ゆっくりとリーフがベガの宙港から離れていく。その中は異様な緊張に包まれていた。リーフに浩之が乗
ってから2年、もし今回が戦いになれば、それが初めての戦いである。戦いが何時か起こるかもしれない、
と思い(もっと直接的な理由もあるが)射撃の名手であるレミィを雇ってはいたが、正直、身体の震えは収
まらなかった。乗務員の中で戦闘を経験したことがあるのはレミィだけである。みんな、多かれ少なかれ緊
張を持っていた。



 すぐに、第一の予想襲撃ポイントに到達する。セリオがブリッジから離れるとさらに緊張が濃くなった。
浩之は、妙に力強くドキドキと波打つ心臓の音が他の乗務員に聞こえているのではないか、と思い、胸の辺
りを押さえる。ふと、雅史の方を見ると、顔を青く染めて、額にわずかの脂汗を浮かべてスクリーンを凝視
していた。

「未確認船舶、一隻発見!」

 そこに、智子の叫び声が木霊する。全員の顔色がさっと代わりスクリーンに注目が集まった。

「・・・落ち着け。セリオ、確認を頼む。」

『了解しました。』

 浩之がマイクに向かって言うと銃座にいるセリオから返答がある。少しの間をおいて、またセリオからの
応答が帰ってきた。

『識別ナンバーcrt0487654、星籍ベガ、恒星間輸送船のアズライトです。・・・確認しました。
海賊ではありません。』

 ふう、というため息がブリッジの至るところで聞こえてくる。そのままアズライトはリーフとすれ違い、
ベガ目指して行ってしまった。それを確認して、ブリッジにいる全員が浩之の方を見る。浩之を見ていると、
全員落ち着きを覚えた。

「・・・まったく、焦らせるんやから。」

 ふう、とため息をつくと、智子が眼鏡を外して眉間を軽く揉んだ。ほんと、と軽く志保が答える。

「考えて見れば、当たり前だね。他の船も通るんだから。」

「それにしてもタイミングが悪すぎるわ!ほんまにちょっとはこっちのことも考えてほしいわ〜。」

 雅史に答える智子の声で、若干和やかな空気がブリッジを満たす。

『敵、発見。方位左舷78度。』

 突然、無機質の声がスピーカーから聞こえる。それが意味することを即座に掴んだ者は、ブリッジにはい
なかった。



「セリオ!何隻いる!?」

 雅史の声が飛ぶ。

『三隻です。アルタイル軍駆逐艦タイプ二隻、アークツルス軍砲艦タイプ一隻です。星籍不明。海賊です。現

在、時速5光秒でこちらに接近しております。最大戦速だと思われます。射程距離まで、残り8分。』

「で、でも、レーダーには何の反応も無いで!」

『敵は対光学レーダー防御を展開しております。光学レーダーでは敵を捕捉できません。私は赤外線レーダー
を使用しておりますので。』

「戦闘能力を比較してくれ。」

『・・・・敵の射撃技術を平均の海賊としますと、敵と我の戦力比、5:1です。』

「5:1、か。芹香!SOS信号発信!」

 こく!
 力強く頷く芹香。

「葵!左80度回頭!」

「え・・・?は、はい!わかりました!」

「浩之!正面切って闘うつもりなの!?」

 浩之の言葉に驚いて雅史が問う。

「敵の方が早いんだから、どうせ逃げても追いつかれる。それなら、真っ正面からぶつかってすれ違って、
そのまま逃げた方が時間が稼げる!」

「だけど、攻撃を受けるよ!」

「大丈夫だって。敵の弱いところは、こっちをただの輸送船だと思っていること!それに、本気でこっちを
攻撃する訳にはいかないってことだ。全部ぶっこわれたら、何も残らないからな!おまけに、今オレ達が積
んでいるのが燃料棒だって知ってるだろう!下手に攻撃したら、ドカーン、だ!」

「う、うん。だけど、敵はきっとまだいるよ!燃料棒が必要なくらいの大きいのが・・・。」

「大丈夫だ。」

「何で?」

「ガス欠だからだ。」

「そ、そんな根拠も何もない・・・。」

「いけ、葵!メインエンジン全開!最大戦速!」

「はい!」

 リーフのメインエンジンが凄まじいスピードで動き出す。そして、凄まじい勢いで三隻の駆逐艦目指して
突き進んでいく。
 駆逐艦は、大きさで言えばそれほどリーフと大差はない。装甲もほぼ互角である。が、積んでいる兵器が
違う。戦闘用と輸送用ではその差は雲泥である。砲艦は駆逐艦よりも兵器がさらに充実している艦だった。
 海賊艦隊は、いきなりSOSを出しながら真っ向から向かってくるという、矛盾した行動に少し戸惑う。
だが、慣れた動きで散開するとリーフに照準を合わせた。

『停船せよ。さもなくば攻撃する。』

 海賊から通信が入る。無論、聞く気などさらさらない。

『射程まで、後12秒。』

「レミィ、セリオ!射程に入ったら攻撃開始だ!遠慮会釈無く、最大フルパワーでぶちかましてやれ!!」

『了解。』
『イエッサー!!』

 冷静な声と、嬉々とした声がブリッジに木霊する。

『イッツア、ハンティングターイム!グンナイベイベー!!』

 何かが乗り移ったかのようなレミィの声。だが、その声を遮るように智子の声がブリッジに響く。敵が戦闘
態勢に入ったため光学レーダーが復活したのである。

「敵内部に高エネルギー反応!」

「葵、回避運動!」

「はい!」

 葵は答えて、ギュッと操作レバーを握る。と、そのとき、操縦席のディスプレイに航路が入った。セリオか
らである。

「あ、ありがとう!」

 突然礼を言われたブリッジにいる面々が葵の方を振り向く。それに気付かず、葵はディスプレイに映った航
路に沿ってリーフを動かす。三隻の駆逐艦から照射されたレールガンが、リーフすれすれをかすめて通り過ぎ
ていく。敵の初弾を回避したリーフは、敵を完全に射程距離におさめた。

『ファイア!!』

 気合いの声と共に、リーフの両舷に設置されている陽電子砲が火を噴く。狙い違わず一隻の駆逐艦に吸い込
まれていく2本の死の火線。一瞬遅れて、爆発が確認できた。

『ゲェッッッッッッッッッッッッットー!!!!!』

 ブリッジにレミィの声が響きわたる。そのあまりの大声にブリッジにいる全員の頭がくらくらした。

「と、智子!スピーカーの音量を下げろ!」

 智子はすぐにその意に従った。



 だが、所詮輸送船の火力ではそれほどのダメージは与えられない。命中した駆逐艦は何事も無かったかのよ
うに報復の火線を吐き出してくる。今度は時間差を付けた見事な連携の攻撃だったが、セリオの的確な指示で
葵はその全てを避けていく。

『ファイア!』

 先ほどより若干抑えられた声と同時に、またリーフが二本の火線を吐く。敵も回避運動を行っているのだが、
まるで自ら火線に突っ込んでいくように狙いがはずれることはない。

『ヒット!!』

 また先ほどと同じ駆逐艦が爆発する。スクリーンに投影された三隻の海賊艦が徐々に大きくなり、間合いが
近づいていく。

「敵内部に、また高エネルギー反応!ミサイル発射を確認!」

 智子の声が飛ぶ。スクリーンでは、海賊艦の周りを舞うような白い軌跡が肉眼で確認できた。

「AMM(アンチ・ミサイル・ミサイル)射出!」

 一本1万ドルの虎の子であるAMMがリーフから射出される。まさかの為に、なけなしの金を払ってそろえ
た装備だ。
 ポウッと漆黒の宇宙空間に、1万ドル・・・AMMが綺麗な花を咲かせる。今までリーフめがけて飛んでき
た10数本のミサイルは、急に角度を変えてその花を目指して飛んでいく。次いで襲ってくる火線も、リーフ
にはかすりもしなかった。

『ファイアー!』

 三回目にしてブリッジの乗務員が慣れてきたレミィの声で、火線が走る。

『当たりましター!!』

 その言葉通り、また同じ駆逐艦に命中する。

「いちいち報告するな!」

 浩之がスピーカーに向かって叫んだ。



 リーフが三隻の駆逐艦の間をすり抜け、そのまま最大戦速で離脱をはかる。三隻の駆逐艦は怒りに燃えて
180度回頭し、リーフを追いかけ始める。

『アア、まだ撃墜してまセン!』

 ほっと一息つくブリッジに、レミィの残念そうな声が響いた。



『敵の射程距離まで、後3分。』

 10分ほど走った後ブリッジに響いた冷静なセリオの声に、浩之は180度回頭を命じた。逃げ続けるこ
とは難しいので、このまま時間を稼ぎ救援を待つことにしたのだ。リーフは急角度で曲がり、半円を描いて
三隻の駆逐艦にまた突撃していく。
 すぐに敵からレールガンが発射される。葵はまた、ディスプレイに映った航路に沿ってリーフを動かす。

ガガッ!

 鋭い音がブリッジに響いたと思ったら、鈍い爆発音が響く。

『左舷、損傷しました。』

 冷静なセリオの声がブリッジに響く。次いで、レミィの声が。これは攻撃の合図だった。

「あ・・・あ・・す、すみません!」

 青を通り越して白い顔になった葵が叫ぶ。

「綾香、志保!」

 浩之の声を待たずに二人がブリッジを飛び出し、損傷箇所のチェックに向かう。スクリーンにはまた同じ
駆逐艦が爆発に包まれていた。

「くそ・・・、救援はまだか・・・。」

 浩之が口の中で呟く。この時、まだ彼は異変に気付いていなかった。

「敵内部に高エネルギー反応!」

 また、智子の警告の声が飛ぶ。葵はぐっと唇をかみしめると、ディスプレイの航路に沿って慎重に動かす。
だが、その慎重さが仇になって敵の火線がリーフを撫でていく。

『左舷、損傷しました。』

 爆発音の後に、またセリオの声が響く。すぐにレミィの声と共に報復の炎が吐き出され、同じ駆逐艦に吸
い込まれている。そのとき、ブリッジに意外な人物の声が響いた。

『琴音!早く、早く来て!第二ブロック!!』

 志保の声にはじかれたように、琴音とあかりとマルチがブリッジを出ていく。

「あ・・・綾香さん!」

 葵は思わず後ろを向いて叫んだ。

「葵ちゃん、前を見ろ!」

「は・・はい・・・。」

 浩之の叱責の言葉を受けて、葵が震える手で操縦桿を握る。そのとき、浩之は初めて葵の異変に気付いた。

「どうした、葵ちゃん。」

「わ・・・私のせいで、私のせいで綾香さんが・・・!」

 震える声で浩之に答える葵。思わず智子が何か言おうとしたが、隣に座っている芹香に肩を掴まれて止ま
る。芹香の方を振り向くと、ちょっと困った顔で首を左右に振っていた。その意味を理解し、智子は自分の
端末と向き直る。

「別に葵ちゃんのせいじゃない。それに、綾香だって大丈夫だ。」

「は・・・はい。」

 全く説得力にかける慰めの言葉だったが、葵はそれに答えて操縦桿を握る手を強くした。

「敵内部に高エネルギー反応!」

 智子の声と共に、敵からまた火線が伸びてくる。今度も避けきれず、右舷上部に被弾した。さきほどより
も、若干大きめの爆発がリーフに響く。

『右舷砲台、小破』

 いつもなら、そのセリオの報告と共にレミィの元気な声がブリッジに響くのだが、今回はまったく沈黙を
守ったままだ。

「レ、レミィさん!」

 葵の悲痛な叫び声が代わりに木霊する。

「雅史!」

 鋭い浩之の声。雅史がそれに頷いて、駆け出した。



 なんとか二度目のすれ違いに成功したリーフは、最大戦速を保ったまま一度来た道を引き返す。後ろから
は3隻の海賊艦が追いかけている、が、そのうちの一隻に集中砲火を浴びせていたため、その船が目に見え
て速力が落ちたので差はなかなか縮まらなかった。それでも、海賊艦の方が早い。しかし、余裕は出来る。
 浩之はマルチを呼び寄せた。

「マルチ、綾香はどうだった?」

 すると、マルチはにっこり笑って

「大丈夫です。爆風で少し飛ばされて背中を打ちましたが、もうすっかり元気になっています。」

 と、ブリッジにいる全員に聞こえるように言った。

「じゃあ、マルチは救急箱を一つもってレミィのところ・・・」

 そこまで言って、浩之はマルチが方向音痴だったことを思い出した。

「に行くようにあかりに言ってくれ。」

「はい、わかりました!」

 元気よく答える。マルチのおかげで、重苦しくなっていたブリッジの空気が若干和む。マルチはやはりリ
ーフに必要不可欠な人材だった。



「葵ちゃん、どうした?」

 浩之は、操縦桿を握ったまま震えが止まっていない葵に近づき、話しかける。葵は怯えを含んだ目で浩之
を見た。

「あ、あの・・・私のせいで・・・。」

 今にも葵は泣きそうだ。浩之は微笑みを浮かべて、ぽんっと葵の肩を叩く。それだけで葵はびくっと震えた。

「人間、全部完璧にやるのなんて無理だぜ?そんなに気負うなよ。リラックスしてやろうぜ。」

 あまりいい言葉が浮かばず、そんな陳腐なことを言う。葵は震える身体でこくこく、と頷く。全然リラッ
クスしてないな、と浩之は苦笑した。

『敵の射程距離まで後三分。』

 セリオの声が響く。その声に葵がまたびくっと震えた。

「葵ちゃん、180度回頭だ。」

 ゆっくりと浩之が言う。だが、震えたままの葵は、その命令には従わなかった。

「だ、駄目です・・・。もう、私では、駄目です・・・。」

 涙声になって切れ切れに葵が答える。智子と芹香が心配そうに浩之達の方を見ている。スクリーンに投影さ
れたリーフ後部からは3隻の海賊艦が徐々に近づいている。
 浩之は、ゆっくりとため息を吐くと、後ろから葵を抱きしめた。

「ひ、浩之さん!」
「ふ、藤田くん!」

 葵と智子の声が重なる。浩之はその声を無視して、そっと葵の両手に自分の手を重ねた。

「大丈夫。簡単さ。ほら、こうやるんだよ。」

 そう言って、浩之が操縦桿を横に倒す。葵がやるよりも急角度、急速度で行うため、横からの重力ががくん、
とかかる。

「とと・・・、やっぱり葵ちゃんのようには無理だな。」

 そう苦笑して浩之は言った。それでも何とかリーフの回頭を成功させる。そのとき、ピーピーピー、とい
うアラート音がブリッジに響いた。後ろを向いたまま固まっていた智子が慌てて自分の端末と向き直る。

「敵内部に高エネルギー反応!」

 智子の声と同時に、葵の端末に航路が映し出される。

「葵ちゃんなら、出来る。行くぞ!」

 そう、葵の耳元で浩之がささやいた。いつの間にか震えが若干収まった葵が、こくっと頷く。
 敵がピカッ、と光った瞬間、6本のレールガンがリーフめがけて闇を貫いてくる。浩之と葵はそれを確認
することなくセリオが送ってきた航路に沿ってリーフを虚空の中で踊らせた。レールガンはかすることもなく、
リーフ後方へと吸い込まれていく。

『ウウウ・・・よくもやってくれたネ!お礼は倍返しが基本ネ!』

 ブリッジが安堵の空気で満たされると、そこに怒りを含んだ叫び声が響きわたる。ブリッジに、わっとい
う声無き歓声がわき起こった。

『テイクザッツユーフィーンド!!(これでも、食らえ!!)』

 怒りの叫び声で怒りの具現した光の束がリーフから飛び出していく。狙い違わず、一隻の駆逐艦に吸い込
まれていく。一瞬の間をおいて、駆逐艦はさきほどよりもずっと大きな爆発に包まれた。度重なる負荷に装
甲が耐えられなくなったのである。

『アイガッティツ!!』

 歓喜の叫び声。駆逐艦はよろめきながら他の二隻の海賊艦から離れていく。

『敵、アルタイル軍駆逐艦タイプ一隻、戦線離脱。』

 セリオの声。おおっというブリッジのどよめきの後、敵が怒りの報復を行ってくる。浩之と葵は本数が少
なくなった火線を鮮やかにかわしていく。

「葵ちゃん、いけそうか!?」

「はい!」

「やれるか!?」

「はい!!」

 浩之が葵の顔をのぞき込む。目には精気が蘇っていた。

「ようし、それじゃあ、」

 すうっと大きく息を吸い込む。

「行ってこーい!!!」

「はい!!」

 力強く頷く葵を確認して、浩之は葵を解放した。

「敵内部に高エネルギー反応!」

 そのとき、智子の声が飛ぶ。それと同時にレミィの雄叫びも。

「当たりません!」

 葵の声。

『当たりましタ!』

 レミィの声。
 二人とも、台詞を裏切ることはなかった。



 三度目のすれ違いに成功したとき、雅史がブリッジに戻ってきた。

「雅史、レミィは?」

「大丈夫。今、琴音ちゃんとマルチがついてるよ。」

 そうか、と短く答えて、浩之は指揮椅子に腰掛ける。後ろからは相変わらず海賊艦が追いかけている。一
隻撃退したとはいえ、そのせいで海賊艦は最初の速度に戻っている。休息できる時間は短い。

「雅史、エネルギー残量はどれくらいだ?」

 隣で立っている雅史だけに聞こえるように浩之が言った。雅史は自分の端末を操作する。

「フルパワーでセリオが四発、レミィが五発。」

 浩之と同じように、小声で雅史が答えた。それを聞いて浩之がちっと舌打ちをする。

「パトロール隊がSOSを探知してここまでくるのにどれくらいかかるかな。」

「そうだね・・・ちょっと見当がつかないけど、SOSを探知して出発したんだったらあと、早くて30分
はかかるよ。ここは正規航路からはずれてるからね。」

「そうだろーなあ。逃げ回るうちにずいぶん遠ざかったからなあ。おまけに、海賊艦だってジャミング(妨
害電波)を出してるだろうしなあ。」

 そう言って、浩之は椅子に体重をかける。ぎしっという音が聞こえた。最初の予定では、通りがかるであ
ろう他の輸送艦に救援を求めるつもりだったが、SOSを出し続けているにもかかわらず現れないのは見て
見ぬ振りをされたからに違いなかった。

「未確認船舶、二隻発見!右、42度!で、でかいで!」

「何!?パトロール隊か!?」

 いきなりの智子の叫び声に、がばっと身体を起こして浩之が叫ぶ。と、そこにアラート音が鳴り響く。

『いえ、アークツルス軍巡洋戦艦タイプ二隻です。海賊艦です。追尾レーザーにロックされました。』

 アラート音が鳴り響く中、無情なセリオの声が響く。

「エネルギー波がくるで!」

「対ショック姿勢!」

 浩之がマイクに叫ぶ。ブリッジにいる乗務員が身近の物にしっかりと抱きついた。ドガッという鈍い音
の後に、振動と爆発音がリーフ内に響きわたる。

『メインエンジン、中破。』

 セリオの冷静な声が響く。ゆっくりと起きあがる乗務員がスクリーンを見ると、右前方から二隻の巨大な
軍艦がゆっくりと近づいてくるのが見えた。後方からは、二隻の海賊艦が近づいてくる。

『動力を停止せよ。さもなくば、完全に破壊する。』

 通信回線から、男の声が聞こえた。ブリッジにいる乗務員が青い顔をして浩之の顔を見る。

「セリオ、逃げ切れるか?」

『無理です。』

 リーフ内に絶望が駆けめぐる。浩之はふうっとため息をつくと、ゆっくりと顔を上げた。全員、ひきつ
った青い顔で浩之の動向を見守っている。
 浩之はゆっくりと頭を掻くと、もう一度重いため息を吐いた。

「しかたない。葵ちゃん、動力を停止させてくれ。みんな、緊急脱出シャトルに移動だ。脱出しよう。」

 葵がぐっと唇をかみしめて、強ばった声ではい、と答えた。リーフのメインエンジンが止まる。わずかな
振動も止まり、リーフ内は完全に沈黙に包まれた。後方からくる二隻の海賊艦がリーフに接舷するためにゆ
っくりと近づいてくるのがスクリーンに投影されている。
 浩之は、急ごう、と短く言った。ブリッジにいる乗務員が、重い腰を上げてゆっくりと歩き始める。浩之
はマイクを持ってブリッジにいない乗務員にもシャトルに移動するよう命じた。全員、何も言わなかった。
 浩之が重い息をついてマイクを指揮椅子に放り投げる。そのままゆっくりと歩き出す浩之の袖を、いつの
間にか近くにいた芹香がきゅっと掴む。振り返ると芹香は、ちょっと困った顔をして顔を左右に振った。

「行くなって?」

 こく・・・。

「・・・・そうだな。船長は最後まで船に残る義務があるな。」

 ふるふる!

「え、違うの?お友達?ちょっと遅れてるけど、友達が来る?」

 こく・・・。

「友達って一体」

 浩之が「友達って一体誰だ?」と訊こうとしたとき、スクリーンが急に光に包まれる。全員がスクリーン
を振り返ると、スクリーンに映っているリーフを威圧していた二隻の巡洋戦艦の内の一隻が、沢山の小さな
爆発に包まれていた。

「な、なんだ?何が起こった!?」

 浩之が叫ぶ。智子は急いで自分の端末に座り直してコンソールをいじり始めた。葵も操縦席に急いで戻る。
呆然とスクリーンを見ている浩之に、芹香がぽそぽそと小声で「お友達です。」と呟いた。

「し、し、シリウス軍や!」

 ヘッドセットを耳に押し当てたまま智子が叫ぶ。

『シリウス軍所属ステルス艦載機、「ジェダ」10機です。・・・通信を確認しました。カストル政府第8
補給部隊所属、貨物母艦ディアスの護衛任務に当たっていたシリウス軍第21護衛艦隊所属、護衛空母「レ
シア」の艦載機です。』

 セリオの声がスピーカーから流れる。少しの間をおいて、リーフは歓声に包まれた。



 スクリーンは慌てて回頭する巡洋戦艦と、不意をつかれて攻撃を全て受け、小さな爆発に包まれながらゆ
っくりと落ちていく巡洋戦艦、それに、リーフ後部から近づいていた駆逐艦と砲艦が巡洋戦艦に近づいてい
く様を映し出していた。
 もう一隻の巡洋戦艦にいくつもの花が咲く。応射しつつ後退する巡洋戦艦に、高速で動き回る小さな光が
まとわりついていた。

『敵、出現。正面。アークツルス巡洋戦艦タイプ一隻、カストル巡洋戦艦タイプ一隻です。』

 セリオの声が聞こえる。

「ま、まだいたのか!」

 浩之の驚愕の叫びがブリッジに木霊する。スクリーンは高速で近づいてくる二隻の形の違う巡洋戦艦を捕
らえていた。先ほどの巡洋戦艦にまとわりついていた小さな光が一斉に散っていく。

「葵!メインエンジン全開!逃げるぞ!」

 めまぐるしく変わる戦況に、思わず我を失っていた浩之が叫ぶ。葵がはい、と力強く答えてスイッチを入
れると、轟音と共にリーフが動き出す。

「エンジン損傷率21%!速力、おおよそ30%減です!」

 葵の報告が響く。それでも、逃げるしかない。
 急速に回頭するリーフ。だが、艦載機を追っ払った海賊艦が諦めずにリーフを追いかけてくる。

「未確認船舶出現!・・・す、凄い数や!右後方・・・42隻!まだ増えるで!」

「な、なんだって!?」

 ブリッジが絶望に包まれる。それだけの数を相手に、とても逃げ切れるものではない。浩之は自分を犠牲
にしても、乗務員を脱出させようと思った。乗務員をシャトルで脱出させ、自分はリーフで海賊に突っ込め
ば逃げる時間ぐらいは稼げるだろう・・・。短い間にそう考えた浩之の耳に、通信が入ってくる。

『・・・こちらはベガ所属パトロール艦隊だ!貴官らは完全にロックされている!無駄な抵抗はやめておと
なしく投降されたし!繰り返す、こちらはベガ所属パトロール艦隊だ!貴官らは完全にロックされている!
抵抗すれば完全に破壊する!』

「ぱ、パトロール艦隊だ!パトロール艦隊が来たよ!」

 雅史の喜びのあまり震えた声がブリッジに響く。

「左後方、大型艦四隻出現!」

 智子の声が響く。芹香が小声で、「お友達です。」と言った。

『・・・こちらはシリウス軍第21護衛艦隊だ。貴官らは完全に包囲下にある!動力を止めて投降しなさい。』

 海賊艦の周りを、蛍のような光が無数に飛び交っている。パトロール艦隊とシリウス軍の艦載機である。
しばらくためらいを見せた後、海賊艦は完全に動力を停止した。





「御協力、感謝します。」

 パトロール艦隊からの通信をモニターに出すと、そこには薄笑いを浮かべた顔の細長い男が敬礼をしていた。

「あ、あんたは・・・。」

「どうも。第2パトロール艦隊隊長、長瀬です。パトロール艦隊を代表して礼を申し上げます。」

 そう言ってわざとらしく深々と礼をする。あっけに取られている浩之にまた笑いかけた。

「いやあ、遅れて申し訳ない。本当はもっと早くくるつもりだったんですが、道に迷ってしまって・・・。
まさか、こんなところにまで来ているとは思いませんでしたよ。」

「なんで、こんなに早く・・・?」

「あれ?言いませんでしたっけ?お宅を信用しない訳じゃないんですけどって。」

 そう言って意地悪く笑う。浩之は二、三度、ぱちぱちと瞬きすると、下を向いて肩をふるわせて笑った。

「・・・おせえんだよ。」

 その台詞に、長瀬は大きく口を開けてはっはと笑った。

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