セリオさん、あのね


「セリオさん、あのね」

私たちが生まれた日、マルチさんはこう話し始めました。

「わたし、セリオさんとお友達になりたいです」

「―お友達、ですか?」

「はい」

「―そうですね、お友達になりましょう」

「本当ですか!?」

「―はい」

「わあ…嬉しいです!生まれて初めて出来たお友達がこんなに素敵な方だなんて…」

「―素敵、ですか?」

「はい!とっても素敵なお友達です!」

私には良く理解できませんでした。

 

 

私達は毎日、いろんな話をしました。

 

 

私とマルチさんは研究所であらゆる試験を受けました。

耐久試験、性能検査、感情回路の動作状況チェック…

 

 

「セリオさん」

マルチさんは話し始めました。

「今日は…本当にごめんなさい!」

今日は、料理の訓練がありました。

二人一緒のキッチンでオムレツを作っていたのですが…

「わたしが…ヘマしちゃって、お料理、台無しになってしまいました…」

「―長瀬主任は、おいしいと言ってくださいましたよ」

「で、でも、あんな変な形のオムレツがおいしいはず、ないです!

セリオさん一人なら、絶対ちゃんとしたオムレツが作れたはずなのに…」

「………」

「わたしが…わたしがセリオさんの足引っ張っちゃって…」

どうやらマルチさんは、相当落ちこんでらっしゃるようです。

「―確かに、そうかもしれません」

「………」

「私が一人で作れば、味も形もちゃんとした、オムレツを作ることが出来たでしょう」

「…はい、そうですよね…」

「―でも」


「…え?」

「―それでは、長瀬主任にはご満足いただけなかったかもしれません」

「ど、どういうことですか?」

「―マルチさん」

私はマルチさんの目を見ました。

かすかに、目元が濡れているようです。

「―長瀬主任が甘いオムレツをお好きだと教えてくださったのは、マルチさんですよ」

「えっ…」

「―私は、存じませんでした」

「あ…あの、どうせならお好みの味付けにして、少しでもおいしく食べていただこうと思って

事前にお聞きしていたのです…」

「―ええ、そして、長瀬主任はおいしいと言ってくださいました」

「あ…」

「―きっと…私一人ならば、どなたに対しても、いつも全く味付けのオムレツを差し上げていたでしょう。

…ですが、マルチさんは違います。その方の好み、お腹のすき具合、体調などに合わせて作ることが出来るのですね」

「………」

「―私、一人一人の方に合わせるということが、こんなにも大事なことだとは知りませんでした。

私も、マルチさんから勉強させていただきたいことが、たくさんあるのです」

すると、マルチさんは真っ赤になって慌てました。

「べ、勉強だなんてとんでもありません!!セリオさん、わたしよりずっと優秀で、なんでも良く出来るのに…

だ、だから、わたしもセリオさんからたくさんのことを学んで、きっと立派なメイドロボになってみせます!」

マルチさんに元気が戻って来たようです。

 

 

ある日、私達は、初めて「外の世界」に出ました。

 

 

「セリオさん…わたし、まだドキドキしてます…」

マルチさんは話し始めました。

「わたし、外っていうものがあんなに明るくて、きれいなものだとは知りませんでした…」

「―そうですか」

「セリオさんは、知っていました?」

「―データとしては。しかし、見るのは初めてでした」

「そうですかー。どうでした?」

「―はい…その、とてもきれい、だったと思います」

「そうですよね!あんなきれいな世界に、素敵な人たちがたくさん住んでいらっしゃるなんて、

とても素晴らしいことですよね!」

「―ええ、私もそう思います。ところで、マルチさん、裏庭の方でどなたかと話していらっしゃいましたが…」

「え? えーと…」

「―いったい、どなたと?」

「あ! もしかして猫さんのことですか?」

「―猫さん?」

「はいー。ちょうどひなたぼっこをなさっていたのですー」

「―そうなのですか?」

「日差しの気持ちいい日は、いつもあそこでひなたぼっこをするそうですー」

「―飼い主さんからお聞きしたのですか?」

「いいえ、ご本人がおっしゃっていました」

私は理解できませんでした。

「―言葉がわかるのですか?」

「言葉は分かりませんけど、伝わるんですよー」

「―それは、私には理解できません…」

すると、マルチさんはにっこり笑っておっしゃいました。

「そんなことないですよ。きっとセリオさんも猫さんとお話しできますよー」

「―そうでしょうか?」

「はい!例えばですね…」

今度は、マルチさんはしーっ、と指を口に当てました。

静かになると、外から鳴き声が聞こえてきました。

 

ミーミー。

 

「セリオさん、今の猫さんはなんとおっしゃったか、わかりますか?」

「………」

「よーく、聞いてみて下さいね」

 

ミーミー。

 

「―すみません、分かりません」

「もう一度! 良く聞いてみて下さい」

 

ミーミー。

 

私は耳を澄ませました。

…正確に言えば、聴覚センサーの感度を上げたのです

 

ミーミー。

 

その声は、少し寂しそうに、甘えたように聞こえました。

「どうですか?」

「―もしかして」

「うんうん」

「―お腹がすいた、ですか?」

すると、マルチさんは

「すごーい! 大正解ですー!」

と言って、手を叩きました。

その日は、話題が尽きることはありませんでした。

 

 

私達は、テスト通学として、高等学校に通うことになりました。

私は私立の女子高等学校へ。マルチさんは地元の公立高等学校へ。

 

 

「セリオさん、今日、早速お友達ができたんですよ!」

テスト通学1日目、マルチさんが興奮冷めやらぬ、といった表情で話し始めました。

「―どんな方ですか?」

「あの、藤田浩之さんとおっしゃいまして、学校の先輩なんです!」

「―藤田浩之さん…」

すると、マルチさんは少ししゅん、として、

「実は、わたし、早速ドジやっちゃったんです」

「―どうしたのですか?」

「はい…お荷物を持って、階段を上ろうとしたのですが…」

「―転んだのですね」

「ええっ?どうして分かるのですか?」

マルチさんは先読みされてびっくりしています。

「―おケガは、ありませんでしたか?」

「あ、はい。大丈夫でした。浩之さんが助けてくださいましたから」

「―そうですか…それは良かったです」

「浩之さん、私がメイドロボだって知ったら、びっくりされていました」

「―そうでしょうね」

「あ、それから…」

マルチさんはそこでちょっと複雑な顔をされました。

「実は、ですね…」

「―どうしたのですか?」

「放課後に…その、お掃除をしてたんです」

「………」

「一生懸命、がんばって、半分終わらせたんです」

「―はい」

「すると、浩之さんが来られて、手伝ってくださったんです」

「―手伝って?」

「…はい」

これは私も予想外でした。

ロボットを手伝う人間の方なんて、聞いたことがありません。

「もしかしたら、わたしがあまりにも下手だから、任せてられないと思われたのでしょうか…」

「―わかりません」

「ううっ、わたし、もっともっと頑張らなくちゃ…」

その日はずっと、浩之さんの話をしていました。

 

 

私は初めて、浩之さんにお会いしました。

 

 

「ねえ、セリオさん」

ひとしきり浩之さんのお話をした後、マルチさんが言いました。

「―はい、なんでしょう?」

「今日は、セリオさんのお話も聞きたいですー」

「―私のお話…ですか?」

「はい。セリオさんが学校でどんなことをされてるのかとか、どんな方たちがいらっしゃるのかとか…」

「―そうですねお話しましょう」

私は私の通っている、西園寺女子学院高等学校の話を始めました。

「―西園寺女子高等学校は、もちろん、女性しかおられません。校内はとてもきれいで、

近代的な造りになっております」

「どんな方たちなんですか?」

「―とても、優秀で上品な方たちですよ」

「へえ…セリオさんにぴったりですねー」

「―そうでしょうか?」

「はい! セリオさんは、とってもおきれいで、優秀で、上品で、それに、とても優しいですー」

私は少し、こそばゆくなりました。

確か、マルチさんはこれを「恥ずかしい」と表現されていました。

「セリオさんは、お友達、できましたか?」

「―お友達、ですか?」

「はい! 浩之さんみたいな素敵なお友達が、セリオさんにもいたらいいですー」

私はちょっと微笑んで言いました。

「―いますよ、素敵なお友達」

マルチさんは眼を輝かせました。

「本当ですか!? どんな方なのですか?」

「―はい、とてもおきれいな方です。お名前は、来栖川綾香さんです」

「くるすがわあやかさん…?」

「―はい、来栖川グループの、ご令嬢でいらっしゃいます」

「へえ…」

「―それだけではありませんよ。綾香さんは現在、エクストリーム大会のチャンピオンでもあるのです」

「えくすとりーむ?」

「―エクストリームルールで行われる、総合格闘技です」

「格闘技…綾香さんは、武道家なのですか?」

「―はい」

「す、すごい方ですね…」

「―でも、普段はとても明るくて、お優しい方ですよ」

「わたしも一度お会いしてみたいですー」

「―きっと綾香さんも、マルチさんのこと、気に入るでしょう」

 

 

とても楽しい日々でした。

マルチさんと出会って、一緒にお料理をして、

いっしょにお掃除をして、そして、たくさん、おしゃべりをしました。

 

 

「―マルチさん、お待ちしておりました。どうぞお座り下さい」

「セリオさん…」

その日は、私達がテスト期間を終える日でした。

残された時間も残りわずか、

だから、私はマルチさんといろいろなお話をしたかったのです。

しかし―

「ご、ごめんなさい、セリオさん」

「―え?」

「わたし、これから浩之さんのお宅へ行くんです」

「―浩之さんのお宅、ですか?」

「…はい」

「―なぜですか?」

「わたし、浩之さんにはたくさんお世話になりました。

だから、少しでもご恩返しがしたくて、いろいろとお手伝いに行くんです」

「………」」

「ごめんなさい、セリオさん

「―そうですか、分かりました」

マルチさんは本当に申し訳なさそうにしています

「―気になさらないで下さい。明日もまた、時間があります。帰ってきたら、お話を聞かせてくださいね」

すると、マルチさんはぱっと顔を輝かせて、

「は、はい! いっぱい、いっぱいお話しましょうね!」

私も微笑んで、マルチさんを送り出しました。

 

 

次の日。

私とマルチさんが眠りにつく日でした。

 

 

「―マルチさん…」

「………」

「―マルチさん?」

「………」

マルチさんは、心ここにあらず、といった感じで帰ってきました。

「―お話、しましょう」

「………」

「―ね?」

すると、マルチさんの瞳に涙が光りました。

「―マルチさん?」

「…ごめんなさい…」

「………」

それが、私が最後に聞いた、マルチさんの声でした。

 

 

そして。

私達は眠りにつきました。

 

 

 

 

 

それから、年月が流れました。

私は、長瀬主任のご尽力によって、眠りから覚め、

研究所で働かせていただけることになりました。

マルチさんは…私の少し前に目覚めて、どこかへ行かれたそうです。

どこかは…分かりません。

 

 

広いお部屋。

私とマルチさんのお部屋でした。

一人では、広すぎるお部屋でした。

 

 

ここで、私達はいろんなお話をしました。

その度に、マルチさんは泣いて…笑って…大騒ぎして…

 

 

このお部屋はあの時のままなのに、

マルチさんがいないことが、ひしひしと感じられました。

 

 

私は窓を開けました。

 

ふわっ。

 

久しぶりに見る外の世界。

その外の世界から、いろいろな匂いの風が吹きこみ、

私を包んでいきました。

 

(わたし、外っていうものがあんなに明るくて、きれいなものだとは知りませんでした…)

 

くすっ。

私もですよ、マルチさん。

 

 

また…お会いできますよね」

私は誰もいないお部屋の中でつぶやきました。

 

 

そう、また会えますよね。

会って、マルチさんはきっと、泣いてしまうのでしょう。

その時は、またいっぱい、お話してくださいね。

 

 

ね、マルチさん。

 

          

                                      〜終わり〜


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