第688回  肥  料

 平成18年 3月 30日〜

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございます。

相田みつをさんの本に、こんな詩がありました。


   肥 料


  あのときの あの苦しみも あのときの あの悲しみも

  みんな肥料に なったんだなあ

   じぶんが自分に なるための


という言葉がありました。

春 新しい年度 希望に燃えて旅立つ人も、希望かなわず 
つらい旅立ちの方もあることでしょう。


何事も 自分の思う通りになることが幸せであると子供のころから思い込み、
我が儘が叶うことだけを喜びに感じて、育って来た人が多いのではないかと思います。


しかし、親元から巣立って、世間の中で生活を始めるようになると、思いどおりに
なることが如何に少ないかが分かってきます。


入学試験や入社試験、昇進や転勤、恋愛や結婚、自分かってに夢を膨らまし、
それなりの努力をしても、すべてが思いどおりになるとは限りません。


そうしたとき、私たちは悩み苦しみ、悲しむものですが、それこそが人生の肥やしに
なるもの。

何の抵抗もなく、何の挫折もなく、すべてが思いどおりになること、希望どおりに
なることこそ、実は問題が多いのかもしれません。


寒い冬があるからこそ、やがて春に花はさき、麦も踏まれることで、じっくりと根を
張り力強く伸びるのだと思います。


問題もなく、自分の思いどおりにスムーズにことが運ぶことこそが問題であり、
むしろ悩み悲しみ苦しむことこそ、成長するきっかけであり、この私の
人生には意味深いものであると、味わいたいものです。


念仏禁止の法難にあわれた親鸞聖人は、越後の国へと流罪になられました、
そのことによって、多くの人びとにお念仏の教えが伝わるご縁となったと、
御伝鈔にもあります。


すべての出来事が無駄ではなかった、私を育てる大事な肥料になっているのだと、
味わえるようになることこそ、お念仏の働き、力だと思えます。


苦しいこと悲しいこと、辛いこと、これはこの私を育てるための働きであると、
お念仏とともに力強い毎日を送らせて頂きたいものです。
そして、何事も無駄ではなかったといえるような喜び多い豊かな人生を
歩きたいものです。


妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は、4月6日に新しい内容に変わります。


    佼成出版社 平成4年発行 「いちずに一本道 いちずに一ツ事」 より