第633回 桜街道の夢

 平成17年 3月 9日〜

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
懐かしいTV番組を放送している、NHKアーカイブスで、こころ温まる
感動的な番組を見ました。


昭和59年に制作された中部地方向けのローカル番組です。

その当時、日本で一番長いバス路線は、名古屋と金沢を結ぶ国道156号線、
270キロの道程を8時間半かかって走る国鉄バス、名金線での物語です


このバスの車掌さんが、沿道に桜の苗を植え続け、目標30万本、
太平洋と日本海を花の帯びで結ぶ桜街道を作ろうとしたお話です。

 昭和20年15歳で国鉄に勤めはじめ、このバス路線の車掌になった、
佐藤良二さんは、若いときに「自分は何の為に生きるべきか」分からなくなり、
悩んだ末、上京し、尊敬する作家武者小路実篤を訪ねました。


しかし、返ってきた答えは「自分の道を探すことです」というただ一言でした。

 バスの沿線で、ダムが出来ることになりました。村を二分する反対運動の末、
350世帯が水没することになりました。


村には、樹齢400年の大木の桜があり、その木だけは、丘の上に移し替えられる
ことになりました。

古い大木、植え替えても、もう花を咲かせることはないだろうと誰もが思っていたのに、
次の年に、ちゃんと花を咲かせました。


この自然のいのちの見せた見事さに胸を打たれた佐藤さんは、自分も桜を植えようと、
決心し、桜の苗木をバス道路に植えていくことに生きる意味を見つけたのです。


それからは、桜の種を拾っては、自分の家の裏山を借りて、苗木を育て、
休みを利用して一本一本と植えていきました。


幼馴染みで同じく国鉄バスに乗る友人や、多くの賛同者も手伝って、素晴らしい
桜並木となりました。


 佐藤さんの苗を貰って、金沢よりもっと北の能登半島まで桜街道を延ばそうと誓った
学校の先生は、自分たちが植えた桜を見ながら、7年たってもまだ花を
咲かせないものの、自分が死んだ後でも、この桜は、ここで咲いてくれる
でしょうと、にこやかに語る姿は印象的でした。


 佐藤さんは、昭和52年、47歳の若さで病気で亡くなり、協力者の幼馴染みも、
後を追うように、52歳で亡くなりました。


しかし、桜は年々成長し、春にはこの桜街道でマラソン大会も開かれているそうです。

 佐藤さんの父親は、日頃から「ボロを着て、社会につくせ、人に喜んでもらうえる
ことをせよ」と繰り返し、繰り返し言いながら子供たちを育てたといいます。


お念仏が盛んな合掌造りの白川村を通るこのバス路線は、2002年には全線廃止と
なったということですが、一つのことに打ち込んだ心優しい庶民の物語、いつまでも
すがすがしさを残す番組でした。  


そして、自分の道を探し、人様に喜んでもらえる小さなことを、成し続けていくことが、
念仏に生きる人の生きざまではないかとも感じました。


妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、3月17日に新しい内容に変わります。