ブリッジにはまだ智子とセリオとマルチの三人がいた。

「なんや?どないしたんや?」

「浩之さん〜、眠れないんですか〜。」

 浩之の顔を確認して、智子とマルチが驚きの声をあげる。それに軽く微笑んで浩之は三人に近づいていった。

「智子もまだいたのか。ちょうどいい。聞きたいことがあるんだ。」

「なんや?」

「ベガから頼んだだろ?海賊について調べといてくれって。何かわかったか?」

「ああ・・・なんや、そんなことかいな。明日でもいいやろうに。」

「なんだか落ち着かなくてな・・・やれることはやっておきたいからな。」

 それを聞いた智子が優しく微笑む。

「ほんまに・・・変なところだけ責任感が強いんやから・・・。それじゃあ、報告するわ。この辺りの海賊
警報ランクはBやで。いわゆる、『出ても文句は言うな』って奴やな。過去一年間で、この宙域で起こった
海賊の被害は43件。うち、18件を起こした海賊はすでに殲滅済みや。まだこの宙域に3組は海賊がいる
と調査報告が出とる。被害の残り25件は、おそらくこいつらの仕業だっていうわけやな。」

「一番最近で起こった海賊被害は何時だ?」

「一ヶ月ほど前に起こった3隻のベガ保有貨物船消失事件がおそらく海賊の仕業やって言われとる。」

「積み荷が何だったかわかるか?」

「ちょっと待ってな・・・あ、でたでた。貴金属に炭素クリスタル、あとは鉄鋼板やな。」

「ふ〜ん、そうか・・・。」

「ま、最近はその事件のせいでベガのパトロール艦隊がこのあたりを厳重に取り締まっているっちゅう話や。」

 浩之は腕を組んで考え始めた。パトロール艦隊が取り締まりを始めたのならば、早々簡単には海賊も手を
出して来ないだろう。だが、手を出さねばならぬ状況に追い込まれていたら?例えば・・・その一ヶ月前、
つまり、取り締まりが強化される原因になった事件よりも前に計画されていた襲撃だったら・・・。

「一番新しい、この宙域での行方不明の船はなんだ?」

「え・・・ちょっとわからんなあ。セリオ、わかるか?」

「・・・・・・・・宇宙時間で昨日の午後3時4分、正規航路216号、座標X:72、Y:117、Z:
472で恒星間輸送船「マックス」が突然行方不明になりました。その地点でマックスは亜空間から通常運
転に戻り、その時にSOSが出たことをベガでは確認しております。その後、全く連絡が途絶えたままです。」

「正規航路216号っていったら・・・。」

「・・・ウチらが通ってきた航路や。セリオ、ウチらがその地点を通ったのは何時頃やった?」

「午後3時51分です。」

「・・・大体、俺らとの差は1時間ってところか・・・。」

 そう言って、腕を組んで考え込む浩之。頭の中で渦巻いている情報が一本に繋がりそうで、いらいらしな
がらこめかみを軽く揉んだ。
 だが、理解は、唐突に訪れる。

「そっか、タイムラグだ。」

「なんやて?」

「タイムラグだよ。オレ達は飯食う時、亜空間から出るだろ?そのとき亜空間から出なかったら、オレ達が
被害に遭ってるんだよ。これが、海賊の仕業だったらな。」

「・・・まさか・・・。」

「確信は持てないけど、これだと全てが繋がるんだ。ベガ核燃料商事が燃料棒を何故あんな高値で買い取ろう
としたのか、ベガ核燃料商事の倒産、都合良く入ってきた燃料棒の取引、これが全部海賊の仕業だったら繋がる。」

「そうやけど、そんなんおかしいやん。なんでそんなめんどくさいことやんねん。それに、今はパトロールも
強化されてんねんで・・・・って、あ!」

「そうなんだ。パトロールが強化されたのは、一ヶ月前。オレ達のところにこの仕事が入ってきたのが3ヶ月
前。その時はまだパトロールは強化されていなかった。」

「そ、そうやけど・・・。」

「オレが思うに、海賊が超高値を餌にして自由商人に燃料棒を運ばせようとした。それに食いついたのがオレ
達だった。どんなに高値をつけても、どのみち奪うんだから関係ないからな。で、ようやくオレ達はベガにや
ってきた。だけど、オレ達は亜空間からでてメシを食うから、その到着に少しのタイムラグが出来る。それに
気付かなかった海賊が、たまたま通りかかった別の船を襲った。ところが、それには燃料棒を積んでいないの
で、すぐに間違いに気付く。気付いたときにはオレ達はもう通り過ぎた後だったってわけだ。」

「じゃ、じゃあ、貨物母艦との取引も海賊の罠だっていうんか?」

「・・・今のはオレの勝手な考えだから確信は出来ない。今のオレは、色々あったから疑い深くなってるし。
貨物母艦との取引は本物かも知れない。現に、あの貨物母艦はカストル所属の船で間違いないだろうから。
・・・あ、そうだ。セリオ、あの船の通信記録、調べられないか?」

「・・・・通信記録は機密になっておりますので、調べることは出来ますがかなり時間がかかります。現在
の私の充電量では時間的に無理です。」

「そっか・・・。」

 一人、会話についていけない心優しいロボットを除き、3人はどうすればいいか、考え始めた。だが、す
ぐに智子が大きく顔を上げて浩之を見る。

「・・・いい、アイデアがあるで。」

「どんなの?」

 智子は立ち上がると、いつも浩之が座っている指揮椅子に向かう。そこには、明日浩之が起きたらサイン
をしてもらおうと置いてあった、契約書があった。

「セリオ、この契約書が本物かどうか鑑定できる?」

「・・・やってみます。」

 セリオは智子から契約書を受け取ると、鑑定を開始した。
 自由商人同士の取引ならともかく、法人や政府が相手の取引には必ず契約書が交わされる。そして、その
契約書には偽造を防ぐためにありとあらゆる手段が使われていた。例えば、国の契約書には印鑑が5つ必要
である。通産省、その船が所属する特殊法人(国が経営している法人)の社長印、その船を直轄しているセ
クション責任者の印、その契約内容における責任者の印、艦長の印である。つまり、今回の場合は契約書に
通産省、カストル軍の最高司令官、ディアスが所属する第8補給部隊隊長の印、ディアス核燃料買い付け担
当部長のフライの印、ディアス艦長の印が押されているはずである。
 鑑定はすぐに終わった。

「契約書自体は本物です。ですが、本来なら第8補給部隊隊長の印が押されるところに第4補給部隊隊長の
リックスの印が押されています。また、ディアス核燃料買い付け担当部長はフライという名前ではなくハン
グレイという名です。ディアス艦長の印は精巧に作られた偽物です。」

「・・・ということは、つまり・・・。」

「偽物です。」

 セリオの台詞に浩之と智子が顔を見合わせた。

「まさか、ほんまにそうだなんて・・・。」

「まさか、こっちに鑑定士がいるとは思わなかったんだな。銀河連邦の全軍人データは、普通の人間は閲覧
禁止だしな。」

 そう言って、浩之は腕を組んで考え始める。

「さて、どうしよっか。」

「どうするも何も、契約破棄して終わりやろう。」

「馬鹿。こんなチャンスを見過ごせるか。」

 こともなげに浩之はそんなことを言った。その浩之の台詞に、智子が怒気をひらめかす。

「まさか、藤田くん!海賊捕まえる気なんか!?」

「パトロール隊に情報を流す。オレ達が囮になって、近づいてきた海賊を捕まえてもらうんだ。明日、オレ
と志保でパトロール隊の本部に行って交渉してみるよ。まあ、どれだけオレ達の情報を信じてもらえるのか
はわからんが、試してみる価値はあると思う。」

 智子は通信端末の前の椅子に座って、浩之の顔を見ている。心の中はどうあれ、浩之の顔は平静そのもの
だった。智子は苛立たしげに舌打ちをして、睨むように浩之を見る。

「・・・言っとくけど、囮になるって簡単に言うけど危険やで。わかっとるんかいな。」

「ああ、わかってる・・・。みんなにも危ない橋を渡ってもらうことになる。だから、明日俺から話すけど
降りたい奴は降りてもいい。いや、むしろ降りてもらう。行くだけだったらオレだけでも船を動かすことぐ
らい出来るだろう。」

 智子は無言で立ち上がると、つかつかと浩之の元へと歩いていった。そして、ぐっと胸ぐらを掴むと、顔
を引き寄せた。鼻と鼻がこすれ合うほど近くに寄り、智子はじっと浩之の目を睨む。

「・・・本気で言うとるん?」

「・・・ああ、本気だ。」

 そう答えた瞬間、智子は拳で浩之を殴った。拳とはいえ、女である。浩之は、二、三歩よろめいただけで
踏みとどまった。マルチが慌てて浩之に駆け寄る。

「ふざけんのもたいがいにしい!!な〜にが、『降りてもらう』、や!アンタなあ、もう、リーフはアンタ
だけの物やないんやで!!ウチら乗組員全員の物なんやで!!そんな簡単に、簡単にリーフを壊させてどな
いすんねん!ウチらを路頭に迷わすつもりかい!!そんなに無責任なんかい!」

 浩之はゆっくりと体勢を整えると、肩で息をしている智子を見た。浩之の目は、とても穏やかだった。そ
のため、智子の気が若干そがれる。

「・・・いいか、よく聞け・・・。仮に、オレが囮になってリーフもろとも死んだとする。」

「そ、そんなの嫌です〜!絶対に、絶対にそんなことさせません〜!!」

 マルチが浩之にすがりついて、目に涙を一杯に貯めて言う。浩之は優しく微笑んで、マルチの頭を優しく
撫でた。

「もしもの話だよ・・・。リーフが壊れたら、保険が下りる。それで借金は全部返済出来るし、みんなにも
ある程度の金が下りるだろう。違うか?」

「そ、それは、そうやけど・・・。」

「それに、智子は公認会計士だし、芹香さんと綾香も資格を持ってる。琴音ちゃんと葵ちゃんも同じだ。志
保は営業のスペシャリストだし、レミィは射撃の名手だ。雅史とあかりには、契約でセリオとマルチがつい
ていく。」

「・・・はい。私とマルチさんは、浩之さんがお亡くなりになれば契約により雅史さんとあかりさんについ
ていきます。」

「だろ?だから、オレがもし死んでも、次の就職先でそれほど困ることは無いだろう。それに、もし逆に今
回何も手を打たなかったらどうなると思う?智子。」

「う・・・。」

「ウランとニレニウムは売れるけど、燃料棒は売れないだろ?結局、リーフは借金で持ってかれてしまう。
どちらにしても、リーフはオレの手元から無くなるんなら、オレは出来る限りの抵抗をしたい。」

 そう言って浩之はうつむいている智子に近づき、肩をぽんっと叩いた。智子が上を向いて浩之と目線を合
わせる。

「いいか?」

「・・・うん、わかったわ。」

 そう言って、智子は微笑んだ。そして、すっと手を伸ばして浩之の頬に触れる。

「ごめんな・・・どついたりして。」

「いや、そんなに痛くなかったからさ。」

 当然、嘘である。

「で?明日はどうするんや?」

 いつも通りに戻った智子が笑顔で言った。

「明日は、志保と合流してパトロール隊の本部に行く。みんなは燃料棒の積み上げをやってくれ。」

「積み上げ、必要あるんか?」

「どこで見られているかわからねーからな。用心にこしたことはないさ。」

「そうやな。」

 その後、智子にシャトルのキャンセルを頼み、浩之は今度こそ本当に寝るために自室へと戻っていった。





 翌朝、いつも通りあかりの「起きて〜、浩之ちゃ〜ん。」というのんびりした声で浩之は目覚める。寝ぼ
け眼をこすりつつあかりの方を見ると、エプロンを身に纏ったあかりが笑顔で浩之を見ていた。

「今、何時だ?」

「もう、9時だよ。みんなも起きてるから、浩之ちゃんも早く起きて。」

「そうか・・・すぐ行く。」

 いつもより5割り増しで素直に言うことを聞いたので、あかりはちょっと驚く。それを顔に出してあかり
は浩之の顔をのぞき込んだ。

「どうしたの、浩之ちゃん・・・ちょっと変だよ。」

 それに苦笑で答えた浩之は、何も言葉では答えずにあかりの頭を軽く叩くとバスルームへと消えていった。



 浩之がシャワーを浴びて食堂へ行くと、すでに全員が席について浩之が来るのを待っていた。皆、昨日寝
たのが遅かったせいか、眠そうである。綾香が大きくあくびをしているのが見えた。

「わりい、遅くなっちまった。」

 その声と共に浩之が席に着く。それを合図にして、一斉に「頂きます。」と全員が言って食事を始める。
どんなときでも食事の時は、全員朗らかな顔になるのがリーフ乗務員の特徴であった。それは、あかりの作
るプロ真っ青の料理がそうさせるのか、元もと個人個人が持っているものなのかはわからない。
 しばらくわいわいと食事をしていたが、浩之が昨日と同じように呼びかけてその手を止まらせる。

「みんなに、ちょっと言っておきたいことがあるんだ。」

 そう始めに言って、浩之はあの契約書が偽造だったこと、そして、おそらく海賊が相手だということをみ
んなに告げた。

「・・・だから、これからオレは志保と合流してパトロール隊本部に行ってくる。みんなはその間に燃料棒を
積み込んでくれ。そして、その後は・・・。」

 一瞬口ごもる浩之だったが、意を決して口を開いた。

「オレが一人で行ってくるから、みんなは船を降りてくれ。」

 無形の衝撃が一瞬のうちに食堂内を駆けめぐる。一瞬の沈黙が場を支配し、すぐに怒声と罵声で満たされた。

「ふざけないでよ!はい、そうですかって私達が納得すると思ってんの!?」

 綾香の怒声に芹香がこくこくこく、と頷く。

「そうですよ浩之さん!そんな命令、聞けません!」

「私も、同感です!」

 葵と琴音も気色ばんで浩之に詰め寄る。

「浩之!勝手にそんな重要なこと決めないでよ。僕は一緒に行くからね。」

「私も!浩之ちゃん、絶対に一人でなんか行かせないよ!」

「ドクくらわば皿までヨ!一蓮托生、地獄の釜まで付き合うネ!」

 みんなが思い思いのことを言って、浩之に迫ってくる。その迫力に浩之はかなり引いていた。



「・・・ま、そうなるやろな。」

「はい〜、全くです。」

 当然こうなることを予期していた智子と、隣に座っているマルチはさもありなん、といった感じで頷いてい
た。何食わぬ顔で食事を続ける。

「あ、セリオ。ごめん、醤油取ってんか?」

「はい、どうぞ。」

「おおきに。」

「あ、智子さん。そのベーコンエッグ、私が作ったんです〜。どうですか〜?」

「お、これマルチが作ったんか。うん、美味しいで。」

「あ、ありがとうございます〜。」

 まるで食堂内に台風が吹き荒れているような状況で平然と食事を続ける3人は一種別次元にいるようだった。



「あ〜、わかったわかった!!」

 半ば自棄になった浩之がそう叫ぶと、場は水を打ったように静かになる。智子とセリオが箸を動かしている
音だけが妙に大きく響いた。
 マルチとセリオは、食事でエネルギーを搾取することも可能なのである。もちろん、食べなくても平気なの
であるが、満場一致の薦めで一緒に食事を摂っているのである。

「いいか!?お前らわかってんのか!?生きて帰れないかもしれないんだぞ!」

 そう言って乗務員の顔一人一人を浩之はのぞき込んでいく。

 綾香。

「あったり前でしょ。」

 芹香。

こくこくこく。

 琴音。

「・・・もう、一人は嫌です。」

 葵。

「私も行かせて頂きます。私の操縦、役に立ちませんか?」

 智子。

かちゃかちゃ・・・もぐもぐ。

 マルチ。

「はい〜。きっと、お役に立って見せます〜。だから、置いていくなんて言わないで下さい〜。」

 雅史。

「答えなくてもわかるよね。」

 セリオ。

「私は浩之さんについていくことが契約ですから。契約破棄は認めません。」

 レミィ。

「サン人よれば文殊の知恵、ネ!みんなで行く方がイイネ!」

 あかり。

「足手まといだけど、みんなのために頑張るからね!」

 あかりの優しさに打たれ、みんなは戦意をなくした。

 みんなの攻撃力が下がった。

「・・・あかり。」

「何?」

ポクッ。

「あっ!」



「わかった、わかった。みんな、勝手にしろよ。」

 そう言ってそっぽを向く浩之に、全員がは〜い、と答えた。ふてくされて食事を摂る浩之に、あかりは優し
い笑顔を向けると「よかったね、浩之ちゃん。」と、浩之にだけ聞こえるように言う。ふん、と鼻を鳴らして
無視する浩之に、またあかりは微笑んだ。



 食事を終えた一同は、一斉に行動に移った。綾香とセリオと葵は、海賊と砲火を交えることになるかもしれ
ないため、念入りに武装のチェックと改造を行っていく。レミィは砲台に座り、射撃の疑似練習と機材と残弾
のチェックを行う。あかりとマルチは宇宙塵を払い落とすために外装の掃除。宇宙塵がこびりつくと劣化の恐
れがあるのだ。この際、気休めにしかならないだろうが、やらないよりはまし、と二人で協力して行っていく。
芹香と智子は少しでも多くの情報を集め、もし海賊が襲ってくるのであればどのポイントで襲ってくるのかポ
イントの特定に急いでいた。琴音は医薬品のチェックと、緊急時のマニュアル作成。雅史は一人で燃料棒の積
み直しを行う。そして、予定通り浩之は志保と合流するため、また惑星ベガへと降りていった。
 出発予定時刻は午後4時。残り、6時間。決して多いとは言えないが、やらなければならないことだった。





 案の定、とでも言うのだろうか。二日酔いの志保を無理矢理連れて浩之はパトロール隊本部へと急いだ。怒
る気持ちも浩之にはあるが、二日酔いにもかかわらずなんとかエア・チケットを取ってパトロール隊本部の最
寄りの空港まで時間通りに到着していた志保を讃える気持ちの方が強かった。最も、志保との連絡はセリオに
一任していたので、エア・チケットもセリオが確保したのであろうが・・・。
 ともかく、降りた空港のすぐそばにパトロール隊本部があったのは偶然であり、幸運であった。パトロール
隊本部に到着したのは浩之の時計で午前11時過ぎ。帰りのことを考えると、交渉に当たれる時間はぎりぎり
で午後1時半までである。
ちなみに、現地時刻では今は午前6時過ぎ。この時代、警察は何処でも24時間営業だった。

「海賊のことで情報があるのですが。」

というと、以外にあっさりその方面の責任者と会うことが出来た。その責任者は中肉中背、若干長い顔にとぼ
けた表情を浮かべて長瀬警部だと名乗った。

「え〜、海賊のことで情報があるそうですね。」

 そういう長瀬に志保がこれまでのことを要点をまとめて説明する。志保の元へは、今日の明け方にレポート
になった報告書をセリオが送っていた。二日酔いといえども、志保の流暢な言葉遣いにはまるで影響がない。

「はあ〜、そうですか〜。わかりました。」

 本当にわかったのかわからないおっとりとした声で長瀬が言う。不安になって口を挟もうとした浩之を志保
が制した。

「それで、対策は打っていただけますでしょうか。」

「う〜ん、正直に言うと難しいなあ。あ、お宅のことを信用していないって訳じゃないんですけどね。何しろ
パトロール艦隊ってのは私の独断で動かせるような代物じゃ無いんですよ。それに情報がそれだけだと、確証
があるわけでもないですからねえ。」

 そう言って考え込む長瀬に、志保が口を開いた。

「おっしゃることはよくわかります。ですが、私達には向こうが送ってきた偽造の契約書があります。これだ
けでも文書偽造罪で摘発できると思うのですが。」

「う〜ん、それはそうなんですけどねえ。実はですね、あの船がカストル政府の物なのは、すでに私達で確認
済みなのですよ。宙港によらずに宙域に浮かんでいる船には我々パトロール艦隊が調査する義務がありまして
ね、調査したんです。間違いなく、あの船はカストル政府所属です。その船の通信が妨害されたっていう情報
は入ってきていませんし、私達が勝手に調査するわけにはいかないんですよ。職権乱用になりますしね。」

 長瀬の言うことは本当にもっともなことなので、志保としても理解できないわけではない。だが、ここで引
き下がるわけにはいかなかった。

「それでは、申し訳ありませんがこの宙域がパトロールされる時刻だけでも教えていただけないでしょうか。
こちらがそれに合わせますので。」

「いやあ、それは機密になっておりますので、言うことは出来ないんですよ。お宅を信用しない訳じゃないん
ですが、これがどんな風に悪用されるかわかりませんので。」

 やんわりと拒絶する長瀬。志保は痛む頭をフル回転させてどうすればいいのか考えたが、それを思いつくよ
り先に浩之が口を開いた。

「私達が出発するのは宇宙時刻(浩之の時計)で午後4時、貨物母艦につく予想時刻は午後5時半過ぎです。
正規航路208を使います。ベガ第一宙港から貨物母艦「ディアス」の間で何か起こるかもしれません。です
から、SOS通信網をこの間だけでも強化して頂くわけにはいきませんか?何かありましたらすぐにSOSを
発信しますので。」

「・・・う〜ん、わかりました。せっかく来ていただいたのですから、それだけは私が責任もって何とかしま
しょう。航路208ですね?すいませんが、識別ナンバーと船名をもう一度お願いします。」

「識別ナンバーcdf1124221、恒星間輸送船リーフです。」

「で、船長はあなたですか?」

「はい。星籍はテラ(地球)、藤田浩之ともうします。」

「ほお、若いのに立派なもんだ。それでは、承っておきます。」

「お願いします。」



 結局、得るものは少なかった。その後契約書のコピーを長瀬に渡し、浩之と志保はパトロール本部を後に
した。オリジナルの契約書は、すでに送り返した後なのである。

「どうしよっか、これから。」

 そう尋ねる志保に、浩之は腕を組んで考えた。

「何か、打つ手は無いかなあ。」

「護衛鑑をチャーターする?」

「いくらかかると思ってんだよ。とても手が出ねーよ。」

 そうよね、と呟いて志保はあ〜あ、と天を仰いだ。

「しゃーない、帰るか。リーフには人手が必要だろうからな。」

「そうする?」

 そう答える志保を人の悪い顔で浩之は見る。

「お前はいてもいなくてもかわらねーけどな。」

「それはヒロでしょ!」

 そんなことをお互い言い合いながら、二人は帰路に就いた。悪態を付き合うのは少しでも不安な気持ちを
お互いに押さえるためだった。





 浩之と志保がリーフについたときは、浩之の時計で午後2時を少し回った時刻だった。リーフの外装の掃
除をしているあかりとマルチが二人に気付いて駆け寄ってくる。

「お帰りなさいです〜。」

「思ったより早かったね。どうだったの?」

 そのあかりの言葉に、浩之は苦笑して首を振った。そう、とあかりは残念そうに短く呟いたが、すぐに明
るさを取り戻すと微笑んだ。

「それより、御飯食べてきた?」

 首を振る二人。

「それじゃ、今から用意するね。マルチちゃん、行こ!」

「はいです〜。」

 そう言って駆け出す二人を浩之は慌てて止めた。

「おいおい、いいっていいって。作業中だったんだろ?」

「大丈夫!もうすぐ終わるから。それに、御飯食べなかったら浩之ちゃん達の方が持たないよ!」

「そうです〜。一生懸命作りますから、食べて下さい〜。」

 そう言って微笑むあかりとマルチに、一体誰が止めろと言えるだろうか。



 食事を済ませて、智子から予想されうる襲撃ポイントの報告を受けて、ブリッジに全員が集結したのは午
後3時過ぎだった。

「みんな、ご苦労様。もう少ししたら出発する。だから、ここで最後の確認をしておく。まず、レミィ。」

「イエッサー!!」

「レミィは銃座で待機。攻撃命令が出たら攻撃開始。だけど、向こうが先に撃ってきたら、命令を待つ必要
はないからな。思いっきりやってくれ。」

「ワカリマシタ!全部ゲットするネ!」

「次、芹香さん。」

こく・・・。

「芹香さんは索敵担当。敵の位置を出来るだけ早く掴んでくれ。」

こくこく。

「次、智子。」

「はい。」

「芹香さんの補助を担当してくれ。敵の位置がかなり重要になってくるから、しっかり頼むぞ。」

「まかしとき!」

「次、綾香。」

「うん。」

「リーフが被弾したらすぐに応急処置に入ってくれ。メインエンジンと融合炉を最優先で。頼むぞ。」

「任せといて!」

「次、志保。」

「何?」

「志保は、綾香の補助を頼む。」

「ま、なんとかするわよ。」

「次が・・・琴音ちゃん。」

「はい。」

「琴音ちゃんはけが人が出たらすぐに処置を頼む。」

「わかりました。」

「次が、あかりとマルチ。」

「「は・・・はい。」」

「琴音ちゃんの補助を頼む。」

「わかった。」
「頑張ります〜。」

「次、葵ちゃん。」

「は、は、はい!」

「葵ちゃんはいつも通りリーフの操縦を頼む。」

「わかりました!精一杯やります!」

「で、次が雅史。」

「うん。」

「雅史はオレと一緒にブリッジにいて、誰か怪我人が出たらすぐにそいつと変わってくれ。」

「わかった。」

「最後が、セリオ。」

「はい。」

「普段はブリッジにいて、通信業務の補助。予想襲撃ポイントについたら銃座に移動してくれ。敵が現れて
もすぐに銃座に移動して攻撃。」

「御意。」

「予想襲撃ポイントは出発から39分後、43分後、67分後の3つだ。とにかく、襲われたら逃げる。闘
う必要はない。・・・・・・みんな。」

 全員、顔を引き締めて浩之の顔を見る。しばらく浩之は一人一人の顔を見ていたが、急に破顔する。

「・・・終わったら一緒に温泉行こーな。」

 全員が、それに唱和した。


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