第817回 ウイルス対策ソフト

 平成20年 9月18日〜

妙念寺電話サービスお電話ありがとうございます。

仏教では 教えのことを 法と言い その教えを受けるものを 機といいます。
蓮如上人の ご文章などでは その機と 法とが 一体となった
機法一体の南無阿弥陀仏ということを 再三 お書きいただいています。

機械の機とは 教法、教えに対する言葉で、つまり 仏の教えを
こうむるべき対象で、一般には 衆生と同じような意味で 
用いられています。

衆生は また 有情とも言われ 「生きとし生けるもの」という
意味で、その衆生が 教法に対したときに 機といわれるのです。

これを コンピュータに 置き換えると なんとなくわかったような
気持ちがします。

コンピュータの本体 機械だけでは たいした働きをしませんが
そこにソフトを 入れこむと 計算したり 記憶したり 文章を作ったり
写真を保存修正したり 音楽を聴いたり ビデオをみたり インターネットで
情報を発信したり メールが交換できたり ありとあらゆることが
出来るようになるのです。

器械だけでは その能力を十分に発揮できないものの そこに その機械を
働かす ソフトを 挿入すると 大変 大きな能力を得ることができるのです。

これは 人間も体だけ丈夫でも そこに 法が加わらないと
自己中心的で わがままな 怠惰な生活しか出来ないのかもしれません。

それが仏法に 出会うことで 人間としての生きがいや 喜びや
生きる意味 人生の意義が 感じられて 進むべき道が 見出され
積極的に働いていくことが出来るようになるのに似ているように思えます。

ところで コンピュータで 情報の交換をしていると 悪意のあるウイルスという
間違った働きをさせる ソフトが入り込んでくる 危険があります。

それも 次から次から 新しいウイルスが 作りだされ 機械を攻撃する
だけではなく その機械から 新たな危険な情報を 発信させる 被害を
受けるだけではなく 加害者になってしまう
 大変困ったウイルスが 
充満しているのだそうです。


それに対抗して そのウイルスを発見して 駆除したり 受け付けないよにする
ウイルス対策ソフトというものを 加える必要が出てきました。

そして その対策ソフトは ほぼ毎日のように 新しい情報を 配信して
コンピュータを守り続けてくれているのです。

こうした話をしましたら 若い方は ウンウンと うなずかれましたが
コンピュータをさわらない お母さんたちは きょとんとしておられました。

そこで 周りと隔離して生活していれば 問題ないものの 多くの情報が
入り込み それが 間違った方向へ私を向かわせているのかもしれない。
自分だけではなく 周りの人を巻き込んで 悪を次から次に
作っているのかもしれません。

そこで 自分の考えや行動は 大丈夫かと 朝晩のお勤め そして せめて 
ひと月一回は お寺の法座で 修正する必要があるのでは
 ないかとお話しましたら 
納得納得と うなずいていただきました。


基本ソフトは 勿論ですが ウイルス対策のソフトも 絶対必要な時代に
なったのです。
自分は大丈夫と たかをくくらず どうぞ お聴聞と 毎日のお念仏を
お忘れなく 限られた人生 十分にその能力を発揮していただきたいものです。

自分だけではなく 周りを傷つけることのないように したいものです。
私にとっての基本のソフトや ウイルス対策ソフトは 南無阿弥陀仏と
いう名前なのだろうと 思います。

妙念寺電話サービス お電話ありがとう ございました。
次回は 9月25日に新しい内容に変わります。

         


           私も一言(伝言板)