第899回 ちょうどよい 功徳は行者の身にみてり〜

平成22年 4月15日〜

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浄土真宗は お念仏の教えですが、浄土に生まれるということの前に 
他力の信仰を獲たものは 現生に正定聚の位に入るということが

特徴です。 

ところが どうも お浄土へ往生することを中心にしてお取次ぎを
しているのではないかとの反省の言葉を 聞きました。


お念仏に出遇うと どうなるかは このご和讚に明らかです

  本願力に  あひぬれば

    むなしくすぐるひとぞなき

  功徳の宝海   みちみちて 

      煩悩の濁水   へだてなし

この私の身に 功徳がみちみちてくる そのことをはっきりと
味わわせていただきたいものです。

そして こんな言葉が あるのを知りました。
一説には 良寛さまの言葉と言われているようですが どうも
そうではないようで、詠み人知らずの
・・・仏様のことば(丁度よい)です。

  お前は お前で 丁度よい

  顔も 体も 名前も 姓も

  お前に それは丁度よい

  貧も 富も 親も 子も

  息子の嫁も その孫も

  それはお前に 丁度よい

  幸も 不幸も よろこびも

  悲しみさえも 丁度よい

  歩いた お前の人生は

  悪くもなければ 良くもない

  お前にとって 丁度よい

  地獄へ行こうと 極楽へ行こうと

  行ったところが 丁度よい

  うぬぼれる要もなく 卑下する要もない

  上もなければ 下もない

  死ぬ月日さえも 丁度よい

  仏様と 二人連の人生

  丁度よくない はずがない

  丁度よいのだと 聞こえた時

  憶念の信が 生まれます

  南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

   南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏


 また お念仏の人の味わいは このご和讃にも

 五濁悪世の有情の  選択本願 信ずれば

  不可称不可説 不可思議の 

  功徳は行者の 身にみてり

このご和讚の味わいが お念仏に出会った人の 喜びの言葉に
もっとも近いのではないかと。

そして その喜びは だんだんと深まっていくもの
増してくるもの、お聴聞を重ねる度に歳を重ねてきたことが 
うれしくなってくるものです。



妙念寺電話サービスお電話ありがとうございました。

次回は 4月22日に新しい内容に変わります 。 


         


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