第1009回 喜びの言葉を口に 〜報恩感謝の日々を〜

 
平成24年 5月24日〜

 よく見ていると、小さな子どもの母親は、子どもにお乳を飲ませながら、
遊ばせながら、盛んに話しかけているものです。
そればかりでなく、生まれる前から、大きなお腹に、話しかけ呼びかけているものです。

南無阿弥陀仏の教えは、子を思う親の想いに近いのではないでしょうか。
私にいつでもどこでも、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と呼びかけて
いただいているのです。

そうした呼びかけに、子どもが成長すると、自然に、無意識に
「おかあさん おかあさん おかあさんてば おかあさん なんにも
   ご用は ないけれど なんだか呼びたい おかあさん」という
 西条八十の詩のように、いつも母親に呼びかけるのでしょう。

これこそが、お念仏の教えだと言ってもいいのではないでしょうか。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と呼びかけていただいていると気づいたとき、

「なんまんだぶ なんまんだぶ なんまんだぶてば なんまんだぶ
  なんにもご用はないけれど なんだか呼びたい なんまんだぶ」と
口に出る生活になるのでしょう。

 妙好人の浅原才市は、「かぜをひけば せきがでる さいちは 
  ごほうぎの かぜひいた おねんぶつの せきが でる でる」と
言っています。

風邪をひいて咳が出るように、南無阿弥陀仏と言ってほしいというのが
親心でしょうが、せめて「ありがとう」とか「うれしい」とか「よかった」
「たのしい」といった、喜びの言葉を口に出来る生活をしてほしい。

都合の良いことばかりではなく、都合の悪いことが起こっても、
悲しいこと苦しいこと イヤなこと、何が起ころうと、何一つ無駄な

ことはない。

どんな出来事も仏になる道を一筋に進んでいるのだと、人生を充分に
味わい、豊かで喜び多い毎日を送ってほしいと、望んでいるのが、
親の願いであり、仏の願いだと思います。

「南無阿弥陀仏」は、最高の報恩感謝であり、希望の言葉です。

この世で仏の仲間にし、お浄土で利他を完成させる。生死を超えた
真実の教え。

「利他円満の仏に成る」ということを先祖たちは伝え残したかったために、
お墓を、仏壇を、お寺を、法座を、法事を受け継いできたのでしょう。
南無阿弥陀仏に出遇ってさえくれれば、何が起ころうとも大丈夫。

人間の私に、どうしろ、こうしろという難しい注文をつけるのではなく、

仏さまのはたらきによって、南無阿弥陀仏によって、救われてほしい。
南無阿弥陀仏に育てられ、やがて親となって、今度は、すべての

子や孫たちの為に、いのちを燃やし輝ける、利他円満の喜びが得られるのです。

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、5月31日に新しい内容に変わります。


         


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