第895回 決して無駄にはしません 〜そのいのち終わっても〜

 
平成22年 3月18日〜

妙念寺電話サービス お電話ありがとうございました。

若気の至りで 一つだけ贅沢なものが ほしいと思って 40年近く前に
ボーナスを貰ったとき 皮で作った ロングコートを 購入したことがありました。

当時の給料の 2か月分ぐらいを はたいて 買ったもので 寒い関東では 
風を通さず 暖かで 大変に重宝したものです。


しかし この20年 暖かいこともあって まったく忘れていましたが ふと思い出して 
部屋着に使ってみました。


最初は 少々かさばった感じでしたが 使っていくうちに だんだんと 生き返り 
やわらかい潤いを取もどしてきたように思えます。


牛の皮なのか 馬なのかそれともヒツジなのか いのち奪われた 後も何十年も 
皮だけが その勤めを果たしてくれていることに ある感激を 覚えました。


そう考えてくると 同じように 木造建築では 30年50年ではなく 
何百年もの間 生き続けて 柱として 壁として 床として それぞれに 
その役目をはたしてくれています。


本堂の縁側の西日があたるところにある柱を 雑巾で拭いたとき ジユワジユワと
音を立てて 水を吸い込んでいったことを 思い出します。


まるで 久しぶりに 何年ぶりかに 水を飲むような おいしそうに吸い込む
そんな感じを受けたものです。

動物や 植物たち そのいのち終わっても いろいろの形で活躍する姿を
見ていると、つい声をかけ
 「決して無駄にはしないから、ありがとう」と、
いとおしく感じられてなりません。


いのちを終わってからも 活躍するのは 和紙や用紙もそうでしょうし、
繊維も ひもも 畳も 机も 見渡すと 数々あるものです。

そういう意味では 鉱物も あるものは その姿のままに 鉄 金属 ガラスなどに
姿を変えても はたらき続け やがて 時間と共に
 錆びたり 割れたり 
摩耗したりして 役目を終えていくのでしょう。


人間も 生きている間だけではなく 姿を変えて はたらき続ける 役割を
はたして行くことが出来るのではないか。


死んだらすべてが 終わりではなく それぞれに役目をはたすことが 
出来るのではないか そんなことを 漠然と考えています。

どちらにしても 動物や植物が いのちを終えても 何十年何百年と
はたらき続けている姿に けっして 「貴方のはたらきを無駄にはしません」と。
語りかけたい思いがするものです。

自分の寿命が残りわずかになってきたことへの 愛おしさなのかもしれませんが、
けっして あなたのはたらきを無駄にはしませんと。

そして 自分のいのちが 終えた後 どんな形で 活躍できるのか
いろいろのケースを 考えてみたいと 思います。

南無阿弥陀仏の仏としての はたらきなのか あるいは まだ違った 
多くの役目があるのか どうかと、お念仏とともに考えてみたいと 
思います。・・・・


妙念寺電話サービス お電話ありがとうございました。
次回は、3月25日に新しい内容に変わります。


         


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