわせて頂きます!」(ニコリ)

 ・・・と、普段は滅多に見せない笑顔を見せて楓は喜んで耕一之進の元へ行きました。
耕一之進の家までは徒歩で半日の距離です。ところが、陽が落ちて、夜になり、明けて、
また陽が落ち、二日経っても、三日経っても楓は帰ってきませんでした。

「・・・これ!誰か、誰かおらぬか!?」パンパンパン(手を打つ音)

「はい、なんでしょうか?」

「おお、そなたは飯盛りの梓。」

「飯炊きだ!」

(注:飯盛り・・・娼婦のこと)

「で、千鶴姉。何のよう?あたしは千鶴姉と違って忙しいんだけど。」

「梓。楓が帰ってこないことを知っていますね。・・・そう、耕一之進様の元へいって、
すでに三日が経ちました。それなのに何の音沙汰もありません。梓、ご苦労ですが耕一之
進様の家へ行って、耕一之進様と楓を連れてきてもらえませんか?」

「楓ったら耕一之進を独り占めしてるんだ。わかったよ、千鶴姉。あたしが首に縄をつけ
てでも引っ張ってくるから。」

「頼みましたよ。」

 と、梓は意気揚々と鶴来屋を後にしました。梓は一路耕一之進の家目指して歩いていき
ます。

「・・・まったく・・・。楓ったら何をしてるんだ。・・・まさか、耕一之進と変なこと
してるんじゃないだろうな。・・・ひょっとしたら、耕一之進の奴、変な子としてるんじ
ゃないだろうな・・・。」

 ぶつぶつ呟きながら梓は土手の上を歩いていきました。

「・・・・梓せんぷあ〜い!!」

「ゲ!かおり!」

「探しましたよ〜。何処行くんですかあ〜。」

「い、いや、ちょっと奥様に頼まれてね。」

「お供します〜。私は先輩に何処までもついていきます〜。」

「あ、あ、あのね、かおり。いいのよ、大した用じゃないから。」

「・・・梓先輩。・・・・・あの男の元へ行くんですね?」

「な、な、な、何いってるのよ〜。こ、耕一之進のところになんかいくわけないじゃ〜
ん。」

「・・・誰も耕一之進とは言っていません。・・・そうですか、梓先輩、私という者があ
りながら、他の人のところへ行くんですね・・・・。梓先輩は誰にも渡しません!梓先
輩!ラヴラヴです〜!!」

「きゃあああああああああああああああ!」

 ・・・四姉妹の末の妹、初音が千鶴に呼ばれたのはそれからしばらく経ってからでし
た。

「初音。よく来て下さいましたね。知っての通り、楓は六日も、梓は三日も帰ってきませ
ん。もはや頼れるのは初音一人になりました。行ってくれますね?」

「うん!私が耕一之進お兄ちゃんとお姉ちゃん達を連れてくるよ!まかせて!」

「・・・・ううう・・・・本当に初音は何て良い娘なんでしょう。こんなことなら最初か
ら初音に頼むべきでしたね。」

「きっと、きっとお兄ちゃんもお姉ちゃんも帰ってこれない事情があるんだよ。だから心
配しないで。」

「初音、ありがとう。くれぐれもよろしく頼みましたよ。そうそう、これを渡しておきま
す。道中、お腹が空いたら食べなさい。」

「ありがとう、千鶴お姉ちゃん。」

 というわけで初音は千鶴から渡された竹皮で包まれたおむすびを持って、耕一之進だけ
ではなく、姉たちをも連れて帰るために耕一之進の家へと向かいました。さて、初音は野
を越え山を越えたどり着きましたるは一つの城下町。そのお殿様のお膝元に士族耕一之進
は住んでいます。勝手知ったる何とやら、初音は迷うこともなく耕一之進の家へと入って
いくのでありました。

「ごめんくださいまし。耕一之進様はいらっしゃいますか。耕一之進様。」

「はい、どちらさまで・・・初音。」

「あ、楓お姉ちゃん!どうしたの!?みんな心配してたよ。」

「初音・・・実は困ったことが起こったのです。姉さん達に知らせようと思ったのです
が、私がこの家を離れるわけにもいかずだらだらと過ごしてしまいました。心配をかけ
て、ごめんなさいね。」

「ううん、それは別に良いけど、困った事って何?」

「それが、耕一之進様が豪商の小出屋の一人娘、由美子さんに見初められ、お屋敷に閉じ
こめられてしまったのです。私もなんとか耕一之進様を外に出そうとしているのですが、
豆腐に鎹(かすがい)、糠に釘。まるで手応えがありません。終いには、あまりしつこい
と斬るぞと脅され、途方に暮れているのです。」

「なんてひどい!わかった。お姉ちゃん、こんどは私と一緒に行こう!きっと、お兄ちゃ
んを助け出してみせる!」

 ・・・とてつもない金持ちである豪商、小出屋のお嬢様に惚れられるのは耕一之進にと
って大変喜ばしいことだと思いますが、二人とも耕一之進が嫌々連れて行かれたと信じて
疑いません。決意に燃えて、小出屋の屋敷へと向かったのです。

「・・・ごめんくださいまし。」

「はい、どなた?・・・あら、またあなたですの?しつこいわねえ。何度来ても答えは変
わりませんよ?耕一之進様と由美子お嬢様の幸せは、この女中頭の響子が守ります。」

「勝手に耕一之進お兄ちゃんを連れていってそれはないでしょう。せめて、耕一之進お兄
ちゃんに楓と初音が来たということをお伝え下さい。」

「駄目駄目。ほら、さっさと帰った帰った。」

「お願いします、少しだけでも耕一之進様とお話させて下さい。」

「駄目だって。さっさと帰れ、さもなくば出てけ!」

「どっちにしろ帰るんじゃない!」

 と、このように楓と初音がどう頼み込んでもけんもほろろに断られ、塩をまかれて退散
となってしまったのです。内向的で口べたな楓と押しの弱い初音では強引にでも屋敷に入
ることは出来なかったのです。二人は落胆して耕一之進の屋敷へと戻っていったのです。

「どうしよう、楓お姉ちゃん。」

「・・・そうね、やっぱり千鶴姉さんに頼むしかないかな・・・。」

「そっか、そうだよね・・・。あ〜あ。・・・・あ、そうだ。千鶴お姉ちゃんで思い出し
たけど、おむすびもらってきたんだ。お腹もすいたし、楓お姉ちゃん、一緒に食べよ。
・・・・えっと、あ、これこれ。竹の皮に包まれたおむすび。・・・よっと・・・。あ、
見て見て楓お姉ちゃん。炊き込み御飯をおむすびにしてある!私、この炊き込み御飯のお
むすび大好き!はい、楓お姉ちゃん。」

「ありがと・・・・・・・・・・初音、これ・・・・キノコ入ってる。」

「いっただきま〜す。とりあえずお腹を膨らませてから対策考えないとね。」

「・・・初音。」

「ぱく。」

「・・・・これは」

「もぐもぐ。」

「・・・・その」

「ごくん。」

「・・・・・・・・手遅れ。」

「・・・・・・・ぅ、ぅ、ぅぅうらあああああああああああああああああ!!!!」

 さて、大方の予想通り千鶴特製セイカクハンテンダケ入り炊き込みおむすびを食べた初
音は、ぴゅーーーーっと風を巻いて表に飛び出しました。耕一之進の屋敷には、おむすび
を持った楓がぽつん、と取り残されました・・・。

ダン!(踏み板を鳴らす音)

「こら、出てこ〜〜い!!」

「なんだいなんだい、いきなり戸口を壊して!あ、誰かと思えばさっきの嬢ちゃんじゃな
いか。また来たのかい。」

「耕一之進を出せ!」

「出せってあんた。岡っ引きかなんかかい。」

(注:岡っ引き・・・警察官)

「さっきも言ったろ?耕一之進様を出すわけにゃあいかないよ。」

「・・・ふむ。まあ、あんたは上からそう言われてればアタイを通すわけにはいかないだ
ろう。だが、このアタイが頭を下げるんだ。ほら、この通り、だから、このアタイに免じ
て一つ、耕一之進と会わせてもらえませんかね。」

「駄目だって何度言えばわかるんだい!」

「駄目だって・・・そんな頭ごなしにつれないことを言わずにさ、ほら、もう何度でも頭
下げるからさ。」

「駄目!帰っとくれ!」

「どうしても?」

「どうしても!」

「これだけ頼んでも?」

「どれだけ頼んでも!」

「・・・・・・・そうかい・・・・・・。・・・・・・それならしょうがねえ・・・・
・・。わかったよ・・・・・・。ちっ・・・・・・・・・・。」

・・・・・・・・・・・ダン!!(踏み板を激しく鳴らす音)

「いい加減にしろい、この、丸太ん棒!!」

「ま、ま、ま、丸太ん棒!?な、なんてことお言いだい、この洗濯板!!」

「だっててめえ、人の話をまるで聞かねえじゃねえか!耳も目もねえ丸太ん棒で十分すぎ
らい!人がおとなしくしていたら図にのりやがって、こっちが何もしらねえとでも思って
るんか!今から言ってやるから耳かっぽじってよく聞きやがれバカ!あんまりのことでび
っくりしてシャックリ止めてバカになんなよ、おい!よく聞けよ〜。売れねえルポライタ
ーだったおめえがこの街に流れ着き、食うや食わずやの生活を送っていた二年前のことを
忘れはしめえ!幸いこの界隈は仁義深いお方がそろっていらっしゃる。隣の袴屋越後、向
かいの酒屋上州。そして、耕一之進もだ!そんなおめえを哀れに思い、みんなして飯を世
話してやったり着る物を用意してやったことを覚えているか!そして終いには耕一之進の
口利きでこの小出屋に女中奉公の口を世話してやり、この街で居る場所を作ってやったこ
とを忘れたとは言わせねえぞ!それがちょっと出世したと思ったら図にのりやがって、忠
義ヅラして大恩ある耕一之進を縛りつけやがってこの薄情者が!なんか言いてえことある
か、こら。そんならこのアタイが相手してやっから表へ出ろい、この、恩知らず!!」

ぱちぱちぱち・・・(お約束の客の拍手)

「・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだいなんだいなんだい、いきなり油紙に火が
ついたみたいに啖呵きりやがって。なんだってなんだって?私が耕一之進様の恩を忘れ
た?バカ言っちゃいけないよ。一時だって忘れたことがあるもんかね。だからこそ、由美
子お嬢様と一緒になって耕一之進様に楽してもらおうと思ってるんじゃないか。」

「それが余計なお世話ってんだよ。耕一之進をなんだと思っていやがる。てめえの勝手な
考えを押しつけるんじゃねえよ。耕一之進が自分の意志でここにとどまるってえならアタ
イだって文句はいわねえ。だけどな、耕一之進をわざわざ訪ねに来たアタイらを清めの塩
を撒いて追い出しやがって!あれ、当たると焼けるように痛いんだぞ!」

「・・・・・は?」

「・・・い、いや、こっちの話だ。つまりだな、耕一之進の口からきかねえとこっちだっ
て収まりつかねえんだよ!わかったら、さっさと耕一之進を出せ!」

「・・・・・・・・初音ちゃん?」

「あ、耕一之進!」

「耕一之進様!」

「やっぱり初音ちゃんか。なんだか賑やかだから何かと思って来たけど、まさか初音ちゃ
んが来てるとはなあ。俺を迎えに来てくれたのかい?」

「あ、ああ。そうなんだ。」

「そっか。ありがとう。響子さん、やっぱり、俺の居場所はここじゃないよ。色々よくし
てもらって悪いけど、俺は帰る。初音ちゃんも迎えに来てくれたしね。今まで世話になっ
たな。」

「耕一之進様・・・・。」

「それじゃ、初音ちゃん行こうか。」

「あ、ああ!」

 と、こう言うわけで耕一之進は無事に帰ることが出来、正月を千鶴達と共に過ごすこと
が出来ました。しかし、その後耕一之進の街ではこの話に尾ひれが付いて、初音は怖い人
として見られることになりました。そう、彼らは小出屋に突っ走る初音の形相や小出屋か
ら聞こえた啖呵を聞いて、初音は「鬼」だと称したのであります。まさに、鬼を取りに来
た初音が、真の「鬼」として認められてしまったというお話であります。




送り囃子:てけてけてんてんけててんてんてけてけてんてんてけてんてん・・・



補足:梓の行方はようとして知れない・・・・・




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