2022年
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5月
5月15日 嫁さんお出かけ
日曜日の午前中だけは嫁さんがケアをしてくれる。一週間でこの時間が一番の楽しみかも。
午後からは嫁さんはお出かけとのこと、何しに出かけるかは聞いたようだけどよく分からなかった。嫁さんが留守の間は 娘がきてくれた。娘と会うのは今年何回目 2回目?3回目?、新型コロナウイルスが流行してから僕の所へはめっきり顔を 出さなくなった まあ仕方のないことだと思うけど。娘からは誕生日のプレゼントとして掛け物をもらった。それは当然 嬉しいけど…家に戻ってきて僕の手伝いをする回数券がもっと良かったかも(笑)。

5月14日 ヘルパーさんに頼りすぎ?
今日のケアの担当は訪問看護ステーションTのM看護師(遅れてK所長)とK会のヘルパーMさん。Mさんは10時前に来たけれど M看護師が着いたのは10時10分過ぎ、それで二人に「土曜日のケア何時から?」と尋ねたらMさんは「10時」M看護師は「10時半」 どうりで。これに関してはMさんがケアマネジャーに確認するということで決着。
Mさんが洗顔している間にいつも通りM看護師がバイタル測定と脚のマッサージ。それから二人で清拭と下洗い、だけど 僕には今日のケアもMさんが主導しているように見えた。途中でK所長が来た、M看護師が心配だったのだと思うけど 主導出来るヘルパーさんならば土曜日は不要だと思う。いつになったら訪問看護ステーションTの看護師はきっぱりと 独り立ちしてくれるのかな、せめて土曜日ぐらいは…。

5月13日 リハビリの代わりに車椅子移乗
朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車。これで入院中に溜まった垢?も大分剥ぎ取れたかな。今日の入浴車のスタッフは 看護師のFさんとY子さん・ヘルパーのFさんとKさん、今日もF看護師がお風呂に入る前に脚のマッサージと屈伸運動をして もらった。今日のスタッフの井戸端会議の話題は「社協の職員の中で誰が若いか」ということ?、今日の担当のKさんもかなり 若い方。そんな話を聞きながら今日も楽しく気持ち良くお風呂をいただいた。
昼前に警官栄養を始め午後2時からはT先生の往診、そして3時半から車椅子移乗。普段は3時過ぎからH先生のリハビリ なのだけど今はまだH先生が来られないので、代わりにケアマネジャーの配慮でH看護師と社協のヘルパーFさんが来てくれて 車椅子に座らせてくれた。その上で昨日Mさんが買ってきてくれた滑り落ち防止のシートを車椅子の背もたれに貼り付けて 使ってみたら、思っていた以上に滑らなくて滑り落ち防止の効果は抜群だと思った。ただあまりにも滑らなさすぎるので スライドボードが使いにくくなるのではという懸念が湧いたが…。

5月12日 Hさん復帰
9時45分からは朝のケア、僕の部屋の障子が開いたらそこにはH看護師の姿が。濃厚接触者の立場から仕事に復帰したようだ、良かった。まずは洗顔、木曜日は看護師に洗顔してもらう唯一の機会だから顔に何か異常な変化がないか確認してもらう 必要がある。そうこうしているうちにK会のヘルパーAちゃんが着いて二人で排便介助。便は月曜日にほとんど出てないから 下腹はかなり張ってる風、それに昨夜7時にラキソベロン(ジェネリック)を12滴服用しているから便意もけっこうある。 それでも出す自信がないのはなんで。
排便介助の最初は硬い便・お腹に溜まったガスを出すためにHさんに摘便してもらったのだが、ガスはそこそこ出たけれど 浣腸しても便は少ししか出なかった。ただ便意は増してきてたのでお腹を押してもらいながら摘便してもらったら便が 片手分ぐらいは出たらしい。そしてもう一度浣腸してもらおうとしたら管と浣腸液が刺激になったみたいで両手分ぐらい 出たとのことだった。更に残っていた浣腸液を入れてもらったらガスと残便が出た。これでお腹もすっきりした。
午後3時からは車椅子移乗、担当はM看護師と社協のヘルパーYさん。木曜日の車椅子移乗の段取りは通常は脚と頸に装具を 着けてベッドに端座位し一度立ってからもう一度ベッドに横になりスライドボードで車椅子に移るというもの。だけどこの 方法は時間がかかるということで今日も時間短縮のためにYさんの許可をもらって(火曜日と同様に)Mさんが僕を立たせ 強引に回して車椅子に座らせる方法を取った。火曜日と違うのはMさんが火曜日は僕の左足を軸に回したのに対し今日は 右足を軸に回したこと、だからMさんも僕を回しにくかったと思うしYさんも僕のお尻を強く引く必要があったと思う。 苦労をかけた。座った後もMさんは僕の滑り落ちと左脚が外に開くことを気にした。滑り落ちは滑り止めを使うという、 左脚が開くことに対しては窮屈になるとは分かっていたけど僕からステップの使用を提案した。Mさんは?だったけど。

5月11日 入浴車
午前10時過ぎからは入浴車、今日の入浴車のスタッフは看護師のFさん(ケアマネジャー)とGさん・ヘルパーのIさんとMさん。 今ではもうお馴染みのメンバー。お風呂に入る前に「もうしばらくはリハビリ出来ないから」とFさんが脚をマッサージし軽く 動かしてくれた。その気持ちがありがたかった。というのは訪問リハビリのH先生も濃厚接触者で自宅待機中なのだ。 お風呂は浸かっていてもお湯がなかなか冷えなくなったしお風呂からあがっても汗がなかなかひかなくなった。そういう 季節になったということだろう。今日も楽しく気持ち良くお風呂をいただいた。そして昼からはパソコン三昧、 仕方ない。
今日は嫁さんの誕生日、昨日MさんやFケアマネジャーに「花を贈ったら」と言われたが…「確かに花はネットで注文出来るけど 支払うのは嫁さん、それでも嬉しいものなのか」と思った。今の僕に出来ることは子どもたちにメールで事前に「お母さんの 誕生日」と促すこととメッセージカードを送ることぐらい。

5月10日 新型コロナウイルスが身近に…
今朝カチガラス(正式名称:カササギ)が遊びに来てたと嫁さんから教えてもらった。僕がこどもの頃は電信柱のてっぺんに 丸い大きな巣を作っていて姿をよく見かけたのだが、その巣が撤去されてからは急速にいなくなった。もうこの辺りには いないと思っていたのだけれど・・・良かった。僕が最後にカチガラスをみたのはもう20年以上前、佐賀平野の北の方にある クリニックに月に一度通っている頃だったなあ。
かささぎのわたせる橋におく霜の 白きを見れば夜ぞふけにける
  大伴家持『新古今和歌集』(小倉百人一首 第6首)
午前9時半からケア、今日の担当は訪問看護ステーションOのM看護師とヘルパーのFさん。Fさんが洗顔している間にMさんが バイタルを測定した後に胸とお腹を聴診。それから二人に背中拭きと下洗いをしてもらって、その後脚をマッサージして もらってから脚と頸に装具を着けてベッドから車椅子へ移してもらった。今日は外を向いて座った、剪定後の庭の様子を 見たかったから。庭は思っていたよりバッサリと切られていた。見事なほど枝打ちされて坊主になったモチノキ、これから どんな風に枝が伸びて葉や実を付けていくのか心配な程だった。生け垣が剪定されてお隣のうちの庭が随分見えるように なって…途中で隣の庭にカチガラスが飛んできてしばらく遊んでた。カチガラスって思っていたより小さかったし愛嬌の ある歩き方だった。嫁さんを呼んで見せようと思ったけど間に合わなかった。今日はいい物を見たって感じ。
車椅子に座っている時にMさんと久しぶりにゆっくりと話をした。僕からは「訪問看護ステーションTの看護師が清拭にしても 排便にしても手順をちっとも覚えていない、Mさんが訪問看護ステーションTに何回も同行したのはいったい何のため だったんだ」と不満を、Mさんからは「Hさんが濃厚接触者になった、1回目の検査は陰性 今週の2回目の検査が陰性で仕事 復帰」と。これで僕の訪問関係者で二人が濃厚接触者になった。どっちも家庭内感染の濃厚接触者なのだけど…新型コロナ ウイルスが本当に身近になってきたなって感じだ。

5月9日 Mさんの同行はなんだったのか
今日月曜日のケアも訪問看護ステーションTの担当、K所長とT看護師 それに社協のヘルパーYさんが来た。ラキソベロンは 一昨日の寝る前に5滴・昨日は夜7時に12滴服用していたのだけれど、便が下りてきている感じはあったのだが便意そのものは 小さかったから出ないような気はしていた。
まず清拭、ヘルパーのYさんが何度も「暖かいタオルを胸において」といっているのだけれどK所長は馬耳東風。足を拭く時も Yさんは「指を1本ずつ拭いて」といってくれたのだけど…もうひとつ気持ち良くなかった、まあこれはK所長の清拭は2回目 だから仕方ないとも言えるのだが、僕が昨日嫁さんに手足を拭いてもらった時に言われた「足がくさい」が気になっていて つい「もう少ししっかり拭いてよ」と思っただけなのだが…。次は排便介助、K所長の口から「まず浣腸して」の言葉が出た時は 「違うだろう」とびっくりした。側で見ていたT看護師が「まず摘便で確認でしょ」と口を挟んでくれたのが救いだったけど… K所長の摘便は簡単なもので、訪問看護ステーションOのM看護師はどういう風にしてたっけとつい思ってしまった。便が 出なかったことよりも訪問看護ステーションTの看護師が手順を覚えていないことの方が腹立たしかった。M看護師の4月の 6回の同行はいったい何だったのだろう。今更ながら去年9月までのF看護師とI看護師の優秀さが解った。

5月7日 洗髪を見た人がなんで来ない
朝から庭の剪定作業、大きな音がしたから気が付いた。庭の剪定はこれまでは親父がやってくれていた。しかし親父はもう 出来なくなったのだからこの家ではもう業者に頼むしかない、僕がこんな身体だから。剪定業者の使う機器でブレーカーが 難解も落ちた。この冬も普通に電気を使う生活の中で何回かブレーカーが落ちた。50アンペアの契約でこんなに簡単に ブレーカーが落ちるものなのか、何か電気の配分とかシステムにおかしい所があるんじゃないかな。そうじゃないと…。 庭の剪定作業は昼前に終わった。さて庭はどんな風に変わったかな。
土曜日のケアは訪問看護ステーションTとK会が担当。K会のヘルパーMさんは10時前に来たけれど訪問看護ステーションTは 遅れている。僕は今日のケアのすたーとは本当に10時からかなと思ったほどだ。10分ぐらい遅れてM看護師が来てその口から 「後でTさんが来ます」と。T看護師もM看護師も洗髪するところを見たことない、洗髪するところを見たK所長が今日は 来ないと意味がないと腹が立った。仕方ないのでヘルパーのMさんに「今日はリードして」と頼んだところ清拭までも ヘルパーのMさんの指示待ちに。なんで! 前回の月曜日に清拭をしたT看護師が教えたらよかろうもんと呆れた。
洗髪は見てないのだから仕方ない、清拭もMさんは初めてだから仕方ない。しかし 二人とも僕の吸引の手順でさえも覚えて いないのか。僕は気管からの痰の吸引の時はセッシを使うと訪問看護ステーションOのM看護師は何度も教えたしT看護師も 自分で何回かやったはずだ、それなのに…。ああ T看護師に期待した僕が馬鹿だった。ヘルパーのMさんは大変だった・ 可哀想だった。


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4月
4月22日〜5月6日 レスパイト入院
4月22日から二週間の予定でレスパイト入院。病院に着いたらまずPCR検査、陰性の結果が出るまで特別室で過ごし陰性の 結果が出てから久しぶりに四人部屋へ移動した。僕は四人部屋は看護師が患者が多い分来るから好きなんだけど、ベッドの 窓際が空いてなくて外が見られる位置ではなかったのが残念だった。この辺りの病室から見える山側の風景が僕は好きで 久しぶりに見られるチャンスだったのだけれど仕方なかった。その他の検査は入院した日の次の月曜日にありそれにも 異常はなかったみたいだ。また面会禁止は今も続いているから二週間誰とも会えないのはやっぱり寂しかった。面会禁止の 放送が今は「長崎県内の新型コロナウイルスの感染者は増えています」と、佐賀県は入院前から増加傾向だったけど長崎県も そうだったのかと思ったものだった。
今回の6階病棟への初めての入院では以前入院していた5階から異動した看護師が5名(+以前から顔見知りだった看護師が 4名)いると聞いていただけ、それに6階病棟がどういう種類の病棟かも知らなかったから入院前からある種の不安があった。 それに6階病棟では元々文字盤を使う患者はいなかったようで看護師の中には文字盤を使わない・文字盤を使おうとしない 看護師も半数ぐらいいたから、コミュニケーションが上手く取れなくて苦労した。でも僕の担当になった看護師さんは 積極的に文字盤を使ってくれて半日もすれば上手く使えるようになりコミュニケーションも取れるようになって助かった。 僕には使わず嫌い、つまり文字盤を使う前に文字盤を使うことを面倒ぐさがって嫌っている看護師もいるのかなと思えた。 そんな中で今回の受け持ちが5階病棟にいたK看護師だったこと・初日の担当が日中も夜間も5階にいた看護師だったことは 不安の中にいた僕にとっては救いとなった。
車椅子移乗に関しては「看護師がいないから車椅子に座るのは平日だけ」と最初に言われちゃったし、車椅子に移乗する時は リハビリの人が手伝いに来ると言ってたから諦めもついたし実際毎回その通りだった。それに6階急性期病棟は入院も毎日 あるしコール対応もかなり遅い/点滴切れアラーム対応にもなかなか来ない、6階の看護師には余裕がないように見えるし 本当に忙しいみたい。事故が起こらないといいけど…。本当に忙しい時は他部署から応援が度々来ているし…今は人員 バランスがおかしいように思える。
お風呂は退院する週だけみたいだし…まあ僕の場合は今回の受け持ちがK看護師だったこともあり途中での洗髪と洗顔を お願いしたけど、他の患者さんにこんなことが出来るのか。ともかくあらゆることを改善してほしいかな。
帰り道山を見たら山には新緑の黄緑や黄色がもっこもこ、これぞ春の山という風景だった。我が町の街中に入ると街路樹の ツツジはもうすっかり終わっていた、陶器市が開けたばかりだというのに今年はかなり早い。家に着いて庭の隅を見ると アヤメの花がもう咲いていた、去年こんなの見たかなって心境だけどね。僕はアヤメとカキツバタの違いは分からないの だけど、アヤメが水辺に生えていると思っていたけどネットで調べてみたら逆だったようだ。ということは太宰府天満宮の 大きな池にあったのがカキツバタか。カキツバタの方が花がより青いそうだ。それにしても今年は梅雨が早く来そう、 もう梅雨の心配って嫌だな。

4月21日 久々に順調
今日の朝のケアは洗顔と背中拭きと排便、昨日と一昨日のラキソベロンが効いたのか朝から下腹が張っていて珍しく痛みが あった。その上今日の担当看護師は訪問看護ステーションOのMさん、最初から久しぶりに上手くいきそうな予感があった。 そしてその予感通り排便が久々にスムーズにいった。どうしていつも今日のようにスムーズに行かないのだろう、 ラキソベロンは同じように服用しているのに。難しいなあ。
午後の車椅子移乗の担当看護師はHさん、これもいつも通り順調。だいたいHさんは人に好かれる性格をしているし若いのに 気遣いもあるし身長もあるから車椅子移乗で失敗したことはない。今日は楽な一日だった。

4月20日 入浴車
今朝バメの卵の殻が3個分落ちていたと、雛が孵化したようだ。退院したら雛もだいぶ大きくなっているだろう、 楽しみだ。
朝10時過ぎからは入浴車、今日の入浴車のスタッフは看護師のFさんとAちゃん・ヘルパーのMさんとFさんという気兼ねの ないメンバー。井戸端会議の話題もテレビ番組のことで盛り上がった。僕はそのテレビドラマを放送時間帯で見ていたと いう訳ではないのだが、YahooGyaOの見逃しテレビで見ていたから話を合わせられた。このメンバーで楽しく気持ち良く お風呂をいただいた後…珍しく30分ぐらい熟睡、嫁さんが昼の経管栄養を持って来たのも気付かなかった。よほど疲れて いたのだろう。
午後3時過ぎからはH先生の下半身のリハビリ。最初は脚の可動域訓練、H先生の可動域訓練は相変わらず厳しくて声を 上げそうになった(出ない)けど…何とか耐えられた。次は立位訓練、ベッドの高さがいつもより少し高くて3回とも上手く 立てた。ただ3回目は息が続かなくていつも苦しくなる、まあ仕方ない。

4月19日 庭の様子
火曜日のケアは朝9時半からと早い。パソコンを中途半端な状態で終わらないといけないから僕も嫌だけど担当の訪問看護 ステーションOも隣の市から来ていて遠いから朝早くは大変だろうな。今日の担当はH看護師とヘルパーのFさん、洗顔が 終わって二人で背中拭きと下洗い、それから車椅子に移って庭の方を向いて座らせてもらった。Hさんももう慣れたもので 適切に呼吸器を付け替えて庭が見やすいようにしてくれた。モチノキには赤い実がかなり少なくなっていてヒヨドリももう 飛んでこない。時折蝶々が飛んでは来るのだけど速過ぎて何の蝶だか分からなかった。そんな移り変わりを見せる庭を 見ているのが好きだった。
午前11時前からはH先生の上半身のリハビリ。今日は車椅子に座っているから左肩の可動域訓練から。いつもはベッド上での 動きだから可動範囲が異なるようで痛み始める所が違う。やはり時々はこうやって異なる体制でリハビリしてもらうのも いいのかなと思う。次は車椅子からベッドに戻る時の4歩の歩行訓練、今日は右足重心に移る際に脚に上手く力が入らなくて 踏ん張れず歩行が不安定になった。歩幅がいつもより少し広く感じた。

4月18日 どうしたらいいのか分からない
今日月曜日のケアは洗顔・清拭と排便、今日の担当は訪問看護ステーションTの看護師Mさんと(見学でTさん&訪問看護 ステーションOのMさんが監督)と社協のヘルパーのYさんと第にぎやか。まずはヘルパーのYさんが洗顔している間に 看護師のMさんがバイタルを測り胸とお腹の聴診をしてそれからMさんとTさんで脚のマッサージ。次にMさんとYさんの二人で 清拭。Mさんの清拭は初めてだったけど手足の指もしっかり拭いてはくれたしまあまあか。最後は問題の排便、今日の排便のために昨日一昨日とラキソベロンを5滴・13滴続けて服用して準備をし病院方式で臨んだんだけど…二回摘便と浣腸をしても ガスしかでなかった、朝から下腹が張ってる感はあったのに。だって…色々な所から声が聞こえてうるさかったから・ (当然だけど)一人一人浣腸や摘便のやり方が違うから・時間のことばかり言ってたから、腹が立って声を荒げて しまった。
昼の経管栄養を入れたら あるいは車椅子に座ったら便意が来るかもしれないと期待していたが…来なかった。便意が襲って 来たのは午後6時半頃、幸い重度障害者訪問介護のヘルパーYさんがいたから嫁さんの手を煩わせずにすんだ。それにしても Yさんは上手い、訪問看護ステーションOのMさん並みだ。もしYさんが6月に入社試験を受けるという病院に実技試験が あるならば一発合格だろう。

4月16日 土曜日のケア
土曜日のケアは洗顔と清拭、今日の担当は訪問看護ステーションTの看護師Tさん(見学でMさん&訪問看護ステーションOの Mさんが監督)とヘルパーのTさん。今日は看護師のTさんとヘルパーのTさんが清拭。看護師のTさんの清拭で贅沢を言えば 拭く回数が少し少ないかなと思うけど全体的にいえばほぼ満足。僕の場合半年前まで看護師のFさんとIさんがあまりにも しっかりと拭いてくれたから、普通の清拭ではもう満足しなくなったみたい。しいて改善して欲しい点を上げれば今の 胸へのホットタオルの置き方じゃ午後から風邪引いた風になるみたい、そこは直して欲しいかな。それにしてもMさんは 挨拶以外ひと言も発しなかったな。

4月15日 金曜日のリハビリ
午前10時過ぎからは入浴車、今日も気持ち良くお風呂をいただいた。最近暖かくなって足し湯の温度を上げないですむように なったし量も少なくなった。暖かくなったことは嬉しいことだけど風呂上りに汗をかくようになった。これは…。しばらく 休んだら昼の経管栄養、そして午後2時からかかりつけ医T先生の往診があり診察とカニューレ交換をしていただいた。 診察の後はしばしの間新型コロナウイルスについての雑談、僕の病気の話は出なかったから今回の診察も異常はなかったと いうことだろう。
午後3時半過ぎからは訪問リハビリ。まずはH先生に支えてもらいベッドに端座位して背中のマッサージと肩甲骨の運動、 絶えず背中が圧迫されているから解放されて気持ち良い。ただ背中を伸ばそうとしたがもうひとつ出来なかった。でも庭の モチノキの赤い実は見えた。次の立位訓練の1回目は右腰の痛みが気になって上手く力が入らず腰くだけ気味になった、まあ 2回目・3回目は修正出来て上手く立てたけど。立っている時に庭の花を眺めたのだが、嫁さんはピンクの椿の花って 言ったけど…僕にはどうしても赤にしか見えなかった。最後は脚の可動域訓練、H先生の攻めはいつも通り厳しいのだけれど …金曜日は痛みが水曜日より遅く来るのは何故だろう。

4月14日 gacco講座「AI・データサイエンス基礎」仮終了
木曜日の朝のケアの担当は訪問看護ステーションOのM看護師とK会のヘルパーのTさん、今日の排便のために一昨日の夜に ラキソベロンを5滴・昨日は夜7時に13滴服用したのだけれど朝になっても強い便意はほとんど来なかった。それで差し込み 便器を使わないで横を向いて浣腸した後テープ式紙おむつに便を出す病院方式でやって何とか出た。毎回毎回排便で 悩まされるなんてやってられないな。
午後3時からの車椅子移乗はH看護師と社協のヘルパーのKさん(行き)・Fさん(帰り)が担当。車椅子に移る時は一度立った後 もう一度ベッドに横になってからスライドボードで車椅子へ、ベッドに戻る時はそのままスライドボードで車椅子から ベッドへ。どちらも仲良く楽しそうに移乗してくれた。
gacco講座「AI・データサイエンス基礎」、今日で第5章の確認テストも終わり残すは第6章の「対談」の視聴とWordによる まとめ。ただ字幕がない講座は初めてでどうまとめていいか分らない。講座の内容を理解出来ているならまだいいけど…、 確かに修了点はオーバー出来たけど理解しているのは上っ面だけ。やっぱり概論は難しい、講義は基礎って名前だけど。 せめてスライドぐらいは保存すべきだと思っている。

4月13日 H先生の下半身のリハビリ
午後3時過ぎからはH先生の下半身のリハビリ。最初は脚の可動域訓練、いつものことながらH先生の可動域訓練は厳しい。 今日はいつもより特に動かし方は厳しいような気がしたけど…。股関節の可動運動は数を数えながら何とか耐えてはいるが (膝や太ももの後ろの筋肉・腱を伸ばすための)脚挙げやアキレス腱・(変形した)足の甲伸しの痛みに耐えるのはもう限界に 近い。もし嫁さんや訪問看護師さんが同じリハビリを受けたとしたら悲鳴を上げる痛さだと思う。それでも頑張れるのは H先生への信頼と成果が上がっているように思えるからだ。脚挙げの足は以前より少しだけだけど上の方に見えるし、 ヘルパーさんが脚の装具を着ける時も踵の関節の曲がりやすくなっているようで装具が少しは着けやすくなっているように 思えるのだけど。
最後は立位訓練、H先生が僕をベッドから起こして端座位にしてもらった際に窓の外のエアコンの室外機の上にモモが休んで いるのが見えた。それだけで頑張ろうと思った、それだけで立位訓練は腰や膝に上手く力が入って3回とも頑張れた。立った 時にモモが見れるのが嬉しかった。そんなどうでもいいことで頑張る気になるのが不思議だけど。

4月12日 ネットワーク面談
今日の担当看護師は訪問看護ステーションOのHさん、珍しく少しだけ遅れてきたけど背中拭きと下洗いをさっさと終わらせ 時間内に車椅子移乗まで。パートナーと息が合ってたこともあるけど、その辺がHさんの性格の良さかな。車椅子に座る時 最初は庭の方を見て座ろうと思っていたけど天気が今日は曇り空、いまひとつ良くなかったので諦めてテレビの方を向いて 座った。でも今日はそれで良かった、今日は3ヵ月に一度のネットワーク面談の日だった。
11時前からはH先生のリハビリ、まずはH先生の所属している施設の担当医師であるTa先生とのネットワーク面談。僕の リハビリは医療の範疇ではなく介護保険扱い、医療ならば主治医の指示書があれば動けるが介護保険の場合は施設担当 医師と3ヵ月に一度の面談が義務付けられているのだ。H先生がタブレットでTa先生と(Ta先生はパソコン?)ネットワークを 繋ぎ面談開始(便利になったものだ)。H先生が僕の現状と経過をタブレットを通してTa先生に説明しTa先生からも励ましの 言葉をいただいた。Ta先生はもう少ししたら引退するとのことでTa先生との面談は今日で最後、Ta先生 お世話に なりました&ありがとうございました。
ネットワーク面談が終わったらいつもの上半身のリハビリ、右肩と肘・腕と手の可動域訓練。それから車椅子からベッドに 戻るために4歩の歩行訓練、こちらは気持ちは後ろ足で身体を前に押していて体重移動もまあ上手く出来ていたと思うから まあまあだろう。ベッドに戻ってからは左肩と肘・腕と手の可動域訓練、最後に肺の拡張運動をして今日のリハビリは終了。 H先生 いつもありがとうございます。

4月11日 Tさん初めてのケア
今日のケアの担当は訪問看護ステーションT(同行でMさん:監督)、初めてのTさんのケア。まずヘルパーさんが洗顔している 間にバイタル測定と脚のマッサージ。それからヘルパーさんと二人で清拭、Tさんの清拭は拭き方も力加減もまあ悪くない。 手足の指も指の間もきちんと拭いてくれたし初めてとしてはまあ満足出来た、良かった。
Nさんはまだ排便介助は見たことないということでMさんの出番。今日も朝から便意が弱いということで差し込み便器は 使わずに側臥位で摘便と浣腸をしてもらいテープ式の紙おむつに出すという病院方式、それでも2回浣腸してようやく出た。 Nさんにも迷惑かけそう…。

4月9日 訪問看護ステーションTのケア
今日のケアは訪問看護ステーションT、K所長と見学でT看護師とヘルパーのMさん・監督としてMさん(看護師)が来た。今日の 清拭は早く慣れてもらうためにKさんにお願いした。拭き方も力加減も最初としては満足、足の指もしっかりと拭いて くれたし。ただ午後から肺が冷えた感じがした、胸の暖め方が課題か。慣れれば何とかなるだろう、期待大。今日は 見学していた若いTさんは理解が早いみたい、大丈夫だと思う。

4月8日 訪問理容
通院のない金曜日は午前中にお風呂・午後からはかかりつけ医の往診とリハビリ、ただでさえ忙しいのに今日はお風呂の 前に床屋さんが入っていて更にバタバタに。まあ僕は嫁さんに言われるまで床屋さんのことはすっかり忘れていたけど。 朝9時に訪問理容リリアンさん二人が到着、一人は20年以上お世話になってるKさん。今では散髪の加減は全てKさんに お任せ、でも切る度に1回1回短くなっているような気がするけど。もう一人の方は以前1-2回来たことあると思うけど 名前は知らない。猫好きのおばさんって感じで丁度僕の脚の間で寝ていたモモの頭を何度もなでて可愛がってくれた。 それだけで親しみが湧いた。リリアンさん いつもありがとうございます。
朝10時過ぎからは入浴車。今日の入浴車のスタッフは看護師はFさんとAさん・ヘルパーはFさんとKさん、気の許せる メンバーだ。今日の話題は入学式のこと、新型コロナウイルスの影響で入学式に参加出来るのは一人だけ、在校生も 参加しないとのこと。親がどの入学式・卒業式まで来たか覚えてないけど…在校生がいないのは寂しいな。それから30分程 休んで昼の経管栄養、これが終わって程なくした午後2時からT先生の往診、たぶん異常・異変はなかったのだろう。
3時過ぎからはH先生のリハビリ。今日はまず脚と頸に装具を着けて端座位から、なぜだか分からないが胸を張ったり 背伸びをしようという気力に今日は少し欠けていた。モチノキを見る楽しみがなくなったからかな。次は立位訓練、だけど 1回目は右腰がどう痛むか気になって上手く力が伝わらなかった。右腰を意識し過ぎたら余計悪くなったのか。まあ2回目・ 3回目は上手くいったけど。そして最後は脚の可動域訓練、今日も厳しくて長くて?音を上げるところだった。でも確実に 可動域は広くなってる と思う。

4月7日 gacco講座「AI・データサイエンス基礎」受講開始
レスパイト入院まであと半月、それまでにもう1つgacco講座をやりたいと思って講座一覧を見たら「AI活用人材育成講座」 シリーズの「AI・データサイエンス」関連が幾つもあった。めぼしい講座もなかったししばらくこの講座シリーズを続けて 見ようかなと思った次第。で この講座シリーズの始まり「AI・データサイエンス基礎」を今回受講したって訳。でもこの 講座 「基礎」って付いている割には意外と難しいし字幕が初めから表示されないシステムになってる。僕がgacco講座を 受講するようになって4-5年になるけど字幕がどこにもないなんて初めて、字幕のダウンロードが出来ないってことは何回も あったけどその時でも講義動画の右には必ず字幕があったもの。Wordでのまとめはどうしよう。スライドだけでも いいかな。
今日のケアは訪問看護ステーションOが担当、そして今日は一日H看護師だった。午前中のケアは洗顔と背中拭きと排便、 ペアのヘルパーはMさん。ヘルパーさんが洗顔している間にHさんがバイタル測定と脚のマッサージ、それから二人で排便 介助。排便は先週と同様に昨日一昨日とラキソベロンを服用してたけど朝からの便意が小さかった、我が身体ながら本当に コントロールが難しくなってきた。カマグ(酸化マグネシウム)との併用も考えていたけれど下痢が続きそうで怖いし… 病院方式で出るのならと思ってしまった、無駄金遣いにはなるけれど。午後の車椅子移乗はYさんとのペア、こちらの方も 何の問題もなし。スムーズに車椅子に座らせてくれた。

4月6日 H先生の下半身のリハビリ。
今日は朝10時過ぎから入浴車。メインの看護師がYさん・サブの看護師がAちゃんという珍しいパターン、Aちゃんがいる時は だいたいAちゃんがメインなのに。サブでもAちゃんは合間を見て明るく話しかけてくれて…手足の指もしっかりと洗って くれてマッサージもしてくれるし今日も気持ち良くて楽しいお風呂だった。最近暖かくなって昼間は暖房の必要がなくなり お風呂も足し湯の時に温度を上げずにすむようになった。これが部屋の中で春を感じるということか。
午後3時過ぎからはH先生の下半身のリハビリ。まずは脚の可動域訓練。股関節の可動域訓練は最近大分厳しい攻めにも 我慢出来るようになった。脚挙げの角度も幾分高くなっているように見えた。アキレス腱伸しは相変わらず顔をしかめる程 厳しい、特に足の甲に強い痛みが来るが我慢だ。最後の立位訓練は今日はベッドの高さが少し高かったのかいつもより楽に 立てた。まあ時には無理をしなくてこんなこともいいだろう。

4月5日 疲れてる 眠い
この頃夜眠れていない、挽回も目が覚める、結局しょっちゅう寝不足だ。以前から朝方早く目が覚める傾向にはあったけど 今ほど早くはなかった。以前から二度寝は苦手だったけど今ほどしょっちゅう何回も目覚めることはなかった。これも 夜間に重度障害者訪問介護を利用するようになってから、夜間隣の部屋に控えている重度のヘルパーさんが僕になんらかの 心理的な影響を与えているのだろう。
今日のケアの担当は訪問看護ステーションOのH看護師とヘルパーのFさん、見ていて親子かと思える程仲のいいコンビ。 洗顔・背中拭き・下洗いをしてもらい それから車椅子移乗、今日も庭向きに座らせてもらった。今日はヒヨドリはモチノキに 来なかった。向こうの方で小鳥や虫(蝶?)が飛んでいた。
午前11時前にH先生が着いて左の肩からリハビリ開始。でもその時もまだ眠くて…H先生の厳しい攻めでも感覚が鈍くて 痛みが来るのが遅くなった気がした。が 歩行訓練までに眠気を取ろうと努めたつもりだ。そのおかげか歩いている時に 脚から力が抜けることはなかった。まあまあか。

4月4日 月曜日のケア
今日は訪問看護ステーションTの2回目のケア、今日の担当 所長のKさんは看護師とヘルパーの動きを見たいということで 今日は見学するとのこと。で 今日はM看護師とヘルパーのFさんがいつも通り?することに。今日のケアは洗顔・清拭と排便、 排便に添えて昨夜7時にカマグを1錠・寝る前にラキソベロンを12滴服用しておいたのだけれど朝になっても便意はあまり 来なかった。案の定1回目:差し込み便器を使って浣腸した時はガスはいっぱい出たけれど便はちっとも出なかった。それで 2回目は病院と同じやり方で まず横を向いて摘便で便の状態を確認しかつ腸を刺激して それから2回目の浣腸、そうしたら 便は何とか出た。やはり病院のやり方が無難なようだ゜申し訳ないけどKさんとこにも苦労をかけそうだ。
午後3時前から車椅子移乗、訪問看護ステーションTのKさんは初めて見る。まず脚と頸に装具を着けてベッドに端座位、 そして看護師さんとヘルパーさん二人に両側から抱えて一度立たせてもらい、それからもう一度ベッドに横になって スライドボードで車椅子に移動。Kさんは身長がそれほど高くないから立たせるのに苦労するかもしれないけど… まあ大丈夫だろう。

4月3日 gacco講座「樹木の生命力」終了
袈裟重度障害者訪問介護のヘルパーMさんが繋いだ警官栄養が途中からまた漏れた、どうやら胃ろうとチューブの接続が 甘かったのだろう。重度のヘルパーさんが胃ろうから経管栄養を漏らすのは3回目、嫁さんは怒り心頭だ。よく「途中で 経管栄養の漏れていることが分からないのか」と言われるが、滴下がゆっくりの時はじわーっと染みてくるから濡れていると 感じない。今日も白湯をさっと流した時に初めて濡れていると感じた。嫁さんはすぐに僕の管理者Aさんに連絡を取った ようだが「違う要件でそちらの方に向かっているけどもう少しかかる」と。嫁さんが僕の着替えを済ませしばらくした頃 Aさんが着いて、二人で僕をスライドボードで車椅子に移動させお尻の辺りがずぶ濡れのマットレスを交換した。これで Aさんも経管栄養が漏れた時の大変さを理解しただろう。
今日gacco講座「樹木の生命力」が終わった。この講座は1週で終わる、それで選んだ。複雑な炭素化合物化学式か出て後半は 内容も難しかったが年輪=細胞壁ができる秘密だけは分かった。樹木の細胞で生きているのは10%以下とのこと、また 年輪で色の濃い真ん中部分のほとんどは100%細胞は死んでいるけど木を支えるとか水を通すとか樹木の役に立ってると。 雑学が増えた。ただ確認テスト・採集課題の締め切りが3月29日だったのと配信終了が31日だったからWordでのまとめが 時間が足らなくて大変だった。
嫁さんは今日も昼からお出かけ、隣の市の図書館である講演を聞きに行くとか。嫁さんが留守の間は重度のヘルパーさんが 来てくれた、嫁さんが手配していてくれたのだ。嫁さんが僕のせいで自分の時間をどれだけ犠牲にしたかと考えると 嫁さんの行動にとやかく言えるはずがないしどうのこうの言うことは出来ない。そのための重度障害者訪問介護の利用 なのだから。

4月2日 新しい訪問看護
今日から新しい訪問看護ステーションTを利用、今日うちに来たのは所長のKさん、同行しているMさんとよく話す明るい 性格のようだ。第一印象としてはまあ好感触だ。今日KさんはMさんと一緒に清拭をしてくれたが力加減も拭き方も僕の 好みに近いし足の指もちゃんと1本1本力強く拭いてくれた。やはり前のYさんの拭き方がおかしかったんだ、一般的な 訪問看護ってこの程度かと諦めかけていた。Mさんが言うには「メンバーの中に一人真っ直ぐ(考え方が一方向?)の看護師が いるからその人の相性が…」と、まあ相性がいいとは言えないYさんと半年間付き合えた僕だから大丈夫だろう。

4月1日 通院日
今日は通院日、いつも通り午前11時半頃にヘルパーさんが二人来て外出準備。まずは二人で玄関にスロープ(木製)を設置し それから嫁さんの要求に応えて紙パンツ替え、どうやら紙パンツが破れていたらしい。でも破れたのはいつ?なぜ?、 思い当たらない。次にヘルパーの一人が洗顔もう一人が脚のマッサージ。そこへ訪問リハビリのH先生がもう着いて、今日は 早い。それから脚と頸に装具を着けH先生に一度立たせてもらってから車椅子に移乗してもらって、最後に嫁さんに蘇生 (アンビュー)バッグで肺を広げてもらって吸引して玄関から外に出た。空は青空良い天気、今日は残り桜が見れそうだ。 リフト車に乗り込み小屋の方を見ているとツバメが1羽小屋に入っていった。頻繁な行き来はない、雛はまだのようだ。
桜は一昨日昨日二日続けての雨風に耐えて見るにはまだ十分だった。僕の見たい所 蔵宿駅や炎の博記念公園 それに 病院への通り道で以前桜がきれいに咲いてたと僕の記憶にあった所はもちろん、それ以外の所でも桜はいっぱいきれいに 咲いてた。山にも所々に山桜を見ることが出来たし、僕はこの道を22年通っているが今年が一番かもしれない。病院の桜も きれいに咲いていたし十分満足した。帰り際に玄関前の池を見ると亀が全員揃って甲羅干ししながら花見をしてた。 面白い風景。
病院に対だ時同時に救急車も入ってきてどこの処置室に入っていいのか分からなくて待合室で待つことに、だけど誰も 迎えには来なかった。20分ぐらいして外来のM副看護師長が通りかかり第2救急処置室へエスコート。それからは急ピッチで 動き出した。車椅子からストレッチャーに移乗しバイタルを計り終えた頃に主治医が来て診察とカニューレ交換。それから 主治医と嫁さんが話していたのだが医師には入院する時の病棟を決める権限がなくなったらしい、だから22日からの レスパイト入院は日時も病棟も確定してはいないとのこと。その後副看護師長さんがどこかと連絡を取って22日という 日付だけは確定したらしい。どうしてこのような変革になったのか。僕がいつも通院や入院で世話になっている川棚病院の 病室が4月から一階分減ったそうだ、それも僕の慣れ親しんだ5階神経内科・内科病棟が。6階の呼吸系病棟と統合されて6階に なったって、よく解らないが22日からの入院で6階病棟に入院出来ればはっきりするだろうが。ただ今回の入院が6階に なるか4階になるか、どっちにしろ今回はコミュニケーションで苦労しそうだ。それにしてもこの2年間5階病棟の看護師は ずっと忙しそうだったのに、そしてそれは6階にコロナ病棟が出来て5階は絶えず満杯と聞いていたのに。確かにこの2年間 駐車場はガラガラで待合室も混雑してたことはなかったと思うけど。この病院はそんなにひどい赤字で危ないのかな、 無くなると困るけど。
家に戻ったのは午後2時半頃、それから30分ぐらいしてH先生が到着し今日のリハビリ開始。まずは車椅子からベッドに 戻るために4歩の歩行訓練。やっぱり金曜日は調子いい、後ろ足で体を前に押す気になれたし火曜日のように体重移動する 際に移す足の方にも不安定さは感じなかった。通院のリフト車での移動中に知らず知らずのうちに脚を踏ん張って、それが 脚の準備運動になり調子の良さに繋がっているのかもしれない。次の脚の可動域訓練も調子良かった、可動域が広がって いるような気がした。これは何故。


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3月
3月31日 なぜが順調
今日のケアの担当は訪問看護ステーションO、新しい訪問看護が見学に来るかもと聞いていたけど都合が悪くなったらしい。 こんな感じで大丈夫かなと一時思った。朝のケア:排便は看護師MさんとヘルパーのTさん、火曜の寝る前にラキソベロンを 5滴・昨晩7時にラキソベロン13滴を服用していたからか朝から程よい便意があってケアの前には強い便意が…こんなことは 久しぶり。やっぱり二日前にもラキソベロンを少量服用してたのが良かったのかな。でも月曜日は同じことをしているのに 出にくいし…、間隔が3日と4日 違うだけなんだけど。自分の身体ながら分からん。

3月30日 入浴車
午前10時過ぎからは入浴車、今日の入浴車のスタッフは看護師はAちゃんとY子さん・ヘルパーはMさんとIさん、隅々まで しっかりと洗ってもらった。浴槽に浸かった僕を囲んでの今日の話題は入学式や卒業式のこと、だけど入学式や卒業式の ことは小・中・高・大学と全て全然覚えていないし子供たちのそんな式にも一度も参加したことがないからその雰囲気さえ 知らない。だからみんなの話に加わることは出来なくて聞いているだけだった。
午後のリハビリはH先生の有給消化日に当たるとかで今日はなし、まあgacco講座「樹木の生命力」の配信が明日中で終わりに なるからWordでのまとめを終わらせるためには丁度いい時間だったのかもしれない。

3月29日 庭の景色
今日の朝のケア&車椅子移乗はH看護師とヘルパーのKさん、Kさんはなんか久しぶり。それでも二人でケアも車椅子移乗も 進めてくれた。僕には何の憂いもなかった。Hさんの時には初めて外を見る向きで車椅子に座らせてもらった。Hさんは 呼吸器の回路を右(いつもと反対)から回すことに初めは少しとまどってはいたがすぐに理解して設置してくれた。外 庭の モチノキは葉っぱがほとんど散って赤い実だけ残る異様?な風景、小鳥も赤い実をつつきに来ることはなくなったようだ。 親父も今年93歳、昔のようには軽やかに動けなくなり認知も幾分?進んで庭も少しずつ荒れてきた。庭師を捜さなければ。 大きな石の裏から伸びてきたユキヤナギは今日も小さな白い可憐な花をいっぱい付けてきれいに咲いていた。梅の老木も 左半分はもう駄目なようだ、花は咲かなかったし左側は今は葉も付いてない。どうにかなるのかな。
午前11時前H先生が来てリハビリ開始、車椅子に座ったまま庭を見ながら左の肩と肘・腕と手を動かしてもらった。左側を 車椅子に座ったまま動かしてもらうのは1ヵ月ぶりぐらいかな、ベッドの上でリハビリしてもらうのとはやはり少し感触が 異なるし痛む部位も痛み始める時間も少しずれる、不思議なものだ。リハビリを受けながらも外を見ているとモチノキに1羽 ヒヨドリが飛んできてしばらく遊んでいた。こんな風景を見られるのももう終わりかもしれないな。
次は車椅子からベッドに戻る間の4歩の歩行訓練、体重移動が両足ともちょっと不安定になりそうな気がしたが歩幅が広く なったから?。確かに歩幅が広くなると体をより前に押して前の足に重心を移動させないといけないから難しくなるのは 当たり前なのだけど…何とかついていけてるようだ。
リハビリを受けてる間に嫁さんが桜の写真を撮ってきてくれた、大樹神社とお寺と蔵宿駅。今年も綺麗な桜が見れた、 ありがとう。

3月28日 Yさん 最後のケア
今日でYさんのケアも最後、しかし朝のケアの時も午後の車椅子移乗の時も表情も仕草も動作もいつも通りひょうひょうと してた。清拭も最後まで僕を満足させることはなかった。今日の清拭も僕にいわせればあっちこっち、指の拭き方も 大雑把で1本1本しっかり拭くことは結局最後までなかった。指に関しては二度ほど要望したけど少し変わった程度、まあ あの拭き方がYさんのスタイルだったのだろう、なにせ最初に手の清拭をした時に「垢が出ない」と驚きの声を上げたくらい だから。今日は2回の浣腸で何とか便は出たけど相性はずっと悪いまま、本当によくも半年我慢したものだと思う。
車椅子移乗が終わった後Yさんはひと言「半年間お世話になりました」と言っていつもと同じ風で何の未練もなさそうに 帰っていった。おそらく僕に対する思い入れがないのだろう。僕もだけど。以心伝心。

3月27日 嫁さん 今日もお出かけ
嫁さんは佐賀市の方で用事があるとかで今日は昼からお出かけ。その後下の息子の所に寄ってくると言ってたから遅くなるということだろう。僕はこの22年訪問看護師さんが付いてきてもらわないと子供たち家族と出かけることも出来なかった、 当然のことながら娘や息子たちと外で一緒に食事をしたこともない。だから昔は嫁さんから「子供たちと映画を見てくる」 とか「食事に行ってくる」と聞くと羨ましがったり妬んだりしたものだが…もちろん何も言わないで行ってもらったけど。
嫁さんが留守の間は午後5時までは娘に頼んでくれていたし 5時からは重度障害者訪問介護のヘルパーさんが来る。傍に誰も居ないということはない。娘とこうやってゆっくり話すのは本当に久しぶり、新型コロナウイルスがどうのこうのと言って 僕の所に来るのをずっと避けてるみたいだったから。それにしても嫁さんはそんなに重度のヘルパーさんを信頼して いるのかな、もしもの時はなんにも出来ないと思うけど。まあその意味を含めての重度障害者訪問介護だしそんなことを 気にしてちゃ出かけることも出来ない。まあいいか。

3月26日 gacco講座「化粧で学ぶ心理学」ようやく修了
今朝gacco講座「化粧で学ぶ心理学」がWordによるまとめまでようやく終わった。この講座は結構難しかったこともあり また スライドが多かったこともありまとめをこなすのにかなり時間を要した。それに嫁さんがこの講師のことがよほど気に いらなかったのか横から何度も茶々を入れた、その煩わしさも終わった。この講義の中で黒系統のアイシャドーを上瞼に 施すと視錯覚(目の錯覚)により目が大きく見えるという教えがあったけど、それ以降他の色のアイシャドーを見るとどんな 意味合いでこの色のアイシャドーをしているのか気になるようになった。けど かといって聞く訳にもいくまいに…。次の 入院まで4週間ある。その間にもう一つ講座を受講出来ると思って講座一覧を見たら期間の合う講座がない。 どうしよう。
今日のケアの担当は訪問看護MのY看護師とヘルパーのFさん。そしてケアの内容は洗顔と清拭、最初は排便をどうしようかと 考えていたけどYさんの顔を見たら言う気がなくなった。だから今日のケアは洗顔と清拭の1時間コース、というとで最近の Yさんは時間のことばかり気にして僕のケアに取りかかっていた、まあ時間を全く気にしないよりはいいけど。結局僕は Yさんの清拭に半年間一度も満足したことはなかった。今日もYさんの清拭を受けてて「Yさんはソフトマネキンの相手をして いるみたい」なんて思ってしまった、いくら言葉遣いは優しくても相手を思う気持ち=情を持ってないと心が見えない、 重度障害者訪問介護と同じで仕事ととしてだけで来てること見え見えならこっちも楽しくないから話しかける気にも ならない ただ時間が早く過ぎて欲しいと思うだけ。情があれば相手を思いやる気持ちがあれば清拭のやり方も変わった はずだ。せめて足の指を拭く時は曲がった指を1本1本伸ばしながら拭いて欲しかったなあ。
ケアが終わりに近づいた頃から新しい道の開通セレモニーがもう始まるなと考えていた、今僕と一番親しくしてくれている 同級生Mも参加するのかなとも。それでケアが終わったらすぐにMにネットで連絡を取った、「新しい道が見たい、写真を 送って」と。するとMは写真を送ってくれてその後で他の写真も見せに来てくれた。この気遣い、本当にありがたい。 感謝。

$u1r3月25日 H先生の金曜日のリハビリ
午前中は今週2回目の入浴車、入浴車のスタッフの中にAちゃんがいると会話が多くなってお風呂の場が楽しい。最近暖かく なったからお湯の冷めるのがゆっくりになって足し湯の温度を上げる必要がなくなった。ようやくだ。昼になって 経管栄養を流し終えたらもう2時、かかりつけ医T先生の往診の時間。今日のカニューレ交換もいつもの様に無事終わり 二人で「新型コロナウイルスもインフルエンザと同じような扱いになればいいのに」と話してた。世間もその方向で動いて いるけどまだ飲み薬が出来てもいないのに果たしてそうだろうか。
午後3時過ぎからはH先生の今週3回目のリハビリ。まずは頸と脚に装具を着けて端座位から。端座位は2週間に一度背中・ 肩甲骨が15分?物から離れる数少ない機会、H先生は「肩甲骨がよく動くようになった」と言ってたけど今日はH先生の肩甲骨の 動かし方に合わせて僕も自分か動かしてたつもりだし 肩を下に押さえつけられた時も背伸びをして抗したつもりだけど 抵抗にもなっていないだろう。こうした背中への一連の動きは気持ちいいものだ。それに端座位している途中でエアコンの 室外機の上にモモが来たのが見えたから余計頑張る気になった。
今日の立位訓練は3回とも調子良かった。きっと端座位していたから知らず知らずの内に脚を踏ん張っていて脚に力が入り 端座位が立位運動のいい準備運動になっていたのだろう。脚の可動域訓練も調子良かったみたい、水曜日よりも長くH先生の 脚の各関節への攻めに耐えられた。条件はほぼ水曜日と一緒なのに金曜日の方がだいたいは調子が良い、なんでだろう。 端座位の姿勢を保持してもらっていることがやっぱり何か関係しているのかな。

3月24日 どうしたらいいか分からん
今日の看護は朝のケアも午後の車椅子移乗も一日H看護師、朝のケア:排便は昨晩7時にラキソベロンを12滴服用してたし 今朝からさほど強いとは言えないけどちゃんと便意もあったし大丈夫だと思っていたのだけれど…差し込み便器を使って 浣腸しても便は出なかった。どうやら便意はガスだったようだ。仕方なく仕切り直し、病院方式で横を向いて浣腸しテープ式 おむつに排便しようとしたのだが…今度も出なかった。確かに最近月曜と木曜の排便がいっぱい出てるからお腹の中?に 貯まっている便は少ないのかもしれないけどこんなに便が下りてこないなんて、今後どんなことをしたらいいのだろう。 分からない。火曜の夜に誘い水のラキソベロンを少し服用してみようかな。
午後の車椅子移乗はHさんとヘルパーのKさんのコンビ、息も合ってて一度立たせてくれた後にスライドボードを使って 車椅子に移して座らせてくれた。このコンビにもストレスはほとんど感じなかった。ストレスを感じるのはやっぱり 月曜日だけかな。

3月23日 新しい道
午前10時過ぎからは入浴車、今日入浴車のスタッフにYさんがいたら尋ねたいことがあった「新しい道が牧のどこを横ぎって いるか」を。セラミックロードから別れて伊万里につながる新しい道が出来ることは知っていたし、今日Facebookで26日に 途中までの開通セレモニーがあることも知った。でも新しい道は牧地区のいったいどこを通っているのか、今のセラミック ロードに対して真っ直ぐ作ったら家々の中を通ってしまうし山越えになるから道に激しい上り下りが出来る。今の僕の 一番の興味はセラミックロードをどこで別れてどっちの方向に進むか、それでルートのだいたいの予想がつく。
で Y子さんに聞いたら「信号のない交差点が出来て山田神社の入り口のところを通る」との答え、どうやら同級生の家の前の 昔からある道の上に出来たようだ。しかしセラミックロードからあの道につなぐのは結構難しそうなのだが…どういう ルートを通ったのだろう。

3月22日 H先生の上半身のリハビリ
朝のケアは9時半から、洗顔・背中拭き・下洗いが終わって車椅子に座る時に庭向きに座らせてもらおうと思っていたけど… 外は曇り空いまひとつの天気だったのでやめにしてテレビを見ながらH先生を待つことにした。午前11時前H先生登場、 まずは右肩・肘と腕・手の可動域訓練から。H先生のリハビリはいつものことながら厳しいけど褒め上手だからつい頑張って 耐えてしまう。H先生に上手く乗せられていると思うけど…。今日かなり効いたのは肘の関節の屈曲運動と掌の可動運動、 肘の方は着替えにかなり効果が出てる。
次は4歩の歩行訓練、1歩2歩3歩と体重移動が上手く行ったが最後の4歩目ちょっと不安定になって膝が少し危ないかなと 感じた。けど 踏ん張って立ち直れた、まあまあだった。ベッドに戻ったら左側の可動域訓練と呼吸リハ、訪問看護で 上半身の運動をしなくなった今H先生だけが頼りだ。

3月21日 春分の日 半ドン?
今日は春分の日、祝日なのに訪問看護MのYさんが来てくれたのは感謝すべきだと思うのだが…午後の車椅子移乗は3回目の ワクチン接種の副反応:(Yさんの場合は)腰痛で来れないとのこと。「まあいいけど」とすぐに思った、そんなに期待していた 訳ではないから。午後になってすぐに「ヘルパー二人が来てスライドボードで車椅子に座らせる」と連絡があったと嫁さんに 教えてもらった、有難いことだ。そして午後3時ヘルパーのFさんとKさんが来てくれて、脚のマッサージをした上で脚と頸に 装具を着けてスライドボードで僕を車椅子に移して座らせてくれた。その動きはYさんがいる時よりスムーズ、なんで?

3月19日 代打
土曜日は本来訪問看護Mが担当する日、だけど前日新型コロナウイルスの3回目のワクチン接種の予定ということでMさんに 交代して欲しいと事前に連絡があったという。その事は火曜日にMさんから話があった。だけどその前に他の方の訪問看護が 入っているとのことでここに着くのは10時半過ぎになるとのこと、その分ヘルパーさんの来る時間もちゃんと遅らせて 調整してくれたから何の支障も生じなかった。ところが訪問看護MのYさんからはこの事について僕にも嫁さんにもひと言の 連絡もなかった。この辺の常識のなさ というか気遣いのなさ・配慮に欠けるところがYさんのもんだいなんだよな。 まあいい、あと数回だから。
今日はヘルパーのMさんが先発、先に来て洗顔を済ませ脚のマッサージ。看護師のMさんは時間を読み違えたとかで遅れて 来たけどスピーディ、バイタルを計り終えたら二人ですぐに洗髪と清拭に取り掛かり1時間もしないうちに終わった。 力加減も拭き方も僕には十分、昔の土曜日を思い出した。昔のことを考えれば洗顔と清拭で1時間・洗顔と洗髪と清拭で 1時間半は楽に出来ると思うのだけれど。洗顔と清拭と排便で1時間半は僕の調子次第かな。

3月18日 通院日
今日は通院日。今日も午前11時半前にヘルパーさんが二人来てまずスロープの設置。それからIさんが洗顔・Fさんが脚の マッサージ、そして二人が脚の装具を着けているところにH先生が着いてIさんへの装具装着の指導しながら装具を着けて 一度立たせてから車椅子に座らせてくれた。嫁さんに最後の吸引をしてもらい時計を見るとまだ正午前、外出準備が本当に 早くなった。
玄関から外に出ると空は小雨模様、今日は景色は楽しめない日かもと覚悟した。それでもリフト車の中から目をこらして 残り梅の様子と桜の開花状況を確かめた。梅の花はほとんど終わっていたけど紅梅が二ヵ所・散りかけの白梅が1本見えた。 病院のソメイヨシノは蕾がちょっと大きくなって枝が色付き始めていた。二週間後の通院日まで花が持てるか気になる ところだ。驚いたことに僕の通り道 川棚川の上流?中流?沿いに桜の花がかなり開いている木が1本あった。ここだけ なんで?
病院に着き待合室の入り口のところで検温をして救急処置室に入り看護師さんたちに車椅子からストレッチャーに移して もらった。頸と脚の装具を外してもらったらひと心地。そしてバイタルを計り終えたところでY副さんとT看護師が「3月末で 退職します、長い間お世話になりました」と。3月は別れの季節、何度経験しても寂しいものだ。特にY副さんには何年世話に なったことか、色々なことが思い出され涙が出そうになった。まずは皮膚科の診察、気管切開部を見て「もう大丈夫、 塗り薬は止めにしましょう」と。それからすぐに主治医が来て診察とカニューレ交換、診察の時に「右足の方が冷たいですね」 といつもと逆のことを言われちょっと気になった。それと4月22日からのレスパイト入院が決まったようだ。 ストレッチャーから車椅子に戻してもらい外に出てリフト車に乗り込む時に玄関前の池を見ると、こんな天気の中でも 亀が1匹甲羅干ししていた。そしてY副さんが手を振って最後まで見送ってくれた。
家に着き部屋に入って落ち着いたのが午後2時半前、それから10分ぐらいでH先生が来てリハビリ開始。まず4歩の歩行訓練で 車椅子からベッドに戻った、往復のリフト車の中で知らず知らずのうちに脚を使っているからか調子良かった。ベッドに 横になったら次は脚の可動域訓練、H先生の厳しい攻めでもいつもより少し楽に感じるのはやはりリフト車の中で脚を 使ってるおかげかな。

3月17日 出ない 訳が分からん
今日のケアの担当は訪問看護ステーションO、気を許していい木曜日。その上午前中の排便の担当は20年馴染みのMさん、 何の心配もないと思っていたのだけれど…出なかった。確かに昨夜ラキソベロンを12滴服用していた割には今朝の便意が 弱かった。だけどMさんなら何とか出来ると思っていた。でも…
そこですぐに病院方式で仕切り直しの提案あり、ここがMさんの機転の利くところ・頼りになるところだ。そして無事 たっぷり出た。流石Mさん。
午後の車椅子移乗は看護師のHさんとヘルパーさん、動きもスムーズでほとんどストレスもない。訪問看護MのYさんみたいに 呼吸器の回路の向きを変えるために回路を付け替えることもない。僕にはこれがストレスになっているということをYさんは 知らないのだけれど。

3月15日 ヒヨドリ
今日は午前中車椅子移乗、朝のケアが終わったら庭向きに座らせてもらった。11時前にH先生が着いて上半身のリハビリ、 引き続き庭を見ながら肩と肘・腕と手の可動域訓練をしてもらった。庭のモチノキにはヒヨドリが入れ替わり立ち替わり 来てちょっと枯れ気味の赤い実をつついて飛んでいった。ヒヨドリはさほど綺麗な鳥というわけではないけど動きが 面白くて見ていて楽しかった。
車椅子からベッドへ戻る時の4歩の歩行訓練では後ろ足で体を前に押す気持ちになり体重移動も上手く出来たし… 良い出来だったと思う。

3月14日 知らないの?
月曜日、今日の担当は訪問看護MのYさん。あんまり気の進まない曜日だけれど…病院と同じ方法:横を向いて摘便と浣腸をし 差し込み便器を使わずにテープ式の紙おむつに直接便を出す方法で、排便は何とか上手くいくようになった。それに Yさんの清拭も初めからもうひとつ合わなかった、ずっと気持ち良くなかったのだ。今日も「指を拭いて」と頼んだのだが 手も足も指を1本1本拭くこともなく指の股を拭くこともなく、僕には相変わらずあっちこっち拭いているように思えた。 たぶんこれはYさんの癖=やり方のようなもんだら変わることはないだろう。でも訪問看護Mは今月で代わる、それまでの 辛抱。それにしてもYさんの態度は一向に変わらない、もしかしたらこっちの気持ちが爆発して今月末で代わらせられることに気付いてないのかも、まだ知らされてないのかも。

3月13日 嫁さん お出かけ
今日は午後から隣町のI図書館で高校の同級生Tの話(講演?)を聞きに行きお出かけ、嫁さんが留守の間は重度障害者訪問 介護のヘルパー?手配してくれていた。今日の重度のヘルパーはKさん、顔や雰囲気・第一印象はどちらかというと僕の 好みの方だけど、のんびりとした性格みたいだからテンポがもう一つ合わないし察することももう一つ苦手のようだし…。 最初の吸引のやり方や文字盤の使い方が思ってた以上だったので進歩に期待していたが…イライラしてしまう。今日も いつの間にかイラついて腹が立って顔も赤くなったみたいだけど、声が出ないから怒鳴らずにすんだ。まあイライラしても してもしょうがない。みんな重度のヘルパーさんを特別視しているようだが重度と言ってもそんなもんだ、諦めよう。
嫁さんが戻ってきてから講演の録音を聞かせてもらったが動画もふんだんで分かりやすく面白い講演だったようだ。僕も 行きたかったけど…。

3月12日 副反応
昨日3回目のワクチン接種をした影響で昼から腰が痛くなり夕方から熱が出始めた、一日以上経っていたのに1回目2回目は なんともなかったのに。腰は真ん中辺が痛いんだけどこの痛みは以前の尿路結石の時の痛みに似ているような気がしたが、 この腰の痛みはいつまで続くのだろう。熱の方は下げるためにカロナールを服用したけどあまり気分はよくならなかったし 熱も下がっている気はしなかった。しんどい。

3月11日 3回目のワクチン接種
今日の午後2時からのかかりつけ医T先生の往診で3回目のワクチン接種をした、今のところ何ともない。午後3時過ぎからは H先生のリハビリも受けた、いつも通りに。まず端座位になって背中と背骨のマッサージ&刺激、やはり背中がフリーだと 気持ちいい。次の立位訓練と脚の可動域訓練の時も何の変化も痛みもなくいつも通りまあまあの銚子。このまま1回目と 2回目と同じように副反応が出なければいいのだが。

3月10日 散歩
今日のケアの担当は訪問看護ステーションO、午後の車椅子移乗の時にMさんが散歩に連れていってくえた。散歩に出て すぐに道向こうの公共施設の建物からY子さんが声をかけて手を振ってくれた。それからそのまま進んで大樹神社へ。風は ほとんどなくて陽射しはあってぽっかぽかでとってもいい気持ち、塀の上でも猫が2匹のんびりと昼寝をしているのが 見えた。その内の1匹は僕らに気付いて近寄ってきた、愛らしい猫だった。もう少し坂を上ると塀の上と田んぼの土手に猫が 3匹日向ぼっこ、こういうゆったりと時間がなかなかいい。田んぼの畦道には小さなスミレぽい花がいっぱい咲いていた。 もう少ししたら花の種類も数ももっと増えてくるのだろう、楽しみ。帰り道道の傍らで菜の花を見た。今が一番いい時期の ようで鮮やかな黄色だった。春はもう来ているようだ。
楽しかった。Mさん 今日はありがとうございました。

3月9日 嫁さんも言っちまった
朝10時過ぎからは入浴車、今日の入浴車のスタッフの中にケアマネジャーのFさんが入っていた。気持ち良くお風呂を いただいた後で嫁さんがFさんに「(訪問看護)Mさんを替えて欲しい」と話した。こんなことを話すなんてことは聞いて なかったから僕はびっくり。この後Fさんは僕に「交代していいか」と了解を取った上で「次の訪問看護を捜す」ということに なった。
今日の入浴車のスタッフの中にも月曜日に来ているヘルパーさんは「5ヵ月も経つのに僕がYさんとはもう一つ合っていない」 ってことは知っていたと思うけど、先週の土曜日の出来事は今日来ている(社協の)ヘルパーさんは知らなかったから 嫁さんがあんなことを言ったから驚いたと思う。なんにせよ今日の嫁さんのひと言で僕の憂いも1つ取り除かれたことに なるのかもしれない。

3月6日 また消えた 消してしまった
メモ帳でこの雑記帳の下書きをしていたら、吸引している時にパソコンを操作している足の指が僕の想いと違う方向に 動いて…どうでもいい文字3文字に置き換わって上書き保存されてしまった。押したキーはたぶんこうだ、1?[読上げ] → A[(あいう)] → B[終了] → C[終了]。Cで[ESC]を押せれば何の問題もなかったのだけれど…。雑記帳の下書きの メモ帳をダメにしたのは今回で二度目、今回は1日ちょっとかけて作った3日分を失った。ショックでしばらく呆然と していたが…、メモ帳のプロパティにある復元を見てみたが後進データがなかった。何か複数のバックアップを取る方法は ないかな。

3月5日 1時間で帰る?
今日土曜日のケアは訪問看護Mが担当、今日のYさんは来た時から「ケアを1時間で終わらせる」ことにやけにこだわっていた。 確かにケアが洗顔と清拭だけの時は1時間半はかかり過ぎ 1時間で終わらせて欲しいと思ってる。でも今日のケアは洗顔・ 洗髪・清拭の1時間半コース、何故1時間にこだわっているか分からなかった。Yさんが1時間にこだわっているから清拭の 時間は当然短くなって荒くなる、僕の満足するレベルとはほど遠かった。
ケアは11時10分には終わっていた。するとYさんは「1時間を過ぎたから」と言ってヘルパーさんを残して帰った、嫁さんが 出かけていないのに。責任感の欠如? なんて言ったらいいのだろう。もし僕が吸引の必要があったら…。

3月4日 通院日
今日は通院日。空はあいにくの曇り空、帰りには雨まで降ってきた。病院までの往復の道中梅の様子を見るために リフト車の中から外を注視、僕が見たいと思っていた場所のひとつ 小さな梅林の横の道は遠回りになるということで 今日から通らなくなったらしい。それでも僕の通る道の周りには思っていた以上に梅の木が見つかった。梅の木は紅梅も 白梅も満開だった。それに白梅の中には花々が思いっ切りいっぱい付いてるのもあって桜じゃないのと思うくらい、梅って こんなにたくさん花が咲く木なのかなってしばらく気になった。
病院では今日はメニュー盛りだくさん、玄関でリフト車から降り救急処置室に入ってみんなに車椅子からストレッチャーに 移してもらってまずは看護師さんがバイタル測定。その時看護師さんが「今日は血液検査がある」と言っていたのだけれど、 採血する前に主治医が処置室に着いてしまったから診察とカニューレ交換を先に済ませることになった。採血が終わったら 次は皮膚科の診察、皮膚科の先生もほとんど待たないうちに来てくれて 前回切り取った気管切開部の上の肉芽痕を確認。 それから他の所を診て「九時方向(気切の右)に肉芽が残っているから これも今日取りましょう」と想定外の言葉、二回続けて 肉芽を切り取る施術だったが…痛かったのはやはり三ヵ所の局部麻酔のみ 電気メスで肉芽を切り取る時は大丈夫だった。 病院に着いたのは12時45分頃 処置室を出たのは午後1時半過ぎ、これだけ多くのメニューの割には1時間かかっていない。 今日は幾分遅くなると思っていたけど、予想以上に早かった。
家に戻って部屋の時計を見たら午後2時半少し前、10分車椅子に座ったまま待ちH先生が着いて今週3回目のリハビリ開始。 まずH先生にしっかり支えてもらって車椅子からベッドへ4歩歩いて戻った。右腰に少し痛みはあったけど体重移動は上手く 出来たし調子はまあ良かったと思う。それから脚の可動域訓練、H先生の股関節や膝・踵の関節への可動域訓練はとっても 厳しいのだが、成果が目に見えて分かるので頑張って耐えている。今日も膝の後ろや太ももの裏の筋肉がよく伸びて脚が よく挙がっているように見えた、まあいい調子かな。


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2月
2月26日 排便の病院方式
昨日の朝から下腹が張って違和感がある、どうやら便が貯まっているようだ なんせ5日分だもん。出来るだけ土曜日には 排便をしないつもりだったのに…今日はそうにも行かなそうだ。それに今週の月曜日にYさんから「次の排便の時には横を 向いてマッサージさせてください」って工夫しよう跡が見えた。それで今度は病院でしてるのと同じやり方で排便して みようとぼんやりとは決めていた。これは差し込み便器を使わずにテープ式おむつに直接排便するというものだ。病院では 毎回この方法でいろんな看護師さんに排便してもらっているから誰でも出る可能性はある。
土曜日 今日の担当は訪問看護MのYさん、いつものケアは洗顔と清拭(+排便)だけど今日は排便に時間を使うと予想して 予め「清拭はしない」と告げておいた。ヘルパーさんの洗顔が終わったらまずは横を向いてお腹のマッサージ、それから 横を向いたまま摘便してもらったら自分では分かんなかったけどいっぱい出たらしい。そして横を向いたまま浣腸、これも 出た。やっぱり横向いて浣腸と摘便、それから仰向けに名っておむつに排便ならどの看護師さんに介助してもらっても 出るみたい。9月までは初めコロコロ便でそれから軟便になっていたけど、今では初めから軟便だから差し込み便器で お腹が上がっていると便が下りてこないのかなあ。

2月25日 H先生の今週3回目のリハビリ
通院のない金曜日は10時過ぎから今週2回目の入浴車、入浴車のスタッフの中にいつも明るいAちゃんがいてまめに 話しかけてくれたから今日も楽しいお風呂をいただいた。午後2時からかかりつけ医T先生の往診、ところが今日は10分前に T先生の車の着いた音がしてちょっと驚いた。診察は今日も異常なし、いつも通りカニューレ交換をして終了した。次回 往診の時に3回目のワクチン接種、ファイザーになるとのことだった。
午後3時過ぎからはH先生のリハビリ、今日はまあまあ気合いが入っていた。最初の端座位の時も背中を伸ばして顔を上げて 南天な木の赤い実を見るつもりでいたし、立位訓練でも右腰の痛みの懸念はあったけれど3回とも膝にちゃんと力が入って まあ上手く立ち上がれたと思う。脚の可動域訓練では相変わらずH先生の脚の関節への攻めはとても厳しくてつい泣き言を 言いそうになるけど数を数えて耐えている。けれど今日は踵を伸ばすときに我慢出来なくて「止めて」と歯ぎしりしまった。 ほんと最近は特に厳しく感じるなあ、これって気のせい。

2月24日 Mさんでさえ出ない
朝9時45分からケア、Mさんがほぼ時間通りに部屋に入ってきたからびっくり。パソコンも木曜日ならまだしばらくは いいだろうと思い終わらせてなかったけど慌ててシャットダウンした。木曜日のケアはまずは洗顔から、看護師の洗顔は 入浴車を除けば木曜日だけだから顔に異常があった場合は気付いてもらえるものと期待している。
次のケアが排便。今までの20年間M看護師の排便支援で便が出なかったことは一度もなかったから、僕は今日も出るのが 当然と安心しきっていたけれど…出なかった。摘便しても指に便が付いてこない・便が降りてきてないって、たしかに今日は 便意が弱かった…けど全然なかったという訳じゃなかったのに。Mさんが言うには「先週の火曜日・木曜日と今週の月曜日、 続けて便がいっぱい出たから降りてきてないんじゃないか」って、でも丸三日出てないのにそんなことある?。Mさんでさえ 排便出来ないのか、困ったなあ。

2月23日 H先生の下半身のリハビリ
朝10時過ぎからは入浴車。今日の担当看護師はwY、その内男性のY君は今度役場に出向と。何年お世話になったことか、 10年ではすまないだろう。寂しくなるが役場に出向したら福祉全般の知識も増える、Y君自身の将来に影響を及ぼす事だから 良いことなのだろう。勉強しておいで。今日も楽しくて温かいお風呂をいただきました。
午後3時過ぎからはH先生の下半身のリハビリ、今日は何となく気合いが入ってなくて、しかも立位訓練では1回目立つ際に 両足の幅がちょっとだけ広くて立たせてもらった時に脚に力が入りにくい感じで、H先生にほぼ全面的に持ち上げたように 立たせてもらった。このくらいの幅なら立てると思っていたのだが…難しかった。それでH先生に左足を少し近付けて もらったら…2回目・3回目は膝や太ももに力が入ってまあ上手く立てたと思う。足の幅が狭くても立つことは出来るけど (狭ければ狭いほど立った後にフラフラするが)広い方はちょっと広いだけでも立てないのか、解った。脚の可動域訓練は どんどん厳しくなっていってるみたい、その分脚も挙がるみたいだし>成果は出ているようだけど。

2月22日 プチ散歩
朝のケア、今日の担当は看護師のMさんとヘルパーのFさん。だけど…Mさんはヘルパーさんの洗顔が終わった頃 着いたけどね。それから二人で背中拭き・下洗いと車椅子移乗、今日は良い天気で庭を見たい気分だったから外向きに 座らせてもらった。そしたらMさんが「10分ぐらい外に出てみない?」って、甘えてしまった。庭に出たら日が当たって 暖かくて、そしたら今度は「そこら辺を回ってみない?」って、すぐに同意。ただうちから裏の道に出る通りが風の通り道に なっていて裏の道を挙がると風が強くて掛け物が飛ばされそうに、寒くて庭に戻った。空はいつの間にか曇ってきてて少し 肌寒さを感じるようになっていた。しばらくしてH先生が着いて庭での日向ぼっこもプチ散歩終り、玄関を入る時に部屋から 見ることの出来る庭の方を見たらまだ蝋梅の黄色い花は咲いていて奥の方に南天の木も見えた。部屋に戻っても外向きに 座らせてもらった。Mさん 久しぶりの(プチ)散歩、ありがとうね。
今日は外を見ながらH先生のリハビリ、庭の南天の木に小鳥が来ていて赤い実をつついていた。車椅子上では呼吸器の回路を いつもは左肩の方から繋いでいるのに今日は逆向き、呼吸器の回路を右の方から繋いでいて右肩が動かせなくて左肩・肘・ 手を動かしてもらった。H先生にベッド上で右を・車椅子上で左を動かしてもらうのは記憶にないほど本当に久しぶりだった から横から真上に手を挙げるのは両手ともかなり痛みがあったけどそれなりの新鮮みもあった。4歩の歩行訓練は寒かった 割には重心移動の債は膝にも腰にも力が入って踏み込めたしまあ順調だったかな。

2月21日 言っちまった
月曜日のケアは訪問看護MのYさん。午前中のケアは洗顔と清拭と排便、だけど清拭はもう一つ気持ち良くは感じなかったし 昨夜7時にラキソベロンを13滴服用してても しかも浣腸しても摘便しても便は便汁がほんのちょっとしか出なかった。 その上この場で何の工夫をすることもなく簡単に「もう一度浣腸しますか?」と聞いてきた。そのYさんの心のこもってないと 思えた姿勢についに腹が立「って文字盤で「下手、(Yさんの)摘便は腸に刺激を与えない」と言ってしまった。でも本当にそう なんだ、今まで20年おそらく100人以上の看護師さんに摘便してもらったけどYさんみたいに刺激を感じない看護師は初めて。 どうしてだろう、分からない。

2月19日 合わない?
今日のケアの担当は訪問看護MのYさんとヘルパーのMさん、訪問看護Mが担当する月曜と土曜は今では僕の憂鬱な時間と なってるが土曜日は午後の車椅子移乗がないからまだいい…毎日車椅子に座りたいと言っていた以前の僕とは大いに 矛盾しているけどね。今日も清拭の前にヘルパーさんを通じてYさんに対して「指を一本一本拭いて」と言ったのだけど… Yさんの拭き方はあっちこっちは指の股もしっかりとは拭かなくて僕の満足を得ることはなかった。やっぱり… 合わない。
洗顔と清拭しかしていないのだから当たり前のことなのだがケアは11時10分には終わっていた、僕はこれでも遅いと 思うけど。それで以前の土曜日みたいに洗髪してもらったらどうかと考えた。まずヘルパーのMさんに洗髪器の所在を 確認すると「事務所にある」と。Mさんが「洗髪したことありますか?」と尋ねていたけど…洗髪ぐらい出来るだろうと考え 嫁さんを通してケアマネジャーに変更を依頼することにした。

2月18日 通院日
今日は通院日。11時半前にヘルパーさんが3人来て1人が洗顔、あとの2人が脚のマッサージと装具着け。それが終わりそうな 頃にH先生が着いて頸に装具を着けて吸引してもらい、そして一度立ってから車椅子に座らせてもらった。それから嫁さんに 最後の吸引をしてもらい部屋を出た。まだ正午前、外出準備が早くなった。
外に出た時に空を見ると白っぽい青空、でも病院までの道中リフト車にはずっと太陽が当たっていて中は緩かった。それに 国道35号の街路樹のツツジの黄緑が2週間前は鮮やかな黄緑に見えたのだけど、今日はくすんで黒っぽい黄緑に見えた。 これって天気の違い? それとも気のせい?。梅の花は小さな梅林の白梅は咲き始めていたが、紅梅はここも別の一ヵ所も まだだった。ただ予期せぬ遠くの家の庭に紅梅が咲いてたような気もするのだけど…南天だったかも。去年まで全然 気付かなかったけどこの時期目立つのは南天だ。水仙の花もまだ残ってはいたのだがだいぶしおれてきていた、今年はもう 終わりだろう。
病院に着いて玄関でリフト車を降りて入り口のところで検温をし救急処置室に入ろうとしたら処置室は1も2も他も?使用中、 患者さんがさほど多いとは見えないのに待合室で30分待たされることに。昔神経内科の待合室で待つことはよくあったけど 気管切開して処置室で診察を受けるようになってからは待合室で待たされるなんていうことは初めてなんじゃないかな。 それに救急処置室に入ってストレッチャーに移りバイタルを計り終えた後主治医に連絡してもらうと診察中って、どうやら 今日は待たされる日のようだ。主治医が来るまでの間は旧知の看護師さんと世間話、楽しかった。しばらくして主治医が 入ってきて診察とカニューレ交換、それから嫁さんが主治医と「気管切開部の肉芽が大きくなってカニューレ交換の時に最近 出血が多い」と話していた。主治医も自覚していたようですぐに皮膚科に連絡して皮膚科の先生の診察、すると「この肉芽 今日取ってしまいましょう」と。それから慌ただしく準備が始まり…痛かったのはのどの気管切開部の上に局部麻酔を 注射した時だけ、電気メスで肉芽切り取っている時は痛くなかった。それから看護師さんたちにストレッチャーから 車椅子に移乗してもらい外へ。リフト車に乗り込む際に玄関前の池を見たらカメがいたようないなかったような…。今回は イベントの多い通院だった。
家に着いたのは午後3時前、H先生を30分ぐらい待たせてしまったようだ。4歩の歩行訓練でベッドに戻った、リフト車の中で 知らず知らずのうちに踏ん張っていたのかな…H先生に最初に立ち上がらせてもらった時にいつもより膝に早めに力が入って 立ち上がりやすかった。そして身体の重心移動も重心のある足への踏ん張りも上手くいったと思う、右腰にいつもの痛みは 来たけれど。脚の可動域訓練でのH先生の攻めは相変わらず厳しくて我慢するので精一杯、だけど脚挙げ=膝の後ろ伸ばしは 脚がいつもより挙がっていたと感じたのだけれど。

2月17日 担当はH看護師
今日の朝のケアは9時45分から、担当は訪問看護ステーションO。時間になったら珍しく人が入ってきた。それがH看護師、 排便介助に来るのは久しぶりじゃないかな 一人で来るのは初めて?。ちょっと心配したけど便は無事出た。Hさんなら 出るのにYさんの時は出ないのは何故?。精神的な問題と言いたいところなんだけど若いHさんの方が技術も知識もある。 だってHさんの摘便の方が刺激して便やガスを出すもの、コツが解ってるということだろう。
午後の車椅子移乗もHさん、身長があるし安心して任せられる 上手いし。僕との相性もいいしヘルパーさんとの仲も 良い。Yさんがするような時間の無駄になると思える2回の呼吸器の回路の方向を付け替えることもない。Yさんは清拭の際 体交させる時でさえも呼吸器を外さないのに立たせる準備の時は呼吸器を自分に近い方に回路を付け替える、そんなことを しなくても立たせることが出来るしベッドに寝せることも出来るのにといつも思う。それにスライドボードで移乗する時に 呼吸器の回路が邪魔になるだろうに。Hさんのやり方をYさんに見せたいくらいだ。

2月16日 入浴車
朝10時過ぎからは入浴車、今日の入浴車のスタッフは看護師のAちゃんとYさん&ヘルパーのMさんとFさん。そして浴槽に 入っている僕を囲んでの井戸端会議の話題は「バレンタインデー」のことと「オリンピック」。バレンタインデーに入浴車の スタッフである奥様方はみんなご主人にチョコレートをあげるんだね,幾つになっても何年経っても。確かに期待してる 訳じゃないけれどもらえると嬉しいものだから、まあお返しを考えるのが大変そうだけど。最近は小学生もすごいらしい、 小学生を持つAちゃんが話してた 「家に息子の同級生の女の子が何人も来て一人ずつ交代で渡していくんですよ、本命の 女の子子だけ手紙が入ってましたけどね」って。僕らが小学生の頃には考えられないことだ、まあ中学生の頃に誰かが チョコレートをもらったかもしれないけど噂は聞かなかった。それにしてもほんと僕はバレンタインデーにはほぼ縁が なかったなぁ。
オリンピックのテレビが毎日一日中かかってる。だからほとんどのオリンピックでの日本人の活躍はLiveで聞いていた はずだった。今日話題に上がったオリンピックの競技は女子チームパシュートの決勝戦、Liveで見るつもりだったけど… 見損なった。無念!。結果はVTRで見た、菜那がゴール直前でこけて銀メダルに終わったことを。残念だった、 可哀想だった、3人とも「次がある、頑張れ」としか言いようがないけど。

2月15日 Mさん お世話になりました
9時半から朝のケア、看護師のMさんはヘルパーさんの洗顔が終わった頃に合流し二人で背中拭きと下洗い・車椅子移乗。 ケアの途中でけんかして顔を引っかかれ怪我をし顔が膨れて元気をなくしていたチビを嫁さんが病院に連れていったけど、 Mさんはヘルパーさんを帝国で返し嫁さんが戻ってくるまでの間残ってくれていた。嫁さんが留守の間「昨日便が出なかった」 ことを話したら夕方来て排便をしてくれると言ってくれた、お世話になります。なおチビは膿を出したそうだ。
11時半前にH先生到着、今日は上半身の可動域訓練と4歩の歩行訓練。肩の可動域訓練は手を前から真上に挙げるのはかなり 我慢出来るけど、反対の肩方向に腕を動かすのと横から手を挙げるのは我慢がしんどい。肘の可動域訓練は成果が出てる、 上着が着替えやすくなった。4歩の歩行訓練は今日は重心のある足に踏み込む感じで体重をかけることか出来た。右腰に 心配はあったけど良い出来だったと思う。
夕方5時頃Mさんが来て排便を手伝ってくれた。昨日の夕方から下腹か張って気持ち悪かったから「排便しよう」と言われ 嬉しかった。でも流石Mさん、色々手を尽くしてくれて いっぱい出た。昨日はどうして全然出なかったのだろう、やっぱり 心理的要因?

2月14日 バレンタインデー
バレンタインデー、昔から僕にはほぼ縁のない日だ。営業になり内勤になって義理チョコは何回かもらったけれど意味の あったバレンタインデーは二回だけかな、娘が小学何年生の時か忘れたけど娘からチョコをもらったのと高校1年の時に 手作りのクッキーをもらった。クッキーは郵送されてきたけど名前は書いてなかった。もしあの時消印を読むという知恵が あったらもっと誰からか推察出来たはずなのに。そうはいってもあの頃僕のことを「一番好き」と言ってくれる女子の 心当たりは一人しかいなかったのに、名前が書いてなかったのをいいことに?お礼も言わなかったしお返しもしなかった。 こんな気遣いのなさや思いやりのなさが間もなくの別れを招いたのだろうが…。
今日の排便は全然駄目だった。昨夜7時頃ラキソベロンを13滴服用していたし今日のケアでも何回か摘便してもらって いたし浣腸も2回もしてもらったのに全然出なかった。こんなに出なかったのは浣腸や摘便してもらうようになって20年に なるけど初めて、やっぱり心がYさんのケアを拒否している便が下りていくのを身体が拒絶しているみたい。排便に関係する ことで病院との違いがあるとすれば病院では便器を使わないで紙おむつに出すのと経管栄養を温めないし白湯が冷めてる ことぐらい。来週の土日は経管栄養を常温で流してもらおうかな。

2月13日 うちって重度障害者訪問介護の言いなり?
次に夜間に入る予定の重度のヘルパーさんは9時出勤、今日入ったFさんの出勤時間も家庭の都合で7時から9時に変更。元々 契約した時の入り時間は夕方5時だから「(社員の)私かKさんが5時から9時まで出来るだけ来るようにします」とAさんは木曜日 言っていた。が その舌も乾かぬうちに今日の帰り際(9時過ぎ)Aさんの口から出た言葉は「今度は火曜日の7時半に来ます」と。 7時半? 何それ、本当に出来るだけなんだ。
でもうちも悪いんだ、Fさんが家庭の事情で来る時間の7時への変更を言い出した時それを認めたこと・Yさんの看護学校の 都合で7時への変更を許したこと・その他諸々。これらがうちは事情を話せば時間変更も許してくれるという重度障害者 訪問介護会社の甘えを増長したのだろう。

2月11日 建国記念日
今日は建国記念日、祝日だけど介護サービスはいつもと同じで朝10時過ぎからは今週2回目の入浴車 そして午後3時過ぎから H先生のリハビリ。ありがとうございます。
今日のH先生のリハビリは端座位から。窓の外の庭の様子を見たかったけど今日の頭の位置の状態では南天の木の下の方の 赤い実を見るのがやっとだった。肩を下に押さえつけられた時にもう少し背伸びをしようと試みたのだが…今日はちょっと 気持ちがぼーっとしたような感じで乗りがもうひとつ 難しかったかな。次は立位訓練。1回目立たせてもらった時に右腰に 少し危うい感じがしたので気合いを入れ直し2回目3回目立たせてもらったら、いつもの金曜日ほどじゃなかったけれど まあまあの調子に戻って立位訓練も良くなった。やっぱり気合いって大事。最後は脚の可動域訓練、今日もH先生の厳しい 関節の攻めに耐えた(笑)。

2月10日 往診
木曜日のケアの担当は訪問看護ステーションO、朝のケアも午後の車椅子移乗もMさんが来てくれた。最近はMさんが来る ことが多くなった、まあMさんなら僕の排便も車椅子移乗も慣れているし排便も上手く十分に出してくれるし安心なんだけど… 時にはH看護師にも会いたいなって。これって贅沢?
明日は祝日ということでかかりつけ医のT先生には今日の午後往診に来てもらって診察とカニューレ交換。ついでに3回目の ワクチン接種のことを嫁さんに確認してもらったら接種券が届いたらその次の往診日に打ってくれるとのこと。ワクチンが ファイザーになるかモデルナになるからはT先生の医院にも隔週で届くそうだから分からないらしい、僕としてはどっちでも いいかな。

2月8日 H先生の上半身のリハビリ
今日のケアは9時半から。いつものことながら始まりの時間が早くて嫁さんもバタバタしてるし、僕もいつもやり残しが あるのに中途半端な状態でパソコンを止めなければならないので何となくフラストレーションが貯まった状態でケアに 入ってる。今日のケアの担当は訪問看護ステーションOのMさん、ヘルパーさんが洗顔した直後に来て二人で下洗いと車椅子 移乗。少々遅れてきても時間内に終わらせるとは流石Mさん。
午前11時前からはH先生の上半身のリハビリ、肩や腕や手の可動域訓練はいつもながらの厳しい攻め?でいつも通りの痛みは あったけど無事耐えられた。4歩の歩行訓練では今日は後ろの足で体を前に押すことは出来なかったけれど、歩行の際に 前の方へ動かしてもらった足への体重移動で真下にきた足に体重を置けたように重心があるように感じた。それだけ身体を 前に移動出来たということだから歩行自体は良かった方だと思う。

2月7日 どうなの?
今日のケアの担当は訪問看護MのYさん、僕にとって一週間で一番ちょっと憂鬱な日かな。この五ヵ月排便がまともにいった ことがない。それで今日は訪問看護ステーションOのMさんが排便してくれる時に取るような体勢をYさんに指示した。 Yさんもガスや便を出すためにお腹を押したり摘便したり…Mさんなりに努力はしているように覗えはする、それでも僕の 満足を得るには至らなかった。どうやら僕のYさんに対する精神的な負荷・不信感がこの五ヵ月で植え付けられてしまった ようだ。
でも今日の排便は上手くいった方でYさん曰く「いっぱい出た」と自己満足。だけど僕にはそんなに出た感もなかったし スッキリ感もなかった。この違いは何だろう。

2月6日 gacco講座「化粧で学ぶ心理学」受講中
久しぶりにgacco講座を受講、他にも気になる講座が「音波入門−音波の不思議を探る−」「因果推論」「数理・データ科学の ために結局勉強することになる微積分の基礎」「SDGs表現論」などいっぱいあったけど…どれも2月中が受講締め切りで 終りになるから修了出来ないと思って先週始まった講座「化粧で学ぶ心理学」をやることにした。
でもこの「化粧で学ぶ心理学」という講座は心理学に関係する人物も用語も出てくるからかなり難しそうだ。日程的に一週間 遅れていたから確認クイズは2週分(Week1-Week2)一緒にしたけど理解するのが難しかった、特にWeek2は心理学の成り立ち 過程みたいな内容も出てきて理解困難に近かった。これは毎週Wordによるまとめをしておかないと最終課題は 歯が立たないって感じだ。

2月5日 期待しない
朝10時からケア、今日は洗顔と清拭・下洗いだけ。ケアとしては一番楽な曜日かも、それなのに時間ギリギリ1時間30分も かかるのは何故。もしこれで当初のスケジュール通り排便を入れたらどうなるのか、考えただけでもそら恐ろしい。今日の 担当は訪問看護MのY看護師とヘルパーのTさん、二人ともフェイスフィールドをしていたが…Yさんのフェイスフィールドは 下の方がかなり開いていたけど。そして清拭の時に時々顔や腕に感じた冷たい点はYさんの汗?、気持ち悪い。
木曜日にMさんから僕が不満を募らせていたYさんの清拭に対して言いたいことはないかと聞かれ色々告げ口したけど… 少しは改善したかなって感じだけで本質は変わっていなかった。元々Yさんにはケアを受けている人の気持ちを察する 能力はないのだから。自分がこんな風に病院に毛の生えた程度の清拭指の間もきっちりと拭かない清拭で満足するかって ことを想像出来ないのだろう。こんな清拭で何故これ程時間がかかるのか、不思議だ。

2月4日 立春 通院日
今日は通院日、午前11時半前にヘルパーさんが3人来て洗顔や脚と頸に装具着け。その内H先生が着いて車椅子に座らせて くれると思いきや…なかなかH先生の姿が見えずにリフト車が着いて、ヘルパーさんたちがスライドボードを使って車椅子に 移してくれて外へ。意外とスムーズだった。
玄関からリフト車までのちょっとの間陽に当たったのだが陽射しはとっても温かった…時折当たる風はまだ冷たかったけど。 立春ということでリフト車の窓から春を捜したのだけど 残念なことに春の兆しは見つからなかった。リフト車の中から 見える二ヵ所の梅(林)もまだ花は開いていなかった。まあ梅の枝の先の方が赤く色付いているように見えたから蕾は大きく なってきているのかもしれない。それに国道沿いの街路樹のツツジの葉っぱや路傍の草が二週間前より黄緑感がより強く なってるように見えた、が これは春をどうしても捜そうとしてた僕の思い込みかもね(笑)。
病院に着いたら救急処置室に入り看護師さんたちに車椅子からストレッチャーに移してもらってまずバイタル測定と血液と 尿の検査、異常はなかったようだ。今日は20分ぐらい待ったかなあ 主治医が入ってきて診察とカニューレ交換、でも 二週間前とは様子が全然違った。二週間前のカニューレ交換の時はマスクはもちろんフェイスフィールドもガウンも着けて 手を挿入するための穴を開けたアクリルの箱まで用意してあって 飛沫感染対策これでもかって感じだったけど、今日は元に 戻ってゴーグルとマスクとソフトグローブだけ。この病院の感染対策もぐるぐる変わって一環も徹底もしていないように 思える、まあ今日は主治医の「この患者は飛沫は飛ばないから大丈夫」との判断かもしれないけど。診察が終わって車椅子に 戻りリフト車に乗り込む際に玄関前の池を見たら今日もメが1匹甲羅干ししていた、が 側を通ったお年寄りが杖で水を かけた後は見えなくなってしまった。せっかく甲羅干ししてたのに、可哀想。家に着いてからお隣の塀際を見ると… 山茶花も水仙ももう終りのようだ。
家に帰ったらすぐにH先生が来てリハビリ開始。まずは4歩の歩行訓練でベッドに戻った。歩行の出来は後ろ足で体を押す 気持ちはあったし重心移動でも脚を踏ん張れたしまあまあか。そして脚の可動域訓練、H先生の攻めは相変わらず厳しくて 悲鳴を上げそうな時(特に踵)もあるけど結果が見えてるから耐えられた。通院の後だったけど疲れは出なかった。

2月3日 木曜日のケア
朝9時45分からは朝のケア、今日は訪問看護ステーションOのH看護師が担当。木曜日の朝のケアにH看護師さんが一人で 来るのは初めてだったんじゃあないかな。初めは排便を心配してたけど 何とか無事出た、話をして色々工夫してもらった。 Yさんとの違いは信頼感と好き嫌いの感情かなぁ。
午後2時からは訪問歯科、三ヵ月に一度の先生に診てもらう日。この歯医者の先生が優しい顔をしていて話し方も優しくて、 本当に優しいんだろうなってことが見た目で分かる歯医者さんだ。僕の歯は下の左右の奥歯のブリッジがもうガタガタで だましだまし保たせてもらっているという感じ。なにせブリッジをどうにかする時は大学病院でって言われているくらい だから。毎週来てくれる歯科衛生士さん、ありがとうございます。
午後の車椅子移乗はMさんが来てくれた。Mさんは慣れたもののはずなのだけど…時々手順を間違えたり抜けたりもする。 それにちっとも腹が立たないところがMさんのご愛嬌、熱心にケアしてくれていることが伝わってくるしもう20年以上の 付き合ったことで培った安心感・信頼感が誰かさんとは違うもの。

2月2日 入浴車
朝10時過ぎからは入浴車。今日の入浴車のスタッフの中には看護師のY君がいた、メインのY君は本当に久しぶり。Y君の 今日の第一声は「外は寒いですよ」、確かにY君の手は僕の足より冷たかった。お風呂に入る前にいつもの様にまず背伸びを 10回して(手を上に挙げて)もら衣そして30秒?横を向いた後吸引、それから入浴車のスタッフ4人にお風呂のネットに移して もらって浴槽に入る。この時期のお湯は最初は熱く感じるけどすぐぬるくなるから足し湯をしてもらう。それでも足らない 感じがするからシャワーで胸にお湯を掛けてもらっている。僕のお風呂の時はたぶんスタッフは大忙しだろう。 ご苦労様です。
今日はH先生の幼い方のお子さんが病気だとかで訪問リハビリはお休み、昨日H先生がもしかしたらと予告していたから 驚きもがっかりもしなかったけど…昼からが暇になった。だから昼からずっとパソコンの時間になった。おかげで?この 雑記帳が進んだ かな。

2月1日 寒い一日
今朝は冷えた、朝方目が覚めて肩や肺が寒くて眠れなった。こんなに寒いと感じるのは今シーズン二度目、一度目は掛け物が 3枚で朝方目が覚めて慌てて夜間の重度のヘルパーさんを呼んでもう1枚掛け物を追加して掛けてもらったけど…今日の 掛け物は4枚&胸の所にホットパックを置いているからこれ以上掛け物を追加したら胸が重たくなって呼吸がしづらく なりそうで…。だから僕は寒さに耐える方を選んだって訳、手の指の先まで冷えたって感じがしたけど。僕にとっては今朝が 今シーズンで一番寒い朝だった。
今日のケアは朝9時半から、早くてパソコンも中途半端に終わっていつもバタバタ。今日の担当は訪問看護ステーションOの H看護師とヘルパーのFさん。Fさんの第一声は「朝は寒かったでしょう、ブルッとしました」 Hさんの第一声は「お久しぶり です」、確かにHさんの火曜日のケアは今年初めてだった。Fさんが洗顔している間に少し遅れてきたHさんはバイタル測定と 胸とお腹の聴診・脚胃ろうのガーゼ交換、それから二人で背中拭きと下洗い・スライドボードを使った車椅子移乗をして もらった。ケアの間も楽しくおしゃべり、話題はFさんの離れて暮らす娘さんと娘さんの飼ってる犬の事、ビデオ通話の 話も出て母娘の様子が垣間見れて楽しかった。それどころかFさんとHさんも仲の良い親子みたいに見えて…。反省点と しては車椅子に移った後膝の位置が気になって一度は「体を上げて」といおうと思ったのだけれど、大丈夫と高をくくって 車椅子を動かした時にお尻がずれてお尻が浅くなってしまった。
午前11時過ぎからはH先生上半身のリハビリ、肩や肘・腕や手の可動域訓練は早めに痛みがきた。寒かったせいだろうか。 4歩の歩行訓練は眠くて気合いがもうひとつだったけど…可動域訓練中に気合いを入れ直した?から歩行はまあまあだったと 思ったけどね。
モモはいつも通り朝の経管栄養の前にベッドに上がってきて僕の脚の間で眠ってしまった。けれど訪問が来るとモモは いくら眠っていてもいつもどかされる。今日も無言の圧力を感じてベッドから下りていった。そして外が寒かったのか 昼の経管栄養に戻ってきてまた脚の間で眠っていた。途中パトロールに出かけていったけど夜の経管栄養の前に戻ってきて また眠って僕が眠りにつくまでずっと一緒にいてくれた。結局モモは今日半日ぐらい一緒にいたのかな。冬なって一番 一緒にいてくれるのはモモ。次はチビ、僕のことは丸っきり無視で部屋の中のどこかにいるだけだけど。次に夜の重度の ヘルパーさん、次が嫁さんかなあ。


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1月
1月31日 不発
今日の担当は訪問看護MのYさん、ただしYさんの時は三か月便がまともに出たことがなかったから訪問看護ステーションOの Mさんが監督?(見守り役?)として今日は付いてくれている。それで今日便が出なければ曜日を代えることを考えてくれるかも と甘い考えでいたのだけれど…今日は浣腸で便がいっぱい出て…当てが外れてしまった。何故今日に限って浣腸で便が 出たのか。考えられることは二つかな、@Mさんがいることで僕の精神状態が安定しYさんの精神的な負荷が消えた AMさんが お腹を何度も何度も叩いてガスを移動させてくれたことで便が下りてきて便意が若干強くなった。
便が出た後の摘便でもYさんの摘便では刺激を感じなくて便汁もガスも出なかったけど…Mさんがもう一度摘便してくれたら 刺激があって便汁とガスが両方出た。後で比べてみてMさんの方が指が短いと言っていたけど…何が違うのだろう。

1月29日 清拭も 物足りない
今日の担当は訪問看護M 僕にとって我慢の時間、早く終わることを時間が通り過ぎることを祈るのみ。ヘルパーさんが 洗顔してくれる間Yさんのすることはバイタル測定・胸とお腹の聴診・脚の可動運動だけなのにナゼ終わらない、バイタル 測定にナゼすぐ取りかからない・聴診をナゼそんなにいっぱいする・病院の清拭に毛が生えた程度の清拭なのにナゼ時間 ばかりかかる、Yさんのケアはナゼの洪水だ。
清拭のやり方も物足りない。タオルをナゼこちょこちょ小さく動かす、もっと広い範囲を拭けばいいのに。自分の体を洗う 時もそうしているのか。指の間をナゼ拭かない、清拭される人の気持ちが分かっていない。こんな清拭を続けていれば 拭いた時に垢が出るようになってしまうだろう。体交させる時にナゼ呼吸器を外さない、引っ張らないように一応気は 使っているようだけどそれが呼吸器を扱う基本だろう。ああ 月曜日か土曜日どちらかでいいから訪問看護ステーションOに 代えてくれないかな。

1月28日 H先生のリハビリ
10時過ぎからは今週2回目の入浴車、今回の入浴車のスタッフはAGIF。Aちゃんがスタッフとしていると会話も多くお風呂の 場が明るく楽しい。今日の井戸端会議の話題は新型コロナ、社協のみんなもオミクロン株の動向は当然のことながら気に しているようだ。3回目のワクチンのことも話題に挙がった。Y子さんが3回目のワクチン接種をしたという。予約に欠員が 出来て電話がかかってきて急遽ワクチン接種に行ったそうだ。副反応として38℃の発熱、「心の準備が出来ていなかった」と 話していたらしい。どうりで今週は入浴車のスタッフとして来なかったはずだ。
午後3時過ぎからはH先生のリハビリ、今日はケアマネジャーのFさんとYさん それにケアマネジャーの実習生という見学者が いた。金曜日のリハビリは元々調子が良いのだけど見学者がいるともっと調子が良くなるから不思議だ、気合いが入るの かな。今日のリハビリのメニューは立位訓練と15分の端座位、それに嫁さんの「歩くのを見てみますか?」との提案を受けて 4歩の歩行訓練(×2回) 最後に脚の可動域訓練。立位訓練は1回目から膝に上手く力が入って立ちやすくはあったが腰が ふらついてH先生に強く支えてもらうことになった。背中がくっついていない端座位はやっぱり気持ち良い。今日も庭の 南天の赤い実を見ようと思って背伸びをしようとしてみたけど…難しかったなあ。4歩の歩行訓練でも後ろ足で体を前に押す 気持ちになれたから自分としても上手く歩けたと思うのだが…。見学した人たちはあれで満足したのかな。

1月27日 Mさんのケア
今日は木曜日、訪問看護ステーションOの担当の日。今日はMさんが朝のケア(排便)にも昼の車椅子移乗にも来てくれた、 どちらも急患が出たとかで電話が入って遅れてきたけど。昨夜7時頃にラキソベロンを12滴服用しておいたから下りて きていた便は浣腸で無事出た。残便も奥の方のガスも摘便で出してもらった。木曜日の便は浣腸で出るのに月曜日の便は 同じ浣腸驛でも出ないのは何故?。浣腸にも個々の技術の違いが出るのか、それとも僕の身体が月曜日の排便を 拒否しているなどという精神的な問題か。ケアが終わった後についでに「Yさんの清拭の満足度はFさんやIさんの1/3だ」とも 言わせてもらった。僕がこんなことを言えるのはMさんしかいないもの。本当は僕自身Yさんとは身体的にも精神的にも 合わないと思っているもの。

1月26日 重度の新しいヘルパーさん
朝10時過ぎからは入浴車。今日の入浴車のスタッフはFIMF、特にF看護師・ケアマネジャーが入浴車のスタッフ(メイン) として加わるのは久しぶりかな 自分でも言ってたけど。僕の病理的外観を見に来たのだろう、必要なことだと思う。 お風呂は今日も温かく気持ち良くいただいた。
午後3時過ぎからはH先生の下半身のリハビリ。まずは脚の可動域訓練、僕には忍耐の時間だけど関節の可動域を広げる・ 維持するためにはあのくらい厳しくしなければならないことは解っているから耐えているけど…股関節(太ももの裏?)・膝・ (特に)踵は限界ギリギリかな。声を上げそう(笑)。立位訓練も1回目から膝や腰にまあ力は入ったしこの寒さの割には まあまあかな、単にベッドの高さがいつもよりちょっと高かっただけかもしれないけど。
重度障害者訪問介護 夜間の介護、前回お試し介護人K君を僕の介護人として不合格にしたから僕の介護グループにもう一人 新しいメンバーが加わることになった。K君の合否に関して僕は2回目ということを差し引いても今までの(緩い)基準なら 十分に合格のレベルと思った、だけど不合格。これは僕がK君の介護経験の少なさに懐疑的だったこと・嫁さんはK君の 性格を問題視していることに対する配慮か、指導看護師の提言に口答えしたことに対する制裁かもしれない。Aさんの話しに よると後者の方が強いと思うのだが。ともかくそういうことで今日から新しいお試しヘルパーさんの同行が始まった。 名前はKさん?って言ったかな、黙っていたからよく分からなかったけど気の強そうな目をしていた。どんな性格かも話して ないから分かんないけど…彼女と上手くやれるといいな。

1月25日 消えてしまった
三日かかって先週の6日分を書き上げてはいたのだけれど…痰が気管に引っかかったようになって右足の親指と人差し指の 間に挟んでいたPPSスイッチが意思に反して勝手に暴れ出し…下書きしていたメモ帳が消えてしまった? 消してしまった。 それでもう落ち込んで…何もする気にならなかった。消えてしまった6日分はこのショック?ですっかり忘れてしまってもう 一度書き直す気力は当然のごとくなかったなあ。
メモ帳が消えてしまった経緯は次の通り。[読上]-[IME]-(文字)-[終り]-[終り]-[読上]、最初の[読上]の後にすべてを 選択の形になって(文字)を入力した時に下書きが消えてしまったのは不運だった。もしタイミングが少しでも前後にずれて いれば下書きは消えなかったのに。また最後の[読上]さえなければ貼りつけ出来たのに。それに1回目の[終り]の直接 [ 保存しますか? S N ]が出た時に夜間の重度のヘルパーさんを呼んで「Nを押して」と伝えようとしたのだが…パソコンに 弱いヘルパーさんで「えぬ」の意味が分からなかった。初めから「右のスイッチを外して」と言えばよかった。ほんと不運が 重なった。


1月24日 技術も?工夫もない
3ヵ月以上月曜日の排便がまともに出ていないから僕は今までいろいろ試してきた。服用時間も午後11時→9時→7時と早く してきたし、ラキソベロンの服用滴数も8滴→10滴→11滴→12滴→13滴と増やしてきた。それでも改善しないから今日は 病院の時と同じように横を向いて摘便してもらった。これでも駄目なら病院と全く同じようにもうテープ式おむつに便を 出すしかないと思っていたのだけれど…今日は少しは出たのでしばらく様子を見ることにしよう。ただ最初の摘便の時に 今日担当の訪問看護MのY看護師さんから「柔らかいから取り出せない」と言われたのにはがっかりした、どっちにしろ 出せないのかと。それにしてもYさんの摘便はやっぱり刺激しないなあ。
一方のYさんはこの状態が3ヵ月続くのに気にならないのか一向に工夫をしているように感じられない、つまり進歩が 見られないのだ。普通は何とかしよう・もっとうまく出す方法はないかと考えると思うのだが…。Yさんはその感覚が 欠けているのだろう。

1月22日 インターネットが繋がらない
昨日朝は繋がっていたインターネットがいつの間にか繋がらなくなっていた。一昨日の夜帰ってきていた下の息子が自分が 出かけるまで色々調整してくれたのだけど直らなかった。それから丸一日は20数年ぶりにインターネットのない生活、 こんなに暇でつまらないとは思わなかった。それと昨日通院から戻ってきて嫁さんにインターネット配線の確認とかを色々 頼もうとしたのだが その時の嫁さんのなんとも言えない顔、自分で動けたならこんな嫌な想いはせずにすんだのにと 思うと自分が情けなくやるせなくなってきた。
今日の午前中嫁さんは電気屋さんに来てもらって以前(去年?)買っておいたルーターに交換したようだ。その電気屋さんが テレビのインターネット設定が終わったらさっさと帰ろうとしたから「パスワード(セキュリティキー)を教えて」と伝えて もらったら、セキュリティキーを紙に書いてついでに僕のパソコンの通信設定もしてくれた。ありがたかったが でも… セキュリティキーを家族に伝えておくのは当たり前のことだろう(後で聞いたのだがセキュリティキーは化粧箱に書いて あるとのこと)、テレビのインターネット通信のためだけにフレッツ光を申し込んだと思ったのか。そんなことはほとんど 考えられないだろう。「他に接続するものはありませんか」と聞いたりするような商売気のなさや配慮のなさが二世たる所以だろう。まあルーターを交換した後は通信状態は幾分良くなったけど未だにインターネットは時々切れる。何故?

1月21日 通院日
今日は通院日、午前11時半前ヘルパーさん2人が来て洗顔や脚と頸への装具着け。そして少し後に着いたH先生が装具漬けの 応援と一度立ってからの車椅子移乗、嫁さんの吸引も含めお出かけ準備時間がかなり短くなった。正午前にリフト車に 乗り込みお隣の塀際を見ると塀の向こうには山茶花の赤い花、手前には白や淡いピンクの花々と小さな黄色い花が見えた。 手前の花は何だろう、二週間退院の時は水仙だと思ったけど。
家を出てリフト車のまどからそらをみると小さな雲がいっぱい重なってリフト車には陽射しが届かなかった。だけど隣町に 入った頃からリフト車の中にも陽射しが差込んでくるようになって、青空が次第にいっぱいになってきてリフト車の中も 温かくなった。病院までの道中一番驚いたのは二つ隣の地区にあるのガソリンスタンドの上後方にあった同級生の家が なくなっていたこと、まだ防御柵があったので取り壊しじゃなくて建て直しかもしれないが。道中で紅梅・白梅の見える 所が二ヵ所あるのだが、どちらもまだ蕾が大きくなっていないようだった。この時期の花としてもう一つの梅? 蝋梅が あると思うのだけど…黄色い梅?はどこにも見えなかった。道中時々緑と赤に鮮やか染まった木が見えたのだけどあれは おそらく山茶花か南天の木だろう。それ以外の色は路傍にはほぼ見えなかった。この時期は色が最も少ない頃かな。
病院に着いて玄関でリフト車を降り入り口で検温してもらって救急処置室に入った。ところが部屋には看護師さんが誰も いなかった。この病院には20年以上通っているけど看護師さんがいないなんてことは初めて、いつもより少し早く着いた からかもしれないけど。しばらくして初めての看護師さんが来てバイタル測定、すぐに看護師さんたちが集まって 車椅子からストレッチャーに移してもらいひと心地着いた。それからもうしばらくして救急処置室に主治医が入ってきて 診察とカニューレ交換。それから「腰のCTを取りますか?」と聞かれすぐに「OK」の合図を返した、M看護師の顔が浮かんだ。 CTの結果は主治医の画像診断によると「尿路結石は見られない」と、詳しい結果は放射線科の方から出るらしい。そして 車椅子に移してもらい外に出た。空には雲が少なくなり青空に、リフト車に乗り込む時に玄関前の池を見たら亀は いなかった。
午後2時半少し前に家に着き車椅子に座ったままでH先生を待った。すぐにH先生が来て4歩の歩行訓練でベッドに戻った。 車椅子に座っている時は少し膝に痛みがあり上手く力が入るか心配してたけどその分気合いが入り結果オーライ、前に進む 気持ちがあって歩行はまあまあかな。脚の可動域訓練は我慢大会、踵&足の甲はいつもながら厳しいけど…耐えた。

1月20日 大寒
今日が大寒らしい、昼前のニュースで聞いたのだけど。どうりで?今朝は「フロントガラスが真っ白になっていた」と聞いた 昨日より寒いと感じたはずだ、朝方目が覚めて重度のヘルパーさんを呼んで毛布をもう1枚追加してもらったくらいだもの。 昼もそれほど気温も上がらなかったみたいだし大寒らしい天気って言うのかな。
今日は排便の日、だけど心配はしていない。だって今日の担当は訪問看護ステーションOだもの。そして期待通りの排便 介助だった、下りてきていた便も1回の浣腸でちゃんと出てその後の摘便で残便の残りかすまでMさんは取り出してくれる。 それにMさんの摘便は大腸を刺激するから最後の便汁やガスが上から下りてきて出る。月曜日のYさんはそれもない。なにが そんなに違うのか、技術?知識?両方?。でもこれで土曜日に今度も排便しなくてすみそうだ。
午後の車椅子移乗の担当はH看護師、今年初めてのケア。久しぶりでも何の問題もなかった。月曜日のYさんよりよっぽど スムーズ、Yさんは人工呼吸器のマウントの向きを何回も変えるから面倒くさい。Hさんは立たせ方にも気を使って僕の 右膝の膝折れをフォローしてくれている。若者らしからぬ気遣い、容姿?(持つ雰囲気)も性格も僕の結構お気に入りだ。 どうしても個人的に看護師に対する好き嫌いがある。


1月15日 どうして二人?
午前10時から朝のケア、今日の担当は訪問看護Mだけどなぜだか2人で来た。二人の話が聞こえたところによると訪問看護Mが 土曜日は半日出勤になったらしい、2月から2人で来ると言ってた。土曜日は極力排便はしないようにするつもりだから 2人は要らないのに と思いながら聞いてた。まあその内1人になるだろうけどね。
それにしても排便なし(代わりに下洗い)それに3人なのにケアが終わったのは時間ぎりぎり、洗顔と清拭と下洗いに どうしてこんなに時間がかかるのか。僕にはYさんの動きに無駄が多いように思えてならない。例えば聴診、肺もお腹も どうして毎度毎度あんなに何ヵ所も聞く必要があるのか。時間に余裕があるのならまだしもだいたいオーバーするのだから 肺の聴診を4ヵ所にするとかバイタルを手早くとか、短縮しても支障が出ない所は短くする努力をすべきだと 思うのだけれど。

1月14日 腰の痛みがなくなった 何故
10時過ぎからは今週2回目の入浴車、不思議なことに排痰を促すために側臥位しても腰が痛まなかった。昨日から腰の痛みを 取るためにしたことは湿布を貼ったことぐらい、それでこれだけ腰の痛みが取れるとは思えないのだけど…何故?
午後3時過ぎからはH先生のリハビリ。まずは端座位と立位訓練、久しぶりの端座位はとっても気持ち良かった。窓の外の 南天の赤い実を見ようと思って背伸び?をしてみたが南天の実を見るのはなかなか難しかった。そして立位訓練、やはり 端座位した後立たせてもらうと1回目から膝によく力が入って立ちやすくなる。だから1回目からもっと腰を伸ばして やろうと試みてはみたのだが…瞬間しか伸びなかった。まあ我々の病気はたとえ一瞬であっても筋肉に日々力を入れ続ける ことが保持の秘訣だと僕は思っているけど。次に下半身の可動域訓練。これは水曜日の可動域訓練とほぼ同じ内容だけど 腰はいつもぐらいにしか痛まなくて余裕で耐えられた。なんにもしていないのに、不思議だなあ。

1月13日 腰が痛い
朝のケアは9時45分からだけど看護師さんがなかなか着かない。ここまで遅れるということは今日の担当はMさんかなと 思ったしMさんも「私だと思ったでしょう」と笑っていた。でもMさんはここからが早くて洗顔を後ろに回してまず排便、 Mさんは上手いから時間もそれなりにかけてすっきりと出してくれた。これで土曜日(二日後)は排便処置をしなくても すみそうだ。しかし気になるのは腰の痛み、昨日より更に強くなってる。痛みの中心は腰骨?と骨盤の接続部辺り、昨日は 横を向いた(側臥位)時に腰が痛かったけど、今日は側臥位した時と側臥位して腰を前後に揺らした時もその中心がかなり 痛かった。
午後2時45分からは車椅子移乗、だけどMさんはまた遅れてきた。そのMさんに腰が痛いことを訴え湿布を貼ってもらった。 そして一度立たせてもらってからスライドボードで車椅子に移った、次の通院で腰の検査をするように念押しされたけど。 1時間後ベッドに戻る時は久しぶりに「立って戻らないか」と言う。そしてたったら強引にベッドに座らせられて… Mさんらしいけど僕の身体が車椅子からの立ち方を半分忘れてたなあ。

1月12日 入浴車
午前10時過ぎから入浴車、今日は入浴車のスタッフの中にAちゃんがいたから場が明るかった。Aちゃんは話し好き?で 入浴車のスタッフの中で一番僕に話しかけてくれる、それだけで入浴車がより楽しくなる。今日の入浴車のスタッフの 井戸端会議の話題は子育て 高校進学、最近は高校の内容も変っているようだし高校進学も僕らの頃とはだいぶ事情が 違うらしい。子育てにほとんど参加してこなかった僕には分からない&耳の痛い話だ。ベッドで横を向くと腰が痛むのが 少し気になった。
午後3時過ぎからはH先生の下半身のリハビリ。股関節と大腿二頭筋(太ももの後ろ)の運動で膝を頭の方へ深く曲げて もらっている時に腰にかなりの痛みを感じたので力を緩めてもらった、僕としては珍しいことだ。アキレス腱を伸ばす 運動は耐えられた。立位訓練の時腰が痛むか気になったけどさほど痛むこともなく立ち上がれた。まあまあの出来だったと 思う。

1月11日 歯が痛くなった
朝のケアは9時半から、早い時間なのにMさんが時間より早く私服で顔を覗かせたのでちょっとびっくりした。11時前からは H先生の上半身のリハビリ、今日は三ヵ月に一度のT先生との面談で H先生が僕のリハビリの状況を説明してくれた。その後 上半身の可動域訓練と4歩の歩行訓練、腕を思いっ切り挙げてもらうのは久しぶりだったから痛みはあったけど 心地良かった。歩行訓練も膝や腰にちゃんと力も入ったしまあ良かったんじゃないかな。
午後2時半からは訪問歯科、病院で歯磨きをしてもらっている時右下の糸切り歯が更に大きくぐらぐらしているのが 分かって気にはなっていたのだが…。今日歯科衛生士さんがその糸切り歯およびその奥の奥歯のポケットをきれいに していたらズキンズキンと痛みが走った。それから歯間の掃除が終わって最後に口の回りの筋肉のマッサージを受けて いたら僕の目から涙がぽろぽろ。それを見て歯科衛生士さんが「痛かったですか、すみません」と謝った。でも涙は 歯科衛生士さんの勘違い、僕の涙はテレビに反応したものだから。

1月10日 刺激が ない
今日は成人の日、ハッピーマンデーの祝日。昨日嫁さんに「明日の訪問はあるの?」と聞くと「ある」とのこと、それで昨夜 7時 夜の経管栄養の前にラキソベロンを1滴増やし12滴服用しておいた。その甲斐あってか二日前土曜にはなかった弱い 便意が来て便も下りてきている感じあった。しかし 摘便して確認してもらうとガスは出たものの便にはまたもや 「触れない」と、まあ訪問看護MのYさんの技術ならそんなものだろうともう諦めてしまったけどね。困ったのは 普通肛門に 指を入れるとその刺激で便やガスが出そうになるのだが…、Yさんの摘便にはその刺激がない 指が腸を刺激しないんだ。 排便は昨日ラキソベロンを1滴増やしたおげで苦戦しながらも何とか出たけど 残便感があった。それでYさんにもう一度 摘便をお願いしたのだが…やはり腸を刺激せず便汁もガスも出なかった。今まで沢山の看護師さんに摘便してもらったけど Yさんの摘便はどうして刺激がないのだろう?、不可解。

1月9日 モモが来た
退院した日チビはいつも通り僕のことを知らんぷりしながら僕の部屋に入ってきていつものところで眠っていたけど、 モモは何処に居るのか…僕の部屋に近付きもしなかった。それで嫁さんに「ももを連れてて」と頼んで連れてきてもらって 嫁さんがモモを僕の脚の間に置いたのだが…モモは直ちに逃げてしまった。ところが今朝はモモが自分からベッドに 上がってきて僕の脚の間で眠くてしまった。昨日嫁さん連れてきてもらったことがモモにとって僕の脚の間は寝心地の 良い所だということを思い出させる記憶感知の役割を果たしたのだ。チビ猫は物事よく覚えていて何もしてあげてない僕を 無視し続けるけどモモはすぐ忘れる代わりに誘い水かければすぐに思い出す、気まぐれで猫らしい性格なのだ。嫁さんに ももを連れてきてもらった作戦成功だ。

1月8日 訳が分からん
今年初めての訪問は訪問看護M、土曜日だから仕方ないけど正直いうとちょっと不安かな。でも昨夜7時にラキソベロンを 11滴服用したから大丈夫だと思っていたんだけど(入院中は11滴午後11時前に服用しても排便は午前中にちゃんとあった)… 今日は朝から便意はあまり襲ってこなかったし便が降りてきている感じもほとんどなかった。案の定浣腸しても摘便して もらってもガスが出るだけで便はほとんど出なかった。4日ぶりの排便なのだから出て当たり前なのに出ない…これをどう 考えればよいのか、まるで僕の身体が訪問看護MのYさんに対して精神的に抵抗し嫌がらせをしているみたい。
出なければあと二日耐えればよいものを…午後4時頃になって急に大きな便意が襲ってきて出てしまった 四日分、何故 6時間も遅れたのか、分からない。


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