翌日。
 領収書の束を、慣れた手つきで智子が処理をしていく。ブリッジには智子の手伝いをしているセリオ、掃
除をしているマルチ、それに浩之とあかりがお茶の用意をしていた。葵は綾香と共に船の整備工場に資材を
求めに行き、雅史と芹香と志保はシリウス軍の元へ挨拶と礼に出向き、レミィは宙港の診療所で琴音の治療
を受けている。さすがに命中を受けた砲台の中にいたレミィは全くの無傷というわけにはいかず、頭を機材
にぶつけて額とこめかみに傷を負っており、左腕と左足の筋肉と骨に少しの異常が認められていた。

「保科さん、ちょっと休憩しよ。疲れたでしょ?」

 あかりの声に、智子が振り返って微笑を浮かべた。

「・・・そうやな。セリオ、マルチ。休憩しようや。」

 いつものように、まだ仕事がありますから、と拒否するセリオ。それを全く無視して腕を掴み、強引に椅
子に座らせる智子。逡巡するマルチも、あかりと浩之の薦めで素直に席に着いた。

「あとどれくらいだ?」

 全員席に着いたとたん、あかり特製シュークリームにかぶりつきながら浩之が尋ねた。

「そうやな・・・あと1時間ぐらいで終わるで。」

 紅茶を飲みながら智子が答える。右隣では口の周りにクリームをつけてマルチが一生懸命シュークリーム
をパクついている。さらに隣のセリオがハンカチを取り出してマルチの口の周りを拭った。

「それで、結局どうなったの?」

 あかりが一気飲みして空になった浩之のカップに紅茶を注ぎながら訊いた。

「えっと・・・ウランとニレニウムを相場で売って、大体13万2000ドル。燃料棒をベガが1カートン
5000ドルで引き取ってくれたから、25万ドル。」

 ちなみに、1カートン5000ドルで商談をまとめたのは志保である。

「それに、海賊の報奨金で15万ドル。整備費と修理費、宙港使用料、それに燃料代もベガが持ってくれた
んや。それと、リーフに何か一つ装備をつけてくれるんやて。あとは、借金も精算してくれたで、これは実
質的な収入と同じやな。」

 ちなみに、報奨金と整備費、修理費、宙港使用料、燃料代の負担はベガの法律に則った正式なものだが、
新たな装備と借金の棒引きは志保の仕業である。泣きながら断るベガ財務局の人間に「今、3月半ばだから
」と強引に押して、長瀬が笑って了承してくれたおかげである。もちろん、ベガの決算期は3月末である。

『どーせ、意味がなくて渋滞を引き起こす航路整備やまだ十分使える通信衛星交換に強引に予算が組まれる
んだから、無駄に使われる金なら私達がもらった方が世のため人のためになるわよ。』

 とは、志保の弁であるが、もちろんベガ財務局に面と向かって言ったわけではない。

「やから結局収入が53万ドル。支出は今計算中やけど、めぼしい物でみんなの給料、通信代、藤田くん達
のベガ往復の交通費、それに、今シリウス軍まで行ってる3人のシャトルのチャーター料、あとは食費ぐら
いやな。3ヶ月分の給料まとめて払うで、給与は12万ドル強やから、40万ドル近く残るで。」

「凄い!」

 あかりが手を打って喜ぶ。だが、それと対称的に浩之は真顔を崩さない。

「智子、それ違うぞ。」

「え・・・?なんか違う(ちゃう)か?」

 ニヤリ。不敵な笑みを浮かべる浩之。

「残りは35万ドル位だろ。」

 セリオと当事者以外、ぽかんとして浩之を見る。が、やがて智子も下を向いて微笑んだ。

「しゃーないな、ほんまに・・・。わかった。そのかわり、計画は藤田くんがたてるんやで。」

「やったー!」

 思わずガッツポーズをする浩之。
 ぱんぱかぱ〜ん。
 どこかでファンファーレが鳴ったような気がした。

「え・・・?一体、何の話なの?」

 話が掴めないあかりが浩之と智子の顔を交互に見比べる。

「旅行だよ、旅行!温泉行くぞ!」

 それを聞いて、あかりとマルチの顔がぱあっと明るくなる。

「あ、そっか!」

「温泉行くんですか?わあ〜、私温泉初めてです〜。」

 喜ぶ二人を見てうんうんと頷く浩之。しょうがないな、と微笑む智子。無表情のセリオ。

「そうと決まったら早速準備だ!みんなが帰ってきたら出発するぞ!あかり、旅行のパンフもらってこい!
オレは長瀬重工の仕事を引き受けるって連絡入れてくる!みんな、急げ!」

 は〜い、と元気よく答え、全員が持ち場へと離れていく。あかりとマルチは後かたづけ、智子とセリオは
伝票整理、浩之は長瀬重工から届いたディスクを探し始めた。
 智子が微笑みながら席に着き、領収書処理の続きを始める。ふと、目に留まった一枚の領収書。それを見
たとたん、智子の顔がみるみる般若のような形相になり、ごうっという凄まじい闘気がわき起こった。セリ
オのセンサーは冷静に攻撃力が42%上がったことを解析する。

「藤田くん!!これは、なんや!?」

 ひらひらと一枚の領収書を持って笑みを浮かべたままずかずかと浩之のそばまで行く智子。そのあまりの
迫力に浩之は思わずたじろいだ。智子から領収書をおそるおそる受け取って目を通す。


  リーフ様
  洋服代
  500ドル、確かに領収いたしました。


 固まる浩之。それに次々と領収書を提示する智子。合計は2000ドルを軽く超え、全ての領収書の下
の方には、赤いペンで「よろしくね(ハート)!」と書かれていた。

「ど〜いうことなんか、はっきりと説明して欲しいなあ。」

 笑顔で詰め寄る智子。浩之はひきつった笑顔でそれを見つめていた。

「し、し〜ほ〜!!」

 浩之の絶叫はリーフが置かれている第7格納庫、第2危険物保管場に響きわたり、やがて、余韻を残して
消えていった。








 数日後、惑星ベガにある温泉宿「鶴来屋」・・・もとい、「ラグーン」。その宴会場ではリーフ一同が浴
衣姿でずらりと並び、今や遅しと宴会の開始を待っていた。
 その中央にそそっと立つ浩之。手にはマイクを持っている。

「え〜、みんな。旅行を楽しんでいるかな?」

 は〜い、という元気のいい声が返ってくる。

「これが今回の旅行の第一回目の宴会だが、あと宴会は最低でも3回は予定している。一回目から潰れない
ように気をつけてくれ。」

 は〜い、という元気のいい声が返ってくる。

「え〜、それでは、みんなの無事と、この旅行と、そしてリーフに乾杯!!」

 かんぱ〜い!とひときわ元気な声で唱和され、宴会場は喧噪に包まれる。予想通り志保が一番乗りでカラ
オケにかじりつき、それにレミィとマルチがあおり立てる。



「ヘイ!ヒロユキ!」

 宴もたけなわ。酔って浴衣を着流し、豊かな胸元がちらりと見えるレミィが浩之ににじり寄る。それにち
ょっとドキドキしながら浩之がレミィを見た。

「楽しんでル?」

「あったりまえだろー。楽しいぞ!」

「オウ!フィールソウグッド!でも、ヒロユキもっと食べて飲まなくちゃダメネ!サケは百薬の長、ネ!」

 そう言ってけらけらと笑うレミィ。それをしょーがねーなー、と見つめる浩之。この間まで頭に包帯を巻
いていたのが痛々しかったがそれももう取れている。

「ジャ、何か取ってくるネ。何がイイ?」

「そうか?悪いな。それじゃあ、テンプラを持ってきてくれ。」

「かしこまりましたァ。お飲物は何になさいますか?」

 顔を赤くして、改まった口調でレミィが言う。赤く火照った肌が妙に色っぽく、浩之はさらにドキドキし
ながら答えた。

「よし、ビールをくれ!」

「かしこまりましたァ!」




『お酒は20歳になってから!』




「かしこまりましたァ。お飲物は何になさいますか?」

「・・・・あれ?」

 浩之は辺りを見回す。周りは相変わらずの喧噪だ。その中で、にこにこ笑いながらレミィが浩之を見ている。
 浩之は、今、頼んだはずだよな、と思った。

「じゃあ、ビール!」




『だから、お酒は20歳になってから!』




「かしこまりましたァ。お飲物は何になさいますか?」

「・・・・・オレは今、24歳だ!!」





 宴は大いに盛り上がる。全員、かなり酒が回り前後不覚に陥っている者も出だした。その中で雅史は一人、
静かに飲んでいたが、酒が切れたことに気付く。

「ごめん、琴音ちゃん。お酒取ってくれる?」

 手を空中で構えて、向かいで酒を飲んでいる琴音に向かって雅史が言う。琴音は酔っぱらった笑顔で、はい!
、と答えた。

ひゅん!
がしゃーん!!

 手を空中で構えたまま、亜音速で飛んできたとっくりを顔面で受けた雅史はふっと寂しげに笑った。雅史の顔
に出来た小さな滝は、酒だけでは無かった。





 宴は最高潮。志保は元歌姫の肩書きに恥じぬよう相変わらずカラオケにかじりつき、レミィがそれをはやし
たてる。葵は「代理」と書かれた紙が張ってあるとっくりにぶつぶつと自分の悩みを打ち明け、浩之は芹香と
綾香の三人で「罰ゲームは一気飲み」のカードゲームを行い、セリオはあぐらをかいて一升瓶を抱きしめなが
ら、塩をなめつつ手酌で黙々と杯を重ねていく。あかりはマルチに向かって、出てきた料理がいかに素晴らし
い料理かをとうとうと聞かせ、智子は早々に酔いつぶれてぶつぶつと寝言を言っていた。琴音は雅史に寄りか
かってスウスウと可愛い寝息をたてており、雅史は箸を空中で止めたまま動かなくなり、滝のような涙を流し
ていた。

「・・・抜け駆けは、駄目ですよ・・・。」

 琴音が寝言を言った。





 宴も終盤。志保は歌い疲れて酔いつぶれ、マイクを握ったまま床に転がっている。芹香と綾香は寄り添う
ようにして寝息をたてており、智子も酔いつぶれたままだ。葵は「代理」と書かれた紙が張ってあるとっく
りを抱いて床に寝ている。レミィもさらにきわどくなった浴衣姿で豪快に寝入っていた。雅史と琴音は折り
重なるようにして眠っている。雅史の両腕と両足がピンと張り、金縛り状態にあるのは一目瞭然だった。雅
史の目には、眠っているにもかかわらず涙がきらりと光っていた。
 起きているのは浩之、あかり、マルチ、セリオの四人である。皆で手分けをして毛布をかけてやり、今で
はマルチはセリオの、あかりは浩之のお酌を勤めている。

「大丈夫?浩之ちゃん。」

「・・・ああ、なんとかな。」

 あかりの淹れてくれた熱いお茶をすすり、浩之はあまり機能しなくなった頭を振って答えた。正直言って
それほど大丈夫ではない。

「それより、あかりは大丈夫なのか?」

 浩之の見るところ、いつもより酒量が大分多かったはずである。自分の酒量をきちっとわきまえているあ
かりには珍しいことだった。

「うふふぅ。大丈夫だよ。」

 全然大丈夫じゃないな、と浩之は思った。

「だって、またみんなでこうして騒げるんだもん。楽しくて楽しくて・・・。」

 そう言って微笑むあかり。心なしか、目が潤んでいる。

「あのね、浩之ちゃん。空港のシャトル離着陸場で私言ったよね。あの、ベガに最初に降りたとき。昔は楽
しかったって。」

 うん、と浩之は頷く。

「私ね、わかったの。海賊と闘うために出港したときに。私、すっごく怖かった。誰か死んじゃうんじゃな
いかって。すっごく、すっごく怖かった・・・。」

 あかりの目から涙がぽろりと落ちる。

「その前に、浩之ちゃんが一人で行くって言いだしたときも怖かった。だけど、みんなが一緒に行くって言
ってくれたときは本当に嬉しかったの。」

「おいおい・・・一人で行くって言ったのはオレだぜ?」

 あかりは流れる涙を拭いもせずに微笑んだ。

「私は絶対ついていこうって思ったもん。だから、みんながついてきてくれるってわかったときはとっても
嬉しかった。それに、とっても安心できた。でも、出港するとき、今度は逆に、誰かが死んじゃうんじゃな
いかって、死んじゃうんじゃないかって、そう思えて・・・・。」

 微笑んだ顔を保ったまま、あかりの目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれる。

「だから、わかったの。今が、一番楽しいんだって。みんながいるから楽しいんだって。昔よりも、今の方
が楽しいんだって。・・・う、・・・わかっ、たの・・・。」

 あかりの顔が涙でぐしゃぐしゃになる。それでもあかりは続けた。

「だから、だから、み、みんなで、グスッ、こう、こうして騒げて、ほんとに、ほんとに・・・あ、あれ?
・・・ごめんね、嬉しいのに、グスッ、涙が、止まらなくて、ごめんね、ひろゆきちゃん・・・。」

 そっと浩之はあかりの頭を優しく撫でる。

「・・・よかったな。みんな無事で、本当によかった。」

 こくこくこく、と涙を拭いながらあかりが何回も頷く。そんなあかりを、浩之は優しく抱き寄せた。あっ
という小さな声があかりから漏れる。

「・・・よかったな。」

 ぽんぽん、と背中を叩きながらもう一度浩之が言った。浩之の胸に顔を埋めたまま、あかりは何度も頷く。

「う・・・うん!うん!よかったぁ・・・ほんとに、ほんとに、よ・・・かった・・・・ぅぅ・・・ぅううう
・・・うわあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!ひ、ひろゆきちゃ〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!」

 あかりは堰を切ったように浩之に体重を預けて泣き出した。浩之はあかりの背中を撫でながら、よかった、
ともう一度呟いた。
 ふと、マルチと目が合う。浩之はばつの悪そうな、照れたような笑みを浮かべて視線を外した。



 その後、あかりが泣き疲れ、浩之の胸の中で眠るまで浩之はあかりの背中を優しく撫でた。触ると折れそ
うなほど、細くて頼りない背中だった。












「出港準備、全て整いました。」

「ご苦労様。」

 葵の報告を受けて、雅史がはにかんでねぎらいの言葉をかける。さわやかな笑顔を前に、葵は思わず気を
抜いてしまった。それには全く気付かずに、はい、と言って雅史が浩之にマイクを手渡す。浩之はそれを受
け取ってスイッチを入れた。

「みんな。これからオレ達はアルタイルまで行く。おおよそ一ヶ月半の航海になるけど、みんな、頑張って
いこうな。」

 食堂にいる、あかりとマルチ。

『うん!』
『頑張ります〜。』

 整備室にいる綾香と志保。

『みんな、油断しないでね。』
『わかってるわよ〜。』

 医務室にいる琴音。

『はい、頑張ります。』

 通信端末にいる芹香。

 こくこく。

 同、智子。

「まかしとき。」

 操縦桿を握る葵。

「はい、精一杯頑張ります!」

 セリオ。

「御意。」

 雅史。

 こく。

 新しくつけた、スパイラルレーザー砲(レミィが選んだ)の銃座にいるレミィ。

『イエッサー!どんな敵が来てもこれでイチコロネ!』

「・・・出来ればそいつのお世話になりたくないけど、まあ、そんときが来たら頼むわ。」

『イエス!「ベガ海戦」では一隻しかゲットできなかったケド、次は全部ゲットするネ!』

 リーフ内に笑いが起こる。浩之は満足そうな笑顔で力強く頷いた。

「よし!それじゃあ、行くか!ハッチを開け!」

「了解や!ハッチ、開くで!」

 智子がコンソールを操作すると、リーフの前面にある隔壁がグググッと上下に開き始める。やがて、完全
に開け放たれたそこからは漆黒の宇宙と、数え切れぬ星の大海が広がっている。

「メインエンジン全開!」

「はい!」

 葵がスイッチを入れると、リーフ艦内に轟音が響く。

「油圧ロックボルト解除!」

「はい。」

 セリオの声でロックボルトがはずれ、ゆっくりとリーフが宙港から宇宙空間へとせり出していく。






「よし、いっちょ、やったるか!」

 おーっ!、という力強い声が響く。リーフは速度を上げて、完全に宇宙空間に躍り出るとそのまま漆黒の
闇を突き破るように、星の海を突き進んでいった。






 後に、レミィが名付けた「ベガ海戦」は、「第一次ベガ海戦」と名前を変えるが、これはまた別の物語で
ある。


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