第652回 永代に

  平成17年 7月21日〜

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永代経という言葉を聞いたことがあると思いますが、
同じ仏教でも宗旨によって考え方が大きく違います。


浄土真宗の場合は、一般の常識と大きく違って、お念仏の
尊いみ教えを、この私に伝えてくださった有縁の方々のご遺徳を
偲び、わたし自身が聞法に励み、そのみ教えを今度は子や孫へ
伝えていくことこそが、「永代経」の意味することであります。


ところが、辞書の広辞苑には

  故人の供養のため、毎年の忌日や彼岸などに寺院で
  永久に行う読経。永代読経。

と解説されているように、一般的には亡くなった方への追善供養を
目的として、寺院で永代にわたって読経することと解説されています。(略)


 これは仏教が中国に伝わり、そこで儒教の教えの影響を強く受け、
日本に伝わってきたためと思われます。


 親鸞聖人のお言葉を記録した歎異抄に

  親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても 
  念仏申したること、いまだ候はずと


と示されていることなどから、先祖の追善供養のために、
永代経を進納することは、浄土真宗では、明らかに相いれないことで
あると思います。
    (略)

 ここで、「年忌」の問題を考えてみますと、年忌が亡くなった方への
追善供養ではないことは、共鳴いただけるでしょう。

年忌における門信徒の金員の布施はあくまで仏法僧の三宝に対する
尊敬の行為としての供養なのです。


決して、お経料という料金あるいは、行為に対する対価なのではありません。

読経は、法施で、あくまでも仏徳讃嘆であり、お参りする人にとっては、
聞法のご縁になるものです。


これが浄土真宗の年忌法要の基本であります。
このように考えてくると、永代経の懇志は、亡くなられた方をご縁にして、
お寺が護持され、それによってみ教えが「永代にわたって維持されますように」
という願いが、実は永代経懇志を進納する人の本来の願いであったことに
気づいていただくことが大切であります。         


 永代経の永代とは、法(釈尊の教え)が永代に受け継がれてゆくという
意味をもつものであり、まさに「念仏の声を世界に子や孫に」との
スローガンにあらわされるところにほかなりません。


そして、永代経懇志が寺院とみ教えを護持する基盤になることによって、
「自らが如来の教法にめざめるとともに、他の人びとのめざめの縁になる」と
いうことを明らかにして行くべきでありましょう。


浄土真宗のご縁のなかった方々が、浄土真宗の教えに触れそれが同時に
すでに自行化他の宗教行為であると明らかにしてゆくとき、浄土真宗に
おける永代経の意味が明確になってくるものです。


お念仏の教えが伝わってほしいという願いです。

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次回は、7月28日に新しい内容に変わります。


    宗報2005年7月号 参拝懇志部だより15より 一部抜き出し