第705回 仏の仲間

 
平成18年 7月27日〜

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親鸞聖人の 『教行信証』 の教の巻に、

 「つつしんで浄土真宗を案ずるに、二種の回向あり。
   一つには往相、二つには還相なり。・・・・」 と。

お釈迦さまがお説きになった数多くの教えの中で、
 『 大無量寿経 』 こそが、
真実の教えであるといわれ、そのお経には、阿弥陀如来がすべてのものを
救わねばおかぬと誓われ、修行してお浄土を完成されたと。


そして、この私もそのお浄土へ生まれさせ、仏と同じ さとりをひらかせて、
やがて、人びとを救う働きが出来るようにするのだと説かれていると。


 この教えに遇い、信じ念仏するものは、仏の仲間であると言われ、教えに
遇えたのは、私の努力ではなく、先立った先輩方の、還相の働きの
おかげであるとも、お説きいただいています。


お浄土へ生まれさせていただくと聞いても、私たちは、嬉しいとは思いませんが、
よくよく考えると、この私は
 地獄にしか行くことが出来ない罪を犯しつづけながら、
まったく気づかずに生きています。

自分だけは大丈夫間違いないと、他人のことばかり 心配し、批判する毎日です。
しかし、この私が真実に目覚めたとき、お浄土へ生まれさせていただくということの
意味が、何にもまして有り難く感じられるものです。   


浄土へ生まれ、仏と同じさとりを得させていただける、仏と同じ働きが出来る能力を
与えていただくということは、いったい何を意味しているのでしょうか。


そして、生きている間は、もう仏の仲間と言われることを よくよく考えますと、
自分のことだけを考えているこの私が、仏さまの働きを繰り返し聞かせていただき、
ほんの少しでも味わうことが出来れば、今、何が期待されているのかが
 少しは
見えてくるものです。


 受け身で、自分中心の私が、少しずつ変えられていき、進む方向が変わって
来るのだと思います。 

生きている間は、決して煩悩を無くすことはできません。

そこで、自己中心から完全に離れることは出来ませんが、人間の本当の喜びが
何であるのか、生きるということの
 目的は何なのかを、教え導いていただけるのです。

それが、阿弥陀如来の働きであり、やがて私も仏さまに、ほんの少しでも近づける
働きが出来るようになる、完全ではないものの、理想的な人生が始まるのです。


これこそ、動物的な喜びから抜け出して、人間らしい喜びや、生きがいが感じられる、
充実した人生への、ただ一つの道だと思います。


南無阿弥陀仏は、そのことを確認し忘れさせないために与えられた言葉なのでしょう。

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次回は 8月4日に 新しい内容にかわります。