第1020回 往生の彼方に 〜無量寿を実現する〜

 平成24年 8月9日〜

一味という、季刊の宗教冊子があります。
その夏の号に、「本願は人生の目的」〜いのちの目標〜 という
天岸浄圓先生の文章がありました。前回に続き その後半の
一部をご紹介します。

 往生の彼方には仏さまとなって、すべてのいのちのためにはたらきつづける、
無限の世界が開かれます。

それこそが私たちが本当に目標とすべき事柄なのです。

 ただ、仏さま・・・と言われても、日常よく使っている言葉ですが、
その内容はほとんどわかっていないのが現実です。

「観無量寿経」には「仏心とは大慈悲これなり」と説かれています。
仏さまの本質とは分け隔てのない慈悲であると説かれているのです。


「慈」とは、見返りを求めない愛情です。
その意味を「与楽」といいます。

「悲」とは、他の苦しみ悩みを共感することで「抜苦」といいます。
「与楽」は、自らが既に得ている幸せを他に与えることです。
「抜苦」は、他の苦しみを抜き取って自分が代わり、担うことです。


現実の競争社会の中で、そんなことをいうと、それこそ「バカ」にされかねません。
しかし、それを尊いと位置づけるのが仏教です。
それを仏さまを拝むといいます。

私たちは誰からの助けも必要ないと思っています。

しかし、大きな変化が起こって助けを必要とするとき、分け隔てのない
「与楽・抜苦」の尊さが身に沁みるでしょう。その時、今まで尊いことを
「バカ」にしていた、自分自身の浅はかさに気づきます。

その気づきの言葉を「凡夫」といいます。



仏さまとなる

「凡夫」の気づきは、仏さまこそ真に目指すべき目標と知らされる
ことであります。

現実的には、自分の苦しみは他人に押しつけ、他の幸せは取り込んででも、
我欲を見たそうとする自らのあさましさを愧じつつ生きることです。

やがて浄土に往生して、その生き方が逆転します。
そこにはあらゆるいのちを分け隔てなく、苦悩を共にし幸せを恵みつつ、
無限にはたらきつづける世界が開かれます。

まさしく「永遠のいのち」、無量寿を実現するのです。

そこに「死」はありません。

「あなたたちは、このようなことを「死」と名づけていたのですよ」と、
仏さまは知らせてくださっていたのです。

妙念寺電話サービス お電話ありがとうございました。
次回は、8月16日に新しい内容に変わります。


         


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