2020年
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8月
8月8日 久し振りの土曜日のケア
約2カ月振りの土曜日、楽しみにしてた 特に清拭を。今朝のケアの担当は看護師のIさんとヘルパーのTさん、Iさんとは ずっと会っていなかったからどうしてるかなと思ってたが変わらず元気そうだ。土曜日のケアは洗顔・洗髪・清拭・便 対応、今日はフルコースだ。訪問看護と病棟のケアの違いで最も大きなものは清拭かな。病棟では2018年度まで清拭は 僕にはなかった。2019年度には5階病棟の看護師長が代わって僕にも清拭が行われるようになったが…時間的制約が あるため?僕にはあちこち拭いてるとしか思えなかった。やっぱり訪問看護の清拭は違うなあ。
でも病棟で人をさいてまで車椅子移乗してくれることには本当に感謝している。

8月7日 風邪引きそう?
車椅子に座ろうとしたら鼻水が出てきて ベッドに戻ったら寒気がしてきた。どうも風邪引きそうな雰囲気だ、入院中に 比べたら睡眠時間が短いもんな。とりあえず漢方薬を服用した。夜中5時間ぐらいぐっすり眠れればたちどころに 回復すると思うのだが 今の僕には難しいか。新調したらしいエアコンが冷えすぎるのか。それにしても病院と家で 体調が変わりすぎるなあ、コンディション作りが難しいよ。
今日は今週二度目のお風呂、頭や背中の痒みがなかなか治まらない。こんな時のお風呂はありがたい。今日の看護師は Aちゃんと あれーっYさんがいる、何故? 別の部署に移ったと聞いているのに。病院と違って僕好みの強めのごしごし、 今日も気持ち良くお風呂をいただいた。
入院中にまた視力が落ちた、パソコンの文字が見づらい。

8月6日 gacco講座「大学生のためのデータサイエンス(U)」受講開始
入院前に受講手続きをしていたgacco講座「大学生のためのデータサイエンス(U)」、もう期限切れと思っていたが 試しに 調べてみたら講座全部の最終期限が9月29日まで延びていた。それでチャレンジしてみようと思い今日からWeek1を 始めたのだが…難しい。「大学生のためのデータサイエンス(U)」は機械学習を学ぶ講座のようなのだけれど、機械学習に 重回帰分析を使って予測・分類をしそうなのは分かるがそれが機械学習にどう結びつくのか それよりも機械学習の 意味するところがそもそも理解出来ていない。講座を進めていけばそれが解るようになるのかなあ。
木曜日の訪問看護はNの担当する日。Nが担当するようになってもう何年になるのか 5年?、その割にはお互いもうひとつ 慣れていない。だから時々ちょっとしたことで腹が立ってくる。お互い成長しないな。

8月5日 入浴車
今日は10時過ぎから入浴車、病院では痒みにずっと知らんぷり考えないようにしてきたけど今日でそれも終わりかな、 何も言わなくても強めに洗ってもらえる。入浴車のスタッフみんなから「お帰りなさい」と笑顔を受け取り、お腹の傷を 見た時は「あら」と少し驚きの顔。僕自身はお腹の手術跡は見えないから大きさも様子も分からないけど 15cmぐらいと 聞いたかな。傷跡は痛々しいのかな。今日も気持ちの良いお風呂だった。
午後3時半からは下半身のリハビリ、久し振りにI君 70日ぐらい来てなかった。入院中に脚の関節はやはり固くなって いた、以前は痛くない角度で筋肉が張って痛みが出た。これが7週間入院の影響か?。でも立位訓練には影響がなくて すんなり立てた。なんでだろう。

8月4日 相変わらず厳しいH先生のリハビリ
50日振りのH先生のリハビリ、攻めは相変わらず厳しくて手術したことも忘れているみたい。呼吸リハビリの時に肋骨が 痛くてついに音を上げて「痛い」と言ってしまった、H先生は手術の傷跡が痛むと勘違いしたようだが 知らんぷりして 黙っていた。それにしても痛みに弱くなったみたい、痛み始めるとすぐ顔に出る 我慢性がなくなったみたい。特に腕を 胸の前の方に動かす運動、こんな腕の動きは入院中全くしていなかったからすぐ弱音を吐く。以前はもう少し粘れたと 思うのだけど、情けない。
立位&歩行は腰にも脚にも力がほどよく入ってまあ好調、不安はなかった。


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6月
6月17日〜8月3日 入院
6月16日 火曜日の夕方 突然胃を激しい痛みが襲ってきて…、でも前兆はあったんだよね 昼の経管栄養の後にちっとも 消化しない感じでお腹がずっと減らなかったからおかしいなと思っていた。それで近くのかかりつけ医のT先生に 来ていただいて筋肉注射の痛み止めを打ってもらって 一時は痛みは治まったのだけど、午後10時頃また痛みが ぶり返してきて(夕方ほどの激しい痛みではなかったけど) 一晩耐えて翌日ふたつ隣の町川棚の病院へ。初めは介護 タクシーで行くつもりだったのだが、嫁さんが主治医に連絡を取ったら「今別の病院に来ているので救急車で来て もらった方が良い」とのことで急遽救急車で運んでもらった。5月の肺炎の時といい 半年で二度も救急車で運ばれるなんて 本当に弱っちい身体になったものだ。
で 川棚の病院で主治医に診てもらって CTとレントゲンを撮ったら 胃には異常はないと。それで主治医が胆石からの 痛みかもしれないと言い出して、実は3年ほど前に背中が痛んで 調べてもらったら胆石があることが分かって。その時に 主治医から「次に胆石が痛んだら手術ですよ」と言われていた 忘れていたけど。そして昼から 胸からお腹にかけて特別な ボードを置いたMRIを撮って 痛みの原因が胆石であることが解った。それに黄だんもかなりひどかゃたようでまずは 黄だんの治療 朝晩の抗生剤の点滴から始まった。
黄だんが大分落ち着いてきた6月22日の朝に主治医から「手術しますか?」と尋ねられた。手術なんかしたくなかったけど (恐いし) 今後も今度のような痛みが繰り返し来るかもしれないし それに嫁さんが「手術した方が良い」と言っていたのを 思い出して 手術するのをOKした。そして6月26日の午後 手術をすることになったのだが、最初主治医から手術は 来週ぐらいと聞いていたのに急遽手術が週末になったのには何かあるなと感じていた。
手術は全身麻酔 手術室に入っていった時のことまでは覚えているのだが…、目が覚めたのは病室の中 手術の跡が激しく 痛んで 泣きたくても泣けないほどの痛みだった。そのきつい痛みも2-3日でとれ その間は昼夜家族が付き添いについて くれていた。その時は子供が3人いて良かったなと思った。
ALSの僕の身体は お腹も筋肉が少ないらしくて 他の患者さんの胆石の手術の時より出血が多かったらしい(それでも 300mlぐらい?)。それに筋肉が少ないためか糖尿病を患っているせいか分からないけど僕の手術の傷跡はくっつきにくくて 抜糸まで2週間近くかかった。その上 7月は僕の胃ろう交換の月(元々7月の初めにレスパイトの予定だった)、次の週に 手術の傷が痛いのに 胃ろうの交換なんかしなくてもよかろうもんと思ったのが仕方なかった。そして翌週は経過観察、 血糖値を1日に4回計ってたから血糖値の変化を見ていたのだと思う。でも朝打っていたインシュリンは打たなくても いいようになった。それから2週間はうちの方の訪問の受け入れ体制が出来なくて退院が伸び、今日ようやくうちに帰って これたって訳。
僕は身体の中にできる石は綺麗なものだとずっと思っていたのだが、手術のしばらく後に写真を見せてもらったら僕の 胆石は2-3cm角のきたない泥だんご それが3つも、その他に後で聞いたのだがパチンコ玉大の胆石もいくつかあった そうだ。その上僕の胆のうの壁はかなりもろくなっていたみたいで 今後胆のうがいつ破れて命が危険な状態になるか 分からなかったらしい。嫁さんに言わせれば今回胃が痛んだことでいろいろ検査して結果的には命拾いしたとのことだ。 手術の前も後もひどく痛かったけど幸運だったのかな。
車椅子に座ったのは抜糸の翌週の月曜日(7月14日)から、肺に空気の入る量が少なくて30分座っていたら息苦しくなった。 リハビリはその週の週末から、翌週の立位訓練まで立てるかどうか心配だったが 立てた。今回からリハビリの担当が 交代しM副さん、会議も多く忙しそう 立たせられる時間に来れるかが心配。可動訓練の強さはお互いに慣れたら 満足するようになるだろう。

6月12日 通院日
今日は通院日、嬉しいことがいくつかあったし結構いい日だった。
第一に有田の(小)川の土手にアオサギが見れたこと、たぶんこれが見るのは初めて。第二に川棚の病院の玄関前の池に 甲羅干しする二匹の亀が見れたこと、縁起がいい。それに通院途中の路傍に紫陽花は10カ所ぐらい見れたこと、濃い ピンク・赤紫・濃い青・水色・白などいろいろな色が見れた。紫陽花の色は植えてある土の酸・アルカリの度合いで 左右されると聞いているが、よくこんなにいろんな色が出るものだ。昔は紫と濃い青ぐらいしか見られなかったと 思うのだけど 今はあんなに色があるなんて不思議だ。
もうひとつ嬉しかったのはこの日の外来で出迎えてくれた4人の看護師がみんな旧一病棟で世話になった顔見知りの 看護師だったこと、久しぶりに4人揃って会った。懐かしい顔ぶれだった。

6月9日 gacco講座「社会人のためのデータサイエンス入門」Week4(最終週)受講
このところ夜あんまり眠れていない、夜中何度も目が覚めて…側に人がいると思うと気になって眠れなくなるのかな、 気が小さくて 困ったもんだ。その分朝の経管栄養の時に突然気を失ったように記憶がなくなって 目が覚めた際に何を していたか思い出せなくて、これも困ったものです。
午後3時 gacco講座「社会人のためのデータサイエンス入門」Week4の配信があった。これが最終週 頑張らねばと思って いたが、最終課題は回答可能回数は1回だけ 問題もセンター試験並みと思ったし結構やっかいだった。Week4はe-Statに ついてだけだと思っていたのだが…甘かった。

6月8日 所長特有のルール?
午前10時半朝のケアが始まる時間 玄関の開く音がして訪問看護師の声が聞こえた。今日の担当は所長か、手順が他の 看護師とちょっと違うから面倒くさいかもとこの瞬間はつい思ってしまった。所長には所長特有のルールがあるようだ。 しかもそのルールはその日によってちょくちょく変わる。今日は上半身の拭きタオルを4枚使ったし(清拭の際に胸が 冷えないように置いてもらっているのだが置いたタオルでしょっちゅう胸を拭いたら意味がない?)、身体を右向ける時に 呼吸器を外さなかった(所長はよくある)。摘便は所長が一番上手いから浣腸前に摘便してはもらわなかったのだが… すっきりと出た感じはなかった、昨夜のラキソベロンを2滴減らしたからかもしれないけど。

6月7日 Yさん 日中初めての介護
今日はYさんの日中初めての介護、色々気になるところはあったけど初めてにしてはまあまあかな。一番気にないる点は 呼吸器をカニューレに取り付ける時に強く押さえつけるからカニューレのした部分が痛いこと、でも少しずつは 押さえるのが弱くなってきているから少し様子を見ようかな 注意するとしたらそれからでもいいかなと思って…。 今日は午前中に洗顔と下洗い・午後はベッド上での座位、多少手順や注意を促すことはあったが概ね無難にこなして くれた。入浴車でのお風呂を見に来たいと嫁さんに相談していたそうだが参考にならないと思うけど、病院での入浴の 方法とは全然違うから。

6月6日 土曜日のケア
今日のケアの担当は朝も昼も看護師のIさんとヘルパ−のMさん、なんか久しぶりのコンビ なような気がする。土曜日の Iさんは伸び伸びとしてだいだい好調 口数も多い、まあ所長と違って手が止まらないからいいけど Mさんもそれを上手く 受け流しているし。ほとんど問題なしの一日。
車椅子移乗の間に訪問看護さんとヘルパーさんがうちに留まらなくなってもう何ヶ月経つか、土曜日に散歩に行くことも もうないだろう。新型コロナウイルスの影響もないのに(笑)外出の機会がめっきり減った。それに重度障害者訪問介護が 入るようになってから(重度障害者訪問介護の人はよくやってくれている 熱心すぎて少し煩わしいかな)、嫁さんは夜は ほぼ僕の部屋に入ってこなくなった。嫁さんは楽になったかもしれないけど…僕は家族の情に飢えるようになった。まあ 仕方ないか、今僕の一番身近な家族?はこのパソコンだもんな。

6月5日 今週二回目の入浴車
今週の水曜日に引き続き今日も入浴車、今週二回目だ。今日の入浴車のスタッフは看護師はAちゃんとKさん・ヘルパーは MさんとKさん、気兼ねのないメンバーだ。浴槽に浸かった僕を囲んでの井戸端会議の話題はAちゃんの娘さんのこと、 今年中学生になったとのことだが中学生ともなると色々な出来事が起こるらしいのだ…子育てをしていない出来なかった 僕には分からないこと 悲しいけど。まだ子供たちが小さかった頃に目の前にいる子供たちが悪い事をしても叱れない 声が出ない・頭をゴツンとしたくても身体が動かせないことに苛立ちを覚えたことが何回かあったが…。よくここまで 育ってくれた、嫁さんのおかげだな 感謝。暑くなってかゆいところが色々出てきたけど、今日も気持ちのよいお風呂を いただきました。
午後からかかりつけ医 T先生の往診だったけど、新型コロナウイルスの話題は久しぶりに出なかった。

6月4日 今週二度目の歯医者さん
火曜日は歯科衛生士さんの訪問を受け、今日は先生の訪問があった。初めての先生、この訪問歯科の先生はみんな丁寧で 易しい目を向けてくれる。今日は歯周ポケットと歯石を調べに来たのか。先生が診察結果を嫁さんに説明していたのだが 声が小さくて右耳がかなり聞こえづらくなっている僕には聞き取れなかった。でも診察して(口の中を診て)もらっている 時に先生がちっとも深刻な顔はしなかったからおそらく歯の状態は現状維持はしているのだろう。
そういえばこの訪問歯科初期の頃に左下奥歯のブリッジがひどく痛んで苦しんでいた時に、大学病院で全身麻酔で ブリッジを取り除く手術をすることになったな。幸い処置で奥歯の痛みがと待ってブリッジを取り除く手術は止めに なって…今日まで来たけど、最初の頃はいつまた痛くなるか恐かったな。

6月3日 二週続けてのH先生の下半身のリハビリ
午後3時からはH先生のリハビリ、二週連続で下半身の関節の可動訓練 それと立位訓練をしてもらった。それぞれの部位の 動かし方そしてその強さを見ているとやはり考え方・思想の違いを感じてしまう。つまり関節をどこまで曲げていいのかの 力加減・どこをどう動かしたら最も効率的なのかの考え方がI君とは異なると思われる。この違いのほとんどは経験を 積めば少しずつ積み上がっていくものとは思うが…I君のリハビリに物足りなさを感じるひとつの要因となっているのかも しれない。だってH先生のリハビリはとっても厳しいもの 時には容赦ないなと感じる?程に。

6月2日 いつもより背もたれを起こしたら…
今日のケアは9時半〜10時半、その1時間に車椅子に座らせてもらうからとっても忙しい。今日は11時に訪問リハビリの H先生が来るということで背もたれの高さをいつもより少し起こしてもらっていた。そうしたら肺の可動範囲が狭くなって いて息苦しく感じて仕方なかった。H先生に胸を押してもらってもあまり楽にはならなかった。背もたれを無理に起こすと こんなに肺の動きが悪くなるのか、またひとつ学習出来た。
5歩の歩行訓練は多少あやゆいと思う場面もあったが ちゃんと脚に力が入ってよろけることはなんとかなかった。


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5月
5月31日 ゆっくり出来た日曜日
今日は朝からモモもチビも僕の部屋に来てゆっくり、朝は雨が降っていたからだろう。モモは朝8時頃ベッドに 上がってきて午後2時過ぎまで脚の間で眠っていた。チビはいつ来たのか知らないが時部の定位置である窓際の部屋の 隅へ、ゆっくりと休んでいたようなのだが午後3時半前になってついに動き始めた。こんな時間から外に出たらいつ 帰ってくるかちょっと心配だけど…今日は二匹ともこんなに長く一緒にいてくれたのだから 仕方ないか。
今日の昼間は月に一度の重度障害者訪問介護が入らない日だったので久々にゆったり伸び伸びと、介護の人がいると 気にしなくてもいいのは分かっていてもつい気になってしまう。気が小さいというかなんというか…落ち着かないんだ。 ま いつもパソコンしているだけだからしていることは同じなんだけど。

5月30日 所長の話し好き
今日のケアの担当は朝も昼も所長とヘルパーのTさん、朝のケアの時も昼の車椅子への移乗の時も所長は10分以上 遅れてきた。話し好きが所長の良い所でもあり悪い所でもある、所長との会話で救われたと思っている患者や家族も沢山 いるだろう。話し始めると手が止まってしまうのが所長の悪い癖…かな。それと細かいことが気になるのもね、僕には そこまで口にする必要はないと思うことまで口からつい?出てしまうようだ。色々と不思議な性格だ。

5月29日 通院日
今日は通院日、スカッとした青空じゃあなかったけれど良いお天気。それなのに珍しくモモが今朝6時前には僕の部屋に 来て脚の間で眠っていた 同行のヘルパーさんが来た11時半過ぎまでずっと、夜遊びで疲れていたのかな。
通院ために乗り込んだリフト車の中からずっと外の風景を眺めていた、これが通院の日の僕の楽しみ。今日は路傍の 黄色い花が目立って見えた、街路樹のツツジもいくらかは季節外れに残っていた。田んぼはほとんどがきれいに耕されて もう田植えの準備。ただ隣町の広い田んぼ数ヘクタールにはまだ黄金色に輝く小麦残っていて刈り取りを待っていた。 田んぼを見ているといつも思うことがある、それは高校生の時までは家の百姓の手伝いが嫌で嫌で仕方なくて いつも 逃げだそうと思っていたのに…いつから百姓が好きになったのか 大学に行って家を離れていた頃かな。こんな病気じゃ なかったら今頃は百姓やりたかったーぁ。
今日は主治医の待ち時間も少なく順調そのもの、午後2時半前に家に帰ってきていた。病院で気になったのは(看護師の) K君の奥さんがいつ外来に異動してきたかと 桜の木の葉っぱがもう夏バテ気味に見えたこと、僕って平和だな。
家に帰ってきても(我が家の猫たち)モモもチビもチラリともしない、こんな天気の良い日はどこで遊んでいることやら もう夕方なのに。

5月28日 木曜日は何故きちんと立てないか
木曜日の訪問看護はNの担当、午後3時半からの車椅子移乗 ベッドから車椅子へは上手く膝が伸びて移れるけど… 車椅子からベッドへの移乗の際に両膝が伸びたことがあったかな。初めは主任の力がないからと思っていたけど それは 間違っていたようだ。たぶん主任は僕を真っ直ぐに立たせてないんだ、僕の脚になんとか残っている力を使っていないし 両足で真っ直ぐ上に立たせようともしてない と思う、主任の頭の中には僕を早めにベッドに座らせようという想いしか ないから。主任には一度僕をちゃんと立たせてから そしてそれからヘルパ−さんと力を合わせて僕をベッドに座らせて 欲しいんだけど。

5月27日 H先生のリハビリ
昨日今日とH先生のリハビリ、昨日は上半身(肺を含む)の可動訓練と歩行訓練・今日は下半身の可動訓練と立位訓練、 今まで二日連続でH先生のリハビリってあったかな。
昨日の歩行は先週よりも右脚に力が入ってさほど不安は感じずにすんだ。痛みも先週よりも我慢出来た、H先生が力を 抜いてくれただけかもしれないけど。今日はH先生とI君の思想の違いを感じながらリハビリを受けていた、まあ考え方の 違いは療法士さんそれぞれにあるけどそれがリハビリの施し方に出ているもんな。これは経験が作り上げるものかも しれないけど、どこの関節やどの部位をどういう風にどのくらいの強さでどこまで攻めるかは病院でもそうだけど 療法士さんの性格や考え方で大きく変わるから。ある意味それにその療法士の人間が出て面白いんだけど、僕にこれまで リハビリをしてくれた先生はどれくらい 20人以上?。それとどこまで表情を読み取れるか、特に僕みたいに声が出なくで 我慢出来る?タイプに。

5月26日 gacco講座「社会人のためのデータサイエンス入門」Week2
今日の午後3時にgacco講座「社会人のためのデータサイエンス入門」Week2が配信、今週の内容もとっても復習になったし 統計学の難しさを改めて考えさせられた。箱ひげ図・相関係数・回帰分析・標本分析・信頼区間、今回の講師の説明は独特で 分かり易かった。分布(平均と標準偏差)の標準化や偏差値もこんな説明の仕方があるんだなと思ったし、標本分布と 信頼区間のつながりがようやく分かった気がした。
確認テストにもある程度時間がかかった。回答機会が3回もあるから気軽に答えられるけど もし1回だけだったら ドキドキものだな。難易度もそのプレッシャーでぐんと上がるだろう。それにしてもWeek1〜Week3の確認テストの得点の 合計が40点と低すぎ、これじゃあこの講座本当にやりたいのはWeek4と言っているようなもの。たしかにデータサイエンス って統計が知識がある程度あった上で信頼出来る統計データをどこからどんな風に入手出来るかだもの、政府関連機関の データe-stateを紹介するのも当たり前 政府に尻尾を振るのも当然と言える。なにせURLにorが付いているところだから gaccoは。

5月25日 画面の文字が見づらくなった
肺炎で入院し 退院してきた頃からだろうか パソコンの画面上の文字が読みづらくなったのは、瞬きすると瞬間治るし パソコンを近づけると大分ましになるから近視が進んだだけかもしれないけど。もう40年近く今の眼鏡の度数でやって きたのになんで今更という気もするけど…。あと何年生きられるかも分からないのに まあこう思いながらもう十数年 生き続けてはいるが 眼鏡を作り直すべきなのか、頸の装具も脚の装具も。無駄にならないかという気がいつもして… 思案。
今日の午後3時からの車椅子移乗 また看護師さんたちが20分以上遅れてきた。月曜日はだいだいこう、いつも同じくらい 遅れてくれたら予定も立てやすいんだけど たまに早く来るから。その時パソコンの途中でも怒られないけどね(笑)。 土曜日の所長も「10分遅れる」と言ってたけどそれ以上遅かったし 最近こんなことが多い。忙しいのは分かるけど… 二人で来る時はどちらかを先発してくれたら助かるけどね。と 文句ばかり言っちゃあいけない、今日の夕方なんか 重度障害者訪問介護のヘルパーさんが来るまで30分以上二人で残っていてくれたもんな 感謝。

5月24日 Yさん 慣れた?
今日の日中の(重度障害者訪問介護の)担当はMさんと付き添いにYさん、Yさんが日曜日の日中の介護の流れを覚えるために 来たということのようだ 今日は嫁さんが着替えを頼んだからいつもより大変だったと思うけど。これでYさんは日曜日も 来るということかな。Yさんも僕の介護にかなり慣れてきた、文字盤の瞬きのタイミングが他の人と少し違うからちょっと 苦労しているかな。でもYさんの介護は慣れるのも早いし勘も悪くない いい感じだ、僕もすぐに慣れてくるだろう。

5月23日 不思議
今日の午前中のケアは所長とヘルパーのFさん、所長のケアは日によって手順が違う。次になにが来るか分からないから つい気になってしまう。それに所長は何かをしていても他のことが気になったらそれに集中しまう。僕はベッドの頭を 下げていると肺が狭めらめられているような気がして息苦しさを感じてしまう。それを知ってか知らずか今日なんか頭を 下げたままの状態で背中に塗る薬が気になったみたいで…痒み止めと乾燥の薬を混ぜ始めた 僕が頭を上げてと言うまで。 所長はよく「痴呆が始まったのかも」と言うが途中で他のことを気にする癖を止めたら大丈夫 だと思うけど。

5月22日 今週二度目の入浴車
入浴車 今週二度目、今日の入浴車のスタッフに新しい人が加わった、看護師のKさんと復活したヘルパ−のKさん あれっ イニシャルは同じKか。看護師のKさんとは今日初めて話した 感じの良い人だった、ヘルパーのKさんとは本当に久しぶり お帰りなさい。今日のお風呂もいい気持ち、看護師のY君のお子さんはもう小学1年生だって あの子が生まれる前から お世話になってる。その子が前の日学校の準備をしている時に言うんだって「音楽の教科書は持っていかなくても いいんじゃない」って、面白い。

5月21日 gacco講座「社会人のためのデータサイエンス入門」受講開始
今日からgacco講座「社会人のためのデータサイエンス入門」の受講を始めた、今まで統計関連は4講座受講しているが その復習もかねて。Week1は社会人に何故データサイエンスが必要なのか その概要紹介と統計の事例説明、概要は内容が 難しくて理解出来たのは半分程度 事例は消化出来た。データサイエンスではビッグデータ 総務省統計局のe-stateを どうしても利用させたいようだ。
確認テストが意外と難しくて調べ物が多くなってたった5問10点分なのに結構時間がかかった。合計特殊出生率って? 高齢化社会and超高齢化社会は何%から?、講義動画で見た覚えはあったけど…そんな細かいところまで覚えて いないや。
後はWordでまとめをしながら再学習、これが大事なんだよね 覚えるためには。

5月20日 入浴車
今日は朝から嫁さんの機嫌が悪い、夢見が悪かったのか朝忙しい時に呼んで吸引してもらったのに痰が出なかったからか それとも他の要因か。でもこんな時は我慢して嵐が通り過ぎるのを待つだけかな、そんな態度が更に嫁さんに火をつけて 難しい。今日の吸引はいつもより怒りがこもっているように思えて痛かった、まあ嫁さんの吸引が確実にそして一番 すっきり痰が取れて一番上手いのは確かなんだけど。僕は生きすぎたのかなあ。
午前10時過ぎから入浴車 今日の入浴車のスタッフは看護師のAちゃんとY君・ヘルパーのFさんと今日が僕のところでは 独り立ちのNさん、Nさんはとっても緊張していたとのことだがとっても明るくて活発なヘルパ−さんという印象を 持った。Y君はこの前の休みの日に親父さんと一年生の息子さんと一緒にボートで海に出て釣りをしたとのことで真っ赤な 腕をしていた。僕も会社に入った頃は5月末に海でもう初泳ぎしていたのでこんな身体をしていたことを思いだした。 帰り際に釣果と虹色した不思議な雨?雲(ちっちゃなの)の写真を見せてくれた。今日も気持ちの良いお風呂を いただきました。
3時半からはI君のリハビリ、最近はほとんどきになることがなくてついあくび 眠くなってしまう。しいて挙げれば踵・ ヒラメ筋はもう少し伸ばせるかなと、でも脚の装具に踵はすんなり入るからよく延びている証拠 痛みが出始めるまで 伸ばさなくてもそれでいいのかなとも。そこは各療法士の考え方の部分だから…、それにしてもI君も僕の顔の様子をよく 観察出来るようになった。立位訓練は相変わらず安定している。今日立っている時に窓の外 石の上にチビを見つけた。 チビのくつろいでる様子を3回とも見て楽しめる余裕が僕にあるということ、すなわちI君が僕を立たせるのがそれだけ 上手くなったということだ。I君も理学療法士として成長している証拠を表すものだろう。

5月19日 歩けた 良かった
11時前からはH先生のリハビリ、車椅子の座り方 お尻の位置がちょっと前過ぎたのかな H先生の動かし方がいつもより 小さいのに肩の関節や肋骨に痛みが来るのが早い気がした。ほぼひと月ぶりのH先生のリハビリだかもしれないけど… 入院中の手脚の関節の動かし方が小さかったのかな、連休中以外は毎日リハビリもしてもらって寝る前にも看護師さんに 手脚の運動をしてもらっていたのに 動かし方は看護師さんそれぞれだけどね。
歩行訓練も何とか歩けた、2歩目と4歩目の右脚に体重がうまくのらなそうでちょっとビクビク 不安は覚えたけどね。 病院でのリハビリで立位訓練は二日していたけれど リハビリで右脚だけに体重をかけることはなかったからかな。

5月17日 重度障害者訪問介護 また新しい人
日中も重度障害者訪問介護が入るはずなのに10時になっても来ない、僕はやる事が山積みだったから来てくれなくても よかったのたけれど…。それで嫁さんに聞いてみたら予定していたBさんが腰痛で来られなくなったと、ついでに新しい 介護人が夜に同行すると聞かされれてびっくり。それにしても出入りの激しいところだT事業所ってとこは、Nさんなんて 同行で3回来ただけで一人では来ていない。久留米の寮に入っているといっていたから誰も入れない時のピンチヒッターと 思っていたけどそれもなしか、久留米のそれも高良神社の門前町の地域の寮からここに来ようなんて2時間近くかかるし 不便過ぎるもの、あり得ない。
新しい介護人は女性の准看護師で正看護師の資格を取るために看護学校に行ってると、若いみたい。鑷子(セッシ)で吸引を したことがないみたい(今はソフトグローブしか使わないので仕方ないと思うが)でカテーテルの持ち方がぎこちないし (Mさんも最初そうだった)アンビューも押し方が変(使ったことがない?)、だけども地盤は最初にしてはまあまあ使えて 僕さえイライラしなければコミュニケーションは取れそう。彼女が1年間僕のところで我慢できれば 良い経験が積めて 良い看護師になれると思う、まあ一番気に入ったのはここまで30分はかからないという近い点だ。そして彼女が主力に なることもあるまい、看護学校に通っているから。そういえば昔看護学校の学生さんにボランティア・アルバイトで 来てもらおうと考えたこともあったな、嫁さんに反対されるのが恐くて言い出せなかったけど。

5月1日〜15日 レスパイト入院
5月1日から2週間のレスパイト入院、今病院では面会は完全に禁止で家族も玄関での荷物の受け渡しだけ 家族にも 会えない。話すのはほぼ看護師さんだけで昼も夜も時間を持て余す毎日だった。でも看護師さんが毎日1時間車椅子に 座らせてもらって足し夜寝る前に手脚も動かしてもらえた、感謝です。
車椅子に座っている時には外の景色を楽しんでいた。新緑って近くの裏の山より少し離れたところの方が綺麗に 見えるんだね。新緑にもいろいろな黄緑があって色鮮やかだった、退院する頃には一色の黄緑になっていたけど。
検査は連休開けの5月7日に血液検査と検尿 11日に一日血糖値測定、朝の血糖値が90台だったのでびっくりした。今回の 入院中に胃ろうの入れ替えを行うつもりだったけど…ものが届かなかったから中止 次回のレスパイトに延びた、 良かったのか悪かったのか。
リハビリは連休中は当然休み、でも残りの日は毎日やってもらえた 立位訓練も二日。おかけで脚は弱らずにすんだと 思う。看護師さんの名前も全員覚え直したし、暇つぶしの方法さえ見つけていればいい入院期間になったかも しれないな。
入院中に誕生日を迎えもう62歳になった、早いものだ。職場を離れてからももう20年、今でも時々仕事をしている夢を みる。今でもやっぱり懐かしくなる。


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4月
4月28日 H先生のリハビリ 急遽中止
今日のH先生のリハビリが急遽中止になった、H先生の自宅の近くで新型コロナウイルスの感染者が出ているからしばらく 自宅で経過観察すると。本当は来月初日からレスパイト入院だったから是非ともH先生のリハビリ 特に歩行訓練と顔を 左に向けるための頸の可動訓練はやって欲しかったのだけど、こんなご時世じゃH先生の訪問リハビリを受けている お年寄り(僕を含め)に新型コロナウイルス感染の可能性を少しでも避けるのは最善の処置 仕方ないこと。それにしても こんなところで新型コロナウイルスの影響が来るとは思ってもいなかった。

4月24日 通院日
通院日 今日は良い天気で帰ってきた時にはこのまま日向ぼっこしたいと思ったほどだった。街路樹のツツジの様子は 言い方が難しいが 咲いてる所はまあまあ咲いている あとはぽつんぽつんかな。今年のツツジはあんまりきれいくない みたい。国道沿いのふたつ隣の地区の社?祠?の八重桜はまだ花びらと葉っぱが半々だったし波佐見の田んぼにも数ヵ所 レンゲ草が咲いていたし、今年の花々は石楠花以外は咲くのが遅くなりそうだ。今日はまあまあの景色が目に出来て… 楽しかった。
外来の雰囲気はいつもと違って落ち着きがない感じがした、新型コロナウイルスの影響か。今日次のレスパイト入院の 予定が決まった。前回の肺炎での入院から5月1日まで20日と間が開いていないから予定のレスパイトは延びると 思っていたのだが…それが予定通り5月1からの入院と、喜んでいいか悲しむべきなのか 複雑な気分。

4月19日 gacco講座「放射線・放射能の科学」修了
今日最終レポートも送信・他の受講者のレポートも5件評価してgacco講座「放射線・放射能の科学」も無事修了した。今回の 講座はかなり難易度が高くて(ビデオの保存もできなかったし)僕には結構難しかったから、無事修了出来たことに 満足しているし修了点が99点も取れたことにちょっとびっくり、大満足の講座だった。きっと雑学の知識も増えたこと だろう。あとはWeek4とWeek5のWordでのまとめだけ、これがもう一度理解しながらだから結構時間がかかりそうだけど… 復習の意味も込め手だもんね 仕方ないか。月末までには終りたいな。

4月18日 入浴車
久しぶりの入浴車、病院でも1回お風呂に入れてもらったけどやっぱり病院でのお風呂の洗い方は優しくてなかなか 痒みが取れない。入浴車のスタッフは僕の性格を分かってくれていてほどよく強く洗ってくれるから、なんせ10年以上の 付き合いだしね。
入浴車のスタッフも入れ替わりがあり看護師さんもヘルパーさんも1人ずつ変わった。今日は新しい看護師さんの 初お目見え、僕がスタッフのみなさんと普通にアイコンタクトでコミュニケーションを取っているのを見てびっくり したかも。

4月17日 期待なし
今日の夜間の重度障害者訪問介護の担当はBさん、今日で何回目だろう 驚くほどコミュニケーションが取りづらい。 さっき文字盤で指した言葉をなかなか覚えていてくれないしあかさたな〜わ行を文字の前に付け加えがちでなかなか前に 進まない。所長の話にたまにBさんの名前が出てきていたからつい期待してしまったのだが…、これからも苦労しそうだ。 看護師のMさんとは肌が合わないかもと思っていたのだがBさんに比べたら工夫もしてくれているし…大丈夫 好きに なれそう。問題はBさん、寝る前の僕の介護の流れも覚える気もなさそうだし 僕はBさんに慣れることができるかな。

3月30日〜4月13日 肺炎で入院
肺炎で二週間川棚医療センターに入院していた。前回肺炎になったのはいつのことだろう、僕も嫁さんも覚えていない くらい おそらく十数年になるだろう。だけど肺炎自体の症状はそんなに重くなかったと思う、だって熱は一度も 出なかったし 酸素を繋いでいたのも一日だけ それに抗生物質を点滴して三日目には普段の体調に戻っているみたいな 感じだったもの。ただ血液検査で炎症反応の数値がなかなか下がらなくて それに脱水の症状もあったみたいで、点滴が 十日と長くなって入院が延びてしまった。でももう大丈夫だと思う、肺の調子も良くなって数年前の肺みたいな感じ だもの。
2週間前の正午に「志村けん 死去」のニュースが流れた、丁度その頃体調が少しおかしくなり始めて(僕は志村けんの ニュースの精神的な影響だと思っていたのだが)…午後3時半から1時間車椅子に座らせてもらってベッドに戻ったら 急に 息苦しくなって身体がしんどくなって、訪問看護師さんに救急車を呼んでもらって川棚へ(僕の救急の時は隣県の川棚医療 センターへ運んでもらえるように 伊万里の保健所を経由して有田消防署へ頼んでいる)。訪問看護師さんは僕が病院に 行くことを素直に承諾したことを珍しいと言っていた、それだけ身体がしんどかったのだろう。病院で待っていてくれた 主治医に診察してもらってCTとレントゲンを撮ってもらったら肺炎と、で 即入院となった。新型コロナウイルス感染の 可能性があるということで4日間個室で隔離みたいな状態に、看護師さんがケアに来る時もウイルス対応のマスクをつけ 手首まで覆われたビニール製のガウンと手袋を着て入ってきてた。4日後の4月3日痰の培養検査で新型コロナウイルスでは ないことがようやく分かり個室からいつもの病室へ移動できて、そして今日退院してきたということだ。
あっ 個室は南側だったから経管栄養で頭を上げた際に ソメイヨシノが咲いているのがほんのちょっとだけど見えた。 それにいつもの病室からは裏山に大きな山桜が3本立派に咲いているのが見えた、今はもう葉桜になって新緑に埋もれて どこにあったかも分からなくなったけど。換気のために窓を開けても入ってきた風はもう冷たくなくなっていてもう 春本番だなと感じた。


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3月
3月23日 うるさい
重度障害者訪問介護 三日連続同行は疲れた、スケジュールを作る人もその辺のことは考えて欲しいな。それに隣の部屋で 待機している時も二人でずっとおしゃべり、ベッドに寝ている僕にとってはうるさくて仕方ない。寝た後もおしゃべりは 続いて…常識ってものがないのかとつい思ってしまう。仕事の話をしているのかもしれないから「静かにしてくれ」とは 言えないけど 何とかしてくれないかな。
午後3時半過ぎに車椅子に座った時から背中に寒さを感じ始めベッドに戻ってからも背中の寒気がだんだんとひどくなり… 肺がとっても冷たく感じた。肺が冷たく感じる時は風邪を引きかけている時 いいことがない、痰が出ににくなっているし 体調が下っていく時の兆候だ。こんな時は漢方を服用して胸を温めて早く寝るに限ると思ってパソコンを早めに 止めたのだが…Eは同行しているNさんに教えているしそのNさんもテキパキとは動けない。結局はほとんどいつもの 時間に。こんな体調が良くない時は介護に時間がかかると疲れるので重度障害者訪問介護の人に任せっぱなしにしないで 寝る前の世話ぐらいは嫁さんがして欲しいな、僕の身体のことは嫁さんが一番よく分かっているのだから。

3月22日 僕の心持ち 少し改善?
重度障害者訪問介護 今日の担当は日中はMさんと同行のBさん・夜間は別のMさん、もっと疲れるかと思っていたけど それほど疲れることはなかった。思っていたよりMさんが動いてくれることが分かった。これで少しはMさんに対する僕の 心持ちが変わるかもしれない。最初Mさんに対して抱いていた偏見が少しずつ変わっていって僕の心が柔らかくなって、 心の壁を作らなくなるようになれたらいいな。

3月20日 春分の日
今日は春分の日 祝日だから訪問看護はお休み、だけど入浴車は今日も来てくれた。今日の入浴車のスタッフも顔馴染み、 それも今日までかもしれないけど 4月からスタッフの一部が少し入れ替わるらしいから。今日の入浴時の井戸端会議の 話題は社協の看護師のY君の息子さんが4月から小学1年生になるとのこと、Y君が初めてうちに来たのはそのお子さんが まだ生まれる前だったけど。子供の成長って早いなあ。
今日のお風呂も気持ち良かったなあ。

3月19日 往診
明日が祝日ということで今日の午後2時からはT先生の往診、簡単に診察とカニューレ交換をしてもらった。先週の金曜日に 往診してもらった時に背中がかゆいと訴えてかゆみ止めの内服薬を出してもらっていたから その話題が出るかもと思って いたのだが…最後まで話は出なかった。かゆみは少し治まった様な気がするから内服薬が効いているのかもしれないけど かゆみはまだ残っている。暑くなるのはまだまだこれからなのに この夏はどうなることか。

3月18日 入浴車 おかしい?
9時から訪問理容 リリアンさん。髪を切ってくれるのはいつも通りのKさんと今日は昔勤めた会社の事業所の人事にいた 娘に似ていると以前は思っていた女性、今日は似ていると思わなかった。みんな年を取った。あの娘 綺麗だったが、 今はどうしているのだろう。
10時過ぎからは入浴車、今日の入浴車のスタッフはどことなくおかしいなと感じた。その理由が分かったのは浴槽に 漬かって井戸端会議をしている時、4月初めに人事異動があるらしくそれで全体が動揺しているみたいだった。幸い 入浴車のスタッフには大きな変化はないらしいが。
gacco講座「放射線・放射能の科学」Week1がようやく終った。原子物理学は全然やっていないから内容が本当に難しくて ほとんど理解出来なかった。でも興味あるし面白そう。

3月17日 H先生のリハビリ
今日の朝9時半からのケア 来たのはなんと珍しく所長、9時半からのケアは朝の経管栄養が終って時間が経ってないから 何となく嫌だなって感じ。所長のケアは所長は話し出すと手が動かなくなるタイプだから遅れがちになることが多い、 慣れているヘルパーさんだからそこまで説明する必要はないのにっていつも思うのに。それに所長は健忘というより 他のことに気を取られ過ぎるんじゃないかな、病気だとすればそっちの方だと思うけど。
H先生のリハビリは11時から、車椅子に座ったままの右肩の可動訓練 痛みが早めに来ている感じ。ベッドに戻ってからの 左肩の可動訓練では今日は不思議なくらい粘れたのに、右腕を挙げてもらう際にあんなに早く右肩関節が痛み始めるのは どうして…。5歩の歩行訓練は好調?、左膝が折れそうな気がして気合いを入れて右膝は伸ばさなくちゃいけないけど。 もっと左脚重心を練習しないといけないな。

3月15日 相性が良くない?
重度障害者訪問介護のMさんに担当してもらうのは今日で4日目かな、今日は日中の担当だった。Mさんの介護は技術的には しっかりしてると思っているはずなのだけど…一つ一つの動作にイライラしてしまう、何故だろう。例えば部屋に入って きた時に毎回「吸引ですか」と聞く、そんな些細なことでさえ気に障ってしまう。たぶん最初の印象が悪かったのだろう。 介護の手順を教えられている時でさえメモをしない、その割には次に何をするのかも覚えていない。その瞬間ダメだなと 思ってしまった。おそらく相性も良くないのだろう。最近そんな相手が増えた。ということは僕の方に問題があるの?

3月14日 Tの命日
あれからもう2年が経つのか、夜嫁さんの高校の同級生から突然電話があってから。Tがこんなに早く逝くとは全然思って いなかった。やっぱり緩和病棟に替えられたことで気持ちが大きく落ち込んだのかな、何となくは分かる気がする。 それまで懸命に生き続けようと頑張っていたもんな、緩和病棟って死を待つって感じがするから。たぶん僕も緩和病棟に 入れられたらかなり落ち込むと思う、僕はすぐに死を迎えるって訳じゃないけどそれでも…。夢に出てきてくれないかな、 話したいことはいっぱいあるし。

3月13日 背中がかゆい
レスパイト入院の歳 数日目から背中に汗をかくようになりその後寝る時に手まで出して寝るようにしても背中がかゆく なった。たぶん室温が年末・年始のレスパイトの時より高かったのだろう、今回は暑がりの患者さんがいなかったから エアコンの設定か1℃か2℃高かったのかな。それ以降背中はずっとかゆいままだ。それで今日T先生の往診の時に「背中の かゆみがレスタミンを塗っても収まらない」と訴えた、「それならかゆみ止めの内服薬を出しましょう」と。内服薬って 効くのかな、不安だな。
ついに佐賀県で新型コロナウイルス患者が出た、むしろ今まで出なかったのが不思議なくらいだ。驚いたのは佐賀県で 初めてのこの佐賀大学の学生の患者がフランスで新型コロナウイルスにかかったらしいと報道されたこと、学生で フランス旅行なんて行くお金があるのか。アルバイト、まさかね。親に頼ったのか、医者の子供か?。下の息子は 大丈夫?。

3月11日 I君のリハビリ
3時半からはI君の下半身のリハビリ、3週間?前から咳をしているのが気になっていた。そんなに気にする必要はないのは 解っているのだけだけれど…。
リハビリはいつも通り。踵の可動訓練は物足りないけれど後は強めに曲げてもらう時は顔をしかめる時が時々あるように なった、満足。立位訓練もいつも通り順調、腰も伸びて力もよく入った。I君も本当に上手くなった、気持ち良く脚や腰に 力を込めることが出来る立たせ方になっている。

3月10日 また新人さん
重度障害者訪問介護のヘルパーMさんが今月で辞めるとのこと、約1年付き合ってもらって技術的には最も信頼がおける 人だったのに。これで最初から来月まで残る重度障害者訪問介護の人はわずか一人、この1年で何人変わったのか 5人?。 長続きはしない仕事なのだろう、週に3日も夜寝ずの勤務じゃね。
それでまた新しい介護人Nさんが昨日から二日連続で夜の同行についている。Nさんは看護師とのこと、久留米から 来ていると 遠いなあ。片道どれくらいかかるかな、高速を使えば1時間半はかからないかもしれないけど下の道なら 2時間以上 僕だったらこんな仕事はしない。半年来るかな。まあ現地採用までのつなぎと考えておこう。
Nさんの性格はメモもとっていたし真面目そう、好感が持てた。ただ文字盤は苦手そう、慣れるまで時間がかかるかも しれない。

3月9日 下痢
金曜日退院の日予定外の便が出たからちょっとおかしいなと思っていたのだが…土日そして今日と下痢が続いている。 下痢止めは土曜日の夕方から服用しているはずなのだけど今朝になっても収まる気配がない。それで嫁さんに「もっと強い 下痢止めにして」と頼んだら「市販の薬じゃ効かないから(かかりつけ医の)T先生のとこからもらってくるしかない」って。 そして昼の経管栄養の時に一緒に入れてもらったら 夜の経管栄養が終ってももよおしてくる気配がない、効いたのか。 このまま収まってくれれば良いのだが。
でも今回なぜ下痢したのだろう。思い当たることはただひとつ、お腹が冷えている。誰にも解らない感覚だろうが 金曜の 朝にカニューレを交換した時から人工呼吸器から送られてくる空気で胃が冷えている感じなのだ。

3月8日 モモが来た
家に戻ってきた日は僕の部屋に寄りつこうともしなかった猫たちが 昨日の朝にはまずチビが部屋に入ってきて自分の 居場所の窓ぎわに行って外を見ながらひと休み、その後しばらくして今度はモモがベッドに上がってきて脚の間で 眠ってくれた。今日も10時頃にモモがベッドに上がってきて午後3時頃まで脚の間で眠っていたし、それからしばらくは 外にパトロールに行ってたようだが 夕方またベッドに上がってきて3時間ぐらい寝ていた。モモが来るようになり脚の 間で眠ってくれるようになってようやく家に帰ってきたなって実感が湧いてきた。

3月7日 ネットワークカメラ 見えた
このネットワークカメラ いつ購入したのだろう、もう半年は経つと思うのだがアプリが上手く動かなかった。それで 下の息子が家に帰ってくるまで待つことにしたのだけれど…前回の年末・年始の入院の際にメールで下の息子に頼んで おいたのだが 何を間違ったのか10月中旬まで使っていたWindows7のパソコンに探してくれたネットワークカメラ用の アプリを入れてしまっていた。Windows7のパソコンのデスクトップを見せてもらっても 最近目が霞むようになっていて よく分からなくて放っておいた。
そして今日息子にカメラの銘板の画像をメールで送ってもらっていたのを思い出し 製品品番で検索してみたらアプリが 「MIPC」であることが分かり インストールして設定したら…写った。だけど画像が上下逆 それに両端が魚眼レンズで 見たように丸くなっていた。だけど画像そのものは断然きれい、やっぱり取扱説明書をダウンロードして読まなければ いけないな。


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2月
2月28日〜3月6日 レスパイト入院
一週間のレスパイト入院、いつもの病室・いつものベッド 見える景色もいつも通り。ただこの一週間は曇りの日と青空の 日は半々。曇っていると病院の裏山もガスっていて気分はもうひとつ、誰にも話しかける気分にはならない かな。
3月の人事異動で男性看護師KさんとS副さんがまたいなくなり寂しくなった。ただKさんは外来とのこと、またすぐ 会えるだろう、S副さんは5F病棟にいたのはたった5カ月 短かったなあ。看護師長さんも交代と わずか1年 短過ぎ、この 看護師長さんは毎日朝夕病室に顔を出し患者一人一人に声かけしてくれていた。僕の17年のレスパイト入院では初めて だったが…嫁さんに言わせると当たり前と。そうかなあ、僕はすごいと思うけど。
検査は月曜日に血液検査と検尿、異常はなかったようだ。でも 時には胸のレントゲンや心電図もやって欲しいものだが。 リハビリは月曜から四日間、火曜と木曜に立たせてもらった。車椅子は水曜を除いて毎日座らせてもらった。水曜は便と お風呂が重なって車椅子移乗の時間が取れなかった、やっぱりお風呂は午前中じゃないとまずいな。
今回はほとんど(半分?)四人部屋は満室、結構咳をする患者がいて今回ばかりは気になった。それにしても年配の方は どうしてナースコールを鳴らさないのか、あんなに痰混じりの咳をゴホゴホしているのに 苦しくはないのか。あまりにも ゴホゴホの音が大きいので耐えきらなくなって僕がナースコールを鳴らして看護師さんを呼ぶことも。分からない。
うちに帰ってきてもモモもチビも僕の部屋をチラリともしない、寂しいな。

2月25日 H先生のリハビリ
今日11時からいつも通りH先生のリハビリ、今日の5歩の歩行訓練はまあままあ好調 腰にも脚ににもある程度ちゃんと 力が入った。そしてまあまあ歩けて僕もH先生も満足、どうしてこの寒い時期に調子が上向きなのか その理由は僕にも 分からないけど。でも肩の関節の可動範囲は右も左もやっぱり少しずつ狭くなっているのかな、痛むタイミングが少し 早くなってきている気はするけど。

2月24日 天皇誕生日 振替休日
今年から天皇誕生日が変わった。まあ天皇が変わったのだから当たり前か。昨日が天皇陛下の誕生日だったらしい。 今年60歳とのこと、一学年下だったらしい 以前からそう聞いていた記憶はある?。
という訳で今日は振替休日 訪問看護はお休み、個人的にいわせてもらうと振替休日は嫌いだ。今日は嫁さんが摘便・浣腸を してくれてヘルパーさん2人が洗顔・清拭をしてくれた。ヘルパーさんももう慣れたもので不手際無くこなしてもらった。 厳密にいうとヘルパ−さんは呼吸器に触ってもいけないらしいのだが…これはまあ秘密にしておこう。いっそのこと社協が 痰の吸引を引き受けてくれればいいのだけど、責任者が逃げ腰だから現状は仕方ないか。

2月23日 モモ
昨日から夜寝る前にモモが来るようになって朝6時ぐらいまでいてくれる、その暖かいことこの上もない。脚の間で眠る モモのおかげで夜中中僕の下半身はぽっかぽかだ。ひと月ぐらい前までは夜8時頃にベッドに上がってきて夜中3時前に ベッドから下りていっていたからそれから脚が冷えていたし、これひと月はチビの居場所 窓際のすみっこを奪い取って ベッドには上がってこなかった。猫ってほんと気まぐれ。

2月22日 春の嵐?
今朝は屋根を激しく叩く雨の音で目が覚めた。雨の音で目が覚めるなんてことはほとんどない、それ程激しい雨だった。 雨の音がやんでしばらくすると今度は激しい風の音、風の音からはおそらく春一番だと思ったのだが…僕には吹いていた その風が暖かさを含んでいるのかを感じることは出来ないからそうだとは断定は出来ないけど。春一番は強い風が吹いて くるだけではない 暖かいものだ、そのことを僕は身をもって体験した。もう30年ぐらい前のことだ、広島県の西部の山奥 恐羅漢スキー場に行った時のこと、最終日の建国記念日の昼過ぎに突風が吹いてゲレンデの端の方の雪がみるみる間に 解けてなくなって地肌が見えるようになった。後で天気予報で「今日春一番が吹いた」と、それが春一番の威力。

2月21日 金曜日は忙しい
通院のない金曜日は忙しい。10時過ぎからは入浴車、しばらく休んだら昼の経管栄養、午後2時からT先生の往診で 3時からは車椅子移乗の準備。次から次へと行事が巡ってくるから忙しい。今日の往診で新型コロナウイルスの話は 出なかった。車椅子移乗の今日の担当は所長とF看護師、「5分遅れる」って電話があったそうだから着くのは3時半ぐらいと 思っていたけれど…そんなに遅くならないうちに着き3時40分にはもう車椅子に座っていた。さすがだなあ。

2月19日 入浴車
10時過ぎからは入浴車、今日の入浴車のスタッフも気の許せるメンバー。そして今日の井戸端会議の話題はバレンタイン チョコ、小学6年の娘さんが手作りチョコを10個ぐらいも作ったとか 保育園の年長の息子さんがチョコレートを2個 もらったとか 僕の子供時代には考えられないことばかり。お風呂の温度は43℃設定だとか、それでも浴槽が冷えて いたのか熱く感じたのはお湯に漬かった時の一瞬だけ、すぐに足し湯が必要になった。それだけ外が冷えているのだろう、 今日はこの冬一番の冷え込みと言っていたから。こんな冷えている日のお風呂は有り難い。

2月18日 H先生のリハビリ
今日火曜日は10時半前から車椅子に座って11時前から車椅子に座ったままで右上半身の可動訓練と呼吸訓練、最近H先生の 腕の可動の痛みで眉間にしわを寄せることが多くなった。H先生の動かす強さ・範囲が前より強くなることはないだろうし 僕の痛みに耐える機能が弱くなったのだろう。でも痛いくらいでないと関節の可動域は維持出来ないしな。
次は5歩の歩行訓練、今日も立ち上がった直後から腰と脚にまあまあ力が入ったので安心した。ただこの時から今日は どちらかというと珍しく右脚よりも左脚の方に不安を感じていた。案の定 歩いている時も今日は右脚は力の入り具合も 安定していてすぐに力が伝わってるって感じがしていたけど、右脚は油断すると膝から力が抜けそうな気がして力を 入れようと努めていた。H先生もその辺は感じていたようでベッドに横になってから指摘があった。でもまあ力も上手く 入ったし出来は良い方だろう。

2月17日 Mさんのケア
昨日の日中と今日の夜間の重度障害者訪問介護の担当は僕にとっては新人のMさん、まだ文字盤に慣れていないから お互いにコミュニケーションに苦労して時々いらついている、もちろん顔には出してはいないつもり だが。それに僕の ケアの手順も覚えていなかった、一度だけだがKさんには日中のEには夜間の手順を教えてもらっていたけど…メモすら 取っていなかったからしょうがないか。極めつけはMさんは夜中眠る時にもメガネを外してくれなかった、なぜか指示も 頼みもしなかった。文字盤を使うのが嫌になっていたし言うのも諦めていたから。次はいつだろう、怖い かな。

2月14日 バレンタインデー か
今日はバレンタインデー、僕にはこれまでほぼ縁のなかった日だ。社会人時代には数回義理チョコをもらった。だけど 心のこもった物をもらったことは二回だけ。一度は娘からもらったチョコ、記念にパッケージの写真を撮ったいたのだが 保存の仕方を間違えて今はもう残っていない。もう一つは45年前のこと、家に差出人の書かれていないクッキーが 送られてきた。あの頃は消印を見るって知恵もなかった。ただ一緒に送ってきた栞の字から誰が送ってくれたのか推察は 出来たけど…「ありがとう」と言う感謝の言葉が出なかった、もし違っていたらという想いと言い出す勇気がなかった。 この勇気のなさが別れに繋がった。手紙を出せば良かったのに、反省と後悔しきり。

2月13日 gacco講座「進化発生学入門ー恐竜が鳥に進化した仕組みー」一応及第点
gacco講座のWeek4が昨日の午後配信、昨日の夕方遅い時間から始めて今日までにWeek4と最終テストを終えた。最終点は 88点、Week4の確認クイズで9問中3問間違え最終テストの文章の正誤を答える問題は7問全問正解した。Week4で間違えた 2問にしても早とちり、問題文を落ち着いて最後まできちんと読んでおけば間違えなかったかも。後はWordでのまとめ、 今回の講座は難しかったからほとんど理解出来ていない。せめてまとめぐらいしないと雑学にもならない。

2月12日 リハビリ
昨日H先生が「明日I君は病欠?」と言っていたからゆっくりしていたけれど 午後3時半にI君が顔を出してリハビリ開始。 まずは脚の可動訓練、今日もお尻に時間をかけ右脚・左脚の順に。別に不満も要望もないけど…この頃右の股関節が内側に動かしてもらうとすぐに痛み出すのが困りもの、そこのところに意識をおいてもらえると助かるのだけれど。脚の可動 訓練が終ると次は立位訓練、先週よりはぐっと気力はこもっていたが昨日ほどじゃなかった。出来は良い方 かな。

2月11日 祝日のリハビリ
今日は建国記念日で祝日、訪問看護はお休み だけど訪問リハビリはあり、そのため車椅子移乗はしなくて久々に始めから ベッド上でのリハビリ。可動訓練の際右肩は(ベッド上でのリハビリは久しぶりだから?)結構痛みに耐えたけど左肩の 痛みはそうでもなくていつも通り、H先生の加減or慣れ?。不思議なものだ。可動訓練の後は立位訓練、ベッドは低め だったけど気持ちも乗って調子良かった、僕としてはベッドの高さはもう少し低くても良かったのだが 嫁さんがいつもの 癖で上げてしまった。高さは技術と信頼の差かな。

2月9日 新しい人追加 疲れた
今日の日中重度障害者訪問介護の新しい人が来た。新しい人はMさん 看護師とのこと、以前会ったことはあるらしい のだが覚えていない。驚いたことはKさんが教え上手なこと、教えるのはこんなに上手いのか…とつい思ってしまった。 新しい人が来るようになったらしばらくはお互いに文字盤でコミュニケーションをとるのに苦労することになるし 僕も Mさんのケアに慣れるまでにしばらくかかるだろう、疲れそう。今日だってたっぷり疲れたし。

2月7日 通院日
4週間開いた通院日、訪問看護師さんが「外は寒い」って言ったけど 玄関から外に出たら空気が冷やっとしていて行きのリフト車の中でも寒くていつも通り厚手の毛布を着てても身体が温かくならなくて、帰る時に気づいたのだが暖房が入っていなかった。病院に向かう時は景色を見る余裕などなかったけど帰りには白梅と紅梅を見たような気がした、リフト車からは横の風景は見ずらいのだ。耕されてない田んぼでは稲の切り株から新芽が伸びて田んぼ一面緑の絨毯になっていたし 春は確実に近づいて来ている。
病院について救急処置室に入ったらT看護師がお出迎え びっくり、T君は先月退院する時には神経難病病棟に異動と 言っていたから今日はたまたま外来の応援にでも来ているのかと思った。事情を聞いてもらうと「外来の夜勤の看護師を 正式に置くことになって急遽集められた」と、今まで夜勤の外来を病棟の看護師で賄っていたのがそもそもおかしかったと 思うのだがこの病院も夜間の救急に力を入れる気になったか。しかし体制が出来たばかりでまだ落ち着いていない感じ。 バイタルを計ってしばらくすると主治医が来て診察とカニューレ交換、その後僕の希望通り月末のレスパイト入院が 決まった。帰る前にK奥さん(看護師)に久しぶりに会えて嬉しかった。
暖房の入ったリフト車で帰る際には手に汗をかきそうなほどだったがベッドに落ち着いてからは肺が冷たく感じてきて 体調がだんだんと落ちてきた、久しぶりに風邪を引いたって感じだった。風邪対応の漢方薬を服用しても効果がなさそう。 こんな時は寝るしかないと思い 早く寝ることにした。

2月5日 リハビリ
昨日は2週間ぶりにH先生の上半身のリハビリ、最近は右脚になにがしの不安があって困る。今日は不安はありながらも 脚に力ちゃんと入っていつも通り5歩歩けた。可動訓練も痛みは感じたけれど耐えられた、最近本当に痛みを感じるのが 早くなったみたい。今日の午後3時半からはI君による下半身のリハビリ、I君はお尻をよく揉むけどそれに何の意味が あるのだろう…最近は右のお尻のもっと右の側面が痛くなることや右足首の上あたりの一周が筋肉痛?で痛だるくなるのが 多いんだけど。立位訓練の時今日も気合いがもうひとつだったなあ。

2月3日 センター試験数学T数学A もうこれで終わりにしよう
センター試験の数学TA やってみたけど今年のは難しかった。答えを出すことが出来ない数学TAなんて初めてなんじゃ ないかなあ。集合の問題と確率の問題ではいつものように少し考えたけど…大問4と大問5が特に難しかった。文系の 大半はこれらの問題に手も着けきらなかったと僕は予想している。それほど難しいと僕は感じたのだ。
大問4は7進法の問題、これはn進法の原理がきちんと解っていてしかも過去に何らかのn進法の問題をやった経験が ないと解くのは難しいと思う。大問5は図形の問題、三角形の問題なのだが辺も角度もひとつも数値で表されていない。 こんな問題はたぶん見たことがない、初めはどこから手をつけていいのか解らないほどだった。結局大問5の中の4番目の 問題を二日もかけて考えて解らずじまい、もういいかと諦めた。

2月1日 交換
来週の木曜日と土曜日のケア 訪問看護ステーションMの業務の都合で交換するとのこと、そして訪問介護ステーションNの Kさんが今日ケアの流れを見学に来た。それなのに僕は最初便処理を省こうとした、Kさんが何の為に今日来ているのかに 気が付いてすぐに取り消したけど。所長もケアの流れを自分が今日は必要ないケアと分かっているものだから時々流れを 省こうとした、その度に僕は「〇○は」と注意を促したけど。こんな時は所長も僕も教え下手になるなあ。


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1月
1月30日 gacco講座「進化発生学入門ー恐竜が鳥に進化した仕組みー」難しい
今度のgacco講座 難しいのに録画が出来ない。そして今日やったWeek2はもっとずっと難しかった、専門用語もばんばん 出てきてちっとも理解出来なかったし。その証拠?に確認クイズは9問中3問も間違えた。最低でもこのWeek2はWordで 以前のように復習しなければ理解は出来ないと思っている。この講座「進化発生学入門」はこの先も理解出来るかどうか 不安を感じてはいるが始めたからはなんとか修了までもっていかなければと思っている。

1月29日 入浴車
午前10時過ぎからは入浴車、浴槽の中の僕を囲んでの今日の井戸端会議の話題はバレンタインデー 小学6年生の娘さんが 手作りチョコレートを十数個作るという 男子の分も女子の分も。その意味では昔でいう義理チョコとは違うのだろう、 今の小中学校ではバレンタインデーも友だちとの親交を深める日になってるみたいだ。時代がもう違うと言うべき なのだろう、なにせあれから半世紀近く経っているのだから。それにしても僕の中学時代チョコレートなんてもらった 奴はいたのかな。

1月28日 H先生お休み
昨日の朝のケアの時に訪問看護師さんから「H先生は病欠 明日のリハビリにはI先生が来ます」と、だから今日の上半身の リハビリはI君 やっぱりやり方はH先生と違って彼独特 丁寧だけど何かもの足りない感じがしていた。まあ僕の上半身を 触るのは初めて?だからおそるおそるになるのは仕方ないか。車椅子からベッドに戻る時I君が立たせてくれたのだけど… 嫁さんのフォローでは膝が伸びることはなかった。I君もベッドと車椅子の高さの違いを思い知ったのかもしれない。

1月27日 数学U数学B 一応終了
センター試験数学U数学B 今日一応終った、今年も統計の最後の信頼区間の問題が1問解けなかったけど。娘は「今年の 数UBは(文系には)難しかったらしい」と言ってたけど問題の難度はそれほど変わらなかったと思う。ただ計算が例年より 全体的にややこしくなっていたように感じた、まあもっと以前は娘がセンター試験を受験した頃はもっと計算から 複雑だったと思うけど。それにしても問題を見てもピンと来なくなったしやり方を思い出すのに時間がかかるように なったなあ、今回は連立不等式の解ってどんなんだったっけとしばらく考えたし図形の問題で問題の意味を半日ぐらい 理解出来なかった。鈍ったかな。後は数学T数学A、いつ出来るかは不明だけど。条件付確実だけはやる前に確認して おかなければいけないな、去年も曖昧なままうろ覚えな答えの出し方をしたから。

1月25日 やっぱりやり方は変わってる
今日の午前のケアの担当も先週に引き続き所長、今日の清拭のやり方も先週と少し違っていた。上半身(前)の清拭の時に 胸が冷えないようにホットパックして欲しかった、先週してくれたように。でも忘れてしまっているみたい、他にも他の 看護師さんと手順の違うとこもあるしね その違いに戸惑うことも時にはびっくりすこともあるし。まあそれが所長の 面白いとこ・いいとこなんだけど。

1月24日 迷惑メールの嵐
今日は一日中迷惑メールの嵐、朝から20通以上来たかな。同じ発信元-同じタイトル-全く同じ文集のものか2〜3通ずつ、 やってられない。まいどのことながらネッチュウメールのホームページを開いてアドレスを着信拒否の欄に追加し…今日 この操作を何回繰り返したことか、嫌になってくるなあ。今までは週の半ばに一日4〜5通来る程度だったのに今日は 朝から晩まで…異常としかいいようがない。あんなによくも次から次へと見せかけの差出元のアドレスを作るものだ。 プロバイダーも何か方法を見つけてくれないかな、差出元はプロバイダーの名前のなのだから。

1月22日 gacco講座「進化発生学入門ー恐竜が鳥に進化した仕組み」受講開始
4カ月ぶり?かな gacco講座を受講し始めた。今回の講義名は「進化発生学入門ー恐竜が鳥に進化した仕組み」、恐竜がつく 題名に何となく興味を感じた。だけど Windows10になったからだろうか YouTubeの動画が録画できなくなっていた、 今まで録画の欄がない講義でもYouTubuとしてはパソコンに保存できていたのに。これで確認クイズをする時に講義 ビデオの見直しが気軽にはできなくなった。そのため今日クイズをした際はドキドキ、あと三週こんな気分を 味わうのか。それにセンター試験の数学をやる時間は作れるかな。

1月21日 今日のリハビリ
朝9時半から始まるケア、僕には早すぎるのだが…後のスケジュールが詰まっているのだから仕方ない。今日の担当は Fさん、9時半丁度には声がしたからちょっとびっくり 先週の10分?遅れのつもりで「まだいいだろう」って気持ちで いたから。Fさんに洗顔→下洗い→背中拭きをしてもらっているところにヘルパ−さんが来て車椅子移乗、火曜日は 本当に訪問看護師さんと話す時間もない。
11時前からはH先生の上半身のリハビリ、H先生が寝違えて背中に力が入りづらいということで5歩の歩行訓練の前に 「踏ん張って」と言われていてそれなりに気合いを込めて脚に力を入れたつもりだけど…。H先生に車椅子から立たせて もらった瞬間腰と脚にすんなり力が入って一直線に身体が伸びたのが気持ち良かった、いつもなら右腰に鈍っぽい痛みが 出るのに。

1月20日 センター試験数学 準備開始
センター試験の数学を解くための準備を始めた。pdf形式の数学の問題を1ページずつ画面に出し画面コピー、それを Wordに貼り付ける。これが結構時間がかかる。今日終ったのは数学T数学Aの大問1と大問2,このペースで貼り付けて いると木曜日までかかる。水曜日から久しぶりにgaccoの講座もやるつもりだからセンター試験数学を解き始めるのは いつになることか。今日有休を取ったとかで家に来た娘が「今回のセンター試験 数学U数学Bは文系には難しかった らしい」と言ったから どんなものなのか早めに手を着けたいのだが…。

1月20日 Kさん 今年初めてなのに早引け
今年初めて来た重度障害者訪問介護のKさん きた時からやる気がなさそうに見えた。都道府県対抗駅伝を見ている 時だったかな 隣の部屋からいびきが聞こえてきた。結局Kさんは体調が優れないからと午後9時までの予定と聞いていたが 7時半に帰っていった。帰る時の言葉「時間になったから帰ります」って どういうこと、言う言葉が違うだろうと思った。 後で嫁さんから「Kさんは寝不足と言っていた」と聞いた、そんなに調子が悪いのなら初めから来るなよ。
夜の介護はE、聞いたら「明日も」と 今週も三日連続。たぶんE自身がより多くの訪問を希望しているのだろう。お子さんに 不満がないのなら僕は助かる。

1月19日 最後のセンター試験 かな
自分でセンター試験の数学を解くのはたぶん今年が最後になるだろう。娘が高校2年の時に始めたセンター試験 今年で 丁度10年目 いい機会かもしれない。
昨日今日と東進のセンター試験速報のページから英数国と世界史Bの問題と解答をダウンロード、数学だけ今までと ダウンロードのやり方が違っていたから結構戸惑ったけどね。後は実際に解くかどうか それに解けるかどうか、 数学だけはやりたいかな。

1月18日 所長のケア
今日のケアの担当は一日所長とヘルパーのMさん、所長の介護の仕方は独特だ。所長は口が動くと手はあまり動かなくなる タイプ、その上教え魔だからヘルパ−さんによく指導している。最近その教え魔の度合いが少し増しているように見える。 だからケアの開始が遅くなりがち、待ちくたびれてじれったくなる時も時にはあるけど。その割には時間内にちゃんと 終る、それはやっぱり上手いから(今日の清拭は手抜きかなと思うことも時にはあるが)。僕が面と向かって愚痴を ぶつけられるのは所長ぐらいしかいないから今日は少し話したかったけど…。

1月17日 忘れられない日
25年前の今日 阪神淡路大震災は起こった,あの日の一生忘れることはないだろう。
あの日僕は富良野のホテルにいて6時前に目が覚めてすぐにテレビを点けた。ヘリコプターからのライブ映像 高架道路が ずっと横倒しになっていた。震源地は神戸近辺、それを聞いた時頭がガーン…しまったいう想いが頭の中を駆け回った。 ます会社の寮に電話し後輩に「(全部の)取引先に電話して状況を確認して課長に報告して」と頼んだ。というのは当時 僕は滋賀・京都・奈良・兵庫を担当していたから。朝食が終った時も移動中も取引先に電話したが繋がらなかった。空港に 着いてから会社に電話して後輩に聞いても繋がらなかったと。そこでふと思いついて 公衆電話で電話したら…全ての 取引先に繋がった。この時に公衆電話なら被災地に電話が繋がることを学んだ。それから課長に報告しこの日の仕事 らしきものは終った。後日中心地や長田の町を見たが…長田の町は通ってる道の西側は焼け野原 神戸駅前のソゴウは 3F?がテレビ見た通りすっぽり潰れていた。神戸の町はとにかくひどいあり様だった。
あの日のことはこの先も決して忘れないだろう。

1月16日 お尻も踵も痛い
10月にレスパイトから帰った時にマットレスが変わってお尻(尾てい骨の所)が痛くなったが、一昨日は左の踵 昨日からは 右の踵が痛むようになった。なぜだろう。考えられるのは痩せてきてお尻や踵の肉が少なくなったため、骨の当たる 度合いが強くなったか。昨日はついに右踵の痛みに耐えられなくなって踵の下に山のあるスポンジを敷くことを希望、 それでずいぶん楽になった。これからが思いやられる。何か恒久対策を考えなくちゃあいけないなあ。
前のパソコンをWindows10にgradeアップする準備を始めた。前のパソコンはWindows10グレードアップ メーカーサポート 対象外の機種、長く使えたからだろうが一つ一つ自分で確認しながら使っていかなければならないらしい。今一番気に なっているのがライセンスキーのこと、製品として買ったパソコンにライセンスキーなんてあるのか 自動で入って くれればいいけれど。オペレートナビのUSBスイッチボックスをも改造のためにメーカーに送らなくちゃあいけないし 前途多難だなあ。子供たちに手伝ってもらいたいけど…。

1月15日 入浴車
10時過ぎからは今年初めての入浴車、やっぱり気持ち良い。今日の入浴車のスタッフは看護師のFさんとYさん・ヘルパーの MさんとTさん、そして井戸端会議の話題は成人式のことだったかな。洗い方の力加減も結構力強くて僕に合っていて… 病院の洗い方はご年配の方に合わせているからいくら強めにとお願いしても優しいしね。今日は外が冷えているのか 浴槽に満たしているお湯もすぐにぬるくなって足し湯もいつもより長め…僕が浴槽に漬かっている時に足を上げないのは 本当に久しぶり、それだけ気温が低いのだろう。いくら暖冬だと言っても今は1月だもんね。
午後3時半からは下半身のリハビリ、I君もかなり攻めるようになった、ふくらはぎもよく伸びていた。立位訓練はちょっと ベッドが低かったのか立つのに少しまごついたが腰はよく伸びていた。I君もこの高さからよく立たせることが 出来るようになったなあ。

1月14日 久々の訪問リハビリ
今日の朝のケア 担当は所長、9時半を5分過ぎても顔を見せなかったから「だろうな」と思った。でも来てからの展開が 早かった。10時半には車椅子に座っていた、背中も拭いてもらったし下も洗ってもらったのに。なんか話す余裕も なさそうに見えて話しかけられなかった。
11時からは訪問リハビリ、久しぶりにH先生のリハビリ 結構厳しく動かしてもらえた。H先生特有の動かし方攻め方 結構 痛かったけど楽しかったと言うべきか。立たせてもらう時右足が一足分?半歩?内側に入っていたのが気になった。案の定? 右腰が落ちた 踏ん張れなかった。歩行は久しぶりって感じ 力の入れ方を模索していた、20日歩いてない?割には まあまあか。

1月13日 成人の日
ハッピーマンデーの成人の日で訪問看護はお休み、嫁さんが浣腸をしてくれてヘルパーさん2人にバトンタッチ。 ヘルパーさんが清拭・洗顔をしてくれた。2人とももう慣れたもので呼吸器を着けている僕でもひるむことなくケアを してくれた。僕も不安を感じることもなく…幸い吸引の兆候も襲ってこなかったので助かった。
最近の成人の日には全国で何らかの事件が起こる。なぜ新成人が暴れるのか、理由が分からない。僕らの成人式はもう 41年前、久しぶりに同級生に会えるのが楽しみで…。最近の成人式は派手 それをテレビを取り上げすぎる、 目立ちたがり屋が事件を起こしているのではないか。それなら式・服装の派手さを少しずつ抑える方向で行けばいいと 思うのだが…もう遅いか。昔の西有田方式 着物禁止を全国で貫けば良かった、そうすれば事件を起こしそうな 目立ちたがり屋は成人式には来なかっただろうに。

1月12日 E 三日連続
10日の夜に介護の予定だったM君が病気だということでEが来て今日でEが三日連続夜の介護、Eをこれ以上気に入ることは 精神的に良くないと思い用のないこと以外は出来るだけ口をきかないようにしていたのだが…三日連続母親が夜家に いないというのはさすがに幼子が寂しがっているのではないかと思い「子供たちが寂しがっているんじゃないの?」と 聞いてみた。すると「昼間は一緒にいるし、夜は口うるさい母親がいなくて父親が好きなことをさせてくれるから 伸び伸びしてる」と。そんなもんかな。
今日は久しぶりにEといっぱい話したが これからも気軽にそうならないように気をつけよう。

1月11日 モモ おまたせ
我が家の猫たちは僕が入院していてもいつもと変わりなかったと。寂しく思うが仕方のないことだ、餌なんてあげたこと ないんだもの。家に戻ってきてチビは部屋には入ってくるのだがいつも通り知らん顔して素通り。モモもお帰りの挨拶も ない。だけど嫁さんが一度モモをベッドに上げたら自分からベッドに上がってきて脚の間でまた眠るようになって… あったかい。これで元通り。


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