第761回 ベースが大事

 平成19年 8月23日〜

妙念寺のホームページの掲示板に こんな文章を書き込んでいただいた方があります。

気楽なお話です。と書き出されたあと、

特にジャズ・ファンというわけではありませんが、大変心惹かれる
ミュージシャンがいます。

カウント・ベイシー楽団で半世紀にわたり、リズムを刻み続けた
フレディー・グリーンというギタリストです。

ギタリストといえば、とかく早いフレーズを弾きまくる向きばかり
が取りざたされますが、この方は生涯、ソロをとらず、ひたすら1
小節に四分音符4つ、「ツン、ツン、ツン、ツン」とコードをカッテ
ィングするだけでした。
しかも、音量がきわめて小さく、ほとんど聞こえません。
ところが、バンドマスターのカウント・ベイシーは、並み居る他の強者
(つわもの)メンバーたちに、常に「フレディーのギターを聴け!」と
指示していたそうです。

サキソフォンやトランペットなどの流麗なソロが終わり、周囲が静かになった
とき、何事もなかったように聞こえ出す彼のリズムギターには、安らぎと共に
自身の仕事に対する誇りが伝わってきます。
どれほど見事なソロであろうと、この方の「ほとんど聞こえない」ギターに支
えられてこそ可能であったのだと思い知らされます。
こんなのが、ホントのカッコよさじゃないか、と思うのです。


という 文章です。

私たちは 自分は人とは違うのだ 立派なのだと 自己主張して生きています。

出来るだけ 目立ちたい 評価をされたい 褒められたい、楽をしたいと
知らず知らずに 周りを押しのけて、我がままに生きています。

しかし、本当に立派なこととは このギタリストのように、自分に与えられた役割を
 こつこつと精一杯つづけていくことではないかと、読ませていただきながら感じました。
ほとんど聞こえない このギターのように もくもくと 自分の仕事をしていく

その基本に支えられているのが 人間としての根幹にかかわる願いだと思います。

南無阿弥陀仏のお念仏は いつも聞こえているはずなのに、私たちは聞き逃して
いるだけだろうと思います。人間の生活の根本である、心の底にいつも
呼び続けていただく、阿弥陀さまの呼び声、今やれることを精一杯やりなさい、


後のことは心配いらないと。
ところが、大きな声や、変わった声に ついつい心を奪われてしまっているようです。
その根本のところに響く 南无阿弥陀仏のお念仏の声を間違いなく、ちゃんと 
聞いて生きていきたいものです。


南无阿弥陀仏のお念仏、私の人生を支え導び輝かせていていただく、
根本のリズムであり、ベースであろうと思います。

その根本の音に合わせて きれいなメロデーを口ずさんで、精いっぱい
生きていきたいものです。


ところで 高校野球の夏の大会 県立の佐賀北高校が全国制覇しました。
インタビューを聞いていると、ここまで こられたのは、夢のようだとか
本当にこれでいいのかと、驚いていますとか、私が努力したのではなく、
おかげ様の他力の発言が聞こえます。

高校生のうち 何人かは よく聴聞される浄土真宗のご門徒のお孫さんです。
テレビの中継を見てると、大阪の宿舎で みんなそろって食事の時に キャップテンが 合掌して
 いただきますと 発声していましたが、しらずしらずに お念仏の教えが 伝わって、
おかげさまが生きているようです。


妙念寺電話サービス お電話ありがとうございました。
次回は 830日に新しい内容に変わります。

         


           私も一言(伝言板)