第780回 気づくか 気づかないか

平成20年 1月 3日〜

妙念寺電話サービス お電話ありがとうございます。

年末、そしてお正月、お寺に参拝くださって、ご挨拶をいただく方々の中で、
こんなことを
 お話くださった方がありました。

これから自分の生まれ育った 実家にあいさつにいくが、亡くなった母親が
お仏壇を新しくしたときに 書き残していた文章が いま やっと分かるように
なってきたと。


お母さんが書かれたのは 53歳の時、自分がその歳になって はじめて気付く
こともあうものだと。


里のお父さんは、次男坊 分家だったので、本家からは 御本尊だけしか 
いただけず、知り合いから譲ってもらった 小さな小さなお仏壇の前で、朝晩
お参りしていた母親。


ある時 決心をして 新しいお仏壇を求めて、その時のきっかけとなった出来事、
仏壇の購入先、かかった費用など書き記された後に これから心配なのは
子供たちのこと孫のことと それぞれの子供のことの悩みが具体的に
いろいろと書かれていたのだそうです。

お母さんが亡くなられた時に それを一度は見ていたものの、自分もまだ若く、何で
そんなことを心配するのだろうと、笑っていたが、いざ自分が同じような年齢に
なったとき、少しはその頃の母親の気持ちが分かるようになってきたとおっしゃいます。


若いころは、気付かなかったことが 年齢を重ねるとともに 少しずつ気づいてくる
ことがあるのですねと つくづく感じますと お話になって帰られました。

そして、自分も 母親に習って 読んでくれるかどうかは 分からないものの 
今の気持ちを書きつづり
母親と同じように お仏壇の引き出しに 入れておこうと
思うともおっしゃっていました。

お正月の三日間 訪ねていただいた方々と じっくりとお話をしてみると、お聴聞の
ご縁のある方の多くは 自分以外の方のことを思いやり その気持ちを味わう余裕の
ある方が多いものの、なかなかお聴聞のご縁のない方は、自分のことが中心で、

客観性が乏しく、自分は正しく、周りは間違っているこれでは世の中はだめだと、
お話くださった方が多かったように思います。


気づくのか気づかないのか お念仏の教えは 自分の真実の姿を 客観的な自分に
気づかせていただいているのだと味わえました。

 すべての人にお念仏の教えを伝えよう、南無阿弥陀仏で すべてを救おうと
はたらきかけておられる阿弥陀さまの そのはたらきに気づくか気づかないかで

人生は、大きく違ってくるのだろうと 味わえるお正月でした。

携帯電話やテレビの電波をはじめ 数多くの電波が飛び交う中で 受信機を持っている
人と 持たない人。


南無阿弥陀仏のお念仏が はたらき続けているのに 受信することが出来る人と 
気づかずに受信出来ない人とでは 生きる意味が大きく変わってくるのだと思います。

どうか 今年も 一人でも多くの人が 南無阿弥陀仏を 受信して 味わい 
南無阿弥陀仏にはたらきかけられている私であったと 目覚めていただきたいもの
だと 思います。


お聴聞すること、お念仏を口にし 耳に聞くことで、信心をいただき、人生の意味を 生きる喜びを
進むべき道を 見極めていただきたいものです。


妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。
次回は 1月10日に新しい内容に変わります。


         


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