. 中国の伝統的な発想では「青春」に続く中年時期を「朱夏」という。 それに続く秋は、たぶん「白秋」であろう。では冬は?ずいぶん調べたけれども なかなか判らない。俳句を嗜むメールフレンドに、季語の中にないかを尋ねた ところ、これもあちこち勉強してくれて「玄(黒)冬」ではなかろうかという 返事であった。そうだ黒だ、そうに違いない。私のイメージにぴったりなので 、そう思いこむことにした。
堺屋太一さんは、人生の盛りを「朱夏」として、「人生八十年時代」なら、
四十代がその前半、五十代はその後半に当たるだろうと書かれている。
私のこのH.Pでの随筆集も、29才時の「生きる」をベースに、その後の自分と比較することで
「朱夏」の時代を表したいと考えている。ところで私は、この二月で57才の誕生日を迎える。 そうすれば私の「朱夏の時代」は何だったのだろう。結婚をして子をもうけ、家庭をなし、 二人の子供に一通りの教育を受けさせて、親の義務は終わった…という程度の満足と感慨しか 残っていないのだ。
| ![]() | . 私にも、あと一、二年で職場での「肩叩き」があろう。まだまだ社会に通用する仕事が できる自信はあるが、さりとて、この仕事をやってみたいという夢もない。そのまま 「白秋」の時代に入るのであろうか。
「夢みたいな」ことで良ければ、私はキャンピングカーで、このHome Pageでも取り上げている
全国の元気な市町村巡りをしてみたいと考えている。一日を午前・午後に分けて二つの市町村
を訪問して町づくりの取り組み状況を教えてもらう。また具体的な事例があれば現地を見せて
もらう。その結果は、その日のうちにHome Pageで紹介をする。そして、次の週に訪問したい
市町村にメールを送ってアポを得る。できるだけキャンピング暮らしに徹して、全国の
オートキャンプ場の情報をまとめるのもいい。 六十代は「白秋」時代…先ず健康でいることが最優先だし、もうそろそろ心がけるべきなのだが、 その心得が今も稀薄である。開放感と使命感…ご恩返しのボランティアができるとすれば、 私にはやはり「ふるさと塾」しかなさそうである。 29才の二月に独身時代の総括として、自分史のガリ版刷りに燃えたように、人は生まれた月に 燃えるのだろうか。二月を迎えた私は、今、新しい冒険を計画することに熱中している。
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