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2月 2月14日 バレンタインデー 今日はバレンタインデーとかいう日、遙か以前から僕には無縁の日だ。とは言ってもこんな僕でも会社勤務時代の義理チョコ以外に 二度もらったことがある。一人は小学生の娘から、もう一人は?(名前はなかった)…消印を見ることも思いつかなかった。ただ 思い当たるのは一人だけだった、どうしてお礼をしなかったのか。こういうところだろうな…続かなかった理由は、見える優しさが なかった。今週の水曜日だったか 妻が「怒らないで」と言う、その後はいろんな人達から「チョコレートをいただきました、 ありがとうございます」と言われた。いくら心の狭い僕でも怒るもんか、僕はチョコレートをもらえないことは大昔から慣れてるし だいいち食べられない。訪問先への配慮、ありがとう。 土曜日のケアは朝10時15分から。僕がまだパソコンを終わらせることが出来ないでいるうちに訪問看護ステーションAのT看護師と K会のヘルパーAちゃんが部屋に入ってきた。そして僕がパソコンを終わらせると二人でパソコンを片付け、Aちゃんが洗顔している 間にT看護師はバイタルを測ってから脚をマッサージしてくれた。Aちゃんの洗顔が終わったら二人で清拭と陰洗。清拭は二人とも 力強くゴシゴシと 手足の指の間もしっかりと拭いてくれたので気持ち良かった。T看護師もAちゃんがこれだけ先に先に的確に 動いてくれたらずい分楽だと思う。陰洗も終わり ケアが終わって時計を見ると11時15分を過ぎていてオーバー、この二人でも 1時間は難しいか。 2月13日 立ち方を忘れていた 朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとYさん・ヘルパーのKさんとNaさん、僕の お気に入りのメンバー? 今日のメンバー構成が一番若手の集まりなんじゃないのかな、平均年齢は40歳を超えているけど(笑)。 いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでにY看護師がゆるい脚のマッサージをしてくれて 看護師さん二人に万歳10回と左側臥位に なってタッピングしてもらった後に吸引してもらって、それからみんなにスライドボードを使って身体をベッドから浴槽の上に 張ったネットまで移してもらった。そしてネットを緩めてお湯に浸かると…お湯は最初熱かったけど すぐに慣れて丁度いいと 感じる温度になって、そんな気持ちの良いお湯の中でKさんに髪をG看護師に顔を洗ってもらいながら温もった。今日もみんなが 集まってから井戸端会議が始まって、こんな暮らしをしている僕はテレビで聞くぐらいで身に詰まって感じることはないのだが… 昼食の世界にもついに物価高の波が襲ってきてランチもお弁当もどこも値上げと。そしてG看護師が今勤務している施設 「ゆいたん」でも「ランチ100円値上げ」が決まったそうだ。昼食1コインの時代はとっくになくなっていた。 そんな話を聞きながらゆっくりと温もったところで ネットを張って身体を浴槽の上にあげてもらい、みんなに身体の隅から隅まで しっかりと丁寧に洗ってもらった。Naさんが脚も足も足の指の間も力強くゴシゴシときっちりと洗ってくれので気持ち良かった。 それからネットを緩めてもう一度お湯に浸かり、温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで汗が出そうになるまで十分に温まってから お風呂からあがった。今日も耳は調子が良くて井戸端会議の話の内容もよく聞こえて楽しかった。今日も気持ちの良いお風呂を 楽しめた。 午後からは往診と訪問リハビリ。午後2時前にかかりつけ医のT先生に来ていただいて往診、診察とカニューレ交換の処置をして いただいた。そして午後3時半に訪問リハビリのH先生が着いてリハビリ開始。金曜日のリハビリは最初に端座位をして、次に立位 運動3回、それと最後に脚の可動域運動。まずH先生がベッドの右端に座らせてくれてH先生に後ろから上半身を支えてもらいながら 端座位。腰も体幹もふらふらする感じがなくて窓の外もゆっくり見ることが出来て良い気持ちだった。途中で窓の外にチビが来て 「入れて」と言っているのが見えたので、妻を促してチビを窓から入れてもらった。端座位の終盤になるとだんだん疲れが出てきた みたいだったから、次の立位運動に備えて体力回復のために妻に蘇生バッグで押してもらったのだけど…。次の立位運動、1回目は 記憶しておいたはずの立ち上がり方が頭から飛んで腰を伸ばす際に少し不格好になり右腰に小さな痛みが出た。2回目・3回目は 立ち上がり方を呼び起こして…、上手く立つことが出来たと思う。最後は脚の可動域運動、いつもの金曜日より股関節の屈曲運動も 脚を挙げての膝の裏伸ばしも踵伸ばしも痛みが小さかったような気がする。これは良い傾向なのか。 2月12日 今日はいい感じ 木曜日の朝のケアは本来9時45分から。しかし訪問看護ステーションOのM看護師が着いたのは10時10分頃、まあ僕も10時過ぎまで パソコンしていたから何にも言えないか。直後にK会のヘルパーIさんが来て、M看護師がバイタルを測っている間に洗顔用のお湯を 汲んできた。そして自分から「洗顔しましょうか」と言ったみたい。Iさんも日々成長している(笑)。Iさんが洗顔している間は M看護師は脚のマッサージをしてくれた。そしてIさんの洗顔が終わったら二人で背中拭きと排便介助。まず背中拭き。M看護師の 背中拭きはいつも通り上着から右腕を抜いて仰向けのまま胸とお腹・腕と手までしっかりと拭いてくれて、僕を左側臥位にしてから カニューレのネックホルダーを片方外して首から背中・腰・お尻の上の方まで力強くしっかりと拭いてくれた。 朝のケアの最後は課題だらけの排便。だけど今日は朝から弱い便意があっていつもの木曜日より幾分良い感じがした。最初に 左側臥位になってM看護師に摘便してもらったらある程度の量の便が取れたみたい。浣腸してもらったら自分でも少量の便は 出せて、M看護師に仰向けと左側臥位になってお腹を押しながら摘便してもらったら…僕自身でも便が出てるのが分かるくらい きちんとお腹を押してくれて いっぱい出たらしい。この辺の便を自分で出させる上手さが 流石M看護師だ。もしも僕の腹筋の力 下腹を押す力がもう少し強ければ 自分でもっと便をたくさん?出せるはずなのに、悲しい(泣)。 午後3時からは車椅子移乗。社協のヘルパーYさんが今日も5分前に来て脚のマッサージ。Yさんが左脚に装具を付け終わった ところにM看護師が着いて、M看護師は右脚に装具を付けてからYさんと一緒に頸に装具を付けた。木曜日の車椅子移乗は一度 立ってから車椅子に移る。M看護師とYさんに立たせてもらったら…、左右のバランスがあまりよくなかったけど上手く立てたし 立ってる時に腰に一瞬だけど驚くほどいい感じでぐっと力が入った(こんな感じ 初めて?)。それからもう一度ベッドに横になり 二人にスライドボードを使ってベッドから車椅子に移してもらった。車椅子は今日はテレビの方、オリンピック スノーボードの ハーフパイプ。でも くるくる回ってるのと高さの違いは分かるけれど、技の違いも凄さの違いも分からなかった。今日は外も 良い天気だったし…、庭向きの方が良かったかな(反省)。 2月11日 建国記念日 今日は建国記念日で祝日。だけど入浴車も訪問リハビリもいつも通り来てくれた。ありがとうございます。 朝10時過ぎからは入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のHuさんとFさん(ケアマネージャー)・ヘルパーのNaさんとMoさん、 Hu看護師が言うには「Fさん(看護師)とのコンビは久しぶり」、僕は「左利き(Hu看護師)に洗顔してもらうのは久しぶり」(笑)。 いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでにF看護師が熱心に脚のマッサージをしてくれて 看護師さん二人に万歳20回と左側臥位に なってタッピングしてもらった後に吸引してもらってから、みんなにスライドボードを使って身体をベッドから浴槽の上に張った ネットまで運んでもらった。そしてネットを緩めてお湯に浸かると…お湯は最初は熱く感じたけれど すぐに慣れて丁度いいと 感じる温度になって、そんな気持ちの良いお湯の中でMoさんに髪をHu看護師に顔を洗ってもらいながら温もった。 今日もみんなが集まってから井戸端会議が始まった。今日の井戸端会議の話題はいろいろ移って まずは衆議院選挙、「○○さん 落ちちゃった」とか「○○さんは当選した」とか「自民の○○さんの応援に高市総理が来た時は5,000人集まったと発表されたけど あの場所にそんなに入らない、でも人はいっぱい集まってた」とか「(落選した)○○さんが寒い中 駅前で街頭演説しているのを 見た」とか。それから次の話題は冬季オリンピックのこと。テレビは点けてオリンピックを聞いてはいるのだけれど 画面を見るのは 興味がある時ぐらいで…、当然のことながら出場している日本人選手もほぼ分からない始末。名前を知ってるのはフィギュア スケートの梶山選手・坂本選手とスキージャンプの高梨選手ぐらい。それに対してHu看護師の口からは日本人選手の名前がスラスラ 出てきた、録画して見ているらしい。その後も色んな話題が出てみんなも話が尽きなかったようで、今日の井戸端会議は僕が お風呂をあがるまで続いた。 そんな話を聞きながらゆっくりと温もったところで ネットを張って身体を浴槽の上にあげてもらい、みんなに身体の隅々まで しっかりと洗ってもらって気持ち良かった。Naさんが脚も足も足の指の間も力強くきっちりと洗ってくれた。それからネットを 緩めてもう一度お湯に浸かり、温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで十分に温まってからお風呂からあがった。今日も耳は 調子良くて井戸端会議の話の内容もよく聞こえて実に楽しかった。今日も気持ちの良いお風呂を楽しめた。 午後3時半過ぎに訪問リハビリのH先生が着いてリハビリ開始。水曜日のリハビリは脚の可動域運動と立位運動3回。まず最初に 脚の可動域運動。やはり水曜日は股関節の屈曲運動も脚を挙げての膝の裏伸ばし(大腿二頭筋の下部伸ばしも)も金曜日より痛みが 遅れてくる、時間帯もほぼ同じなのに…何故だろう。脚を挙げての膝の裏伸ばしの時はH先生の肩の上にある左右の足を比べて 見ているのだが、右足の親指の関節の変形は確かに少し小さくなった…特に第一関節が。左右の足の甲の厚みの違いは 何だろう、やっぱり右股関節と右膝の血管狭窄から来ているのか。踵伸ばしはH先生の右手の小指が本調子に戻ったら、 怖いなあ(笑)。ベッドからの立ち上がり 立位運動は今日は3回とも好調、前回整理したやり方をちゃんと覚えていて 実践出来たから。そこでもう少し欲張ってみようと思い始め、立位で片足重心の時に「お尻に力を入れて腰を伸ばそうとしてみた」。 左足重心はちょっと気持ち悪い感じだけど、そしてほんの少しの時間だけど…試みてるのは評価してもらえると思う。僕の心の 運動メニューに入れておこう。 2月10日 久しぶりに雨模様 火曜日のケアは朝9時半から。社協のヘルパーMoさんが僕がまだパソコンしている5分前に来て洗顔準備、パソコンを片付けてから 洗顔開始。訪問看護ステーションOのM看護師が着いたのはKuさんが洗顔が終わって背中拭き用のお湯を汲んできた午前10時頃、 急いでバイタルを測り それから二人で背中拭きと陰洗。M看護師の背中拭きはいつも通り上着から右腕を抜いて仰向けのまま胸と お腹・腕と手までしっかりと拭いてくれて、僕を左側臥位にしてからカニューレのネックホルダーを片方外して首から背中・腰・ お尻の上の方まで力強くしっかりと拭いてくれたので気持ち良かった。そして陰洗が終わったら車椅子移乗、二人にスライド ボードを使ってベッドから車椅子に移してもらった。車椅子は今日も庭向き。外は小雨模様、久しぶりの雨 らしい。庭の景色は 昨日とたいして変わりはなかった。ただモチノキの赤い実はやっぱり見えなかった。 午前11時前に訪問リハビリのH先生が来て車椅子に座ったままで左上半身(肩・肘・腕・手・手の指)の可動域運動。左手・左腕を右肩の 方に近付けて左肩の内転、いつものことながら強い痛みは感じない。次に左腕を外側から上に挙げて左肩の外転、左腕を真っ直ぐ 上に挙げるよりいつも左肩の外側に強い痛みを感じる。右肩は外転からの腕上げでもこの部位に痛みを感じたことはなく痛いのは 肩の関節だけなのにどうして…。左右とも肘の屈曲運動は耐えられるのに手の指の屈曲運動はかなり痛くて我慢は難しい。 左上半身の可動域運動が終わったら車椅子に座ったままで呼吸リハ、身体の側面から肺の中葉・下葉辺りを押してもらった。そして ベッドに戻るための4歩の歩行運動。先週の火曜日ほどじゃなかったけれど左足も右足もまあ力強く踏ん張れたと思う。ただ歩行の 時の右足の運びに変な感じがして…、先週は感じなかったこの違和感がとても気になった。ベッドに戻ったらベッド上で右上半身の 可動域運動と仰向けのまま胸押し(呼吸リハ)、これで今日のリハビリは終了。最後にH先生からひと言、「今日の胸押しが今までで 一番(新しい)人工呼吸器に合ってた」と。 2月9日 難しいなあ 月曜日の朝のケnアは10時15分から。社協のヘルパーKuさんが5分前に来て洗顔準備、訪問看護ステーションAのT看護師はほぼ 定刻に来た。そしてKuさんが洗顔している間にT看護師はバイタルを測り脚をマッサージしてくれた。洗顔が終わったら二人で 清拭と排便介助。二人の清拭は力強くて丁寧で まあ気持ち良かった。最後は問題いっぱいの排便、今回も一昨日ラキソベロンを 服用するのを忘れてしまった(昨日は15滴服用したが…)。最初にT看護師に摘便してもらったが、便はどのくらい取れたのか? 次に 浣腸してもらって…便はちょびっとは自分で出せたけれど、下腹に便が残っている感じがした。それで仰向けと左側臥位で Kuさんにお腹を押してもらいながらT看護師に摘便してもらったのだが、便は思っていたほど取れなかったようだ。仕方がないので 今日は僕もT看護師も納得の上で2本目の浣腸、これで便がもう一塊出て、お腹もある程度すっきりしたので洗ってもらった。 ケアが終わって時計を見たら正午を過ぎていた、まずい。Kuさんはお腹を押すのが上手かった、ただ仰向けの時はもう少し 下の方を押して欲しかったかな。 午後3時からは車椅子移乗.社協のヘルパーYさんとKuさんがいつも通り5分前に来てKuさんが脚のマッサージ。T看護師も定刻に 顔を見せて同じく脚のマッサージ。そしてT看護師とKuさんがそれぞれ脚に装具を付けて その後二人で頸にも装具を付けた。 月曜日の車椅子移乗はヘルパーさんのフォローでT看護師に立たせてもらってから、もう一度ベッドに横になりスライドボードを 使ってベッドから車椅子に移してもらう。T看護師とKuさんに立たせてもらったけど最初右膝が曲がってて危なかった、右踵が 装具からほんのちょっと浮いていただけなのに。車椅子は庭向き。部屋の南側の窓の向こうの蝋梅が枝の上の方にも黄色い花が 咲き始めた。ユキヤナギのほぼ総ての枝に一斉に新芽が出ていた。ツワブキ綿帽子この時期だった? モチノキに小さな赤い実が あるのは何とか見えた、今年は小鳥は来そうもない。梅の花が咲くまで楽しみは少ないな。 2月8日 外は雪模様 朝10時半ごろ 妻が「SDカード」と言って部屋にやってきた。このパソコンはSDカードスロットルも付いてないから「(USB接続の) カードリーダーに入れて」と説明するのも難しい。それにここ数年妻がSDカードに何かを入れてくること自体がなかったので、妻が 何をしたいのかが分からず…困惑気味だった。SDカードの中を開いてみると入っていたデータは外の雪景色の写真、その時初めて 雪が降ったことを知った。同時に 物事に対して無関心な自分がいることを知った…。そういえば朝 夜間担当の重度障碍者訪問 介護のヘルパーさんが自分の自動車を見に行って「雪が…」なんとかと言ってたっけ、でも今朝は全く関心を示さなかった。 若い頃は 外を見なくても雪の降る「しんしん」という音が聞こえていた。高校2年の冬 未明に「しんしん」という音が聞こえて外を 見たら真っ白、日ごろは朝8時台の列車で行ってぎりぎり間に合うくらいにしか目の覚めない僕が わくわくが強くて眠れなって… 5時台の始発列車に乗って学校に行った。そうしたらもう一人Yが来ていて、Yと二人で真っ白なグラウンドに靴跡をつけるために 歩き回った。もう10年ぐらい前に大雪になって15p以上積もった時に、下の息子が大きな雪だるまを作った写真を見て 嬉しかった。数年前までは「雪が降った」と聞いたら妻に必ず「写真を撮って」と頼んでいたけど…今はこの無関心、どうした自分。 遅くなったけど…「雪景色の写真、ありがとう」。 2月7日 外出 今日は西九州大学リハビリテーション学部の植田先生(准教授?)のところまで外出だから、朝のケアは中止にしてくれた。出発は 正午。代わりに午前10時50分頃に社協のヘルパーYさんが来て洗顔準備、Yさんが洗顔している時に社協のFケアマネージャーと 訪問看護ステーションOのM看護師が来て脚のマッサージと脚への装具付け。その後M看護師とYさんで頸にも装具を付けてくれて 妻に吸引してもらい介護タクシーの着くのを待った。介護タクシーが来たらすぐに介護タクシーに乗り込み、昼の経管栄養を 介護タクシーの中で落としながら今日植田先生の居る佐賀県難病支援相談線センター(佐賀市)に向かって出発。最初は伊万里市〜 多久市経由で佐賀市に向かうつもりだったようだけど、すぐに到着時間を短縮出来る可能性の高い(有田〜)武雄市経由を 運転手さんの判断で選択したようだ。どちらも昔何度も通ったことのある道なのに道そのものや建物・風景が変わって・・・「今どこを 走っている」のかさっぱり ずっと分からなかった。寂しかった、悲しかった。四半世紀の時が景色を変えてしまった。 難病支援相談センターに着くと植田先生がもう下で待っていてくださってエレベーターで2階へ、難病支援の名称に似合わぬ エレベーターの狭さ。今日の目的は植田先生が開発しているメタバースのアプリを使ってみて評価すること。ただそれ以前に 介護タクシーで移動している時から日頃やってない車椅子に座っている状態で使うことが出来るスイッチはどれかが気になって いた。スイッチが入ったかどうかの感触が分かりづらいピエゾスイッチはまず排除した、ピルケーススイッチやタッチスイッチが いいと心に決めていた。当然植田先生はその辺は承知していて、30分もしないうちに車椅子に座っている状態で使えるスイッチを 作ってくださった。ただ有効率は60〜70%、この短時間だから仕方ないけど。 メタバースのアプリはきれいで分かりやすい構成。ただ僕が体験したのがお仕事モードの接客、いつものことながら相手がいると この非常に遅いチャットの入力に相手が本当に待ってくれるのかが心配になった。相手も待たせられるのは承知しているのだが、 それ以上に待たせることになるからチャット形式は嫌いなのだ。それとスキャンが待てずに苦労した。これはスキャン速度の問題と いうよりも僕の性格の問題だからこのスキャンに慣れるしかないのだ。僕が出来る仕事があるとすればパソコンでやれて ある程度 納期があって メールで打ち合わせ出来る仕事で、このメタバースのアプリとは性質が違う。しかし初めての僕がある程度 使えたのだからこのメタバースのアプリは分かりやすく使いやすいアプリではある、有用かどうかはその人の状況や障害の程度で 変わってくると思う。 久しぶりの長時間の外出は疲れはあまり感じなかったけど…、出発して30分もすると膝や足首・首の後ろが痛んできて 困った。 普段の車椅子移乗で週に3回は1時間ぐらい車椅子に座っている訳だから、30分で痛くなったってことは揺れるリフト車の移動に 慣れてないってことだろうか。それとこの介護タクシーはリフト車の中でも窓の小さな車種だから外景色が見にくくて… 寂しかった。それでも行きは佐賀市に近づくに従って山茶花の花が増えていくのが分かったし、帰路の高速道路では多久市まで 街路樹が山茶花だった。佐賀県の花って山茶花? 2月6日 耳の聞こえが・・・ 朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとHuさん・ヘルパーのNaさんとIさん。今週 初めから耳の聞こえ具合が少し悪くなって、特に入浴車と頸に装具を着けるリハビリのある水曜と金曜はWで耳の聞こえが 悪くなる。まあ入浴車は午前中だからそう耳の聞こえ具合が悪いって訳じゃなくて、お風呂の井戸端会議で内容も何とかある程度は 分かるくらいかなって。 いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでに看護師さん達に脚のマッサージと万歳10回・左側臥位になってタッピングしてもらった後に 吸引してもらって、それからみんなにスライドボードを使って身体をベッドから浴槽の上に張ったネットまで移してもらった。 そしてネットを緩めてお湯に浸かると…お湯は最初熱く感じたけど すぐに丁度いいと感じるようになって、そんな気持ちの良い お湯の中でNaさんに髪をG看護師に顔を洗ってもらいながら温もった。今日もみんなが集まってから井戸端会議が始まったのだが PTA?、よく分からなかった。 そんな話を聞きながらゆっくりと温もったところで ネットを張って身体を浴槽の上にあげてもらい、みんなに身体の隅から隅まで しっかりと丁寧に洗ってもらった。Iさんも不慣れながら脚も足も足の指の間もきっちりと洗ってくれた。それからネットを緩めて もう一度お湯に浸かり、温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで汗が出そうになるまで十分に温まってからお風呂からあがった。 今日も気持ちの良いお風呂を楽しめた。 午後4時近くに訪問リハビリのH先生が来てリハビリ開始。金曜日のリハビリは端座位した後立位運動を3回して 最後に脚の可動域 運動。最初に脚と頸に装具を付けてもらい H先生にベッドの右端に座らせてもらってから かつH先生に後ろから支えてもらって 端座位。体幹も腰も安定していてグラグラしないし窓の外の庭の景色もはっきり見えたし…、調子は良い。しばらく端座位して… 疲れが出始めた頃(笑)から立位運動。今日は3回ともベッドから上手く立ち上がれて、調子は良かった。もしかしたら ベッドから きれいに立ち上がるコツを掴んだのかも、当たり前のことだけど上半身を前傾姿勢にしたまま上体も頭も起こさずに頭の方に向かう 気持ちで立ち上がる。ただ身体は覚えてくれないから…頭で覚えていて毎回身体にやらせないといけないのが辛いところだ。 もうひとつ 右腰に小さな違和感が出たのが気になった、何だろう。最後は脚の可動域運動。今日は痛みが比較的遅く来た、 股関節の屈曲運動も脚を挙げての膝の裏伸ばしも踵伸ばしも。それに股関節の屈曲運動もいつもより10秒ぐらい短かったような…、 そう考えると脚の可動域運動は普段の金曜日より楽?だったかも。まあ最近はその分端座位や立位運動で頑張っているから。 リハビリが終わってもH先生は帰れなかった、妻が出掛けていたか。その空き時間にH先生が呼吸リハ 胸を押してくれた(笑)。 2月5日 便はいっぱい出た? 木曜日の朝のケアは9時45分から。10分ぐらい遅れて訪問看護ステーションOのM看護師が来たのだけれど僕はパソコンを終えた ばかり、僕にとっても丁度良くなった。M看護師はすぐにバイタルを測ってから洗顔開始。そしてM看護師の洗顔が終わろうとする 時にK会のヘルパーAちゃんが着いた。すぐに二人で背中拭きと排便介助。M看護師の背中拭きはいつも通り上着から右腕を抜いて 僕を左側臥位にしてからカニューレのネックホルダーを片方外し首から背中・腰・お尻の上の方まで力強くしっかりと拭いてくれた。 それから仰向けになった後は胸とお腹もしっかりと拭いてくれた。背中拭きが終わったら課題いっぱいの難関 排便、でも M看護師なら難易度が低くなる? 最初に左側臥位になってM看護師に摘便してもらったら肛門近くまで下りてきていた便は全て 取れたとM看護師は言った。次に浣腸してもらったらガスと一緒に便を幾らかは自分で出せた。でも便が下腹にかなり残った 感じだったので仰向けと左側臥位でM看護師にお腹を押しながら摘便してもらって…流石はM看護師、便はいっぱい出たらしい (自覚はなかったが)。それで(も)洗ってもらった。ケアが終わって時計を見ると午前11時15分、丁度いい時間だった。 午後3時からは車椅子移乗。社協のヘルパーYさんが5分前にはもう来てて脚のマッサージと脚への装具付け。Yさんが左脚に装具を 付けているところにM看護師も着いて、右脚へ装具付けてから二人で頸へも装具を付けた。それからM看護師とYさんに立たせて もらったけど、まあまあ上手く立てたと自分では思うが…。そしてもう一度ベッドに横になりスライドボードを使ってベッドから 車椅子に移してもらった。車椅子は庭向き。部屋の南側の窓の向こうの蝋梅の黄色い花や蕾がまた増えていた、火曜日に蝋梅ももう 終わりかなと考えたのは間違いだった。それからしばらくは眠っていたようだ。最後にチビが庭の僕の見える範囲を2回通って いった、玄関から納戸の方・家の裏へ そして家の裏から玄関の方へ。最後の最後に庭に日が差してきてモチノキの小さな赤い実が 輝いて見えた。 2月4日 入浴車 楽しかった 朝10時過ぎからは入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとHuさん・ヘルパーのKさんとNiさん。最近社協内で人事 異動があったようで「職場に新しく配属されてきた人の性格や行動が解らない」ってHu看護師やKさんが入浴の準備をしながら こぼしてた、聞きながらG看護師は静かに微笑んでいたけど。新しい職場に入った方も慣れない環境で神経を使っているかも しれないし…(笑)。いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでにHu看護師が脚のマッサージをしてくれて 看護師さん二人に万歳10回・ 左側臥位になってタッピングしてもらった後に吸引してもらって、それからみんなにスライドボードを使って身体をベッドから 浴槽の上に張ったネットまで移してもらった。そしてネットを緩めてお湯に浸かると…お湯は最初「熱っつ」と思ったけどすぐに慣れ 丁度いいと感じるお湯の温度になって、そんな気持ちの良いお湯の中でNiさんに髪をG看護師に顔を洗ってもらいながら温もった。 今日もみんなが集まってから井戸端会議が始まって、今日の話題は「昨日の節分」のこと。でも 昨日節分だったのに豆まきの話は 全く出ず 出るのは「恵方巻き」の話ばかり、「どこどこの恵方巻きは美味しい」とかで…今恵方巻きはコンビニとかスーパーで 買うのが主流で自分で作っているのはHu看護師だけだった。井戸端会議で節分の話題になって豆まきの話が出なかったのが 意外だったけど、そういえば少し前の井戸端会議で豆まきの話題になって 後片付けが問題だから小分けされた豆が入った ビニール袋を投げるって話が出たっけ。 そんな話を聞きながらゆっくりと温もったところで ネットを張って身体を浴槽の上にあげてもらい、みんなに身体の隅々まで しっかりと丁寧に洗ってもらって 気持ち良かった。Naさんも脚も足も足の指の間もきっちりと洗ってくれて 良い気持ちだった。 それからネットを緩めてもう一度お湯に浸かり、温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで汗が出そうになるまで十分に温まってから お風呂からあがった。今日は耳の聞こえがもうひとつで朝からTVerのドラマを視聴するために補聴器を着けていたが、入浴車 利用のために補聴器を外してもらった後も井戸端会議の話の内容は不思議と聞こえて実に楽しかった。今日も気持ちの良いお風呂を 楽しめた。 午後3時半過ぎに訪問リハビリのH先生が来てリハビリ開始。水曜日のリハビリは脚の可動域運動と立位運動3回。最初に脚の可動域 運動。股関節の屈曲運動も脚を挙げての膝の裏伸ばし(大腿二頭筋の下部伸ばし)も先週の金曜日に比べたら全然痛くなかった。 水曜日はだいたいその傾向がある、なぜだろう。踵伸ばしにもH先生が本格的?に力を入れ始めた。力強い踵伸ばしは本当に 久しぶり、かなり強い痛みが来るけれど…僕にとっては心地良い痛みだ。最後は立位運動、今日も3回とも調子は悪くなかったと 思う。先週の金曜日に思い描いていたやり方:上半身を前傾にし上体を起こさずに頭を残して頭のある方向に向かって立ち上がる、 今日も覚えていてその通り出来たと思う。コツを掴んだかもしれない。 2月3日 節分 今日は節分。と言っても節分は年に何回かあるらしいのだが「鬼は外、福は内」の節分の日、いつからかは覚えてないが「恵方巻きを 食べること」が習慣になった節分の日だ。うちではもう長いこと「鬼は外、福は内」の声は響いてないし、「巻き寿司」を切らずに 長いまま‘恵方巻き’として食べる習慣には馴染めないが。まあ僕が元気な頃(〜2000年?)は恵方巻きという習慣はある一地方にしか 存在しなかったらしい。 火曜日のケアは朝9時半から。社協のヘルパーNaさんが5分前に来て明るく「おはようございます」と挨拶してから洗顔準備。その後 すぐに訪問看護ステーションOのM看護師が部屋に入ってきたので僕はびっくり、Naさんが洗顔している間にM看護師はバイタルを 測り胸を聴診してから脚をじっくりとマッサージ。そしてNaさんの洗顔が終わったら二人で背中拭きと陰洗。M看護師の背中 拭きはいつも通り上着から右腕を抜いて、僕を左側臥位にしてからカニューレのネックホルダーを片方外して首から背中・腰・お尻の 上の方まで力強くしっかりと拭いてくれて 気持ち良かった。それに仰向けになった後は胸とお腹までしっかりと拭いてくれた。 陰洗も僕が「(陰部は)全部痒い」と言ったから丁寧に洗ってくれた。陰洗が終わったら車椅子移乗、二人にスライドボードを使って ベッドから車椅子に移してもらった。車椅子は庭向き。部屋の南側の窓の向こうの蝋梅の黄色い花が鮮やかに見えなかったので 蝋梅の季節ももう終わりかなと思ったけど…。火曜日のこの時間帯は光の関係で庭の景色がきれいに見えない。その中で花が散った 後のツワブキの幹や枝だけが目立っていた。 珍しく午前11時過ぎに訪問リハビリのH先生が着いて車椅子に座ったままで左上半身(肩・肘・腕・手・手の指)の可動域運動。今日は 肩の運動(腕の内転・外転からの腕挙げ・真っ直ぐ腕挙げ)で痛みが早く来なかった。しかし 手の指の屈曲運動はやはりいつも通り かなり痛かった。なかなか柔らかくはならないもんだ。そして呼吸リハで胸を横斜め下から押してもらってからベッドに 戻るための4歩の歩行運動、あまりにも違和感なくスムーズに歩けたので自分でもびっくりした。ベッドに戻ってからベッド上で 右上半身の可動域運動。やはり肩の運動も車椅子に座っている時より痛みが早く来る、なぜだろう。最後にH先生が「(ベッド 上でも)胸を押す」と言ってくれた。H先生に両胸を押してもらうのも久しぶりだけど…片胸を押してもらう時と肺の感じも少し 変わるものだ。H先生は少し?痛そうだけど、これで元通り。 2月2日 今日も難便(泣) 月曜日の朝のケアは10時15分から。社協のヘルパーKさんが先に部屋に顔を出し洗顔準備、訪問看護ステーションAのT看護師が その後部屋に入ってきてKさんが洗顔している間にバイタルを測ってから脚をマッサージしてくれた。洗顔が終わったら二人で 清拭、二人とも力強く拭いてくれたので気持ち良かった。最後は毎週問題の自信も全くない課題だらけの排便。その上一昨日の夜は ラキソベロンを服用し忘れたみたいで…、これで便が出るのか。と思っていたが、T看護師に浣腸してもらったら少量ながら自分で 便を二度出せた。そして左側臥位になってKさんにお腹を押してもらいなからT看護師に摘便してもらったら適度な量の便は それでも僕のお腹は「スッキリしない」と言っていたので、自分から二本目の浣腸を頼んだらT看護師もKさんも意外そうな顔を していた。しかし 下腹に残っていたもう一塊の便が出てお腹もある程度すっきりしたからもう洗ってもらった。時計を見るともう 正午を過ぎていた。今日も難しい排便になった(泣)。 午後3時からは車椅子移乗。5分前に社協のヘルパーKさんとKuさんが部屋に入ってきた、ということは今日はKuさんが担当か。 Kuさんは洗顔や清拭はスピーディーで上手いんだけど、車椅子移乗にはまだ慣れてなくて時間がかかる…誰もが通る道で仕方の ないことだけど。まあ今日はパートナー看護師が怪力のT看護師だから問題ないだろう。そのT看護師はほぼ定刻に来た。そして T看護師とKuさんの二人で脚のマッサージと装具付け。社協のヘルパーYさんもそうなんだけど左脚に装具を付ける時にKuさんも 装具が少し手前なんだよね、だから踵が装具の後ろの方に乗り上げる。あと1cm装具を指の方に出せば踵も入りやすいはずなのに。 二人に頸にも装具を付けてもらい KuさんのフォローでT看護師に立たせてもらったら…両膝とも膝折れしてしまった。T看護師が 強引に引き上げて立たせてくれたから事なきを得たけど…踵がベッドに近かったか。それからもう一度ベッドに横になりスライド ボードを使ってベッドから車椅子に移してもらった。車椅子は庭向き。部屋の南側の窓の向こうの蝋梅の黄色い花や蕾が増えて 木の下の方はいっぱいになっていた。一方でユキヤナギの葉っぱは枯れ落ちてほとんどなくなっていた。今日は曇り空で庭の 景色がきれいには見えなかったんだけど、日が当たった時にモチノキの小さな赤い実がはっきり見えた。 |
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1月 1月31日 上の息子帰省 たぶん僕のため 昨日の夜11時過ぎに上の息子が帰ってきた。息子は「年末年始に体調を崩し寝込んでいて帰ってこれなかったから」と大義名分を 言ったが…、おそらく妻から「左足の(ピルケース)スイッチが動かないことや四月からの夜間の介護の行方に対する不安で(僕が) 落ち込んでいる」と聞いて 僕を励ますために遠くからわざわざ顔を見せに来てくれたと解釈した。僕は堰を切ったように一気に 文字盤を使って30分以上話した。あんなにまくし立てたら半分も理解出来なかったと思うけど…、それでも良かった。とにかく 話したかった。 左足のスイッチが動かないという問題はもう解決した。後はATOK関連の問題で自分でマニュアルを読んで解決するしかないと 思っている、なかなかマニュアルを読む時間まで作れなくて困っているけど。今日息子には僕が気になっていた二つのことをして もらった。一つは今使っているパソコン取付台のテーブルタップの交換、妻が「今のテーブルタップは接続不良になってる」と 言ってたから。もう一つは予備(病院持込用)のパソコン取付台にスイッチ分配器を取り付けて配線までしてもらった。あれこれ説明 不要で用件だけ伝えればすんだのですごく楽だった。 わざわざ会いに来てくれて ありがとうね。元気が出たよ。 1月23日 通院日 今日は通院日。午後0時を5分ぐらい過ぎた頃 玄関の方からゴトゴトと音がした、社協のヘルパーさん達がもうが外出準備に来て 玄関に木で出来たスロープを設置しているようだ。音が止んだらすぐにYさんとKさんが部屋に入ってきてKさんが洗顔・Yさんは 脚のマッサージと装具付け。Yさんが脚に装具を付けているところに訪問リハビリのH先生がもう来て、Yさんが脚に装具を 付け終わるのを待って二人で頸に装具を付けた。それからH先生が僕を一度立たせてから車椅子に座らせてくれた。最後に妻に 吸引してもらって部屋を出た。玄関から外に出てリフト車に乗り込む時にお隣の塀際の細長い花壇を見たら白い花の群が 見えた。この時期の白い花と言えば直ぐに水仙が思い浮かんだが…、遠目では水仙には見えなかった。そして家を出発、 身体に疲れを感じていたし眠くもあったのでしばらく目を閉じていた。隣町に入って少し経った頃に目を開けたら青々とした 田んぼが見えた。秋に稲刈りをした時に残した切り株から新しい芽が出てそれが長く伸びた結果青々と見えるのだけれど、これが 時期が時期なら そして育て方によっては米が六〜七割収穫出来るらしい。僕には耕すのを怠ったただの怠け者としか 思えないが。 病院に着きリフト車を下りて正面待合室を通って救急処置室@に入った。すぐに車椅子からストレッチャーに移してもらったのだが 同行していたヘルパーのYさんが一番よく動いていたように見えた。そして外来の看護師さん達がバイタルを測り終えた頃にはもう 主治医が来ていて妻と話してた。それから主治医は診察と処置(カニューレ交換)をして処置室から出ていった。そして帰り支度、 脚と頸に装具を付けてもらいストレッチャーから車椅子に戻してもらって救急処置室から出た。玄関でリフト車に乗り込み出発、 出発直後に「次の通院は4週間後」と聞いて「今年は病院までの道中に何ヵ所かある紅梅・白梅は見られないな」と覚悟した。帰路は 目も覚めていて車窓からの景色を見ていたが広い田んぼの入り口のパンジー以外目立つ色は見当たらなかった、今はそういう色の ない時期だ。 家に着いて部屋に入り時計を見ると午後3時、それから20分ぐらいして訪問リハビリのH先生が着いた。そして4歩の歩行運動で 車椅子からベッドに戻った。H先生は骨折した右手の小指が少し痛そうだったけど…、僕の歩行の調子は決して悪くはなかった。 ベッドに戻ったら脚の可動域運動。今日も股関節の屈曲運動も脚を挙げての膝の裏伸ばしも数を数えながら痛みを我慢する時間に なったけれど…、まあこの痛みは心地良い時間と言うべきなのだろう。 1月21日 調子良いから頑張ってしまう、頑張るから息苦しいし疲れる 朝10時過ぎからは入浴車、今週のお風呂は一回だけだからゴシゴシ洗ってもらわなくちゃ。今日の入浴車のスタッフは看護師の GさんとYさん・ヘルパーのNaさんとNiさん、最近あるパターン。このメンバーだと一番話題をリードしてくれるのはY看護師、 明るい性格で今日も井戸端会議で色んな話題を投げ掛けてくれた。いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでにY看護師に脚の マッサージをしてもらい 看護師さん二人に万歳10回と左側臥位になってタッピングしてもらって、その後に吸引してもらってから みんなにスライドボードを使って身体をベッドから浴槽の上に張ったネットまで移してもらった。そしてネットを緩めてお湯に 浸かると…お湯は最初熱く感じたけれど すぐに丁度いい温度になって、そんな気持ちの良いお湯の中でNiさんに髪をG看護師に 顔を洗ってもらいながら温もった。ゆっくりと温もったところで ネットを張って身体を浴槽の上にあげてもらい みんなに身体の 隅々までしっかりと丁寧に洗ってもらった。Naさんが脚も足も足の指の間もきっちりと洗ってくれたので良い気持ちだった。 それからネットを緩めてもう一度お湯に浸かり、温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで十分に温まってからお風呂からあがった。 今日も楽しくて気持ちの良いお風呂だった。 午後3時半頃に訪問リハビリのH先生が来てリハビリ開始。水曜日のリハビリは脚の可動域運動と立位運動3回。最初に脚の可動域 運動。まだ入院中に手脚の関節を激しくは動かしてなかったツケ(仕方のないことだけど)が残っていて、股関節の屈曲運動では 股関節に 脚を挙げての膝の裏伸ばしでは膝の裏や大腿二頭筋の下部に痛みがかなり早めに来る。徐々に慣らしていくしか方法は ないのは解っているのだが、H先生がまだ本調子ではないのに…。次は立位運動。立位運動の好調さはまだ続いている、ベッドから 立ち上がる時も立位の体勢で片足重心でお尻に力を入れ腰を伸ばそうと努める時も…出来てはないかもしれないけれど気持ちは 入っている。今日は3回ともある程度上手く立てたと思う。だけど…リハビリに気持ちの乗らない日だって時にはある。それでも 立位運動でベッドからお尻が離れた瞬間 調子良いから気合いがよみがえり頑張ってしまう。しかし…お尻に力を入れ立位を 頑張った分3回目は息苦しくなるし、ベッドになったら疲れがどっと出る。まだ心地良さを感じる境地ではない(笑)。 1月20日 歩行運動 再開 火曜日のケアは朝9時半から。社協のヘルパーKさんが5分前に来て洗顔準備。訪問看護ステーションOのM看護師はKさんの洗顔 途中に着いて、バイタルを測って胸を聴診してから大慌てで脚をマッサージ。洗顔が終わったら二人で背中拭きと陰洗。M看護師の 背中拭きはいつも通り上着から右腕を抜いて、僕を左側臥位にしてからカニューレのネックホルダーを片方外して首から背中・腰・ お尻の上の方まで力強くしっかりと拭いてくれた。それから仰向けになった後は胸・お腹と右腕・右手までもしっかりと拭いて くれた。陰洗もきちんと洗ってもらって ケアの最後は車椅子移乗、スライドボードを使ってベッドから車椅子に移してもらった。 車椅子は今日も庭向き。部屋の南側の窓の向こうの蝋梅の黄色い花が開き始めて蕾も増えてきた。火曜日に車椅子に座っている 時間帯は光の関係で庭の景色がきれいに見えないのが難点だけど、車椅子に座ることが出来るだけでもいいと思わなければ。 午前11時前に訪問リハビリのH先生が着いて車椅子に座ったままで左上半身(肩・肘・腕-手・手の指)の可動域運動。まだ痛みが 来るのがだいぶ早いけどかなり耐えられるようになってきた、退院して10日も経っていないのだからこんなもんかな。ただ 外転からの腕挙げと手の指曲げは結構強い痛みが来るから泣きそう(笑)。左上半身の可動域運動の後も車椅子に座ったままで 呼吸リハ、まだ人工呼吸器に合わせるのが難しそうだ。この呼吸器なら中途半端に吸った後でも胸を押してもらえれば呼気に なりそうなのだが。後はベッドに戻ってベッド上で右上半身の可動域運動。その時H先生が「骨折した手の小指の経過も良いから 久しぶりに歩いてみますか?」と言い出した、もちろん僕はOK。ひと月ぶりの4歩の歩行運動、一抹の不安もなかったと言えば嘘に なるが それよりもH先生の負担を出来るだけ減らすように脚腰や膝に出来るだけ力を込めようという想いの方が強かった。そして ひと月ぶりの割には膝がぐらつくこともなくH先生に足を運んでもらい体重移動も出来てよく歩けたと思う、これまでと違い 左足重心にちと不安を感じたかも。 1月17日 阪神・淡路大震災から31年 今から31年前のこの日の朝 僕は北海道富良野国際スキー場のすぐ側のホテルにいた、1月14日から会社のスキー仲間と北海道 スキーに来ていた。朝6時半前に目が覚めた僕はいつもの様にすぐにテレビを点けた。映し出された映像は横倒しになった高速 道路の高架橋、「なんだこれは」。場所を聞くと兵庫県神戸市灘区、「しまった」。当時僕は兵庫県・京都府・奈良県・滋賀県の家電 ルートの「おたっくす(FAX)」を担当していて、災害時には取引先の被害状況諸々を確認して上司に報告するのが担当者の通例 (義務)になっていた。ここから僕の異常に慌ただしい一日が始まった。 急いで着替えを済ませ ホテルの一階に降りていき公衆電話を捜して DDIカード(公衆電話で使える会社払いのテレフォンカード)で 会社の寮に電話した。そして職場の後輩Jを呼び出してもらい、Jに「(僕の担当の)全部の販売会社と支社・拠点に電話して被害状況を 確認してくれ、そして結果を課長に報告して欲しい」と強く依頼(指示)した。その後部屋に戻り帰る準備をし(この日が移動日) 足早に朝食を済ませ公衆電話の前に戻り、朝8時くらいから自分の担当の販売会社や支社・拠点10カ所にDDIカードを差し込んで 電話をかけてみたが…何処へかけても何度かけても通じなかった。やがて千歳空港へ向かうバスの時間。バスの中ではPHSと にらめっこ、当時はまだPHSの電波状況が良くなくて アンテナが立ったらすぐ電話出来るように用意しておいて何度もかけて みたが…やはり通じなかった。 千歳空港に着いて荷物を預けたらまた公衆電話へ、やはり通じなかった。その時に「もしかしたら」と思い付いた、DDIカード だからじゃないかと。それで壱万円札を千円札10枚に両替してもらい その千円札を自動両替機で100円玉に両替してその100円玉を 入れながら電話をかけると…、通じた(笑)。10ヵ所全部と連絡が取れて「(お店の状況はまだ全部は確認出来ていない) 会社は一部の 商品は落ちたけど、建物や人には被害は出てない」との返事をもらった。ある拠点の担当者からは「おまえ よく連絡してきたな」と 言われたが、その担当者の嬉しそうに話す顔が頭に浮かんだ(笑)。それから会社に電話を入れて課長に各販売会社と各支社の状況を 報告したら「どうやって連絡を取った?」と驚いていたから、「公衆電話からなら連絡が取れますよ、ただしDDIカードを使ったら 駄目です」と教えた。この日僕は「災害時でも公衆電話からなら連絡が取れる」ことを実体験して学んだが、 授業料は高かったのか。 福岡空港に向かう飛行機の中では少し眠れたようだ。福岡空港に着いて空港から会社に電話を入れ課長に「今から会社に 行きましょうか」と言うと「来るな、家に帰れ」と言われた。空港から家に帰る途中で ホームセンターの駐車場の入り口のところに 公衆電話を見つけだので、家に電話して妻に宝塚市に住んでいる叔父さんと当時六甲アイランドに住んでいた大学時代からの 友人Aの電話番号を調べてもらった。そして電話をかけると二人からは「朝はかなり長い時間激しく揺れた」と、でも「被害は ない」とも。叔父さんからは「息子(従兄弟)が出張で地震の5分前に阪神高速のあの横倒しの現場を通った」と聞かされてぞっとした ことを今も覚えている。Aからは「外の液状化が酷い」と聞かされて、「六 甲アイランドは全島埋め立てた島だから液状化に なるのだろう」と当時も思ったに違いない。31年前の今日 あの日は朝から自分の担当である販売会社のことで頭がいっぱいになり… 神戸・宝塚に住む二人のことを思い出したのは余裕の出来た夕方になってからだった、今でも申し訳なく思う。家に着いてようやく ゆっくりした気持ちになれた。慌ただしい一日、そして緊張の一日だった。 この年の北海道スキーは納得のいく出来ではなかった。前の年まではグループの先頭を競っていたのに…この年はグループに ついてゆくので必至、コブのある斜面でも「なんで?」と自分でも不思議になるくらいよく転んだ。「(前の年の)11月くらいから ジョギングをして体力強化に励んできたつもりだけど…、これでも運動不足と言うのか}と当時は考えていた。でも今なら解る、 この時にはもうALSという難病の症状が出始めていて スキー板を踏みしめる踏ん張る力が弱くなっていたのだ。思い当たることが ある、前年 1994年の夏 駅の階段を二段飛び・三段跳びで駆け上がれなくなった。 この1995年の北海道スキーが人生最後のスキーになった。 1月16日 今週2回目の入浴車 朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師のGさんとFさん(ケアマネージャー)・ヘルパーのNaさんと Niさん、何か珍しい組み合わせのスタッフだ。まあ僕のお気に入りのG看護師もNaさん(明るいところが大好き)もいるし 気遣いが あり世話好きのF看護師も真面目なNiさんもいるから、僕にとっては恵まれたメンバーだ。 いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでに看護師さん達に脚のマッサージと万歳10回・左側臥位になってタッピングしてもらった後に 吸引してもらって、それからみんなにスライドボードを使ってベッドから浴槽の上に張ったネットまで身体を移してもらった。 そしてネットを緩めてお湯に浸かると…お湯は最初ぬるめだったけど すぐに足し湯で丁度いいと感じる温度になって、そんな 気持ちの良いお湯の中でNiさんに髪をG看護師に顔を洗ってもらいながら温もった。今日もみんなが集まってから井戸端会議が 始まって、井戸端会議の話の途中でF看護師が「電気料金 いくらぐらい?」と話を切り出して 新たな議論が始まった。聞いていると 二万円台後半〜四万円台(大家族)とかなり高い、我が家の月の電気代すら知らない自分が少し恥ずかしくなった。最後はF看護師の 「娘が(出産で)帰ってきていたから電気料金が思っていたよりずっと高くて自動引落専用銀行口座の残金が不足した」がこの話題の おちだった。 そんな話を聞きながらゆっくりと温もって ネットを張って身体を浴槽の上にあげてもらい、みんなに身体の隅から隅まで しっかりと丁寧に洗ってもらった。Naさんが脚も足も足の指の間もきっちりと洗ってくれたので気持ち良かった。それから ネットを緩めてもう一度お湯に浸かり、温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで汗が出そうになるまで十分に温まってから お風呂からあがった。今日も耳は調子良くて井戸端会議の話の内容もよく聞こえて実に楽しかった。今日も気持ちの良いお風呂を 楽しめた。 入浴中に妻が出かけていて入浴車が終わってもまだ帰ってきてなかったから看護師さん達が残ってくれて雑談。その中で ケアマネージャーでもあるF看護師から「去年はあまり出掛けられなかったから、今年はどこか行きましょう」と優しい言葉を 掛けてもらった。最近は通院以外はリフト車で出掛けたいとは思わなくなった。しかし 花の季節 気候の良い春や秋には散歩に 行きたい。車椅子移乗があるから簡単にいかないことは解っているけど…、よろしくお願いします。 午後からは往診と訪問リハビリ。午後2時前にかかりつけ医のT先生に来ていただいて往診、診察とカニューレ交換の処置をして いただいていつも通り短時間で終わった。そして午後3時半頃に訪問リハビリのH先生が着いてリハビリ開始。金曜日のリハビリは 最初に端座位をして、次に立位運動3回、それと最後に脚の可動域運動。まずH先生がベッドの右端に座らせてくれてH先生に 後ろから上半身を支えてもらいながら端座位。腰も体幹もふらふらする感じがなくて窓の外もゆっくり見ることが出来て良い気持ち なんだけど、10分もすると何だか分からない疲れが出てくるみたいで…次の立位運動の時のことを心配してしまう。次は立位運動。 今日は久しぶりのH先生の立位運動3回だったけど、調子の良さは続いていて今日も脚腰に力が入って踏ん張れて 久しぶりにしては 3回上手く立てたと思う。ただ3回目はやはり懸念していたように疲れが出てしまい、息苦しさも感じた。最後は脚の可動域運動。 退院して1週間、入院中に甘やかしていた身体はまだH先生の動かし方に慣れてなくて股関節の屈曲運動でも脚を挙げての膝の裏 伸ばしでも痛みが早く来てH先生に加減を促した。なれて耐えられるようになるまでにはまだしばらくかかりそうだ。踵伸ばしは H先生の骨折した右手小指が痛むようでしばらく中止、物足りなくはあるが(笑)。 1月15日 M看護師だから快便 木曜日の朝のケアは9時45分から。訪問看護ステーションOのM看護師がいつもの様にちょっと遅れてきて バイタルを測り胸を 聴診してから洗顔開始。そして洗顔の途中でK会のヘルパーAちゃんが来て、自分の出来ることを見つけてテキパキと動いて くれた…ここがAちゃんの良いところだ。洗顔が終わったら二人で背中拭き。M看護師の背中拭きはいつも通り上着から右腕を 抜いて、僕を左側臥位にしてからカニューレのネックホルダーを片方外して首から背中・腰・お尻の上の方まで力強くしっかりと 拭いてくれた。それから仰向けになった後は胸・お腹と右腕・右手までもしっかりと拭いてくれた。気持ち良かった。 最後は排便。まず左側臥位になってM看護師に摘便してもらってもガスは出たけど便は取れたのか? 浣腸してもらってもガスは いっぱい出たけれど 便は…ガスと一緒にちょろちょろ出ただけ。それでもM看護師が僕を仰向けと左側臥位の姿勢にして上手く お腹を押しながら摘便してくれて便をいっぱい押し出し 取り出してくれた。僕は今までも病院でもたくさんの看護師さんに 排便介助 摘便してもらっているけど、こんなに上手くたくさん便を取り出してくれるのはM看護師ぐらい。 M看護師は凄いな!! 午後3時からは車椅子移乗。社協のヘルパーNaさんが5分前に来て脚をマッサージ。脚のマッサージが終わってNaさんが脚に装具を 着けようとしている時に訪問看護ステーションOのM看護師とO看護師が着いて、それから三人?で脚と頸に装具付け。木曜日の 車椅子移乗はM看護師とヘルパーさんに一度立たせてもらってからスライドボードを使ってベッドから車椅子に移してもらう。 M看護師とヘルパーのNaさんに立たせてもらったら結構上手く立てたので安心した、3週間ぶりだったから。車椅子は庭向き。 部屋の南側の窓の向こうの蝋梅の蕾が開き始めてはなやかになってきていた、上の方はまだ枝ばかりだけど。ツワブキは花が 散った跡の幹や枝ばかりが目立っていた。今日はモチノキの小さな赤い実が幾らは見えた、と思うが自信はない。 1月14日 久しぶりの入浴車 朝10時過ぎから入浴車。入浴車は三週間ぶりだし 入院中は入浴が1回だけだったから…、お風呂がとっても待ち遠しかった。今日の 入浴車のスタッフは看護師のGさんとYさん・ヘルパーのKさんとNiさん、G看護師が結構遅れてきたから「今日の看護師は誰だろう」 と思ったけど…G看護師の顔を見てほっとする自分がいた。僕はG看護師のゆったり思わせる顔とのほほんとした雰囲気が結構 気に入っているのだ。入浴車初日からG看護師の顔を見られて 安心した、急な異動はなかったようだ(笑)。 いつもの様に浴槽にお湯が溜まるまでにY看護師が脚のマッサージをしてくれて そして看護師さん達二人に万歳10回・左側臥位に なってタッピングしてもらった後に吸引してもらい、それからみんなにスライドボードを使って身体をベッドから浴槽の上に張った ネットまで移してもらった。そしてネットを緩めてお湯に浸かると…お湯は最初少しぬるめだったけど すぐに足し湯で丁度いい 温度と感じるようになって、そんな気持ちの良いお湯の中でNiさんに髪をG看護師に顔を洗ってもらいながら温もった。みんなが 集まり井戸端会議が始まって…、今日の井戸端会議の話題の中で時短勤務の話が僕の印象に残った。社協には半日有休の他に 二時間遅れの出勤・二時間早い退社という時短勤務の制度があるそうで、子育て中の親としては助かっているとのことだった。 しかし…本音を言えば「一時間遅れの出勤」と「一時間早い退社」との組み合わせが小学生を子育て中の親には有効らしいのだが、 社協の規則でこれは認められなかったとのことだった。 そんな話を聞きながらゆっくりと温もったところで ネットを張って身体を浴槽の上にあげてもらい、みんなに身体の隅々まで しっかりと丁寧に洗ってもらった。Kさんも脚を力強く洗ってくれて 気持ち良かった。それからネットを緩めてもう一度お湯に 浸かり、温度を上げた足し湯と胸へのシャワーで汗が出そうになるまで十分に温まってからお風呂からあがった。入院中に人工 呼吸器を替え同時に回路をピープ対応の密閉式の回路からアクティブ回路に替えて以降耳の聞こえが良くなって、今日も耳は 良い具合で井戸端会議の話もよく聞こえて実に楽しかった。今日も気持ちの良いお風呂を楽しめた。 午後3時半過ぎに訪問リハビリのH先生が着いてリハビリ開始。水曜日のリハビリは脚の可動域運動と立位運動3回。最初は脚の 可動域運動、今日も股関節と膝の裏や大腿二頭筋はよく動かして伸ばしてもらって十分過ぎるほどに痛かった。これこそH先生の リハビリって感じがして…痛みに耐えながらも嬉しかった。次が最後の立位運動。久しぶりなのでちょっと心配していたが、脚にも 膝にも太ももにも腰にも力が入って上手く立てた 方だと思う。立位運動の調子の良さはまだ続いているようだ。 1月13日 庭も冬景色 火曜日のケアは朝9時半から。僕はまだパソコンしていたのだけれど…社協のヘルパーNaさんがいつも通り5分前にもう?来て洗顔 準備、訪問看護ステーションOのM看護師とO看護師は少し後に着いて O看護師がバイタルを測ってからM看護師とO看護師の 二人で脚をマッサージ。洗顔が終わったら三人?で背中拭き、左側臥位になった時に手がどこからでもいっぱい出てきたので変な 感じだった。M看護師は背中拭きはO看護師にさせたいと思っていたかもしれないが…それでもつい手が出てしまう、それが M看護師の良いところでもあり悪いところでもある。陰洗も終わったら二人?三人?で車椅子移乗、スライドボードを使って ベッドから車椅子に移してもらった。車椅子は今日も庭向き。南側の窓の向こうの蝋梅の木から葉っぱが全部なくなっていたので びっくりした。老梅の木の下の方の枝に黄色い蕾が幾つも付いてた。もうずっと前に散ってしまったツワブキの花の幹や枝だけが 残ってしっかりと立っていた。モチノキの実は?、分からなかった。 午前11時前に訪問リハビリのH先生が着いて 車椅子に座ったままでリハビリ開始。最初に左上半身(肩・肘・腕・手・手の指)の可動域 運動。入院中の二週間腕を肩より上に上げることなどなかったので…久しぶりのH先生の肩の可動域運動や手の指の屈曲運動は とっても痛かったけど、家のリハビリならではの痛みって感じで心地良くてこれでまた「家に帰ってきた」という気になった。 この後少し胸を押してもらったのだけど人工呼吸器の違いはH先生は感じなかったと言うことだった。僕は「H先生なら違いが 判る」と思っていたのだけれど…そんなものなのか。それからベッドに戻る時に一度H先生に立たせてもらったが、感じは 悪くなかった。そしてベッド上で右上半身の可動域運動をしてもらって今日のリハビリは終わった。 午後2時半からは訪問歯科。今日は歯科衛生士さんだけではなく歯科医も来ていて3ヵ月に1度の往診、大きな変化はなかった ようだが 毎度のことながら「左下の奥歯が倒れてきているけど、見守っていきましょう」と聞き飽きた言葉が並んだ。左下の奥歯は 僕が歯ぎしりで合図をするために必要だから、死ぬまで大事にしたい歯だ。 1月12日 成人の日(ハッピーマンデー) 今日は成人の日。昔の成人の日は1月15日と定まっていたのだけれど…、ハッピーマンデーの法律が出来て「成人の日」も日付が ころころ変わるようになった。結局「成人の日」は1月15日でなくとも1月の中旬であればいつでもよかったと言うことだ。 ハッピーマンデーはそんな日付はこのあたりならいつでもいいという祝日の集まりだから、連休を作る以外の大義名分はあるのか。 訪問ケアを毎日利用するようになったら解ると思うけど…、ハッピーマンデーの法律は不要・邪魔なだけだ。 今日は成人の日で祝日、祝日なのに午前中はケアに来てくれた。月曜日のケアは午前10時15分から。社協のヘルパーYさんが 5分前に部屋に入ってきて、少し後に訪問看護ステーションAのT看護師も顔を見せた。そしていつもの様にYさんが洗顔している 間にT看護師はバイタルを測ってから脚をマッサージ。洗顔が終わったら次は二人で清拭。皮膚に粉がふいているのに驚きながらも 全身を力強く拭いてくれて、二人とも手足の指の間もしっかりと拭いてくれたので…とっても気持ち良かった。ケアの最後は問題 山積みの排便。だけど今日は浣腸して1/3、Yさんにお腹を押してもらいながらT看護師に摘便してもらい1/2、左側臥位のまま しばらく待ってから摘便してもらって1/6、下腹に下りてきていた便のほとんどが出た。これでお腹もほぼすっきり、二日連続して ラキソベロンを服用した(一昨日の夜10滴・昨日の夜15滴)効果が出たみたい。Yさんのお腹押しも効果的だった。ケアが終わって 時計を見ると丁度正午、久しぶりにしては良かったと思う。 1月10日 初ケア 今日は退院後初めてのケア、頭も痒いし陰部も痒い 体中かゆいところがいっぱいだった。朝10時10分ぐらいにK会のヘルパー Iさんが先に部屋に顔を出し、続いて訪問看護ステーションAのK看護師が部屋に入ってきた。こんな退院の直後のケアのヘルパーが Aちゃんならすべて任せられるからゆったりできるんだけど、ヘルパー指名なんて出来ないし…。でも今日のIさんはK看護師と 楽しそうにおしゃべりしながらも、洗髪・清拭・陰洗 K看護師の動きにしっかりついていってた。時間はオーバーしたけど… 気持ち良かったし、二人とも大合格(笑)。 昼からはパソコン三昧、足でのパソコン入力の調子も良い。入院前の二ヵ月間の大不調は何だったのだろう。 1月9日 初リハビリ 午後2時過ぎに玄関でリフト車に乗り込み家路に着いた。外は曇り空、寒かった。車窓からの風景に目立つ色はなかった、田んぼの 手前に植えてあったパンジーの花の黄色もおとなしく見えた。我が町に入った頃から首の後ろの痛みに耐えられなくなり、途中で 同行のヘルパーNaさんに頸の装具を緩めてもらった。そして家に着き部屋に入ってからヘルパーさん達に頸の装具を付け直して もらったら頸の後ろの装具が上下逆に付けてあったそうな、どおりで痛いはずだ。時計を見ると午後2時40分ぐらい、訪問 リハビリのH先生を待つかヘルパーさん達にスライドボードを使ってベッドに戻してもらうか難しいところだったが…。 ヘルパーさんがH先生の所属する施設に電話して「(H先生が)すぐ来られそう」ということだったので車椅子に座ったままでH先生を 待つことにした。 H先生は午後3時10分頃に 到着。「少し前に着かれたのですか?」とのH先生の問い掛けに曖昧な笑い?で答えといた。H先生の 右手の包帯が痛々しかった、H先生は「(骨折した)小指に骨が見えてきた、順調に回復してる」と笑顔で言うのだけれど。H先生は まず僕を車椅子から一度立たせてからベッドに横にならせてくれた。そして脚の可動域運動。H先生のリハビリは三週間ぶりだけど 股関節や膝の関節や腰にズドンズドンと強い痛みが襲ってきた、でも心地よい痛さだ。家に帰ってきた感じがしてきた。しかし… 家はこんなに寒いのか、どうしよう。 12月26日〜1月9日 レスパイト入院 例年通り今年も年末年始を含む2週間は病院で過ごす。 10月上旬に新しくなった人工呼吸器(今までの呼吸器が生産中止になったから)がまだ身体に合わないのか 年相応の病気 ALSの状態 (今までが良過ぎた?)のか分からないが、11月に入ってから身体にかなりの疲れを感じるようになって しんどくて…11月の 中場にはパソコンをスイッチ操作している足が1時間もしたら足が疲れて上手く動かないようになって、我慢の日々が 続いている。 でもまあ先々週の通院の時に呼吸状態が改善するように主治医に人工呼吸器の設定を変えてもらってからは、身体が疲れている・ しんどいのは相変わらずだが…足の指に力が入る時間はほんとに少しずつだけど長くはなっているみたい。身体がこんなに 疲れている時は何にもしない・出来ない時間が2週間あってもいいんじゃないかな。 予定通り今日(1月9日)の午後3時ごろ帰ってきた。 ただ今回は人工呼吸器の調整も兼ねていたので ちょっと苦しむ刻があった、今使ってる呼吸器の機種は僕に興奮にも反応する 作りのようで 興奮すると心拍と呼吸が異常に早くなった。実は今僕の夜間の介護員(重度障害者訪問介護のヘルパー)は4人いて その人たちで回っているのだが、3月末で2人が辞め4月から2人になるのが分かっているのに…佐賀県の責任者は僕の夜間の 介護員の増員を諦めていて増員の努力も工夫もしていないようなのだ。それはこの佐賀県の責任者が昨年の12月に妻に告げた 「4月から2人になりますので訪問出来ない日が出てきます、その日の夜は自分で介護をやってください」の言葉に表れていたと 思った。でもまあこの流れは1月8日に行われた県庁職員・僕に関連のある複数の保健師・主治医や病院関係者・障害者介護のサービス 提供管理者等が参加した会議に、佐賀県の責任者のずっと上の上司である管理職の方も参加して発言したことで変わったかも しれないが…。 入院してからずっと「重度障害者訪問介護事業所のこの方針にどうしたら対抗出来るか」を考えていて2日目の日曜日の朝 妙案が 浮かんで、その事に自分で興奮し過ぎて呼吸数が40回を超えるや脈拍が異常に早くなるやで気分がひどく悪くなり…主治医の指示で 人工呼吸器を2週間ほど前の設定に戻した同じ機種の呼吸器(ピープなし+アクティブ回路)と交換して当直の医師に確認して もらった。そうしたら交換前の呼吸器よりもだいぶ楽になった。今の設定は去年の10月上旬に交換した新しい呼吸器と同じ設定、 同じ機種・同じ設定でも何か違うと感じるのが人工呼吸器の妙、呼吸器を着けたことがない人にはこの感覚は理解出来ない だろうが。それに今度の人工呼吸器の機種は特に個性が強いようだ。今回の入院で具合が悪くなって人工呼吸器を交換したのだけが 不幸中の幸いだった(笑)。それと足でのパソコン入力の調子も大分回復してきたようだ、こっちは2週間の入院で安静にしてたのが 効いたのかな。 今回の入院でのナースコールは右足の親指と人差し指の間に貼り付けたピエゾスイッチにて。そして病棟のスタッフには毎晩寝る 前に手足の運動をしてもらった。今回は年末年始の並びが悪く休みが多かったのでお風呂は1回(別に洗髪1回)・リハビリは3回、 リハビリ3回のうち2回は立位運動と車椅子移乗。立位運動では上半身をしっかり起こすことが出来ず腰を完全に伸ばすことは 出来なかったけど 何度となく腰を伸ばそうともがくことは出来たし、リハビリの先生等にベッドに端座位した状態から 立ち上がらせてもらった際には 脚にも膝にも太ももにもよく力が入って立ち上がり踏ん張れた…立ち上がりの調子の良さはまだ 続いているようだ。今回の入院中にテレビを見たのは(点けたのは)車椅子に座っている時の2回 2時間ぐらい、好きな全日本実業団 対抗駅伝競走大会(ニューイヤー駅伝2026)も相棒 元旦spも箱根駅伝も見なかった。午後9時からの相棒spは消灯が夜の9時半 前後だから初めから諦めていたけど、駅伝はテレビ画面はベッドとの位置関係でよく見えないし音声だけで駅伝を楽しむのは虚し 過ぎる…と 見るのを止めた。ただ病室には他の患者さんの聞く懐かしの音楽やラジオが流れていて、それを盗み聞きして 楽しんでいた。耳の聞こえ具合は…、入院2週間前にピープありに設定を変えた人工呼吸器に対応した閉鎖方式回路に入院時に 回路を交換してから耳の聞こえがだんだん悪くなり 夕方には補聴器を着けた。ところが2日後の日曜日の朝のあの一大事で回路が 元のアクティブ回路に戻ってから耳もだんだん聞こえるようになった。あの日曜日以降補聴器は病院での役目を終えた(笑)。 今回入院してもたくさんの看護師さんや介助員さんが声を掛けてくれた、それだけで心強かった。二週間お世話になりました。 ありがとうございました。 |