「妹」のために…

 
 
 
「ただいまー」
重々しい扉を開く。
本当は長瀬さんが迎えに来るはずだったんだけど…抜け出して来ちゃった。
 

「あ、おかえりなさい〜」
靴を脱いでいると、ちっちゃな子がパタパタと玄関に出てきた。
…新しいお手伝いさんかな?
「…って、マルチじゃない」
「こんにちは〜綾香さん〜」
「あはは、こんにちは」
この子は本当にかわいいなあ…
「で、どうしたの?今日は遊びに来てるの?」
すると、マルチの顔がきっ、と厳しくなった。
「私、遊びだなんて言うつもりはありません!」
「…ご、ごめん…」
妙な気迫に押され、なぜだか謝ってしまう。
今日のマルチはいつになく、力が入ってるな…
「…わたし、芹香さんに弟子入りしたんです!」
「弟子入り?マルチ、占い師にでもなるつもり?」
「いえ、そうではなくて…」
「?」
そこまで言って、マルチは何かに気づいたようだった。
「あっ!わたし、お庭から百年草を摘んで来ないといけないんでした!
ちょっと失礼しま〜す!」
マルチは、慌しく、パタパタと庭に出て行ってしまった。
「…何なのよ、一体…」
 
 
 

コンコン。
「姉さん、ただいま〜…ってあれ?」
ドアを開けた先は、真っ暗だった。
「姉さん、いるの〜?」
ちょっと抵抗を感じながらも、部屋の中に入った。
目をこらして見ると、床にろうそくやら、魔法陣やら、
怪しげな物がたくさん並べてあった。
「………」
「うわっ!!」
突然耳元でおかえりなさい、という声が聞こえた。
「………」
「…どうしたんですか、じゃないわよ〜… 心臓が止まるかと思っちゃった…」
…この私に気配をも感じさせないとは…恐るべし。
「…しかし、また本格的な作りになってるわね…
何か儀式でもするの?」
「…(こくこく)」
「ああ、そう言えばマルチが百年草を取りに行くって言ってたっけ」
「………」
「マルチちゃんのための儀式?ふーん…」
そこで私は、マルチが言っていたことを思い出した。
「…そう言えばマルチ、姉さんに弟子入りしたとか言ってたけど…
あの子、黒魔術に興味でも持ったのかしら?」
「…(ふるふる)」
「え?違うの?」
「………」
「黒魔術の弟子入りじゃない?じゃあなんで?」
「………」
「へ?私にも分かりません?」
「………」
 
 
 

姉さんの話はこうだ。
今日放課後、いつものように長瀬さんに出迎えられた姉さんのもとに、
いきなりマルチが駆け寄ってきたらしい。
「芹香さん!わたしを弟子にしてくださいっ!」
姉さんは何のことか分からなかったけど、
その気迫に負けて、分からないまま承諾してしまった…ということだ。
 
 
 

「…マルチらしいわね…」
あわてんぼうだけど、そんなところもマルチの魅力だったりする。
「………」
「…そっか、それでせめてマルチのお願いが叶うように、儀式をしようとしていたのね…」
「…(こくこく)」
それも姉さんらしい気がした。
詳しい事情は知らないけど、とりあえず自分にしてあげられることをしてあげようって。
そんな姉さんの優しさが、嬉しかった。
「でも…マルチが姉さんに習いたいことって何なのかな?」
「………」
なんでしょうね、と姉さんも首をかしげた。
何の不自由もなく育った(私もだけど)お嬢様と、メイドロボット…
この二人に、何の共通点があるのだろう?
「………」
「お勉強なら教えてあげられます? うーん、ちょっと違うんじゃないかな…」
 
 
 

「芹香さん、百年草摘んで来ましたっ」
マルチが息切らせながら、ドアを開ける。
「はあ、はあ…こ、これでいいですか…?」
「…(こくり)」
「さ、早速お願いします…」
「ちょ、ちょっとマルチ。少し休憩しなさいよ…」
「いえ!大丈夫です!」
気を吐くマルチ。
やっぱり、今日のマルチは気迫が違う。
「でも、オーバーヒートしちゃうわよ…」
「大丈夫です!」
うーん、もしかして葵の影響でも受けてるのかしら…
私がそんなことを考えてると、薄暗い中姉さんがすっ、と動いた。
「せ、芹香さん…?」
「…(すっ)」
「あっ…」
「…(なでなで)」
「あ、あの…」
「…(なでなで)」
「………」
マルチの顔が、ぽぉーとなって行く。
どうやら、落ち着いてきたようだ。
「………」
「え?は、はい、大丈夫です…」
 

マルチが何とか落ち着いてから、私は話しかけた。
「ねえマルチ。マルチはどうして、姉さんに弟子入りしようなんて思ったの?」
「え、あ、あの、それは…」
マルチの顔がちょっと、赤くなる。
「………」
「…私も聞きたいです?あの、それは…」
「………」
「………」
「………」
 
 
 

長い沈黙の後、マルチはあきらめたように息をついた。
「いい『お姉さん』になりたかったんです…」
「お姉さん?」
「はい…」
「………」
セリオちゃんのことですね、と姉さんが聞いた。
「そうです…わたし、セリオさんには助けてもらってばかりなんです。
道に迷った時、迎えに来てもらったり…
お料理失敗しちゃった時にも、コツを教えてもらったり…
高い所に手が届かない時は、肩車してもらったり…」
…肩車…が少し気になった。
「だから…わたしもちょっとでも、セリオさんに何かしてあげたいんです。
セリオさんは、わたしの『妹』なんです。
それなのに…わたし、『お姉さん』らしいこと、できないから…」
「………」
「だからっ、わたし芹香さんに教えてほしいんです!
最高の『お姉さん』になる秘訣を…」
 

姉さんはそこまで聞くと、優しい顔になってマルチをぎゅっと抱きしめた。
「えっ…芹香さん…」
「………」
あなたは百点満点のお姉さんですよ、と姉さんは言った。
「え、そんな…わたし…」
「………」
姉さんはそれ以上何も言わず、マルチを優しくなでつづけていた。
「あの、芹香さん?」
「………」
 

姉さんは、こう言いたかったんだと思う。
自分にできることが少なくても…
セリオを大切に思っているマルチは立派な『お姉さん』だっていうこと。
そして、その気持ちはちゃんと、セリオに伝わっているっていうこと。
 
 
 

「芹香さん、ありがとうございました!」
姉さんの思惑が分かったのかどうか。
でも、帰り際に見たマルチの顔は、普段に増して、晴れ晴れとしていた。
「………(にこ)」
姉さんはただ、微笑んでるだけだった。
「バイバイ、マルチ。セリオによろしくね」
「はい!」
元気な笑顔。小さな『お姉さん』の最高の笑顔だった。
 

「…でもね、姉さん」
マルチの姿を見送った後、私は呟いた。
「?」
姉さんに後ろからもたれかかる。
「…姉さんだって、百点満点のお姉さんだよ…」
「………」
照れてるのか、姉さんはちょっとうつむいた。
 

「さっ、もうかえろっか」
「…(こくり)」
私と姉さんは手をつないで、屋敷の中に入っていった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

…その数日後。
私は学校でセリオに呼び止められていた。
「えっ?いい『妹』になる秘訣?」
「―(コク)」

                       〜Fin〜



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