おいしき物は、まず人に
 
妙念寺電話サービスお電話ありがとうございます。
こんな話を聞きました。お念仏を喜ぶ方が、若い頃に

先輩から聞かされ、念仏の生活とはこのようなことかと感動し、

今だに忘れられないという言葉です。
広島市南区の大石のりおさんの言葉です。

 おいしき物はまず人に
 嫌な仕事はわしがしよ
 理屈言うなら まず負けて
 向こうの言うこと 聞いて行こう
 なるべく心を広くして 
 すべてのものに手を合わせ
 時間を空しく過ごさずと
 例え力は足らずとも
 御恩報謝のいのりにて
 させていただく心こそ
 許されて生きる道
 良くなりたいとは 思わねど・・
   
この言葉を初めて聞いた時、許されて生きるということが、

分からなかったといいます。
それまで、権利と義務、競争だけ、優劣を競う世界しか

知らなかったのに、この言葉がきっかけとなり、

お念仏に出会い、今もお念仏に生きる指針であると

言われます。

 おいしき物はまず人に
 嫌な仕事はわしがしよ
 理屈言うなら まず負けて
 向こうの言うこと 聞いて行こう
 なるべく心を広くして 
 すべてのものに手を合わせ
 時間を空しく過ごさずと
 例え力は足らずとも
 御恩報謝のいのりにて
 させていただく心こそ
 許されて生きる道
 良くなりたいとは 思わねど・・
 
また、こんな言葉も聞きました。
お寺で生まれ育った、永六輔さんは、住職であるお父さんが

いつもいっていた。
借りがあるんだよ、借りを返さねばとの口癖を、次の詩に

綴っておられます。
 生きていると云う事は
 だれかに借りを作る事
 生きて行くと云う事は
 その借りを返して行く事
 だれかに借りたら だれかに返そう
 だれかにそうして貰ったように
 だれかにそうしてあげよう
 
こうした詩です。
こうした味わいが出来るのは、お念仏にであった

からでしょう。
お念仏に出会わない人は、何でも当たり前の

空しい人生しか味わえないのです。
南無阿弥陀仏は、本当の喜びを与えていただく教えです。

南無阿弥陀仏を口にして、南無阿弥陀仏を聞く生活が、

報恩感謝の生活です。


妙念寺電話サービスお電話ありがとうございます。

次回は、12月16日に新しい内容に変わります。


○ 参照
・「おいしき物は、まず人に」
99、12、5ラジオ深夜便 生きていて良かった
 
                       
・「生きていると云うことは」
99、12月号、宗教現代の人々に問われること
                  菅薫秀師(石川・明専寺)
 
                        ( 平成 11年 12月 9日〜 第359回 )