結局、浩之とあかりと志保の三人は星に降りるためシャトル離着場へと向かった。
シャトルは宙港から星へ降りる唯一の方法である。よっぽど緊急でない限り、普通の宇宙船が直接星に降
りるのは法律で禁止されていた。
 セリオは自分の専用端末に座り、独自のルート(ハッキング)で情報を入手していく。智子は通常のル
ートで情報を集め、芹香はシリウス人の能力であるテレパシー電波で他のシリウス人にコンタクトを取り
始めた。シリウス人はその能力故に情報に携わる仕事に就いていることが多い。芹香は、そのコネを使っ
て情報を入手するのだ。
余談だが、シリウスの現首相の名は「ムーンアイランド」と言い、その妹が官房長官である。ともかく、
この三人の手に掛かれば入手できない情報などほとんど無い。その他の乗務員は雅史の指揮の元、積み荷
の降ろし作業に従事した。



 浩之達はベガ燃料商事の最も近くまで行くシャトルに乗り、惑星ベガに向かう。シャトルが到着した場
所の時刻は昼を少し過ぎた時間だった。浩之の時計は午後7時を指している。

「志保、ここからどう行けばいいんだ?」

「ちょっと待ってて。そこのサービスセンターで聞いてくるから。」

 そう言って志保はたたたっと駆け出していった。結構混んでいる空港の中、浩之とあかりが佇んでいる。

「大丈夫かなあ。」

「何が?」

「何かわかるといいけどって思ったの。」

 浩之は腕を組んで、うーん、と唸る。

「こればっかりは実際に行ってみないとわからないなあ。正直、あんまり期待してないけどな。取引先名
簿でも残っていればいいけど。」

 うん、とあかりが首肯する。

「でも、なんだか久しぶりだね。」

 浩之はあかりの顔を見る。

「こうして、浩之ちゃんと志保と私で街を歩くのって。」

「そう言われればそうかもな。」

 リーフを手に入れた時の乗務員は浩之、雅史、あかり、志保の4人だった。浩之と雅史で何とか船を動か
し、あかりと志保で通信業務を行っていたのだ。リーフの定員は40名で、最低乗務員が10人なのでこれ
はとても無茶な行動だった。見切り発車で何とかなると思っていた浩之もその忙しさに驚いて、一番最初の
仕事をこなしたあと、すぐに人材集めに入ったのである。今から2年以上前の事であった。

「知らないうちに人も増えて賑やかになったけど、あの時はあの時で楽しかったね。」

「そうか?俺は辛いだけだったけど。」

「うん。大変だったけど、それでも私は楽しかったな・・・。」

 浩之は訝しげにあかりの顔をのぞき込む。

「何だ?誰かとそりが合わないのか?」

「そんなことないよ。みんないい娘たちばっかりだし。ただ、あの時もあの時なりに楽しかったって・・・
そう思う。」

 そんなもんかな、と浩之が呟いたとき、志保がたたたっと走って近づいてくるのが見えた。



 ベガ核燃料商事は、特急リニアでおおよそ2時間の距離にあった。キロ単位だとおおよそ1000キロで
ある。ベガ核燃料商事の最寄り駅に到着したとき、思わず三人は自分の目を疑った。

「・・・志保。本当にここで合ってるのか?」

「・・・うん。ここで合ってる・・・はず。」

 駅の周りは見渡す限り農地が広がっていた。遥か地平線に、ぽつぽつと農家が見えるだけである。

「ねえ、浩之ちゃん、志保。私、とっても嫌な予感がするよ。」

 言わなくても、浩之との志保の心の内はあかりと同じである。



 雅史が時計を見ると、午後9時半を指していた。セリオとマルチが食事の用意を終えたという連絡が入る。

「みんな。御飯にしよう。」

 雅史が積み荷降ろしをしている乗務員に声をかける。全員、それには何も答えずにさっさと食堂に向かった
。雅史は、浩之達が出掛けてから疎外感に包まれている。その原因は、雅史があかりを浩之と一緒に行かせた
ことにあった。雅史はとりあえず、絶対虚無を張って特殊攻撃の究極防御を行っているのだが、心を無にして
も乗務員の「シカト攻撃」(注:マルチ含む。セリオ除く)はじわじわと雅史を浸食しつつあった。



 何とか一台だけ見つけた無人タクシーで、浩之とあかりと志保は名刺に書かれた住所まで行ってみた。
そこは、この辺り唯一の繁華街・・・と言っても商店街規模だが、だった。その商店街の裏手にかなり古い
ビルがあり、その一室が住所に書かれた場所だった。ところがその部屋は表札も何も無く、鍵がかかってい
ないドアを開けると見事に何もなかった。


 しばらく呆然としていた三人だったが、しばらくして志保が情報集めに動き、浩之とあかりはビルの管理
人に聞いてみることにした。

「あの部屋?ああ、昨日まで居たけど昨日の夜の内に金払って出ていったよ。中?机が二つとベッドが二つ
あって、いつも1人は居たなあ。けど、それも昨日のうちに持っていっちゃったよ。え?ベガ核燃料商事?
初耳だねえ。あたしゃ何をしているのかなんて聞かなかったからさ。とりあえず金だけ払ってもらえればそ
れで十分だからね。え?いつ頃ここに来たかって?
ちょっと待って台帳みるから・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ、あったあった。
大体3ヶ月前だね。」


 その後、台帳を見せてもらった浩之とあかりは、それに書かれてあったディック・デステルという人物に
電話をしたのだが、案の定現在使われていなかった。そして、ビル内のみならず、外の店まで行って聞き込
みをしてきた志保と合流して情報を重ね合わせたのだが、志保は嫌な噂しか仕入れてこなかった。

「ねえ、ちょっとちょっと、聞いたぁ?ベガ核燃料商事ってさー」

 志保はとっても嫌〜な噂を流したが、ほとんど管理人の話と重複したので、浩之とあかりにはあまり効果
が無かった。

「浩之ちゃん、どう言うことなの?」

「・・・よくわからん。とりあえず、ここに居ても何も無いってことがわかった。一
度リーフに電話して向こうが何かわかったか聞いてみよう。」

 不安げに浩之をみるあかりに浩之はそう告げて、リーフ直通の携帯電話でリーフに電話をかけた。

TRRRRRRRR・・・TRRRRRRRR・・・

ガチャ。

「はい、こちらリーフです。」

 声で誰だかわかる。

「智子か。何かわかったか?」

「あ、藤田くんか。おもろいことがわかったで。ベガ核燃料商事って、架空の会社や。設立が3ヶ月前で、
なんと私達に仕事を依頼したときとほぼ同時期や。そんで、今まで金融一社とウチ以外どことも取引がされ
てないんやで。そんでな、その金融会社が不渡り手形掴まされたんやて。そっちはなんかおもろいことあっ
たか?」

「詳しいことは帰ってから話すけど、似たようなもんだな。」

「お?今日帰ってくるんかいな?」

 心なしか嬉しそうに智子が言った。

「ああ。今から戻る。・・・そうだな・・・大体5時間位かかると思うけど。」

「わかったわ。その間、なんかしとくことあるか?」

「そのままベガ核燃料商事についての調査と、あとな、ベガ付近に出没する海賊についても調べといてくれ。」

「海賊?なーんかきな臭くなってきおったな。」

 あとは一言二言、言葉を交わして浩之は電話を切った。



「なんかわかったって?」

「ああ。あとで話す。それよりタクシーを捕まえてくれ。早く帰るぞ。」

 志保の質問に直接答えず、浩之は言った。それを聞いてあかりは残念そうな表情を作った。

「もう、帰るの?」

「ここに居ても何も残ってないよ。それより、さっさと帰って対策を練った方がいい。」

「でも、ここにベガ核燃料商事の人達が居たのは本当なんでしょ?ひょっとしたら、戻ってくるかもしれ
ないよ。」

 そのセリフに浩之は腕を組んで考え始めた。

「う〜ん、まあ、可能性は低いけど、あるかもしれないな。・・・・・よし、志保。お前、ここに残って
くれ。」

「ええええぇぇぇぇぇ〜〜〜!!こんなところに一人で残れっていうの!?嫌よ!こんな何も無いとこ
ろ!」

 顔と動作とセリフで拒否する志保を、浩之は真剣な表情で見つめた。いつにないその顔を見て、文句を言
いかけた志保が止まる。

「いいか。これは、お前にしか出来ないことなんだ。ここに残って、小さな変化も見逃さずにチェックでき
るのはお前しかいない。だからこそ、ここに残って欲しいんだ。
あかりは内向的だし、オレはすぐに喧嘩腰になっちまう。お前はどんな相手でも臆することなく話せるし、
丸め込むことも得意だろ?この中で最も適任なのは、志保、お前なんだ。」

 真面目な顔でそんなことを言われた志保は、顔をじわっと赤く染めてそっぽを向いた。

「な、何よ。いきなり人のこと誉めだして・・・気持ち悪いわねえ。」

 そんなことを言いつつも、顔はまんざらでもない。

「な、頼むよ。ここでかかった経費は全額こっちで払うからさ。なんなら、買い物してもいいぞ。」

「え!?ほ、ホント?・・・しょうがないわねえ。そういうことならこの志保ちゃんに任せときなさいよ。」

 そう言って、志保は腰に手を当てて胸を張った。

「おい、いっとくけどな、仕事はしっかりやれよ!」

「わかってるわよ。あんまり私を甘く見ないでよね。あ、それとあかり。宿が決まったら連絡するから、そ
こに特急で着替え送って。」

 あかりはわかった、と言って頷いた。


 その後、浩之は智子の言っていたことをあかりと志保に話した。そして、急いで浩之とあかりは、志保に見
送られてタクシーに乗り込む。だんだん小さくなる志保は笑顔で身体全体を使って手を振っている。
それを見て浩之とあかりは苦笑した。

「ったく、しょーがねーなー。恥ずかしい奴。」

「でも、浩之ちゃん志保のことちゃんと認めてるんだね。」

 滑るように走る無人タクシーの中、あかりは笑顔で浩之に言った。それを聞いて浩之はまた苦笑する。

「あいつは、船に居ても役に立たないからな。むしろ、邪魔になる。」

 ピシッという音が鳴るように、あかりの笑顔が凍り付く。

「あいつが居ると、場が軽くなるからな。普段はそれでいいけど、トラブルが起こっているときには逆効果
だ。それに、単純だから簡単に操れる。」

 笑顔をスッと戻して、真剣な表情になったあかりは浩之の方をじっと見る。それに気付いた浩之があかり
の方を見た。

「丸め込むのが一番得意なのは、浩之ちゃんだね。」

ポクッ。

「あっ!」



 浩之とあかりが特急リニアの駅についたのは、浩之の時計で午後10時過ぎ。現地時刻では午後4時前だ
った。まだリニアの時間に余裕があったので、二人は駅弁とお
茶を買い求め、ホームでリニアが来るのを待っていた。ホームは人影がまばらでしかない。特急リニアは次
の駅が200キロも離れているので、庶民の足にはほとんどな
らないのだ。

「時間あるんだから、どっかお店に入って御飯食べればいいのに。」

「ばーか。駅にいて、特急リニアに乗るんだから駅弁買わないでどうする。」

 それを聞いて、あかりはくすっと笑う。

「浩之ちゃんって、本当に駅弁が好きだよねー。」

「おう!好きだぞ。店に入って食うのは何処でも出来るが、駅弁はこういうときにし
か食えない。だからこそ価値がある。」

「・・・浩之ちゃんって、詩人みたい。」

「・・・あかり。」

「何?」

ポクッ。

「あっ!」

「どこの詩人が駅弁で詩を作るんだよ。」

「えへへ。」

 笑ってごまかすあかりを見て、浩之は「しょーがねーなー。」と呟いて苦笑した。夕日で優しいオレンジ
色に染まったホームの中で、夕日に負けない優しい色を目に湛えてあかりは苦笑している浩之を見る。

「高校時代に、よくこうして二人で帰ったよね。」

「特急リニアじゃねーけどな。」

「うん。でも、なんだかこうして夕暮れのホームで二人で居ると高校時代を思い出すよ。」

「・・・そうだな。」

 そう答えて浩之は駅の周りに広がる、夕日に染まったのどかな田園風景を眺めた。浩之とあかりの育った
街はそこそこ発展していたので、もちろん当時ホームから見えた景色は今見える風景とは大きくかけ離れて
いる。それでも、浩之は奇妙なデジャブーを覚えた。

「・・・いいとこだな。」

「・・・そうだね。」

 そよそよと二人の頬を撫でていく風に、さわさわという防風林の葉擦れの音が二人の心に妙に染みわたる。
浩之は目を細め、遥か遠くで農作業にいそしむ人がいるのを確認した。

「出来れば、こんな理由じゃなくて遊びで来たかったな。」

「今度来ようよ。今回のが落ち着いたら、みんなで来たら面白そうだよ。」

 笑ってそう言うあかりに、浩之はもう一度そうだな、と答えた。


 また、風が二人の間を通り抜け、さわさわという優しい葉擦れの音が聞こえた。





「雅史さん、リーフの点検が終わりました。ご報告いたします。核融合炉に若干の損傷が見られます。まだ
十分大丈夫ですが、お金に余裕があれば交換することをお勧めいたします。あと、外装に3カ所の小さな亀
裂がありました。これは応急処置をすでに済ませてありますので問題は無いかと。他には、電気ケーブルの
交換期限が来ているものが4カ所ありました。それと、メインエンジンの一部で交換期限が迫っているもの
があります。一応、覚えていて下さい。あとは、船体に宇宙塵がこびりついていますので、早々に洗わねば
劣化の恐れがあります。どうしましょうか。指示をお願いします。」

 通信業務が一段落し、整備業務の補助を頼まれて行っていたセリオが第二指揮権を持つ雅史に報告する。
終始無言で聞いていた雅史だったが、指示を待つセリオを見ているうちにぽろりと涙がこぼれ出た。

「・・・うう・・・・。僕の味方は君だけだよ。」

 絶対虚無のストックが切れていた雅史は、そう言ってセリオを抱きしめた。セリオはどうしていいかわか
らず、無表情でされるがままになっていた。





 特急リニア内で食事と仮眠を済ませた浩之とあかりが、宙港まで行くシャトルが出発する空港に着いたの
は浩之の時計で午前0時半。現地時刻で午後6時過ぎだった。そこから急いでシャトルのチケットを取り、
宙港に向かう。あかりは名残惜しそうにしていたが、「またすぐ来ることになる」という浩之の言葉に微
笑み、シャトルに乗り込んだ。もちろん、あかりが名残惜しそうにしていたのはベガという星よりも、浩之
と二人でいられる時間だったのだが、それに浩之が気付いているかどうかは定かではない。



 宙港に着き、自分たちの家であるリーフに到着した二人を真っ先に出迎えたのは雅史だった。

「ううう・・・浩之〜!よく帰ってきてくれたね〜!」

「な、なんだよ雅史。なにかやばいことでも起こったのか!」

「やばいことは起こってないけど、起こったんだよ〜!」

「雅史ちゃん、何を言ってるのかわからないよ。」

 雅史をなだめるのに、意外な時間を使ってしまう二人だった。


 何とかブリッジに戻ってきた浩之は、そこに雅史以外の乗務員が居て驚いた。寄港中はあまりブリッジに
は人が寄りつかないのが常だったからである。

「あ、お帰りなさい、浩之さん。」

 琴音が笑顔で浩之に言う。

「何でみんなブリッジに居るんだ?」

「イマ、情報が入ったネ!ココの近くを通っている大型貨物母艦がイイ条件で燃料棒を買ってくれるッテ!」

「何だって!マジかよ!?」

 マジです、と芹香が無表情で言った。

「何でも、カストル政府所属の大型貨物母艦なんだって。今からシリウスに向かって燃料棒を仕入れようと
思っていたけど、ここで買えるのなら多少割高でも買ってくれるってさ。」

 綾香が言う。

「その情報の出所は?」

「この宙港の情報ラインに直接入ってきたんや。やから、今からその貨物船に連絡取って商談をまとめよう
と思って待ってたんや。で、志保はどこにおるん?」

 きょろきょろと辺りを見回して智子が言った。浩之は、あ、と呟いてばつの悪い顔をする。

「・・・・志保、ベガに置いてきた。」

「な、なんやてえええええ!なんでや!?」

「いや、その、残しておいたら何か別の情報が入るかもしれないって思って・・・。」

 智子があきれ顔ではあ、とため息をつく。

「全く、いらんことばっかするんやから・・・。」

「す、すまん。まさか、そんな話になってるとは思わなかったから。」

「志保は営業のスペシャリストやで。うちらがやるのとでは値段が離れてまうで。どうすんねん。」

「そ、そうだな・・・。しょうがない。割高になるけど、三角通話をやろう。俺らがやるよりそっちの方が
結局得だろう。」

 三角通話とは、普通、三人で同時に電話をする事を指すがここリーフではちょっと意味が異なる。セリオ
と離れている人物の端末を繋いで、セリオが離れている人物の目と耳と口になり、電話に出るのだ。

「セリオ、志保の端末と繋いでくれ。オレは志保の携帯に電話するから。」

 セリオは、はい、と答えるとすぐに作業に入った。浩之は志保の携帯電話に電話をかける。ほとんどコー
ルを待たずに先方が出た。

「はい、志保ちゃんよ。」

「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。いいか、よく聞けよ。」

 浩之は今の置かれた状況を手短に志保に伝える。

「なーるほどね、わかったわ。もうセリオと端末繋がってるんでしょ?じゃ、電話切るから。」

 そう言って、志保は電話を切った。すると、セリオの口から志保の声が聞こえる。

「セリオ、カストルの燃料棒備蓄の情報、手に入る?」

「はい。」

「じゃ、お願い。」

 端から見ていると、セリオの一人芝居のように見える。

「・・・出来ました。」

「どれどれ・・・あら?思ったよりあるのね。こりゃ、厳しいかも。智子、いくらがボーダーライン?」

「そうやな・・・最低でも1カートン5000は欲しいな。50カートンあるから、25万ドル手にはい
るんやな。ウランとニレニウム合わせて40万ドル弱。このうち資本金と借金を引くと13万ドルか・・・。
給料とその他経費のことを考えると、これがボーダーラインやな。」

「それで、向こうさんは何カートン必要だって言ってるの?」

「50カートンや。」

「それは都合がいいわね。セリオ、向こうさんのベガからシリウスまでの経費を計算して。大体一ヶ月半
かかるし、大型母艦だから乗務員も結構いるでしょ。どれくらいになる?・・・・あ、これがそう?・・
・大体35万ドルか。凄いわねえ、乗務員って200人もいるの。」

「給与は含まれていませんが、入れましょうか?」

「ううん、いらない。国の船だから、サラリーは国が払ってるでしょ。私達みたいな自由商人じゃないか
らね。と、すれば、燃料棒の仕入れ値が3000ドルだったから、15万ドル。足して50万ドル。・・
・・智子、これは結構良い値段がつくかもよ。」

 そう言ってセリオがにやりと笑う。端末についているマイクロカメラの映像がセリオに送られるため、
顔つきまでしっかりとコピーしているのだ。そのままセリオは舌なめずりをして通信機の前にいる智子と
芹香のところまで行く。

「よし、始めましょ。芹香さん、向こうさんと繋いで。」

 こくこく、と頷いて芹香はコンソールをいじる。ところがなかなか繋がらず、芹香は困ったような表情
を浮かべた。が、そのときマイクから音声が聞こえてくる。

『こちら、カストル政府第8補給部隊所属、貨物母艦ディアスです。』

「こちら、現在ベガに寄港中の識別ナンバーcdf1124221、恒星間輸送船リーフです。」

『・・・識別ナンバーを確認しました。声紋鑑定に入ります。どうぞ。』

「私はリーフ航海士、長岡志保ともうします。」

『・・・声紋を確認しました。ご用件はなんでしょうか。』

 セリオを介していても声紋は全く一致する。これは現在普通に出回っているロボットでは無理なことで
ある。

「はい、お忙しいところを申し訳ございませんが、処理済み核融合燃料棒についてお伺いしたいのですが。」

『処理済み核融合燃料棒ですね?少々お待ち下さい、ただいま担当の者と変わりますので。』

 ふうっと浩之が息をつく。聞いているだけなのだが緊張するのはやむを得ない。ブリッジを見回すと、他
の乗務員も緊張した面もちで事の成り行きを見守っている。
いつの間にか、あかりと雅史もブリッジにいて葵の説明を受けていた。 しばらく待つと、マイクから先ほ
どとは違った声が聞こえてくる。

『はい、変わりました。私はディアス核燃料買い付け担当部長のフライともうします。』

「お忙しいところを申し訳ありません。私は現在ベガに寄港している恒星間輸送船リーフの長岡志保とも
うします。実は、そちらが処理済み核融合燃料棒をお求めになられていると聞きまして連絡差し上げまし
た。現在、私どもは処理済み核融合燃料棒を50カートン所有しておりますので、お買い上げ頂きませ
んか?」

『ほお、50カートンまるまる所有していらっしゃるんですか。それはこちらとしても好都合ですね。そ
れで、1カートンいくらでお売りいただけるのでしょうか。』

「いかほどをご希望されますか?」

『はは、そうですね・・・。1カートン、6000ドルでいかがでしょうか。』

 ブリッジにいる乗務員が喜色に染まる。しかし、セリオ(志保)は動じない。

「もう少し、何とかなりませんかね。」

『しかし、6000ドルと言ったら倍額ですよ。私どもとしましても、これは譲れない線かと・・・。』

 綾香がはらはらした面もちでセリオの袖をくいくいっと引っ張る。しかし、セリオは動じない。

「確かにそうかも知れませんが、今はもう3月も半ばですからねえ。どうでしょうか?」

 向こうがえっと言って、しばらく黙る。ブリッジにいる乗務員は、セリオと智子を除き、頭に「?」を浮
かべていた。

『・・・なるほど。そういうことですか。』

 一分ほどの沈黙のあと、マイクからまた声が聞こえてくる。

『わかりました。7000でどうでしょうか。これが私の裁量で払えるギリギリのラインです。そのかわり
、申し訳ありませんがそちらがこちらまで運んでいただけないでしょうか。』

「わかりました。1カートン7000ドル、私どもが処理済み核融合燃料棒を運ぶ条件でお願いします。」

 全員が、口を押さえて飛び跳ねる。

『それでは、契約書をお送りしますので、サインをして折り返しこちらへ送り返して下さい。いつ頃こちら
にお見えになられますか?』

 セリオが浩之の方を見る。浩之は「2」と指でサインを送った。

「そうですね・・・では、明後日、3月16日に。」

『いや、申し訳ないのですが、宇宙時間で明日の夜までに欲しいのですが。』

「わかりました。明日の夜までにお届けします。」

 その後、細かな契約の打ち合わせをして商談は成立した。通信が切れた瞬間、ブ
リッジはわっという歓声に包まれる。

「志保!アンタは偉いで!」

「凄いです〜!」

「まさにプロフェッショナルネ!」

 セリオは両手を上げてその歓声に答えた。

「でも、あの、3月半ばって一体何のことなんですか?」

 葵がおずおずと手を挙げて質問する。それに智子が答えた。

「カストル政府の決算期が3月末なんや。」

「あ、なるほど・・・。」



 しかし、皆が歓声をあげる中、不審な顔をしているのが二人いた。一人はあかり。
もう一人は琴音だった。あかりは浩之の袖をくいっと引っ張った。

「どうした、あかり?」

「浩之ちゃん・・・ちょっとわからないことがあるんだけど。」

「何だ?」

「大型貨物母艦って小型の貨物船を積んでるんでしょ?」

「え?・・・そうだな、リーフクラスの貨物船が10隻ぐらい入るはずだぜ。」

「じゃあさ、なんでそのうちの一隻をシリウスにいかせないの?母艦が自分で行く
必要ないじゃない。」

 そのあかりの台詞に、皆の動きがぴたっと止まった。

「た、確かに・・・。」

 綾香がうめくように言う。もともと、大型貨物母艦は小型の貨物船を働かせて、その荷物を本国に運ぶ回
収業務を行うものなのである。その他にはドックの役目を果たしたり、航海中に壊れて立ち往生した船の救
出などを行うのだ。大型貨物母艦自らが買い付けに行くようなことはない。

「それに、」

 あかりの後を次いで話し始めたのは琴音だった。

「ちょっと変です。カストルの燃料備蓄ってどれくらいあるんですか?」

「えっと・・・大体、5年分くらいあるわ。」

 答えたのはセリオ(志保)である。

「備蓄が向こう5年分くらいあるのに、最初の言い値が1カートン6000ドルっておかしいですよ。」

「そう言われて見れば、確かにおかしいわ・・・。6000ドルって言ったのは向こうさんが急いでいるか
らかもしれないけど、向こうさん、なんだか全然値切る気がなかったみたい。いくら国の船だからって、
こんなに歯ごたえの無い交渉はやっぱり変だわ。」

 セリオが指をこめかみに当てて言う。これは志保が考えるときの癖である。

「・・・セリオ、本当にあの大型貨物船と通信が繋がっていたの?」

「・・・申し訳ございません。私は志保さんとの通信でCPUが使われておりましたので、チェックが出来
ませんでした。」

 雅史の質問に、無表情の本物のセリオが答える。

「姉さん、ちゃんと繋がってた?」

・・・・・ふるふる。

「え?よくわからないって?でも、なんだか繋がりにくかった?う〜ん、姉さんの腕を信用しない訳じゃ
ないけど、気のせいかもしれないしねえ。」

「とにかく、ちょっと調べてみる価値はありそうだな。志保、ご苦労さん。何かあったらまたこっちから連
絡するから、もう休んで良いぞ。」

「そう?それじゃ、何かわかったら教えてね。あ、それとあかり。泊まってるホテルの名前と住所教えるか
らここに荷物送ってね。」

 志保はあかりにホテルの名前と住所を教えると通信を切る。セリオは完全に元のセリオに戻った。

「さっそくで悪いけど、セリオ。あの貨物母艦、ディアスって言ったっけ、カストルにアクセスして本当に
この宙域にいるのか確認してくれないか?」

「・・・・・・はい、確かにカストル政府第8補給部隊所属、貨物母艦ディアスはこの宙域にいます。」

「そうか・・・それじゃあ、こうしよう。明日の昼頃にでもオレがその貨物母艦に行ってみるよ。それで確
認が取れたら間違いないだろうし。みんな、それで良いかな?」

 全員が頷いた。

「ほたら、今のうちに明日のシャトルをチャーターしておくわ。ほんまは結構高いから嫌なんやけど、ここ
でケチってやばい目にあったらアホやもんな。」

「頼むよ。それと、どちらにせよ明日の朝からもう一度燃料棒を積み直す。ウランとニレニウムはこのまま
宙港に置いといて大丈夫だろう。昨日の今日でみんなも大変だろうけど、頼む。」

 また、全員が頷いた。

「それじゃあ、智子はチャーターの手続きをしてくれ。他のみんなは今日はもうあがって良い。お疲れさま。」

 浩之の言葉を受けて、みんなはお互いに挨拶を交わしてぞろぞろとブリッジから出ていく。ブリッジには
浩之と智子、セリオとマルチが残った。
 セリオはいつも通り、ブリッジのコンピューターのチェックを行う。マルチはブリッジの掃除だ。

「藤田くんももう休み。今日遠出したんやから疲れとるやろ。後は私がちゃんとやっとくで心配せんでも
ええよ。」

「そうか。それじゃあ、悪いけどたのまあ。マルチ、どうせ明日も使うんだからほどほどでいいぞ。」

「いけませんよ、浩之さん。明日も使うからこそ、綺麗にしておくんです。」

 そう言って微笑むマルチ。浩之も笑顔を浮かべてマルチの頭をくしゃくしゃと撫でた。頭を撫でると、マ
ルチは本当に嬉しそうな顔になる。

「それじゃ、お休み。また明日な。」

「はい、お疲れさま。」

「お休みなさい、浩之さん。」

「お疲れさまでした〜。」

 三人の声を背中で受けて、浩之は自室へと戻っていった。



 浩之の部屋は、船長といえども他の乗務員と全く同じ作りになっている。浩之は備え付けのベッドに倒
れ込んで、仰向けになり天井を見上げた。時計は、午前3時を回ったところだ。
 電気がついているのだが、目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってくる。つい、その甘いささやきに身を預けた
くなるが、浩之は気力で目を開けると今日のことを振り返り始めた。



 まず、謎の整理をしよう・・・。



 何故、ベガ核燃料商事は核融合燃料棒をあんなに高値で買い取ろうとしたのか…

 そして、倒産・・・事務所はベガの田舎にあり、事務所は昨日のうちに引き払ってしまっていた・・・


 智子が、言ってたな・・・ベガ核燃料商事は三ヶ月前に設立されて、取引先は金融が一社とオレ達だけ
だって・・・しかも、その金融会社には不渡り手形を出した…


 つまり、もともと払う意志がなかった?それだったら、なんでわざわざオレ達をベガまで呼び寄せたのか
・・・それに、本当に払う意志が無いのならなんでオレ達が積み荷を引き渡してから逃げなかったのか・・・。


 それで、今度はカストル所属の貨物母艦・・・二倍以上の超高値で買い取ってくれるらしい・・・が、こ
れがおかしいことはあかりも志保も感じていた・・・確かに、ちょっとおかしい、うん。なんだか、都合が
良すぎるような気もするし。


 結局、明日オレが向こうまで出向いて、意思確認をしてみよう。それで多分わかる・・・。うん、それで
いいだろう。


・・・・・・・・・寝るか。


 ・・・・・・何か、忘れているような気がするな・・・・・・


 オレがリーフに戻ってきたとき、何か聞こうと思ってたんだっけ。取引のごたごたで聞くのを忘れてたな
・・・なんだっけか・・・。


・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・あ、思い出した。


 浩之はベッドから身体を起こすと、ゆっくりとした足取りで部屋から出ていく。まだ、ブリッジにはセリ
オがいるはずだ。今日出来ることは今日のうちにやってしまおうと思う浩之は、眠たい目をこすりつつブリ
ッジに向かった。


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