第二次大航海時代 〜恒星間輸送船「リーフ」〜 宇宙歴元年。 サン(太陽)を盟主とし、シリウス、アルタイル、ベガ、アークツルス、リゲル、カストルの 計7恒星の有人惑星が条約を結び、宇宙初の統一国家、銀河連邦が発足した。 元もと植民惑星だったベガとアークツルス、リゲル以外はその星にて独自の進化を遂げた先住 民が住んでいる。シリウス人は地球人と同じく、猿のような生物から進化を遂げた人類であり、 際だった白い肌とテレパシー能力を有する。そのため、言語というものが存在しない。アルタイ ル人はイルカのような生物から進化を遂げた人類であり、青い肌に尾を持ち、体毛が全く無い。 両手両足はあるがあまり進化していない、が、テレキネシスが使える。カストル人は、正式には 人類ではない。人間の目には見えない微生物の集団がカストル人であり、その身体を補うために 彼らは機械で出来た身体に乗り、行動する。 この7つの星は互いに足りないものを補いあっている。例えば技術で言えば、シリウスの核融 合に関する技術、テラ(地球)の金属精製技術、カストルのサイボーグ技術などである。その他 にもベガの豊富なレアメタル、アークツルスの固体水素、テラの宝石、アルタイルの安定ウラン など、その星でしか取れない地下資源などもある。これらを効率よく分配するために、各星々に 無数にある商事会社が活躍している、が、それよりも活躍しているのが星と星を渡り歩き、資源 と資源を交換して富を得ている自由商人達である。 こうして銀河連邦が正式に発足した今、まさに第二の大航海時代を迎えようとしていた・・・。 宇宙歴4年。 「リーフ」。それが彼らの家の名。生活の場。そして、仕事場でもある。恒星間輸送船リーフ。 それに乗る彼らは、銀河を股に掛けて飛び回る宇宙商人なのである。 藤田浩之。恒星間輸送船「リーフ」の船長。多少優柔不断だが義と情に厚い人物だ。仲間からの 信頼も厚く、また、取引先との信頼関係も上々である。 佐藤雅史。副船長として浩之のサポートを勤める。第二番目の指揮権を持つ。真面目な性格で、 人当たりもいい浩之の良きパートナーである。 神岸あかり。一応、シェフという肩書を持つ。浩之の幼なじみである。世話焼きで優しく、乗組 員からは優しいお姉さんという立場に置かれている。 セリオ。ロボット。銀河連邦の中でも飛び抜けて優秀な機体である、がとある事情により一介の 宇宙商人の浩之のもとで働いている。秘書と法務を担当。第4番目の指揮権を持つ。 マルチ。セリオと同じく、銀河連邦の中でもオーバーテクノロジーのロボット、のはずなのだが とてもそうとは思えない。どじで臆病で泣き虫というおおよそロボットらしからぬ機体。掃除と、 他の業種の補助を担当。 長岡志保。営業を担当。口八丁手八丁で、若くして海千山千の経験を持つ営業の猛者。元もと、 飲み屋の歌姫だったがあかりにスカウトされて乗務員となる。 来栖川芹香。通信業務を担当。銀河連邦公認通信士の資格を持つ。シリウス人と地球人のハーフ で、特殊な電波を読みとることが出来る。テレパシー能力を持つ。 来栖川綾香。整備士。銀河連邦一級宇宙船整備士の免状を持つ。芹香の妹。だが、シリウス人の 能力はかなり希薄。シリウスの格闘技、「モレイザ」の達人。 宮内レミィ。砲射手。元銀河連邦宇宙警察の婦警。ある事件がきっかけで職を追われ、その事件 の当事者であったリーフの乗務員となる。 保科智子。会計士。銀河連邦公認会計士の資格を持つ。第3番目の指揮権を持つ。表面上クール だが、中は非常に熱い人物である。 姫川琴音。医師。銀河連邦医師連盟から医師免状を取っている。アルタイル人と地球人のハーフ。 アルタイル人の能力、テレキネシスが使える。外見は地球人の遺伝子が優性遺伝され、地球人と ほとんど変わりない。 松原葵。航海士兼整備士。リーフの操縦を行う。銀河連邦2級宇宙船整備士と銀河連邦2級航海 士の免状を持つ。色々な格闘技の達人である。 以上、12名が恒星間輸送船リーフの乗組員である。 これは、そんな彼らの物語である。 「みんな〜、ごはんできたよ〜。」 極めてのんびりした声がスピーカーを介してリーフ内に響きわたる。それを聞いてブリッジの 指揮椅子に座ってスクリーンに投影されている線上になった星の光を眺めていた浩之が後ろを振 り返った。 「葵ちゃん、あとどれくらいでつく?」 「そうですね・・・あと、3時間で亜空間を抜け出して、それから1時間ぐらいですね。」 葵の答えに浩之は軽く頷いた。そして椅子に座ったまま上体をうーんと伸ばす。 「あと4時間か・・・。それで今回のミッションコンプリートだな。」 「そうだね。ベガで積み荷を降ろして今回の仕事は全部終わりだね。」 浩之の独り言に、そばで端末に向かっていた雅史が笑顔で答える。 「ふう、これでようやく金が入るって訳だ。ベガについたらなんか旨いもんでも食いに行くか。」 さきほどのあかりの声で、急激に腹が空いてきたことを認識した浩之が言う。 「あかん。最近資金繰りが苦しいんやから。無駄に使える金なんてあらへん。」 しかし、浩之の提案はあっと言う間に廃案へ追い込まれる。ブリッジの後方で芹香と並んで端 末をいじっていた智子だ。リーフの財布を握る彼女を説得しないかぎり、船長とはいえ浩之に自 由に使える金など、自分の金以外ほとんどない。 「なんで〜?いいじゃんか。」 「あかんっていうてるやろ。この間の仕事がほとんど金にならへんかったから、家計簿は赤字続 きやねんで。今月中に全部借金返済せな、リーフが差し押さえられてまうんやで。贅沢は借金精 算して、次の仕事が決まった後や。」 浩之は苦笑を浮かべて舌打ちした。しょーがねーなー、と呟くと椅子から立ち上がる。 「葵ちゃん、亜空間から出て自動操縦に切り替えて。」 葵ははい、と答えるとコンソールに指示を入力していく。亜空間では思わぬことが事故へとつ ながりやすい。そして、亜空間での事故はほとんどの場合、生きて出られないことを意味してい る。そのため浩之は、食事の時間は必ず亜空間から出てから自動操縦にしていた。これは時間を わずかにロスすることになる。情報が命の宇宙商人にとって、これは本当は避けねばならない基 礎的なことである。だから、他のほとんどの船は乗務員の食事の時間帯をずらし、常に何人かが ブリッジにいて、亜空間での安全確保に取り組んでいる。が、しかし浩之はそれよりも、乗務員 全員が一斉に食事をとることを選んだ。金よりも、一斉に食事をする時間の方がよっぽど重要だ と考えているためである。 すぐにブリッジに設置された多角形全方位型スクリーンに映し出されている光の線が、光の点 へと変わる。亜空間から抜け出した証拠である。 「よし。みんな、メシだメシ。早く行こうぜ。」 その浩之のセリフで、ブリッジにいた乗務員、雅史、智子、芹香、葵が椅子から立ち上がり、 思い思いに長く椅子に座っていたため堅くなった身体を伸ばしてほぐす。そしてぞろぞろと食堂 に向かって歩き出した。 食堂に着くと、すでに他の乗務員が全員そろっていた。 「ヒロ〜、遅いぞ〜。」 ナイフとフォークをかちかちと鳴らして志保が不機嫌そうに言う。すでにテーブルの上には人 数分の食事が並んでおり、コックであるあかりも席に着いていた。 「うるせ〜な〜。仕事の無いお前と一緒にすんな。こっちは忙しいんだ。」 「どうだか。ヒロがブリッジにいたって何もしないじゃない。ただ、偉そうに椅子にふんぞり返 ってさ。」 それは半分以上事実だったが、人間とは図星を指されるととても腹が立つものである。 「なんだと!?ただ、食っちゃ寝食っちゃ寝のお前にそんなこと言われる筋合いねーぞ!」 毎度毎度の口げんかが始まる。そして毎度毎度ながら、マルチと葵と琴音はおろおろと二人の 顔を見比べ、レミィと綾香はそれを面白そうに眺め、智子は完全に無視し、芹香は困ったような 表情を浮かべ、セリオは相変わらずの無表情で眺め、あかりと雅史は苦笑を浮かべる。 「浩之ちゃん。もうやめなよ。ほら、志保も・・・。」 そして、毎度毎度の通り、あかりが二人の仲裁に入る。いつもの平和な食事風景だった。 「それで、ヒロユキ?アトどれくらいで着くノ?」 あかり苦心の料理に惜しげもなくジャムをかけながらレミィが尋ねる。レミィがこの船に乗り 込んできた当初、あかりは自分が作った会心の作品が汚されていく様をひきつった表情で見てい たが、今では完全に慣れきってしまっていた。 「あと4時間ぐらいだな。」 「オウ!もうそんなに近いノ!」 些かオーバーアクションにレミィが言う。 「みんな、ちょっと食いながらで良いから聞いてくれ。」 そう言って浩之はぐるりと乗務員の顔を見回した。全員心持ち真剣な表情になって浩之の方を 見ている。あかりはテーブル中央のサラダを取ろう中腰になったまま固まっていた。 「ベガに着いたらかれこれ三ヶ月ほどかかったこの仕事は終わる。それでようやく金がもらえる から、結構余裕が出来るんじゃないかと思うんだが・・・。」 そう言って浩之は智子の方を向いた。智子はその視線に気付いて、ふんっと顔を背ける。 「そうやな・・・純益がおおよそ41万ドル。それで借金が15万ドル、整備費が3万ドル、燃 料その他の必要経費と積立金が3万ドル、残りからみんなの給料を払うと5万ドルくらい残る。」 ちなみに、卵一パック、Mサイズ10個入りが2ドルである。 「資本金はどれくらいあるの?」 綾香が尋ねた。それを聞いて智子があきれ顔になる。 「自分が乗ってる船の資本金ぐらい把握しとき。大体12万ドルや。いっとくけど、これはギリ ギリなんやで?次の買い付けが何時になるかわからんけど、また借金生活に逆戻りも十分考えら れるんや。やから、残りの5万ドルはまさかの為の予備に回す。今まで予備が全くなくて、それ で上手くいってたのは奇跡みたいなもんや。ほんまは資本金に回したいんやけどな。」 そう言って智子は眼鏡を光らせて浩之の顔を見た。それは、「遊びに使える金なんて全くない んよ」と告げていた。しかし、浩之は気にも留めない。 「そんな堅いこと言うなって。で、その5万ドルで、ぱあっとベガの観光旅行でも行こうかなっ て思ってるんだけど。」 「うわあ、楽しそうです〜。」 それを聞いてマルチが本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。ぱっとマルチのバックが光と花に包 まれ、ほんわかした、和やかな空気で満たされる。マルチの隣に座っていた琴音と綾香は思わず つられて微笑んだ。 対称的に、それを聞いた智子が般若のような形相を浮かべる。ばっと智子のバックが黒くなっ てそこに稲妻が光り、おどろおどろした寒い空気で満たされる。智子の隣に座っていた葵と雅史 は思わずつられてひきつった。 「人の話聞いてたんか!絶対あかん!私はみんなの為を思って言ってるんやで!?次の仕事だっ て何時はいるかわからないのに!」 マルチの作った穏やかな空気など赤子の手をひねるように吹き飛ばして智子が怒鳴る。マルチ はすでに半泣きだ。だが、一向に浩之は何処吹く風である。 「・・・ふっふっふ・・・。」 おまけに下を向いて含み笑いまでしだした。未だに中腰でサラダに箸を突っ込んだままのあか りは、「浩之ちゃん・・・。」と心細げに呟く。 「実は、今まで黙っていたんだが・・・。」 そう言って、浩之はごそごそとポケットの中をまさぐる。その中から出てきたのは一枚の光デ ィスク。 「琴音ちゃん、ちょっと後ろにあるディスクプレイヤー取って。」 琴音は、はい、と言うと後ろを振り向いて右手を突きだした。すると、少し離れた机の上に置 いてあるディスクプレイヤーがふわっと浮かびふよふよと浩之の方へとやってくる。サンキュー 、と短く言って浩之はそれを受け取り、ディスクを差し込んだ。 かちっと操作すると、ディスクプレイヤーの再生盤の上に中年男がホログラムとして現れる。 セリオと浩之を除く全員が一斉に身を乗り出してそのホログラムを見つめた。 『どうも、いつもお世話になっております。長瀬重工ベガ支店、レアメタル営業担当部長の清水 と申します。突然の手紙で大変失礼しました。実はクルス商事さんからの紹介でリーフさんを知 ったのですが、仕事を依頼したくお手紙を差し上げました。なんでも、近くベガまでいらっしゃ るとお聞きしましたので・・・。それで仕事内容なのですが、レアメタルの運搬です。出発は4 月11日で、2ヶ月以内に長瀬重工アルタイル支店までの運送をお願いします。運送料は23万 5千ドルです。いかがでしょうか?申し訳ございませんが、3月20日までに折り返しご連絡下 さい。それでは、失礼いたします。』 ピ・・・。 浩之は、互いに顔を見合わせている乗務員を満足げに見回した。つ、と智子と視線が合う。ふ ん、とまた智子は顔を背けた。 「・・・まったく、人が悪いわ。仕事が入ったんならちゃんと報告せなあかんのに・・・。」 その声にはいつものパワーが全く含まれていなかった。心なしか口元が緩んでいる。 「今日は3月14日だから、出発は一ヶ月近く先だ。だから、久しぶりにゆっくりと温泉でも行 こうかと思ってるんだけど・・・どうかな?」 そう言って、浩之は一人一人の顔を眺めていく。 雅史。 「いいね。」 あかり。 「温泉なんて久しぶり!」 志保。 「よっしゃ〜!飲むわよ〜!」 レミィ。 「リョコー!サイトシーイング!う〜ん、楽しみネ〜!」 芹香。 ・・・こくこく。 智子。 「ふ・・・ふん。・・・いいんやない?」 琴音。 「はい!もちろん賛成です!」 葵。 「私ももちろん賛成です!」 セリオ。 「御意(ぎょい)。」 マルチ。 「セリオさん、御意って何ですか〜?」 綾香。 「わかりましたってことよ。」 「・・・と、とにかく全員賛成だな?」 浩之が言うと、全員がそろっては〜い、と返事をした。 「そうと決まったら急いで食って、ベガに出発だ!」 おう!と全員が綺麗にそろって、嬉しそうに答えた。 「・・・亜空間から出ます。・・・・完了しました。目標ベガまでの距離あと3光秒。通常速度 でおよそ1時間です。」 「ご苦労様。」 葵の報告を受けて、雅史がはにかんでねぎらいの言葉をかける。さわやかな笑顔を前に、葵は 思わず気を抜いてしまった。大きな惑星と、その衛星がブリッジのスクリーンに映し出されてい る。 「あと1時間で到着か。毎度のことながら、もうすぐ星につくとなるとドキドキしてくるな。」 「あ、浩之もそうなの?僕もそうなんだよね。」 「なんだか、ワクワクしてくるよなー。葵ちゃん、自動操縦に切り替えてくれ。それと艦内放送 をこちらにまわして。」 「はい。」 カタカタカタ、という軽快なリズムで葵がコンソールに入力していく。浩之はマイクが作動し ていることを確かめると、軽く息を吸ってマイクに向かって話しかけた。 「あー、あー、みんな。あと1時間で着くから降りる準備をしてくれ。今日はまだ出発しないけ ど、旅行の準備も忘れずにな。おやつは3ドルまでだからな。」 そう言うと、マイクのスイッチを切った。するとすぐに、食堂から通信が入ってくる。浩之は 指揮椅子に備え付けになっている受話器を取り上げた。 「・・・今のがいわゆる、浩之ちゃんギャグなのね?」 ガチャ!! 思いっきり罪のない受話器を叩きつける浩之だった。 「こちら、識別ナンバーcdf1124221、恒星間輸送船リーフです。ベガ第一宙港、応答 願います。」 『・・・こちら、ベガ第一宙港管制塔です。識別ナンバーcdf1124221、恒星間輸送船 リーフを確認しました。そちらの名前をどうぞ。』 「私はリーフの会計士、保科智子です。」 『・・・はい、声紋を確認しました。寄港を許可します。こちらの指示ビームに従って第7格納 庫に寄港して下さい。』 「了解。」 プツッっという音と共に通信が切られる。目の前に広がる、ベガの衛星軌道上に乗った球形の 大型な宇宙港から、一筋の赤い可視光線が伸びてリーフと宇宙港を結んだ。 「指示ビーム、ロック完了。自動操縦にて寄港します。」 葵の声が飛ぶ。 「芹香さん、第7格納庫と通信繋いで。」 智子の声に芹香がこく、と頷く。本当は通信士が宙港と連絡を取り合って寄港の確認を行うの だが、芹香はその通信士の基本が出来ないので智子がやっているのである。最初難色を示した智 子も、結局世話好きな性格からか今では当然のように自分が行っている。 「・・・え?つなぎ終わった?」 こくこく。 「・・・こちら、識別ナンバーcdf1124221、恒星間輸送船リーフです。第7格納庫、 応答願います。」 『・・・識別ナンバーcdf1124221、恒星間輸送船リーフを確認しました。積み荷は何 ですか?』 「安定ウラン20トン、処理済み核融合燃料棒50カートン、ニレニウム40トンです。」 『危険物ですね。・・・第3ゲートから格納庫に入って、第2危険物保管場へと進んで下さい。』 「了解。」 積み荷は一旦宇宙港で降ろし、そこで管理される。その管理期間中に商売相手に譲り渡すわけ だ。それから先は商売相手の管轄にはいるため、リーフとは関係が無くなる。 ブリッジに居る4人は、約1名を除いて忙しく働いている。雅史は現在積み荷降ろしの準備の ため、ここには居ない。その忙しくない人物、一応この船の中では一番偉い立場にいる人物は、 ぼけっと乗務員が働いている姿を眺めていた。 プシュ ロックボルトが作動し、リーフは完全に停止する。後ろの隔壁が閉じて宇宙とを隔て、リーフ が居る第7格納庫内第二危険物保管場に空気が満たされた。 「寄港、完了しました。」 葵が浩之に報告する。浩之はマイクを持った。 「みんな、ご苦労さん。これから綾香とセリオと葵ちゃんは船の整備に入ってくれ。志保は俺と 一緒にお客さんに会いに行くぞ。他のみんなは積み荷降ろしの手伝いをしてくれ。」 了解の声がスピーカーから、ブリッジにいる乗務員から聞こえる。浩之は身体を伸ばすと、取 引相手に到着の旨を伝えるために船を降りていった。 浩之と志保はリーフから最寄りの電話ボックスの前にきた。 「さてと、志保、取引先の電話番号は?」 「これ。」 そう言って志保は一枚の名刺を出した。名刺には「ベガ核燃料商事 財務担当部長ディック・ デステル」と書かれている。浩之は受話器を取り、クレジットカードを差し込んで電話番号を押 した。 「・・・・ただいまおかけした電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめの上・・・」 ガチャ。 「どうしたの、ヒロ?」 「いや、番号間違えたみたいだ。」 「もう、ドジねえ。」 浩之はもう一度受話器を取り、今度は一つ一つゆっくりと確認してから番号を押した。 「・・・ただいまおかけになった電話番号は」 ガチャ。 浩之は嫌な予感を振り払い、今度は名刺に書かれている会社の代表受付の電話番号を押した。 「・・・ただいまおかけになった」 ガチャ。 「ど、どうしたの?顔が青いよ。」 「・・・志保。」 「な、なに?」 「・・・やばいぞ、これは・・・。」 「な、な、な、なんやてええええええええええええええ!!」 第二危険物保管場内に智子の声が響きわたる。何事か、と宙港関係者が一斉にリーフ乗務員が 固まっている方を向く。その視線の先には、へなへなと崩れ落ちる眼鏡をかけたお下げ髪の女性 が居た。 「トラブルセンターに連絡して聞いてみたんだが、今日付けで不渡り手形を出したらしい。昨日 までは確認の電話に出ていたから、まさかこうなるとは思いもしなかったよ。倒産だ。」 「じゃ、じゃあ、どうすんねん、これ。」 すでに床にへたりこんでしまった智子が今降ろしている最中である積み荷を指さす。 「それを今からみんなで相談するんだよ・・・。」 パニックを形にしているのは智子だけだが、他の乗務員も少なからずショックを受けていた。 「・・・えっと・・・どういうことなんですか〜?」 例外もいるが。 「とりあえず、今の状況を確認しよう。」 智子がパニックに陥ることで逆に正気を取り戻した浩之が一同を見回して言う。雅史が頷いて 腕を組んだ。 「えっと・・・今月中に借金を返済しないと、リーフが差し押さえられてしまう。今日が3月1 4日だから、あと二週間しかない。それで、長瀬重工さんの仕事は20日までに返答しなければ ならない。つまり、今日を入れて6日以内に何とか借金を返すことが出来れば問題ないけど、出 来なかったら長瀬重工の仕事は断らなくちゃいけなくなるかもね。」 「何も、6日以内に何とかする必要は無いんじゃない?要するに、めどが立てばいいんだから。 ベガ燃料商事を訴えることって出来ないの?」 志保がそう言って浩之を見る。志保は立ち直りが早い。 「おーい、セリオ。」 浩之が呼ぶと、綾香と共にマルチに向かって倒産の概念を説明していたセリオが振り向く。 「なんでしょうか。」 「ベガ核燃料商事を訴えたらどうなる?」 「仮に告訴しましても、損害賠償を請求することしかできません。損害賠償を請求するためには ベガ核燃料商事の社長を捕まえる必要があります。おそらく捕まえるにしても多大な時間を必要 としますし、告訴しても勝訴までには時間がかかり過ぎです。ですから、この場合積み荷を売る のが現実的かと思います。」 「この積み荷を売ってお金に換えるのね。浩之ちゃん、すぐ売れるかなあ?」 「今、ベガでこの積み荷の相場がどれくらいかわかるか?」 「少々お待ち下さい。」 そう言ってセリオはベガの先物取引所の中央コンピューターにアクセスした。すぐに結果が帰 ってくる。 「安定ウランはおおよそ1トン3000ドル、ニレニウムはおおよそ1トン1800ドル、処理 済み核融合燃料棒は取引が行われていません。」 「・・・というと、ウランとニレニウムだけでも売り払えばいくらになるんだ?おい、智子?」 一斉に一団が振り向くと、智子は放心状態で床に座り込んでいる。その頭を芹香がゆっくりと 撫でていた。とても話を聞いているとは思えない。 「・・・えっと、誰かわかるか?」 「ウランがおおよそ6万ドル、ニレニウムがおおよそ7万2千ドルです。合計で13万2千ドル ですね。」 浩之の疑問に琴音が答える。 「そっか・・・借金は15万ドルだから、足りねえんだな。」 「あの・・・それに、宙港使用料や燃料、その他必要経費が最低でも2万ドルはかかりますよ。 それに、今は資本金もゼロですから。」 おそるおそる、といった感じで葵が言った。 「ソレニ、整備費も2万ダラーはかかるヨ!だから必要なのは20万ダラーネ!」 「うう・・・まあ、次の仕事が幸い資本金がゼロでも何とかなるからなあ。とりあえずその20 万ドルをどうにかしないといけない訳か。本当はいくらで売るはずだったんだっけ?」 「53万ドルだよ。」 雅史が手帳を見ながら答える。 「53万!?ってことは、燃料棒50カートンが40万ドルで売れるってことか?」 「デモ、それおかしいヨ。仕入れ値は1カートン3000ダラーで、それが3倍にも跳ね上がる ナンテ・・・。」 「そうだね・・・。あんまり深く考えなかったけど・・・。でも、燃料棒ってシリウスでしか作 れないんでしょ?だから、それぐらいに跳ね上がるんじゃないの?」 「いえ、あかりさん。そんなことはありません。どんなに跳ね上がっても精々2倍です。それに、 燃料棒が不足しているっていう情報はありませんから、ここで売っても4000ドルで売れたら いい方でしょう。それよりも、おそらく買い手が見つからないでしょうけど・・・。」 琴音の言葉に葵と志保が頷く。先物取引所で売買がされていないと言うことは、誰も買い手が つかないということだ。 「でも、変だな・・・。おい、志保。契約書もってるか?」 「当たり前じゃない。はい、これがそうよ。」 浩之は渡された契約書をぱらぱらとめくっていく。そこには、 安定ウラン 20トン 処理済み核融合燃料棒 50カートン ニレニウム 40トンを52万 8300ドルで買い取ります。 と書かれており、責任者のサインと捺印がされてあった。 「う〜ん、これじゃあ、向こうが何を狙って依頼してきたのかがわからないなあ。」 そう言って、浩之は腕を組んだ。 「それに、変ですね。相場を見るとベガでも安定ウランやニレニウムがだぶついています。正直 言って、自由商人に頼まなくてもベガで調達した方がよっぽど安上がりだと思うんですけど・・ ・。」 その琴音の見解に皆が頷いた。 そもそも、この仕事は偶然リーフに入り込んできたものである。たまたまシリウスに寄港して いた恒星間輸送船で、計100トンを越える積み荷をすぐに運べる船がリーフしか居なかったか らだ。別に積載量が100トンを越える船など珍しくはない、ごくごくありふれたサイズなのだ が他の輸送船はすでに積み荷を積んでいるか、もしくは降ろしている最中であり、全く空いてい るのがリーフのみだった、というわけである。 全員が、ちょっと話が別の方向にずれてしまったことにも気付かず、何故こんな依頼が来たの かを今更ながら考えた。すると、浩之の耳にマルチと綾香とセリオの倒産談話が入ってきた。 「そういうことなんですか〜。ベガ核燃料商事さんは、お金が無くなってしまったんですか〜。 うう、かわいそうです〜。」 「まあね。でも、しょうがないのよ。よくあることだから。」 「そうですね。昨日一日だけでも、銀河連邦内で286件の倒産が確認されました。」 「そうなんですか。頑張ってほしいです〜。ベガ核燃料商事の皆さんは、どちらにいらっしゃる んですか〜?是非お手伝いさせて頂きたいです〜。」 クスッと葵と琴音が笑ったのを浩之は見逃さなかった。知らず知らずのうちに、ほぼ全員が三 人の会話に耳を傾けていた。 「ま、マルチ。・・・・・・そうね、でも、今何処にいるのかわからないのよ。」 「そうですか〜。残念です〜。でも、ベガ核燃料商事さんは、安定ウランとか処理済み核融合燃 料棒なんて何に使うんでしょうねえ。」 「マルチさん。処理済み核融合燃料棒は大型の船舶の燃料に使われます。例えば、大型貨物船や 宇宙タンカーなどです。安定ウランとニレニウムは私たちのリーフにも使われている普通の宇宙 船の燃料です。」 「そうなんですか〜。じゃあ、ベガ核燃料商事さんは、沢山大きな船を持っているんですね〜。」 「ま、マルチ。ベガ核燃料商事が使う訳じゃないのよ。商事会社って言うのはね、他の会社に自 分たちが仕入れたものを売るのが仕事なの。」 そのとき、浩之と、志保と、いつの間にかしっかりと聞き耳を立てていた智子の頭が勢いよく 上がる。今まで智子の頭を撫でていた芹香は、微妙に驚いた顔を作った。 「どうしたの、浩之ちゃん・・・。志保も・・・。」 そのあかりの問いには答えず、浩之は志保と智子を見た。しばらく三人は顔を見合わせている。 他の乗務員は三人を訝しげに眺めた。 ニヤリ。 ほぼ同時に三人が唇の端を釣り上げて笑う。そしてこれまた一斉にマルチ、綾香、セリオの方 を向くと、その笑った顔のまま三人に向かってずんずんと歩き出した。その迫力は、誰も止める ことが出来なかった。 「ど、どうしたんですか〜。浩之さん〜、志保さん〜、智子さん〜。」 異変に気付いたマルチがひきつった顔で言う。綾香とセリオも浩之達の方を向いた。そして、 その迫力に驚く。 「ちょ、ちょっと待ちなさいよ浩之!あ、あんたマルチに何しようってのよ!」 思わず身構えて綾香が言う。隣ではセリオが格闘技データのダウンロードをすでに終えていた。 しかし、彼らは止まらない。マルチめがけて笑った顔のまま近づいてくる。綾香は浩之を本当 に殴るわけにいかず、セリオも綾香が浩之達に何もしないため動けず、結局三人のマルチへの接 近を許してしまった。マルチはがたがたと震え、潤んだ目で浩之の目を見ている。 三人はマルチの前で止まると、一斉に腕を振りかざした。 「だ、駄目!」 遂に我慢しきれず綾香が智子の腕を掴んだ。それと同時にセリオが志保の腕を掴む。しかし、 誰も止める者が居なかった浩之の腕は、マルチめがけて振り下ろされた。マルチはひっと言って 目を閉じ、身体を縮まらせる。 なでなでなでなでなでなでなでなでなでなで 「マルチ!お前は偉い!」 満面の笑みで浩之はマルチの頭を撫でた。 「へ?」 マルチがぱち、と目を開けて浩之の方を見る。 「マルチ。マルチのおかげでなんとかなりそうや!」 綾香に腕を捕まれたまま智子が言った。 ずばーん。 辺りに志保がセリオに投げられた快音が響く。 「なんであたしだけ投げられるのよ!」 床にはいつくばったまま志保が怒鳴った。 「・・・・つまり、ベガ燃料商事はどこかに燃料棒を売るはずだったんだよ。それもかなり高い 値段で。ベガの先物取引所には燃料棒が無いから、上手く行けば独占的に利益が稼げる。」 「そういうことや。やから、もしベガ商事の取引先がわかれば、こちらから売り込みにいくこと も十分可能なんや。」 「でも、社名になっているんだよ?燃料棒の取引先なんて沢山あるんじゃないかなあ。」 あかりの質問が最もなので、何人かが頷く。 「それが、今回はほとんど取引先が限定できるんや。」 「そ、そうなの?」 そう聞いたのは琴音の治療を受けている志保だった。 「なんだ、志保。お前わからないのか?馬鹿な奴。」 思いっきり見下した目で見る浩之。志保が怒りで真っ赤になっていくが、すぐに痛みのため顔 をしかめた。 「いいか?燃料棒50カートンってのは半端じゃない量だ。それが、急に必要になった。法外と も言える金を払ってでもな。それは何故か?」 「・・・ああ、わかった。なるほどね。」 綾香はぼそりと呟いた。芹香もこくこくと頷く。 「つまり、大きな船を沢山持つ所が、急に燃料が必要になってベガ燃料商事に依頼してきたって わけだ。50カートンも必要なほど大きな船が沢山ある所って何処だ?」 綾香と芹香、セリオと当事者二人を除くみんなが一斉に頭をひねり始める。 「あ!わかった!宇宙軍!?」 あかりが叫ぶ。 「当たりや。でも、ひょっとしたら宇宙パトロール隊かもしれへん。これは勘やけど、大がかり な宇宙海賊掃討戦でもやるんちゃうか?ま、どちらにせよこっちからコンタクトを取って売り払 えばええんや。」 みんながおお、とどよめく。しかしその中で芹香が無表情のまま、きゅっと綾香の袖を引っ張 った。 「なに、姉さん?・・・え?なんで政府機関が倒産するような会社に依頼するんですかって?」 こくこく。 「う、う〜ん・・・ねえ智子。何でだと思う?」 「え・・・?・・・う〜ん、こう考えられへんかな。海賊の方も政府軍の動きぐらい掴んでるや ろうし、ばれへんようにあえてマークされていない商事会社に頼んだ・・・。」 すでに軍が海賊掃討戦を行うことを決めつけて智子が言った。すると、今まで黙っていた葵が 口を開く。 「・・・・あの、もう一つ考えられないでしょうか。」 「何?」 「・・・あの、その・・・商事会社に依頼したのって・・・海賊の方じゃないかなあって・・・。」 「うん、俺もそう思ったけど、でも違うんじゃないかな。海賊だったら自分たちで会社作って、 独自に仕入れてるよ。」 「あの、だから・・・ベガ燃料商事が、海賊が作った商事会社なんじゃないかなあって・・・。」 屋内にもかかわらず、一団の中を寒い風が吹き抜けた。 「・・・とにかく、だ。こうしていても始まらないから、俺と志保でベガ燃料商事に行ってみる よ。今日倒産したんだったら何か残ってるかもしれないからな。智子とセリオ、それに芹香さん は通信で情報を集めてくれ。綾香と葵ちゃんはとりあえず故障個所があるかどうかのチェックだ けでも済ませて、他のみんなは積み荷の降ろし作業の続きを頼む。」 全員から了承の声があがる。浩之が時計を見ると、午後5時を指していた。この時計は、銀河 連邦の定めた宇宙時刻である。普通、星では現地の時刻を使っているので、宇宙空間にいるとき には時間という概念が生まれにくい。それを銀河連邦が統括したものが宇宙時刻である。そのた め、宇宙にいる者は等しい時間が流れていると言っていいのである。もちろん、この時刻に浩之 以下全員の体内時計を合わせてある。 「場合によっては泊まってくるかもしれないな。その時には電話するから。」 そのセリフに反応したのが何人いるのか、正確な人数はわからない。が、反応を形にしたのは 一人だった。 「浩之ちゃん。私も行っていい?」 「いや、志保と俺で十分だろ。こっちの方が人手がいるだろうからこっちを頼む。それにあかり が来たら誰がメシ作るんだよ。」 浩之はにべもない。あかりはうう、と唸って下を向いた。その肩を志保がぽんぽんと叩く。志 保は困ったような、嬉しいような複雑な表情をしていた。 「ジャ、私がついていきマス!」 その代わりに元気よく声を出したレミィを浩之はジト目で見る。 「レミィが来ても意味無いだろ?なんでついて来るんだよ。」 「ボディーガードネ!」 レミィは銃の名人である。 「町中でぶっ放す気かよ。」 「じゃ、じゃあ、あの、私が・・・。」 「葵、私に一人で船を整備しろっていうの?」 葵は言いかけた口をつぐんだ。その頭を綾香がぽんぽんと叩く。雅史はその様子を苦笑しなが ら見ていたが、やがて口を開いた。 「降ろすのは機械でやるんだから、そんなに人手は必要ないよ。御飯はセリオも居るし、あかり ちゃんを連れていってあげてよ。」 あかりの顔がぱあっと明るくなって浩之の顔を見る。まるで犬が散歩に連れていかれるのを喜 んでいるようだ。あかりに尻尾があったら一生懸命振っていたに違いない。 それを見て、浩之も苦笑しながらしょーがねーなー、と呟いた。志保もわざとらしく肩をすく めて微笑んだ。