第550回 お寺に行こう

  
平成15年 8月7日〜

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
本願寺から発行されている新聞、「本願寺新報」に
「お寺に行こう」という記事が載っていました。


質問に答える形式で書かれたもので、
まずは「お寺って、何のためにあるの?」との質問に、
次のように答えてあります。


日本で暮らしていると、お寺はあまりにも日常風景としてなじんで
いるため、改めてこのように問いかけられると、言葉に詰まりそうですね。


浄土真宗本願寺派(西本願寺)のお寺は、ご本尊・阿弥陀如来
(南無阿弥陀仏)が安置してあり、住職を中心に門徒が集まる場で、
聞法と研修の道場です。そして、法要儀式を行うところです。


一般の人には、お寺というと、お葬式や先祖の法事を行うところ
というイメージが強いかもしれませんが、本来は、僧侶・門徒が
共に浄土真宗のみ教えを聞くための道場であり、仏さまのお徳を
たたえて法要・儀式などを執り行うところなのです。


さらに、門徒を中心にさまざまな組織や活動があり、お寺から、
多彩な文化や情報、意見の発信なども行われています。


 そして、次の質問では

「お寺に通うのはおじょいちゃんやおばあちゃんという印象です。
家族の誰かが代表してお寺にお参りをすればいいのではないですか。」
とあり、これには、こう答えてあります。


確かに、お寺の法要などでは、お年寄りの姿が目立ちます。
またうちの家は、おばあちゃんが毎月ちゃんとお参りしている
といった声も聞かれます。


しかし、お寺は、誰かが代表でお参りすればいいというものでは
ありません。家族一人ひとりが門徒なのですから、それぞれが
お寺にお参りし、親鸞聖人のみ教えを聞くのが本来の姿です。


お寺は”仏さまのみ教え”に遇うところです。み教えを聞き、
有意義な人生を送る「聞法の道場」です。
そこからきっと、ゆるぎない力強い人生が始まるはずです。


「お寺は葬儀や法事のときにーー」と思い込んでいた人、
また「年をとってから行けばよいのでは」という人も、一度お寺を
訪ねてみてはいかがですか。


と答えてあります。

仏教はお釈迦さまが説かれた教え、生きている人間の悩みに
答えて説かれた教えです。


親鸞聖人はその教えの中で、南無阿弥陀仏ですべての人が
救われる教えこそが、この私のための教えであったと、
受け取られ、私たちに勧めていただいています。


お盆の行事も、そのための一つの尊いご縁だろうと思います。
14日の午前11時から、妙念寺の本堂ではお盆の
お勤めをいたします。

どうぞ、お参りください。

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、8月14日に新しい内容に変わります。